7-1:「ご助力できると思います」
七話開始です。
ギルドには様々な規約や規則があり、依頼受注にも禁則事項がある。
一つは別人を装い、受注登録を行うこと。
暗黙の了解として、パーティメンバーの登録は本人不在でも受注登録は行うことができる。
だけど、それが前科による罰則で受注制限がかけられている者が連合の目を欺くために他人を装っていたり、ランクを不正につり上げるための委託受注だったりするような、悪質な偽装受注だった場合に厳正な処罰を下すために定められた原則だ。
そしてもう一つが、受注未登録者による依頼の達成。
討伐対象を不意の遭遇により倒してしまった場合のような、違反者に悪意が見られない場合は厳重注意で済む。
だけど、それが明らかに故意と見なされた場合、罰金や捕縛対象となってしまう。
そしてそれすらも拒否したり、同様の違反行為を繰り返し行った場合、連合による粛清対象と見なされる。
それが傭兵ギルド所属であった場合、武力による粛清が執り行われる。ギルドの権威と信頼を守ろうと執行は容赦なく徹底的に行われるから、粛清対象が命を落とすことも少なくない。
商業・工業・農業ギルドの所属であった場合は、それぞれの形で干されることになる。手を貸した者にも罰則が与えられるから、まさに孤立無援の状態に陥ってしまう、別名“緩やかな処刑”と呼ばれて恐れられている。
罰則の重さは全然違うけど、どちらもギルドの機能を維持するために必要なルールだ。
能力の適正な評価は、依頼を受注する側は当然として依頼を出した側にも余計な損害を与えないためだし、依頼の金額をギルドが管理することで、一方的な交渉を防ぐことができる。
ギルドの否定は、それこそこの前使徒さんが言った自由という名の無秩序でしかない。
その場合、真っ先に犠牲になるのは末端の人たち。
――もっと金をよこせ。
――依頼を受けるのに制限を掛ける意味がわからない。
統制を嫌うのは、その殆どが力を持っている人たち。
弱者を守るために強者を数で抑え込むと言えば聞こえは悪いけど、個性・自由を尊重するギルドが国みたいに権力者だけに傾倒するわけにはいかないから、仕方ないとも思う。
まぁ何が言いたいのかと言うと、ルールは守りましょう、っていうことです。
チートで能力を貰った私に言えたことじゃないですけどね☆
支部食堂二号館の建設に、闘技場・教会の診察・医療設備の充実。
街の人や依頼は増えたけど、私自身の仕事はあまり変わらず、使徒さんの一件以降は比較的平和な、ゆったりとした日々が続いています。
でも、そんな日が続く訳もなく。
「俺にも、相性のいい武器を教えてくれ」
セルジさんは、私にしか聞こえないよう小声でそう言いました。
彼は前の一件以来、闘技場への参加をメインに依頼を熟すようになった。
エリカさんとも上手くいってるように見えたんだけど、歯を食いしばって私に頭を下げるその表情に、リア充の余裕は感じられません。
「このままだと、エリカに守られることになる……!」
それはきついですね。
エリカさんは下手な前衛の人より強くなったし、回復薬とか状態異常の薬を使っての支援もできるっていう万能さも持ち合わせてる。
生粋の前衛であるセルジさんとしては、純粋な戦闘力で負けたら立場がなくなってしまう。
それでも支援に回った時には誰かが前に立たなきゃいけないし、結局はプライドの問題だよね。
そんなもん捨てちゃえって思うけど、ここで拗ねられても元の木阿弥なんですよね……。
「も、勿論それだけじゃないぞ!?」
考え込んでいた私をどう勘違いしたのか、セルジさんは慌ててそんなことを言いだした。
「……あんたは、“魔剣のトリスタン”ってやつを知ってるか?」
「はい。存じています」
エリカさんたちが名前を出す前から、彼のことは知っていた。
彼の持つ魔剣は、人の血を吸った分だけ硬く、鋭くなる効果がある。
人の血と言ってもそれは量じゃなくて数らしく、彼が闘技場に出場するのは“合法的に人を傷つけられるから”だとかなんとか。
血を吸う度に赤く輝く様から魔剣って呼ばれてるだけで、魔を冠する武具……魔具の定義をこの世界の皆が知ってるわけじゃない。
因果律だの物理法則だのを無視・改変しまくる神具に対して、魔具は道具そのものや触れた者に影響を及ぼす。その効果は限定的だけど、神具と違って誰でも使えるっていうメリットがあって、人にとっては魔具の方が脅威になることが多い。
