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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
ギルドのチートな受付嬢
46/53

8-1:「間違いありません」

この章は天災に関する内容が含まれています。

緊張感と具体性を犠牲にやんわりざっくりとした表現になっていますが、ご注意ください。


最終章最終話『ギルドのチートな受付嬢』です。


 この世界、ラトル・ウェスヴァニアは理神論そのものだ。

 そのものっていう言い方は適切じゃないかもしれないけど、神(実在する方じゃなくて、創造主の方)が作り出した法則に則って世界が廻り、現在は一切関与していないんだから、理神論で合ってると思う。


 そもそもの話、この世界は地球のような惑星じゃない。

 球形の、所謂星の形ではあるけれど、恒星や衛星はおろか、夜空に煌めく星々も存在しない。


 人、魔物、自然。

 それら全てが、世界樹という管理塔によって間接的に調整され、一切の無駄なく循環する世界。


 正真正銘、神の箱庭だ。


 それ故にというか、そのせいというべきか、この世界で起きた全ての事柄には意味がある。

 例を挙げるなら、先日起きたばかりの皇国が発端となった騒動。

 ミクロな視点では普人主義と皇族の問題だったけど、マクロの視点で言えば、あれは神因子・竜因子・鬼因子の三竦み……相克が遠縁の原因なんですよね。



 神は竜に克ち、竜は鬼に克ち、鬼は神に克つ。

 膨大な魔力を持つ竜も、事象そのものに干渉する神の業には勝てない。

 鬼がいかに強靭な肉体を持とうとも、魔力という触れられぬ竜の壁は破壊することができない。

 事象の楔から解放された鬼の前では、神の鉄槌も意味をなさない。


 この相克、皇国だけでなく世界中で起きていた、所謂“自然の摂理”だったりする。


 突発的に竜因子をもって生まれた者は、その膨大な魔力をもって頭角を現す。

 そして因子に含まれる【昂揚】の効果で周囲を盛り上げるけど、自分でコントロールのできないその力は暴走を引き起こしてしまい、やがて騒乱へと発展する。

 騒乱が極まった場合に現れるのは、英雄……神因子を持つ者。

 選ばれた者だけが使うことのできる武器を用いて神の如き力を揮い、騒乱の元凶を討滅する。

 そこで終わればハッピーエンドなんだけど、そう上手くいくわけがないのが世の常で……。


 その力を恐れた者に裏切られる。

 神因子の恩恵である、不老不死によって親しい人間が皆死んでしまい、心を病む。

 周囲の人々から気味悪がられ、迫害される。


 そんなふうにして人を嫌悪し、憎悪し、――最悪の場合、牙を剥く。

 別の傾向で言えば、人の上に立つことで増長し、見下し、従わせようと傲慢になってしまうこともあった。


 そんな風に狂ってしまった英雄は、人々に殺されることになる。

 順当に人に殺されるならまだしも、それでも死なずに残った英雄は、更に世界を狂わせてしまう。

 嫌っている世界に、見下していた世界に「お前は要らない」と言われたら、よけい逆上してしまうのも無理はないかな、とは思うけどね。


 ともあれ、その狂った世界で生まれるのが、突然変異のバグ……鬼因子の所有者だ。

 暗殺者として、反乱軍の一人として……どのような形であれ、神因子の所有者を殺す。


 そしてやがて、鬼因子の所有者も息絶える。

 彼らが産まれるのは、その多くが混沌の世。

 彼らが持つ【狂乱】の効果は本人を狂わせ、混沌の世を終わらせた鬼因子の所有者が、新しい英雄として留まることを許さない。


 そうして、狂わなかった英雄も、狂った英雄も、どちらも狂った人間に殺される。

 それがただの欲深い人間か、鬼因子を持つ人間かという違いがあっても、結果そのものは変わらない。

 遅かれ早かれ英雄が死ぬことで、束の間の平和が訪れる。


 ……次の騒乱が起こるまで。


