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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
理由
36/53

6-4:「勝ちたいだけですか?」

 それから数日。

 証人と言っても特にやることは無いらしく、勝負がどうなったかさえ知りません。

 だからそれ以前と生活に変化はなくて、私は高等科の生徒を対象とした授業を行うべく教会に向かった。


 高等科っていうのは、学力を見る最初の試験で一定以上の知識を得ている人を対象にした学科で、言ってみれば中等部みたいなもの。

 教師の学習が追い付かない現状、私が臨時の教師として授業に当たってる。


 教会に着くと、ベルナルトさんが私を出迎えてくれた。


「イリアさん。今日もありがとうございます」

「いえ、提案したのは私ですから。むしろ、ご助力できて幸いです」

「……はい。では、こちらへ」


 ベルナルトさんの後を追い、教室に向かう。

 その振る舞いは普段と同じに見えるけど……一瞬の間にあった、苦悶の表情を私は見逃さなかった。

 今の会話でそこまで不快にさせることは無い筈だし、【神の目】に何か病気を患っている表示は無い。


 きっと、邪神の侵食に抵抗してるんだと思う。


 ここで彼の命を絶てば、それで邪神は消滅する。勿論そんなのは却下。

 彼が邪神の存在を自覚していないんだとしたら、まだ手は打てないし、下手なことを言えば彼を追い詰めることになるしな~。


「司祭様」

「?」

「ご多忙とは存じますが、ご自愛ください。貴方はこの学校の支柱……父のような方なのですから」


 私を見るベルナルトさんは呆然としてしまった。

 意味が分かりにくかったかもしれないから、改めて言葉にする。


「貴方は、皆にとって大切な人なんです」


 だから、簡単に堕ちたりしないでね。

 言外に含めたその意味を汲み取ってくれるか分からないけど、少なからず力になってくれたら嬉しい。


 だけど、私の言葉を聞いたベルナルトさんは、少し辛そうに顔を歪めた。

 それでもその表情は一瞬で消えて、


「肝に銘じます」


 そう言って見せた笑顔は、本心から浮かべた笑顔の様に見えた。


 良く考えれば、ベルナルトさんのどんな感情に対して邪神が取り入ろうとしてるのか、私は知らなかった。さっきの言葉が重荷にしかならないんだとしたら、私は、彼を追い詰めてしまっただけなのかもしれない。


「では、宜しくお願いします」

「はい」


 そうこうしているうちに三階の教室に着き、ベルナルトさんと別れて教室に入る。


「おはようございます」

「「「 おはようございます 」」」


 授業を執り行ってるうちに何とか挽回できる案は無いか考えたけど、そう簡単に妙案は浮かんでくれなかった。


「では、これで授業を終わります。次回は創生時代の大戦末期に移ります。余裕のある人は予習しておいてください」

「「「 ありがとうございました 」」」


 授業が終わると、私の元に生徒たちがわらわらと集まってくる。

 上は二十歳前半から、下は十代前半。人種も何もない人たちは、皆知的好奇心を満たそうと私を質問攻めにしてくる。

 特に今回受け持った世界史……その創生時代は神話みたいなもので、沢山いた普人の神や獣神、鳥神魚神なんかが死ぬことになる大戦期は一種の戦争絵巻みたいな面白さがある。それが男心を擽るのか、いつもは女の子の押しに負ける男の子たちが今日はぐいぐい突っ込んできた。