まぁ、元の持ち主が悪魔ってことが多いから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
「まだ噂だが……あいつがここに来るらしい」
「そうですか……」
セルジさんの表情が硬い。
でも、それは忌避するものに対する強張りじゃなくて、硬い意志からくる緊張みたいなものなんだと思う。
私に見られてることを思い出したセルジさんは、少し恥ずかしそうに頭を掻いて表情を崩した。
「つっても、俺は逃げない。……エリカにどやされたくねぇし」
「そうですか」
ごちそう様です。
「だから、俺は強くならなきゃいけないんだ。……あいつに勝つために」
私としては、そこまで固執する必要ないんじゃない? っていうのが本心です。
けど、ここで克服しないと、本当の意味でセルジさんが立ち直ったって言えないよね。
エリカさんのことも考えて、ここは手を貸すことにした。
でも問題が一つ。
セルジさんは【剣術】スキルの適正持ちで、エリカさんの時とは違って自分に合った武器を選んでるんですよね。
改めて適性スキルを伸ばすわけじゃないから、武器を見繕ってもあんまり意味がない。
勿論、エリカさんの時みたいに効率重視の特訓をしてもらえば、それなりの成長が見込めると思う。
だけど、それだけでトリスタンに勝つのは難しい。
下手に剣を受けることができないっていうハンデって、ちょっと大きすぎるんですよね。
セルジさんの【剣術】スキルボーナスを見ても、斬撃アシストと太刀筋アシストをだいたい7:2で振ってるし、今からじゃパリィアシストに振っても完全に衝撃を流しきれるようにはなれない。
なら、今から短剣を伸ばしてパリィに全振りさせるとか……?
「……無理、か?」
悩んでいた私をどう勘違いしたのか、セルジさんは不安そうな表情で覗き込んでくる。
私一人が悩んでいても仕方ないから、ここは一つ正直に言ってしまおうと思う。
「無理と言いますか、見たところ、セルジさんに相性のいい武器は剣で合っていると思います」
「……」
セルジさんは歓喜半分、悲観半分と言った複雑な表情を浮かべる。
半分で済んだのは、そもそも挫折した時に色々試してるから、自分に合ってるのが剣だって自覚していた部分もあったからだと思う。
「じゃあ、やっぱり俺自身が強くなるしかないか……」
「基本的にはそうですね」
「基本的……?」
興味を失いかけていた彼の目に、私の含むような言い回しで生気が戻った。
「何か、あるのか?」
「お勧めの武器と言うわけではありませんが、盾や短剣を使い、相手の剣を往なすというのは如何ですか?」
「……盾か短剣、か……」
見るからに嫌そうでした。
オススメの武器をくれとか言ってたのに、何を躊躇する必要があるんでしょうね。
純粋に強くなるんじゃなくて対策を練るのは邪道とか言うつもりなら、本当にしたいことは何ですかって問い詰めたい。
「イリア」
「あ、ごめんなさい。お次にお並びの方はこちらにどうぞ。お待たせいたしました」
クラリスの声で、三人程並んでしまった登録待ちの人たちに気付いた。
世間話の延長みたいなものだから普通に来てくれていいのに、空気を読んでくれる律儀な人が増えた気がする。
治安が良いってことだからいいことなんだけど、今みたいに迷惑をかけると良心の呵責を今まで以上に感じてしまうんですよね。
働けよって思ってたあの頃が懐かしい。
「盾や短剣を持つのが嫌でしたら、新しい剣を造る、という手もあります」
「新し……?」
「どちらかであれば、ご助力できると思います」
セルジさんに用件だけ伝えて、私は受付を始めた。
中途半端になってしまったから当然と言えば当然だけど、受注登録が途絶えるや否や、セルジさんは新しい剣の詳細を聞いてきた。
さっきまで以上に切羽詰った様子なのは、この方法に望みを託しているのかもしれない。
「で、新しい剣っていうのはどういうことなんだ? あんた、あいつの魔剣のこと、知ってるんだろ?」
「はい。ですので、その能力を相殺するんです」
「………………は?」
呆気にとられているセルジさん。
「……あいつと同じ魔剣を造るって言うのか?」
「まさか」
