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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
理由
44/53

7-6:「その話はお受けできません」

 トルスティさんが発って数か月も経たないうちに、神聖ライハンド皇国と周辺国との戦争は終結した。


 開戦当初、オーブワイトに投入されたAクラスギルド員〈大破壊のジル〉と〈神速のギル〉を皇帝自ら屠ることによって勢いに乗った皇国だけど、調子に乗って闇雲に戦線を広げてしまった。

 そうしたらオーブワイトだけじゃなく、多くの弱小国もギルドが連携して抗戦したおかげで皇帝一人ではどうすることもできず、かといって後退して後ろを見せるわけにもいかず、均衡状態に陥っていた。


 そこに、死んだはずの皇子と獣人の神具使いが登場する。


 所縁があり、反戦と思われる貴族や諸侯を巡って生存報告を重ね、ウィンディアの協力で登城したトルスティさんは皇帝と面会した。

 その結果がどうして決闘になるのか分からないけど、“神の末裔である皇帝が、神剣を用いた勝負を行い敗北する”という事実は、神の子孫だから一番優れてるよ。だから大人しく従ってね、という彼らの主張を打ち砕くものだった。


 それに加え、どういうわけかトルスティさんの護衛についていたオリオンさんが神剣を使って見せちゃったから、普人が神に近い、なんて主張もできなくなってしまった。


 結果、大義を失って混乱した皇国に戦線を維持する士気もなく、戦闘継続能力が著しく低下して戦争は終結に向かっていった。


 ……っていうのがカロンさんの報告の要約。

 噂くらいならちょくちょく状況を耳にしていたけど、相変わらずリュネヴィルで詳しい話は聞かなかったし、戦争中の雰囲気には程遠かった。


 支部に来た早々そんな様子を見て、


「変わらないな、ここは」


 とトルスティさんは苦笑した。

 目の前にいる彼は以前に見た旅支度そのままで、皇族としての装飾は一つもない。

 怪我も異常も見られないし、とんぼ返りしてきましたと言われれば事情を知らない人は信じてしまいそう。


 でも、改めて見るとその立ち振る舞いは以前よりも堂々としていて、脆そうと言うか、危うい感じは完全になくなっていた。


「ただいま戻りました」

「え? あ、はい。ご無事で何よりです」


 感動もなく営業対応だったのが可笑しかったのか、トルスティさんはほんの少しだけ笑みを零す。


「話がしたいんだが……少しいいかな」


 カウンター越しではなく、二人きりでっていう意味だってことは察しました。

 でも、これまでの経験則と言うか……私の勘が警告しています。

 とはいっても、何の話か分からないから変に断るわけにもいかないし……。


「休憩時間まで少しあるので、休まれていかれてはどうでしょうか」

「いや、少し街を回るよ」


 休憩までの時間を聞いたトルスティさんはジュースとサンドイッチを買い、支部を後にした。

 彼が出て行ってしまったことで、話を聞いていたらしい人たちの視線が私に集中する。

 特に、隣のシンシア。


「……これは告白されるね」


 よりにもよって彼女に聞かれてしまったから、したり顔でそんなことを呟いた。


「なんか、前にいた時とは全然雰囲気違ったね」

「恋の力だね」

「恋!?」

「愛だよ!」

「愛!」


 いつもはシンシアを窘めるエリーゼまで加わって、言いたい放題でした。


「あのね……二人ともあの人の素性は知ってるでしょ? 変なこと言うと怖い人たちに連れていかれちゃうよ?」

「「 えぇ~ 」」

「えーじゃありません」


 息抜きがしたかっただけらしく、二人はなんやかんやと言いながらすぐ業務に戻った。

 あの人だって女性にトラウマがあるみたいだし、面倒なことにはならないよね。


 そう言い聞かせながら、休憩時間に入った私はトルスティさんが待つ個室に向かった。

 椅子に座るトルスティさんに紅茶を淹れてから要件を訊ねると、紅茶で喉を潤した彼は真っ直ぐ私を見据え、


「一緒に、ライハンドに来てほしい」


 と言った。


「……はぁ」


 要求の結論だけを言われても判断できるわけありません。

 私のそんな反応に、トルスティさんはバツが悪そうに苦笑を浮かべ、椅子に背中を預けた。


「……すまない。気が急いてしまった」

「いえ。皇国にと仰いましたが……何かありましたか?」

「いや……なんというかな」


 気まずそうに視線を宙に泳がせ、もう一度カップを手に取る。

 紅茶を飲み下すのと一緒に気持ちに整理をつけたように、トルスティさんはゆっくりと言葉を続けた。


「終戦とは言っても、一方的に宣戦布告した皇国は、これから不利な状況が続くだろう」

「……そうですね」

「私は、私なりに皇国のために尽くそうと思う。父上と話して……誰かのためではなく、私自身のためにそうしたいと思った」

「皇帝陛下と、ですか」


 ああ、とトルスティさんは笑顔を浮かべる。


「……本当はあの時、決闘を申し込む気は無かったんだ」

「勝負をした、と伺いました」

「ああ。父上と言葉を交わしているうちに、私は……俺は、父上を越えなければならないのだと、そう直感した。誰かに認められるためではなく、自分で自分を認めるために……そう思った」


