幕間:「懇願」
私は教会の祭壇の前に立ち、身廊に立つ使徒さんと向かい合っていた。
使徒さんは言う。
「人の意思を尊重し、衝突を成長の過程と捉えるという貴女のご意志、確かに拝見いたしました」
拝見した。それはつまり、確認したかったってことだよね。
魔物に、氷竜に、邪神に、人同士の争い。
今、こうして対峙することになった彼の誘いに乗って、私は訊ねることにした。
「結局、貴方は何がしたいのですか?」
私の問いに、使徒さんはいつもと変わらない調子で答える。
「私たちは、やがて来る災厄からこの世界を守りたいのです。しかし、世界がちぐはぐでは彼らに容易く砕かれてしまうでしょう」
そこまで言った後、使徒さんは目を伏せ、頭を垂れる。
「貴女に、世界を一つにしていただきたいのです」
答えは決まってる。
でも私は確かな答えを出さず、代わりに訊ねた。
「断ると言えば、どうなさるおつもりですか?」
私が素直に承諾するとは思っていなかったらしい。
使徒さんは頭を上げ、物憂げな笑顔を浮かべる。
「貴女はお優しい。自分のためと言いながら、他者のために尽くしてしまう程にお優しい心の持ち主です」
都合の良すぎる解釈に、否定を口にしそうになる。
でも、否定の言葉を挿ませないその言い方に、私は続きの言葉を待つことにした。
「そんな貴女は、多くの邪神が起ち、世界中が魔物で満ちた時、どうなさるのでしょう」
使徒さんは目を伏せ、語る。
……まるで、誰かを悼む様に。
「力弱い者は死に絶えるでしょう。力持つ者もやがて力尽きるでしょう。……そこに成長はありません。未来はありません。悲しみと嘆きが世界を埋め尽くし、絶望と憎悪は新たな魔物を生み出します」
使徒さんはゆっくりと目を開き、私を見据える。
「そんな時、貴女はどうなさるのでしょう。……何をなさるのでしょう」
使徒さんは問わず、疑問を口にする。
その時、光素の減少で堂内が薄暗くなり、頭上の天窓からの光で私にだけ光が降り注いだ。
まるでこの瞬間を待っていたかのように、使徒さんは深々と頭を垂れ……乞う。
「どうか、世界を御救い下さい。――――女神様」
第三章終了です。