6-1:「問題はありませんか?」
今回から新章「理由」
六話開始です
城門の建設が続く中行われた、闘技場竣工祭から早数日。
闘技場は飽きることなく足を運ぶ人たちで満員が続き、本来大規模清掃や整備などで休場となる日には、将棋などの大会が開かれるようになった。
血なまぐさいところでいいのかなって私は思っていたけど、参加するような人たちからしてみれば定期的に大会を開いてくれることへの感謝の方が大きかったらしい。
因みに、魔物戦を開くかどうかは、問題をしっかり説明したうえで住民投票を行う、ということで保留中。
ギルド連合直轄ということで、闘技場の最高責任者はフランクさんなんだけど、運営の人員は別に雇ってくれた。だから、支部としてやることは特に変わったことは無い。
取り敢えず、外への警戒に重きを置いておこう。
……そう思っていたんだけど、そう上手くはいかないみたいだった。
「知り合いのようですが、司祭殿。支部で働いてくれているイリアです。イリア。こちらはラトヴェスター教のリュネヴィル教会堂に赴任されるベルナルト・ガルトマン司祭殿と、教徒のソフィアさんだ」
応接間で、対面した二人とお辞儀を交わす。
促されてベルナルトさんはソファに座り直し、ソフィアと私がそれぞれの上司の後ろに控える形になった。
私の立ち位置に、ソフィアは以前の時のように目を瞬かせていたけど、私のチートを知らないベルナルトさんは特に反応を示さなかった。
「ええと……どこまで話したんでしたか」
苦笑気味に首をひねるベルナルトさんに、ソフィアがこしょっと囁く。
「そうそう、以前計画されていたリュネヴィル教会堂の建設が頓挫してしまった所ですね」
「中止自体はかなり早い段階で決定していましたが……」
頓挫したのは盗賊ギルドのせいだって聞いてるから、フランクさんに落ち度はない。なのに気まずそうにするんだから、真面目すぎるのも考え物だなーって思う。
フランクさんは自分の功績をもっと誇っていいのに。
「お恥ずかしながら……当時は教会もごたごたしていまして。頓挫を知らされたのはかなり後で、私とソフィアは、済し崩し的にアクラディスト王都の教会堂の世話になっていたんです。とはいえ、その後はアクラディストでの布教活動で国中を回っていましたが」
「では、先日の避難でロンドヴィルへ?」
アクラディストの王都は、臨海部ではなく海に繋がるラカバ運河を少し上った先にある。
技術の発達した水門である程度は制御できるとはいえ、水面上昇の被害は少なくなかった。
「いえ。我々は王都の避難所で看護に勤めておりました。避難民の支援に向かった方も多かったので」
そちらが一段落着いたから、改めてこっちに移ってきた。
そう言って、ここに来るまでの経緯をベルナルトさんは締め括った。
それからリュネヴィルの案内を兼ねて街に出て、公務から帰ったエクトルさんに面会するために館へと向かった。
館の応接間に招かれ、エクトルさんを待つ間、ソフィアは興奮冷めやらぬ様子で頬を上気させていた。
「(どうかした?)」
「(あ、あはは……)」
理由を訊ねると、恥ずかしそうに頬を掻く。
「(なんていうか……感動しました! アクラディストの王都も水路があって綺麗だなって思いましたけど、華やかな中にも陰があって……。でも、リュネヴィルは綺麗なのに明るくて!)」
小声なのに声を張るなんて器用なことをしながら、ソフィアはリュネヴィルの街を褒め称えた。
街と言うよりは、雰囲気と言った方が正しいかもしれない。
街並みは建築した人たちの功績だけど、雰囲気は街の人たちで作る物だから、素直に嬉しいい。
好きなものを褒められるとこんなに嬉しいんだなーって、ちょっとした感動を味わっていると、エクトルさんが到着した。
「お待たせして申し訳ない」
現れるや否や頭を下げたエクトルさんに、初見のベルナルトさんとソフィアが狼狽する。
物腰の柔らかい人や丁寧な人はいただろうけど、領主でここまで腰の低い人はいなかっただろうから、当然と言えば当然かな。
私だってそうだったし。
「領主を務めておりますエクトルです」
「リュネヴィル教会堂に赴任することになりました、ベルナルトと申します」
挨拶の後、教会就任登録などの申請書にサインを済ませると一応公務は終わり。