魔剣は、神具と同じ幾つかの要因が重なってできる偶然の産物。
狙って同じ能力の物は作れないし、下手をすれば“よく斬れるけど、持ってると腹痛に悩まされる”とか、変なデメリットが付くことだってあり得るのが魔具……武具の魔物だ。
魔物は身体に影素を多く含み、影素を消失させる光素が満たされる昼間には、能力を大幅に減衰させる。
つまり光素を含む武具であれば、魔具の効果を相殺することができる。
「聖剣を造るんです」
私に聖剣を造ろうなんて言われたセルジさんの第一声は、
「……そんなもんがあるなら、どうして誰も造らなかったんだ?」
という、猜疑心で満ちた質問だった。
造らなかったのではなく造れなかったと言う方が正しいし、まず魔物や魔具の定義を知らないんだから、そもそも発想できるわけがないんですよね。
とはいえ、そんなことを言っても面倒なことになるから、私は一番分かり易い問題点を挙げることにした。
「普通に造ろうとしたら、光竜の背結晶かアル・ミラージュの角、アマツタウルスの蹄の何れかが材料に必要です。それも、別個体による部位を複数です」
セルジさんが絶句してしまったのは言うまでもありません。
アル・ミラージュは角の生えた兎で、かなり獰猛なくせに驚くことに魔物じゃない。
か弱い生き物である兎を憐れんだ獣神の一柱、ブウェヴェジャウェル(いい難過ぎ)から直接特異性を授かったとして、彼を信仰神にしている人たちにとっては聖獣扱いの生き物。だから、アル・ミラージュを狩るとなると教徒全員を敵に回すことになる。
アマツタウルスも生息する地方では神様の代理扱いだから、アル・ミラージュと似たようなもの。
光竜を一人で倒せるくらいなら、魔剣を持っていようが人間なんて敵じゃないし……普通に造ろうとすると、色々と詰んでるんですよね。
普通に、なら。
「ただし、錬金術を使えば話は別です」
「錬金術?」
「はい。マナカプル鋼、魔物ではない生物の骨、ミルデューラ洞窟に生えている光虫草を揃えていただければ、同質の素材を造ることができます」
そのどれもが高価だったり入手困難な品物なんだけど、さすがに前に挙げたものに比べたらかなり現実味のある素材だった。
そのせいか、普通に聞いていたら諦める筈の所を、セルジさんは悩みに悩んだあげく、
「……用意すれば、聖剣が造れるんだな?」
と念を押してきた。
よっぽど勝ちたいんだなーって感心するけど、嘘を吐く訳にもいかないから、私は首を横に振って彼の言葉を否定した。
「いえ、聖剣にするには精神感応性金属か、かなり質は落ちますがハイル銀が必要となります」
世界樹の中で極稀に生成されるオリハルコンは、この世界に在る全ての金属の中で魔素や光素といった元素との親和性が最も高い。
次いで銀、銅、金の順番でその性質が下がっていくなかで、銀は象徴作用もあって高い退魔性を持つから、妥協するとしたら銀なんだけど……合金にしないと柔らくて剣には使えないから、そのぶん純度も下がることになってしまう。
「素材さえあれば、錬金術師と鍛冶職人の方はこちらでご用意させていただきます」
「こちらでって……錬金術師はともかく、素材があるなら鍛冶屋の方は俺らが選んでも変わんねーだろ」
提携のダシに使われてるとでも思ったのか、セルジさんは不満そうにそう零した。
「お言葉ですが、生成した光素鉱石を製錬するためには専用の炉が必要となりますので、専門の知識と技術を持った方にしか作ることができません」
「……せ、専門? モノヴィルの郊外にでかい炉があるじゃねえか。あれじゃダメなのか?」
焦るセルジさんに、私は悠々と頷いて見せる。
「あの炉は風結石を用いて高温を作り出す、主に二段階製錬を行うための施設です。ですが、あまりに高温だと光素が全て消失してしまうんです。光素を残しつつ製錬ための炉は以前良く使われていたもので十分なのですが、以前の炉は一度の生成で炉を壊さなければならなかったので、連続で質のいい製錬ができる現行のものに比べ生産効率があまりにも悪いと、今では殆どの人が」
「わ、わかった! あんたに任せる!」
「畏まりました」
のべつ幕なしに語る私の言葉に根負け(?)して、セルジさんは白旗を上げた。
理由もなしに選択の自由を奪う程落ちぶれちゃいませんよーだ。
まぁ色々言ったけど、本当は不純物を取り除いた製錬段階まで錬金術で生成できるんですけどね。