 とはいっても、これはその時代に生きる人たちにとっての、最悪な場合の話。

 全ての所有者に言えることは、必ずしも相克に則って排除される、ってわけじゃないことなんですよね。

 当然だけど、周囲を巻き込まずに人知れず果てることだってあるわけで。

 これまで挙げた相克に則って殺される場合の話は、運命の強制力と言うか、修正力みたいなものが働いた結果の例。



 そうなるものだ、と神が決めた法則。

 その法則によって、望むと望まざるとに関わらず、彼らは殺し、殺されることになる、っていう過去の事例だ。



 そこから考えると、十中八九、トルスティさんは“いつか起こるであろう皇国(神因子)の増長”に対するカウンターとして生まれた人。

 皇国の件は、神因子による増長を力ずくで止めるための流れだったのかもしれない。

 そう考えると、トルスティさんは修正力によって鬼因子を持たされた、運命の被害者だと思うんですよね。


 竜神と鬼神と皇帝。

 これらを現代に残されたこの三竦みと考えると、トルスティさんの願う神剣に頼らない国にするっていうのは難しいかもしれません。


 難しいからといって諦めたら、そもそも変わる、変えられる可能性はゼロなんですけどね。





 さて、これまでのことではなく、これからのことを考えましょう。


 使徒さんは、どうやら私をまとめ役……“神”に祀り上げたいらしい。

 大精霊は世界樹と根幹の部分で繋がっているらしいから、散々否定してきた“女神”呼ばわりも、あの子たちは本気で言っていたみたい。


 いい迷惑です。


 使徒さんが言うとおり、邪神がいくら来たって勝てる能力チートが私にはある。

 もっと言えば、誰にも悟られずに邪神と魔物を倒すことで、使徒さんの狙いを躱すことだってできるでしょう。


 でもやらない。やりませんよ。


 きっと、私が邪神たちを倒す様子を見せつける、もしくは公表したりしてこの能力を認知させ、私を表舞台に引き摺り出そうとするのが使徒さんの狙いなんだと思う。

 多くの人は自分の力ではどうにもならない問題に直面した時、努力することをやめて他者の力に頼ろうとしてしまうから。


 だから、私の能力が知られた場合、使徒さんの言う「やがて来る災厄」が人の手に負えないものだとしたら、チート能力を持つ私を頼る人が出てきてしまうかもしれない。

 もっと言えば、倒したことを知った時点で、私を崇め奉るような人たちが出てくることだってあり得ないとは言い切れないんですよね。

 各地で一応崇められている竜神のように、人知を超えた力を持つ者……神が実際に存在する世界だから。


 ……って、私がどういう扱いになるか、なんてどうでもいいですね。

 とにかく、使徒さんはきっと、そういう風に周りを扇動する。


 それこそ「世界を一つにする」ために。


 今回、使徒さんが直接私に訴えるって形をとったのは、それが私にとって、もっとも有効な手段だと考えたからだと思う。

 情に訴え、見て見ぬふりできないよう退路を断ち、その上で要求を述べて、まるで解決と同意が同義であるような錯覚を起こさせる。


 まるで詐欺師じゃないですかやだー。


 ……でも、それには一つ欠かすことのできない要素があるんですよね。


 それは、今回の“魔物の大発生と多くの邪神の復活が人には手に負えない”っていう前提が成り立つことで初めて、“私が神になって皆を助ける”っていう結論が生まれること。


 つまり、ここで皆が頑張ってこれを解決すれば、そもそもの前提が崩れてしまい、私が神にならなくてもいいんじゃない?

 っていう結論になるわけですよ!


 だから、提案した使徒さんは、今回の件を逃せば私を勧誘(?)することはできなくなるっていうわけだ!

 つまり、今回を乗り切れば、使徒さんが何かしてくることは無くなる!

 はず!

 っていうか無くなれ!

 ……今回以上の手を持ってると思いたくないです。



 まぁなんやかんやと考えても、結論は使徒さんが産まれた時と一緒。

 手は出しません。



 ……口は出すけどね!