話題は雑談に似た近況の確認に移った。
ソフィアはにこにこしていたけど、内容を理解していないのが丸わかりだった。というか、私と彼女を大事な会談の場に居合わせるのはどうかと思います。
……私はもう諦めかけてるけどさ。
「――同規模の都市には大抵貧困に苦しむ方が見られるものですが、それもない。世界中がこの街の様に幸福であればよいのですが……」
ベルナルトさんは苦笑気味にそう言った。
前世と違ってこの世界には誰でも依頼を受けて報酬を得られるギルドがあるから、無職の人はいないものだと私は思っていた。
でも、実際はギルドに登録するには試験があるし、職を続けられなくなるとそれまでの貢献に応じて支払われる、退職金や年金みたいなものだけで生活しなければならなくなる。
傭兵ギルドなら怪我、商業ギルドや工業ギルドは借金等で経営が困難になって職を失う人が多い。農業ギルドでは怪我をすることもあるし、経営が困難になって土地を売って一家そろって路頭に…………やめよう。考えただけで凹んできた。
とにかく、失業や貧困は普通にある。
リュネヴィルだって、今の状況が続く保証はない。
思えば、ここにいる三人はリュネヴィルにおける三大権力の長。
いい機会だと思って、三人の会話が途切れるのを待ち、
「学校を作ってみませんか?」
と発言してみた。
「学校、ですか?」
最初に問い返してきたのはベルナルトさんだった。
というか、後の二人は私が変なことを言いだすのに慣れてしまっているのか、驚くよりもまず続きを促す様な仕草を見せる。
「各国の首都には、大抵国やギルドが運営する教育機関があります。国の中枢にばかりあるのは、文官や職員のような学問が必要な機会が多いこともありますが、生活水準が高く、子供を働きに出す必要がないからです」
それが表向き。
裏の側面を言えば自分たちの都合のいい人材を育てるための機関だし、その面が強い盗賊ギルドの教育機関だって地方都市の貴族並みに教育水準が高かったりする。
前世の時みたいに義務化は無理にしても、中立性に関して言えばリュネヴィル程適している環境は無いと思う。
そう考えての提案だったんだけど、三人は察しているのか、その点に関して口を出すことは無かった。
「成る程……。今、子供を働きに出しているのはどのくらいの世帯なのでしょう」
「28世帯ですね。内訳としては、農業ギルドに所属する家庭と、宿を経営する商業ギルドの家庭がほとんどです」
すらすらと答えるエクトルさん。
住民への愛に驚いていたら、フランクさんに苦笑されてしまった。
「その他の家庭では、働いているのではなく経験を積むために弟子入りのような形をとる子供や、家に残り、イリアの作った教材で勉強する子のどちらかですね」
「彼女の作った教材ですか?」
エクトルさんの発言に、ベルナルトさんが反応する。
まぁ一部では神々の知識を守護していると有名なエルフとはいえ、世俗から切り離された印象があるから、教材を作れるだけの知識があるのかどうかが疑わしいんだと思う。
「なら安心ですね」
と思ったら、あっさり納得されました。
なんで? と考えていたら、彼の後ろに控えるソフィアが、申し訳なさそうな表情で何度も頭を下げていた。
「具体的な草案はあるのか?」
「学習面の授業計画はできています。あとは、御三方の承諾と住民への説明、場所の確保と資金の工面です」
「資金? 学校専用の校舎を建てるのか?」
フランクさんの問いを私は否定する。
「いいえ。そこまでの生徒が参加するか分からないので、場所については支部の個室を、と考えています。資金が必要になるのは、生徒たちの前で記述を見せる黒板のような、授業に必要な備品を揃えるためです。余裕があれば専門の方をお呼びして指導していただくための賃金としたいところですが……生徒の保護者から頂ける月謝は、給食に回せればと思っていますので」
唖然としている四人の顔を見て、久しぶりにやっちゃったかなって乾いた笑みが浮かぶ。
勢いに乗って言っちゃったけど、この世界の学校に準ずる教育機関では、生徒たちの前で教師が黒板に説明の記述を行うことは無い。教材と睨めっこする生徒たちから質問があれば教師が説明したり、テストをして間違えた箇所を説明する、という手法を取っているのが普通。