 普通創生時代の情報は考古学の分野で、各地のエルフでも断片的な知識しか持たない。

 私は【星の記憶】で全部知ってるから、エルフが守ってる情報を除いて、少し脚色して物語性を高めてたりする。


 だって、史実そのままにすると変態だらけになるし。鬱展開多いし。


「ごめんね、この後受付に入らなきゃいけないからそろそろ帰らなきゃ」

「「「 ええ~! 」」」


 渋ってくれる生徒たちを宥めて教室を後にすると、教会を出た直後に一人の男性が話しかけてきた。

 鳥人の男性で、依頼は受けないけど最近ホールで注文を受けたことがあるような……ないような……。そのくらいの人。


「イ、イリアさん」

「はい」


 どうやら私が目的だったらしく、まっすぐ近寄って紙を差し出してきた。

 差し出された紙は、闘技場のチケットだった。


「あ、明日の午前中、俺個人戦に出るんす! よ、よかった見に来て欲しいっす! 頑張るっす!!」


 鳥類らしいというか体育会系っぽいというか……。声がやたら大きくて、教会の前の人通りが少なくて助かりました。


「ごめんなさい、血生臭いこと好きじゃないんです」


 彼も、断られるところを大勢に見られずに済んだしね。

 能力もそこそこあったし、彼にとって戦いこそ自分の長所だって自覚していたのか、断られても素直に帰ってくれた。

 偶然かも知れないけど、明日の午前中にシフトが入っていないのを調べたんだとしたら気持ち悪いけどね。





 それから、何度か誘いを受けるようになりました。

 闘技場だけじゃなくて、食事だったり性欲丸出しだったり。

 うふふ。消えてくれないかな~。……っていうか仕事の邪魔する奴はほんと消えろ。


「うわぁ……だいぶ怒ってるね、イリア」

「…………はぁ」


 隣で受付に入っているシンシアにドン引きした顔をされて、なんとか気持ちを持ち直す。

 受付業務中くらい、作り笑いしないとね。


「……でも、何で急に増えたんだろ」

「あー……たぶん、あれが原因じゃない?」


 シンシアが視線で示したのは、ホールでいちゃつく数組の獣人たち。


「見せつけられちゃうと、焦っちゃうんだよね~」


 そう呟いて、シンシアは溜息を零した。普通にモテる子が言っても説得力があるわけありませんけどね。

 でも、前世を思い返してみれば、クリスマスとかのイベントの時は焦っていたような……って、お前ら高校生かっ!


 まぁそんな現実逃避は置いておいて、どこか浮かれた空気と淀んだ空気が混在するホールで、カウンターの一席が妙な空気を醸し出していた。


 頭を抱えてるから顔は見えないけど、私が証人になった勝負をしてる女の子だった。


 私の視線に気づいた、彼女の横に座っていた女の子が、私の前の席に移ってくる。

 魔物が異常な増加を見せてからよく世話になってるパーティに所属してる普人の女の子で、名前はリリトさん。


「……上手くいってないんですか?」

「はい……」


 リリトさんは、重々しく頷いた。


「エリカ、かなり無理してCランクの依頼を熟してたんですけど……セルジのやつ、Bランクの討伐依頼を達成したらしくて……それで」


 どっちが高ランクの依頼を多く熟せるか、だっけ。

 詳しい採点方法を知らないから、BランクがCランク幾つ分に相当するのか分からないけど、けっこう絶望的な状況っぽい。


「あの、エリカさんとセルジさんってどういう関係なんですか?」


 シンシアがなんでもない風に、でも興味を抑えきれないって顔を隠してリリトさんに訊ねた。この子は、人の色恋沙汰を妄想する困った癖があるから、たぶんそのせい。


「こら、シンシア」

「(えー、なんか複雑っぽいって私の勘が言ってるし、気にならない?)」


 やっぱり……。

 一応体裁を気にして小声で言ってきたけど、聞こえていたリリトさんが苦笑する。

 少し考える様に一拍おいて、彼女は改めて私を見た。


「そうですね……。聞いていただけますか?」


 聞くだけじゃ済まないんだろうなーって思ったけど、見て見ぬ振りもできないから、ここは素直に頷いておいた。

 シンシアに同類を見るような目をされたから、冷たい視線を送ってあげた。


「あの二人、元々は別のパーティで活動してたんです」


 途中、受注依頼が入ったりして会話が途切れたりしたから少し飛び飛びになったけど、要点をまとめると、元は別々だった二人の所属するパーティは、リュネヴィルで依頼が重なった時に合併することにしたらしい。