もっと言えば聖剣だってすぐ造れるけど……そこは相応の対価を支払わないと彼のためにもならないということで。
「マナカプル鉱はモノかピネアだな……骨は最後に回すとして……」
もう頭を切り替えたのか、セルジさんはぶつぶつと今後の方針を呟いていた。
ちょっと前までうじうじしてた人がこんなに前向きになったんだから、愛の力は偉大だね。
「あ、っと……金はどれくらいあればいい?」
「錬金術師の方に掛け合って算出しておきます。明後日、またお越しください」
「めんどくせーな……」
セルジさんとしては今すぐ出発したいだろうけど、私としても下手なことはできないのでご了承ください。
話題に区切りがついたところでセルジさんはおもむろに席を立った。
「どうせ金は必要なんだろ? 明日の分の出場登録でもしてくるわ」
「その前に編隊の練習!」
ぎょっとして振り向いたセルジさんの目の前には、仲間たちの先頭に立つエリカさんがむくれた顔で立っていた。
「集合時間に来ねえから支部に来てみれば、闘技場に行くとか言ってるしな」
「げっ、もうこんな時間かよ!」
「エリカを差し置いて時間が忘れるくらいイリアとのお話を楽しんでたんだね。何を話してたのかな?」
「そ、そりゃあ……編隊の練習にいい依頼を聞いてだな」
仲間にまでからかわれ、しどろもどろのセルジさん。
別に隠す必要なんかないのに変に誤魔化すから、エリカさんの視線の温度が急低下中です。
今更かっこ悪いなんて考えないで本当のことを言っちゃえばいいのに。
そんなことを考えていると、クラリスのもとに普人の青年が依頼表を持ってきた。
身なりは軽装で武器は片手剣と盾。
どこにでもいそうな戦士の格好をしているけど、纏っている雰囲気が支部にいる他のギルド員とは異なっていた。
【神の目】で見える彼のサブステータスは魅力値が高くて、しかも《皇国の皇子》と表示されてる。
つまりこの魅力値の高さは、やんごとなき皇子が人の上に立つべき教育を受けてきたからってことですね。それに人に見られていることに慣れているせいか、勘のいい人たちから視線を向けられても気にしている様子は無い。
何で皇国の皇子が遠く離れたロンドヴィルにいるのかわからないし、なんでギルド員の登録証を持ってるのか分からないけど……御付きの者もいないし、恰好も考えれば身分を隠してるっていうのは分かる。
ただ、彼の持つ固有スキルと腕輪が、青年の事情の複雑さを物語っている気がした。
自分が皇子ってばれてるとは気づかない青年は、少し注視してしまった私に不快感を示す。
「……なんだ。俺に何か用か」
「いえ。失礼いたしました」
クラリスは登録証と依頼表をガラス盤に翳して受注の登録認証を開始する。
何を苛々してるのか分からないけど、認証の手持ち無沙汰な時間にも青年はそわそわしながら右手の腕輪に触れていた。
まぁ急げと言われてもこればっかりはどうすることもできませんよーと内心で呟きながらすまし顔で立っていると、淡い光が変化を始めるのが見えた。
結果は赤。ガラス盤は受注不可を示していた。
見てみると、翳した依頼表で光が点滅しているのは受注ランクの項目。
受注ランクがBの討伐依頼をギルドランクDの人間が受注登録を申請しても、認証されないのは当たり前でした。
皇族だからわからない……はずは無いけど、クラリスはマニュアル通り依頼表と登録証をカウンターに並べ、青年に説明することにした。
「申し訳ありませんが、受注登録の申請は却下されました」
「……」
「受注登録におけるランク制限の規則はご存知ですか?」
「……」
憮然とした態度のまま、青年は肯定も否定もせず、登録証と依頼表を持ってカウンターから離れた。
却下されたことに驚いていなかった様子を見ると、どうもランクの制限は知っていたっぽい。
なのに登録に持ってきたのは、誤魔化せると思ったから……?
特にクレームをつけることもなく依頼表を掲示板に戻した青年は、新しい依頼を選ぶことなく支部を出て行った。
「……なにかしら。今の彼」
クラリスの独白に誰かが答えることもなく、支部はすぐにいつも通りの光景に戻っていた。
その後、一応街の中を調べてみても彼の姿は無くて……普人主義者としてリュネヴィルに何かしようとしているのかどうかも分からなかった。