それに、給食なんてものもない。
裕福な子供たちが通う教育機関では、食堂でシェフが作った料理を給仕が運んだりしてるし、もう少し階級の下がる学校ではお弁当を持参することになってる。
「ふむ……イリアさん。給食というのは、どういったものなのでしょう」
興味深げに問うベルナルトさん。
もともと説明するつもりだったけど、彼と同等以上の興味を示す三人の視線を感じて慎重に言葉を選ぶ。
「生徒に勉強を教える対価としていただいた月謝を纏め、人数分の昼食を作って振る舞うんです。利点としては、同じ料理を大量に作ることで単価を下げつつ、栄養を考慮した食事を作ることで生徒の成長を補助することができます」
なるほど、と頷くフランクさんとエクトルさん。
一方、ベルナルトさんは顔を俯かせて、僅かに身体を震わせていた。
ラトヴェスター教は、世界樹に生かされている命は皆平等っていうのが教義。
だから反対はされないだろうなーって思っていたんだけど……、
「素晴らしい!!」
案の定というか、むしろ斜め上にぶっ飛んでました。
「その学校の運営、教会に任せていただけないでしょうか!」
「あ、ありがたいお言葉ですが」
テンションが上がりまくってるベルナルトさんに、フランクさんたちがたじろいでる。
私としては棚から牡丹餅の提案だったから、このまま押し切ってくれないかなーって思って静観中。
「備品とやらの調達資金に関しては、教会から回される補助金を使いましょう。教会堂の個室を使って頂ければ、場所に迷うこともありませんし!」
相変わらず熱くなると突っ走る性格に呆気にとられていると、同じく唖然としていたソフィアと目があって、お互い穏やかな笑みが毀れてしまった。
決して馬鹿にして笑ったわけではないんだけど、私たちの様子に気付いたベルナルトさんは恥じ入るように視線を泳がせながら苦笑を浮かべた。
そこでようやく口を挿むことができたエクトルさんが口を開く。
「司祭殿の提案は願ってもないものです。ですが、教会の補助金をそのように使って頂くことに問題はありませんか?」
ベルナルトさんは確信をもった表情で頷く。
「補助金は、教会堂の維持や教えの普及といった教会の教えに反しない範囲であれば、現場の裁量に一任されています。そうですね……学習の一環に生命の尊さを説く時間を設けていただければ、大聖堂も満足するでしょう」
満足って、司祭が言っていいんだろうか。
ソフィアも苦笑いだし。
「学習の一環ということであれば、道徳という授業を儲けようと考えていましたので何の問題もありません。ただ、他の授業との兼ね合いもありますので、学習指導案を制作していただけますか? 後程、制作例として別の授業のものをお持ちしますので」
「勿論です!」
なんてもっともらしいことを言ったけど、学校は作りたいなーって考えていただけで、具体案があるわけじゃなかったりする。カリキュラムと学習プログラムの作成かぁ……。
まぁ、高校とか大学みたいな進学制度があるわけじゃないし、緩めでも大丈夫だよね。
何にしても、ちゃんと計画を書いてくれれば何をするか事前に分かるし、計画にないこと教えているとなれば、正式に抗議することができる。
石橋を叩いた気になれたら十分ですし。
「我々に何かできることはあるかい?」
「国とギルドに認められている、という立場を作っていただけるだけで十全なんです。……欲を言えば、“全課程を修了した者には職場を斡旋する”という保証をいただけたら、と思うのですが……。何分試行段階なので、就職する側にもされる側にとっても未知数でしょうし」
もっと言えば専攻学科のクラスも作れたらと思うけど、それも勇み足。
結果も大事だけど、過程を経ずに結果は伴わないしね。
まずは、学力を上げつつ色んな可能性に触れもらうのが最優先。
「では、学校の具体案と説明会を開く日程を決めようか」
「よろしくお願いします」
リュネヴィルの学力向上に関してはエクトルさんも考えていたことらしく、それからは殆どトントン拍子に話は進んでいった。
終始ノリノリだったベルナルトさんを見てると、【神の目】が無かったら邪神が住み着いてるなんて絶対思えなかったと思う。