 女性ばかりだったエリカさんのパーティと、男性ばかりだったセルジさんのパーティ。

 今回の発情期で一時的に離脱するメンバーがいて、お互いが元から考えていたメンバー増員の計画を早めることにしたんだとか。

 で、合流した二人は同郷の知り合いだったらしく、顔見せをした瞬間から口論を始めたらしい。


「セルジは、弱い私が傭兵ギルドにいること自体が気に入らないんです」

「エリカ……」


 話を聞いていたのか、エリカさんが目の前にあるグラスを見つめながらそう言った。

 因みに中身はジュースで、ヤケ酒をしてるわけではありません。彼女の名誉のため、一応。


「私には才能がないからやめろとか、弱いんだからってネチネチネチネチ……。昔はあんな風じゃなかったのに……!」

「あー、それ、あんたに会う前からだぞ」


 口を挿んだのは、ついさっき入って来た男性。

 彼女たちと一緒に依頼を受けていたから、元からセルジさんと組んでいた人だと思う。

 自然な流れでリリトさんの隣に座り、ラシェルにドリンクの注文を告げた。

 一瞬シンシアが目を光らせてたし、リリトさんと親密な関係なのかもしれない。まぁどうでもいいですけれど。

 すぐに届いたジョッキで喉を潤して、男性は先程の言葉を続けた。


「あいつ、オーブワイトの闘技場で負けてからああなったんだ。無気力っつーか、不貞腐れてる感じにさ」

「そう、なんだ……」


 セルジさんは、普人としてはかなり高めの能力を持っていた。

 【天才】が該当するものもなかったし、努力して培った自信を打ち砕かれたんだとしたら、挫折しても仕方ない……かな?

 自分の限界を思い知るような挫折は大抵の人が味わう物だから、聞いていたリリさんも慮るように顔を顰めた。

 けど、


「……知ってます」


 とエリカさんは言った。

 思わぬ告白に、男性は勿論、リリトさんも驚いてる。


「“魔剣のトリスタン”ですよね……」

「そうそう。そいつに負けてから、剣を捨ててコロコロ武器替えるし、そのくせ日課だった筈の訓練もやめちまうしよ」


 彼も不満を抱いてるのか、憂さを晴らすようにジョッキの残りを一気に呷った。

 言葉が途切れたところに受注登録依頼の人が来て、沈黙しかけた空気が霧散してくれて助かりました。


「――該当区域以外の討伐は対象外となりますのでご注意ください。……ご武運を」

「おう! いくぞおめぇら!」


 登録依頼の列が切れて、一息つけると思った矢先。


「……やっぱり諦められない」


 そう呟いたエリカさんは立ち上がり、


「イリアさん、お願いがあります!」


 私に向かって頭を下げた。




 場所は変わって、二階の個室。


「私にも、おすすめの武器をください!」


 扉を閉めるや否や、エリカさんは再び頭を下げた。

 取り敢えず椅子に座って貰い、落ち着いてもらう。


「エリカさんにおすすめの武器ですか?」


 一応確認のために訊ねると、エリカさんは強く頷いて見せる。


「イリアさんが勧める武器はすごく扱いやすくて、今まで使ってた得物より得意になるって、噂になってるんです。……あんまり広まっても困るからって、皆あまり他言しないようにしてますけど」


 魔物の集まり方と一緒で、事実とはちょっと違った解釈で広まってるらしい。

 私に直接原因があるんじゃなくて、一種の験担ぎみたいに考えられてるのは不幸中の幸いかな。

 口コミを制限してくれてるのも、自分たちのためだろうけど正直助かる。

 簡単に強くなれるなんて勘違いして、責任を押し付けられても迷惑だし。


 まぁそれは置いておいて、本題に入らないとね。


「どうして、そこまで勝ちたいんですか?」


 彼女は職業クラスが調合師になっている通り、人並み以上の【調合】スキルを持ってる。戦闘に参加するから毒とか回復薬が主みたいだけど、やろうと思えばそっちの職に就くことができることくらいわかってると思う。