「イリアが依頼を出すの?」


 依頼申請書に書かれた字を眺めながら、デジレさんは意外そうに言った。

 確かに、タイラントスパイダーの時にちょっと反省してからは完全に自重してたから、依頼を出すのはかなり久しぶりだったしね。


「はい。ちょっと運んでもらいたいものがあるので」

「運搬の依頼ね。記入は済んでる?」

「はい。よろしくお願いします」

「りょーかい」


 身内ということで気楽な返事をしながら書類を受け取ったデジレさんは、記入されてる内容を確認していく視線をある一点で止めた。


「えっと……希望するランクがAだから追加報酬を出さなきゃいけないけど、間違いない?」

「はい。間違いありません」


 そんなやり取りをするけど、勿論把握していることはお互い承知の上。

 確認しなきゃいけないことだから、通例どおりに確認作業をしていくって感じですね。


「――受け取りは手渡しで、と。はい。確かに承りました」

「よろしくお願いします」


 これで、フランクさんのサインを貰ったあと、依頼表が掲示板に張り出されることになる。

 あとは、依頼を受けてくれた人に風の結石と手紙を持って行ってもらえば、私が今すべきことは終わり。


 残りの休憩を済ませて本業に戻りましょう。

 ……と、その前に。


「……まだやってるんだ」


 事務室に隣接する女子更衣室。

 きゃーきゃーと姦しい方に視線を向けると、そこではハクを囲む女性陣の姿があった。

 周りには所狭しと服が並べられていて、そのどれもが幼児用の小さなサイズ。


 学校と一緒に教会で併設された、仕事で忙しい家庭が幼児や児童を預ける保育所……初等科や高等科に倣って保育科がある。

 ハクをそこに預けるというわけではないんだけど、「ぜひ遊びに来てください!」とソフィアに言われたので、とりあえず顔見せに行こうということになった。


 で、そこで問題になったのが服装なんですよね。

 普段ハクが着てるのは、私たちと同じデザインの制服。

 さすがにそれはダメだよねってことで、色んな服を生成して、好きな服を着てみてっていったんだけど……。


「……うん、いい! これもいいよ!」

「何着ても似合っちゃうのも考え物ね……」

「ああんもう可愛すぎ! あ、やば鼻血が」

「ちょ、落ち着きなさい。でもわかる!」


 ハクよりもエリーゼたちのテンションがやばい。

 何人かは二度と近づけないようにした方がいいだろうか……。


 ともあれ、いつまでもハクを着せ替え人形にさせるわけにもいきません。

 ハクを抱き上げて緊急脱出。


「手伝ってあげてとは頼んだけど、遊んでって頼んだわけじゃないんだけどなー」

「え、笑顔が怖いよイリア……」


 失礼な。


「ハク、どの服が気に入った?」

「えっとね……」


 辺りを見渡すハク。

 まさか、ほんとに全部着たの……?

 そう思いエリーゼたちに視線を向けると、ふいっと顔を背けた。

 おいこら。


「これ!」


 そう言ってハクが指さしたのは、いつも着てる制服だった。

 変に目立っちゃうだろうから普通のを、と思ったんだけど……。


「いつも着てるけど、これでいい?」

「うん。みんなといっしょ」


 ……うん、まぁいっか。

 屈託のない天使みたいな笑顔で言われちゃったら仕方ないよね。


 可愛い可愛いと抱き着く人たちを剥がして厨房へ。

 それなりに落ち着いている厨房の隅を貸してもらい、お菓子作りに入ります。


 今日は、子供用のお菓子!

 ということで、バターとか使わずにできるもの。

 用意するものは、片栗粉、砂糖、牛乳、卵黄、これだけ。

 まず、卵黄と砂糖を泡だて器でよく混ぜます。


「これも卵白は使わないんだ」


 どこで嗅ぎ付けてきたのか、エリーゼが横から顔を出す。


「使ってもいいんだけど、ちょっと固くなっちゃうんだよね」

「へぇ~」


 卵黄だけならサクサク、片栗粉でふっくら仕上がるからね。

 続き。

 砂糖が解けたら、片栗粉を投入。

 ヘラでよく混ぜ合わせたら、牛乳を少しずつ加えていきます。


 生地がまとまったら、ころころ転がして棒状に。

 それをちぎり、一個一個丸めていきます。


「ハクもやってみよっか」

「ころころするっ!」


 ということで、三人(エリーゼにも手伝ってもらった)でコロコロと転がし、小さな球体をいくつも作っていく。

 形が変わるのが楽しいのか、一生懸命丸めてるハクが可愛い。

 同じように楽しんでるエリーゼも可愛い。


 それはともかく、できあがったものをオーブンで焼きます。

 160℃なら17分前後、170℃なら10分くらいが目安かな。


 ということで子供用のお菓子、たまごボーロの完成です。


「へぇ~、おもしろーい。おいしいね、ハク」

「うん! さくさくするー」


 子供ハク用に砂糖を少なめにしてるけど、エリーゼは問題なく……というか、ハクに負けないくらいパクパク食べていた。

 まぁ、小さくて軽いから手が進んじゃうのはわかるんだけどさ。


「イリアちゃん、これ面白いね。あたしらにも教えてよ」

「ああ、アタシ見てたよ! 白玉にちょっと似てて簡単でさ――」

「余った卵白の使い道も覚えたしね~」


 お子さんたちに作るのか、厨房にいた奥様方にも好評でした。

 当たり前だけど、皆で食べるとすぐになくなってしまって、また作ることになってしまったけどね。

 今度は味付けを変えてみたり、卵がアレルギーでダメな子用のものを作ったり、文字を書いたり……、わいわいと、楽しい時間はすぐに過ぎてしまった。


 こんな時間が続けばいいのに。


 使徒さんの言葉があるからそれはあり得ないとわかっていても、そう思わずにはいられない、穏やかな時間が過ぎていく。



 ――そして、それは起こった。



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