 そう言いながらトルスティさんは視線を落とし、腕輪に触れる。

 カロンさんの報告だと神剣が効いていなかったらしいから、鬼の状態で戦ったんだと思う。


「神剣だけが、神の力だけが全てではない。私は父上にそう言ったが……武力だけでの証明ではまだ志半ばだ。道は険しいが……私は、神剣に頼らずに立てる皇国に変えていこうと思う」


 トルスティさんは視線を上げ、私を見る。


「俺の傍で、支えて欲しい」


 ……これはシンシアが正解……だよね。

 良いように捉えるなら、皇族らしい恰好をしてこなかったのは、トリス・ディア・ライアとしてではなく、あくまでトルスティさん個人としての気持ちってこと……かな。

 権力を振りかざさないっていうのは好きだけど、それとこれとは話が別。


 告白っていうのは私の自意識過剰で、本当はヘッドハンティング的なものだったとしても答えは決まっています。


「その話はお受けできません。ごめんなさい」

「……そうか。残念だ」


 言葉とは裏腹に、トルスティさんは穏やかな笑みを浮かべた。

 ということは……自意識過剰の方? …………は、恥ずかしい! も、もももしかして女神様とか言われて天狗になってた!?

 ぎゃーーーー!! 新しい黒歴史がぁぁ……!!


 と平静を装った裏で断末魔のような叫びをあげる私の内心を知らないトルスティさんは、さっきまでと同じ雰囲気で語る。


「少し、安心した」

「……え?」


 なんですって?

 と聞き返した私に、トルスティさんは笑みに苦いものを混ぜた。


「君が傍にいたら、俺はそれだけで満足してしまうかもしれない」

「はぁ……」


 トルスティさんは冷めてしまった紅茶を飲みほし、立ち上がる。


「これで、未練を残さずに進むことができる。俺の我儘に付き合ってくれてありがとう」

「……いえ。何か困ったことがあれば、なんでも仰ってください。できる限りご助力させていただきます」


 それは社交辞令なんかじゃなくて、本心から出た言葉だった。

 でも、トルスティさんはゆっくりと首を横に振った。


「求愛を断られた女性の前におめおめと会いに来ることができる程、俺の器量は大きくないみたいだ」


 あ、求愛だったんですね。

 良かった。……ような、良くないような……。

 なんにしても、穏やかな表情で自虐を言っても信憑性は無いよね。侍だし。


「少し、残念です」

「やめてくれ。決意が揺らぐ」


 そうして笑いあい、別れの言葉を交わしたトルスティさんは支部を後にした。


 これで、正真正銘皇国の話は一件落着。


 カウンターに戻り安堵の溜息を吐いていた私は、その雰囲気をぶち壊す様な勢いで駆け込んでくる青年の姿を捉えた。


 その腰には封呪の布でぐるぐるに捲かれた魔剣が一振り。

 青年……トリスタンは掴みかかる勢いで迫ってくる。


「イリア殿! セルジ殿から伺いました!! 私にも、私にも是非!!」

「トリスタン、落ち着いて」

「ご助力を!! 何卒!!」


 私がひっぱたく前にトリスタンは後頭部を強打されて崩れ落ちる。


「……わり。口滑らせちまった」


 鞘に収まったままの聖剣を肩に担ぐセルジさんが、本当に申し訳なさそうに謝罪した。

 闘技場の一戦以来、セルジさんとトリスタンは共に切磋琢磨する親友兼ライバルみたいな形で収まった。


「何卒~!!」


 セルジさんに襟首を掴まれ、ずるずると引き摺られながら支部を出ていくトリスタン。

 闘技場での鬼気迫る雰囲気を知る支部の人たちはその姿に呆気にとられ、次の瞬間ホールが笑い声に包まれた。


 その様子をカウンター越しに私は眺める。

 それほど間を置かずに来たギルド員の男性は、素材の入った袋と依頼表、そして登録証を差し出した。


「イリアさん、達成の登録と査定お願い!」

「はい。畏まりました」


 お金が欲しい。情報が欲しい。力が欲しい。

 支部に来る人たちには必ず理由がある。


 支部ここは、出発点にはなっても原点にはならない。

 生きている人たちは皆自分自身の道を歩いているから、支部は目的地に向かう道の途中にある通過点にすぎなくて……言ってみれば一人ひとりが主人公で、その物語にある一つのイベントでしかないんですよね。


「……よしっ! これで新しい剣が買える! じゃあまた、イリアさん!」

「はい」


 そして目的を果たせば、皆支部から離れていく。

 だから、私たち受付の最後の仕事は人を見送ること。

 それを寂しいと言う人もいるけど、私が関わっても終わらない……その人の物語が続いていくのを確認できる気がして、私は少しだけ安心する。


「またのお越しをお待ちしています」



 そんな気持ちを隠しながら、私は今日も、カウンター越しから彼らの背中を見送ります。

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