 願望をそのまま希望にして突っ走ってしまう子供と違って、感じみすえて立ち止まり、進める道を探すことができるのが大人だと思うし。


 懐疑的な質問をする私を真っ直ぐに見返し、彼女は口を開く。


「私は、あいつに立ち直って欲しいんです」

「……変わってしまった、と仰っていましたね」


 エリカさんは無言で頷き、視線を落としたままテーブルを睨みつける様に見据える。


「……勝って、証明してやりたかったんです。無駄な努力なんかないって。私が貴方に勝てるんだから、一回負けたくらいで諦めないでって……!」


 テーブルに滴が落ちて、吸い込まれることなく撥水状態の水滴を作った。


「でも……ダメでした…………。私、才能無くて……、守られるだけじゃなくて……、一緒に、居たかったのにっ……、約束したのに、何も、できなくて……!」


 言葉が漏れる度に滴が落ちていく。

 感情が抑えきれないのか、言ってることは要領を得ないけど……その分、彼女の本心そのままの言葉なんだと思う。


 席を立ち、背中を摩る。

 きっと、彼女は不安を一人で抱え込んで、潰されそうになってたんだと思う。

 だから、触れてあげることで、すぐ傍で声をかけることで、一人じゃないってことを教えてあげる。


「一緒に居たくて、あんなに頑張ってたんですね」

「……はい……、なのに、あいつ、ずっと帰れ、弱いから無駄だって……!」

「全部無駄になっちゃうんじゃないって思うと、怖いですよね」

「っ……はいっ……」


 暫くそうして話を聞いてると、彼女は一度堰を切ったように泣きだした。

 それが止んで顔を上げた彼女は、目元や鼻を赤くしながらどこか晴れやかな表情だった。そこでタイミングよく(悪く?)お腹が鳴って、一しきり笑った後で食事をとることになった。


 泣いてる最中よりは落ち着いてるだろうってことで、食事をしながら改めて動機を聞くことにした。


「セルジとは幼馴染だったんです。昔のあいつはかっこよくて……私を守る、ずっと一緒にいるって約束したんです」


 なのに、とテーブルを叩く。私の魔術でかなり痛い筈なのに、怒りのせいか痛がる素振りも見せないのが怖い。


「あいつ、強くなるとか言ってすぐ村を出て行ったんです! 酷くないですか!?」

「うわぁ……それは酷いですね」

「ですよね!? そのくせ、私も一緒に行くって言っても聞いてくれなかったんです! だから私、一緒に居られるようにって弓を練習したんです! ……あいつ、剣士だったから」

「頑張ったんですね」


 若干勢いの衰えたエリカさんは、小さく頷いた。


「それで、あいつを追いかける途中でリリトたちのパーティに入れてもらったり、役に立てるようにって調合も覚えました。……弓が、上手くなれなくて」

「調合も覚えたなら、かなり重宝されたんじゃないですか?」


 上達しなくなった、の辺りで落ち込みかけたけど、私の言葉を聞いて彼女は照れくさそうな笑顔を浮かべる。


「重宝してもらえてたかはわかりません。でも、弓だけのときより皆を支援出来ることが増えて、すごく嬉しかったです」


 その頃を思い出しているのか、少し遠い目をしながらエリカさんは微笑んだ。

 でも、その微笑みが不意に凍る。


「皆と旅をしながら、あいつの情報を聞くようにしてたんですけど……、聞いちゃったんです。闘技場で有名な剣士に負けて、剣を捨てたって。……それからずっと心配してて、ここで偶然会うことができたんですけど……」


 彼は、想像以上に変わってしまっていた。


「それまでも、パーティの中で私が一番弱くて、足手まといだってことはわかってました。でも、私にもできることがあったつもりでも、彼はそれも今のパーティならいらないって言って、私をパーティから外すように言い出したんです」


 それで、今回の勝負に繋がる、と。

 本気で必要ないって思ってるのか、昔の自分を思い出して辛いから遠ざけようとしてるのかは分からないけど、セルジさんが彼女をパーティから外そうとしてるのは本気なんだと思う。


「確認なんですがエリカさんは、この勝負に勝ちたいだけですか?」

「……勝ちたいです。勝って、前のセルジに戻ってほしいです。……でも……」


 現状を思い出してしまったのか、彼女は言葉に詰まり、それでも、


「……一緒に居たいです」


 彼女は、意志を口にした。

 なら、私はそれを手伝おうと思う。


「畏まりました。最大限、ご助力させていただきます」


 ギルド員のサポートも、連合職員の仕事だからね。



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