幕間:「来訪」
難民の護送も無事に終わって数日が経った頃。
リュネヴィルは闘技場が開催され、街全体が一層活気づく。
支部食堂の二号館となる第二別館ができたことで、支部のホールは異常というほど混み合うこともなく済んでいた。
だから、休憩も普通にとれるし、その休憩で人に会う余裕だってある。
問題なのは、その相手にあった。
「……言い分を聞きましょう」
努めて冷静に言ったはずなんだけど、問われた相手……ヨルクの頬を一筋の汗が伝った。
エルフを泊めてもらっている宿の一室で、長老とヨルク、そして私の三人の間には、拳より大きいくらいの柄の両側に、細長い円錐の突き出した槍……近い物で言えばピルム・ムーリアリスが鎮座してる。
何を隠そう、神獣を苦しめた(?)神具でした。
私の視線に幾らか慣れたのか、ヨルクは一度視線を外して俯く。
そして、意を決したように顔を上げた。
「処理を一任されましたので、妖精や鬼人の少年とも、話し合い、決めたことでございます」
汗ダラダラの様子を見て、長老までもが軽く血の気が引いている。
流石にこの状態じゃちゃんとした話し合いはできないか。
そう思って息を吐いて張っていた気を散らすと、ヨルクもまた、深い息を吐いた。
「……神具の影響力は忘れないで、って言ったわよね?」
「……はい」
思いの外強い肯定に、私は続きの言葉を待つことにした。
「あ、あの場に神具を埋め、真に歴史の表舞台に立つ機会まで眠る……。それが、本来神具の眠り方だと思いました。しかし、その力が破滅を望むものの手に渡る可能性がないとは言えません」
だから埋めてこいって言ったんだけど。
まぁ、ヨルクが考えなしな行動をとることはないから、口を挿まないでおく。
「神具が安心して機を待つことができ、悪に渡ることのない場所こそ……御身の御傍だと判断しました」
「私に、神具を保管しろと?」
「っ、お、恐れ多くもっ……!」
私は神具に視線を移す。【神の目】で表示されるのは、神槍ヴィシュヴァ。
これで何本目だろう。
これ以上、“神具が揮われるべき機会”になんか関わりたくないのに……。
とはいえ、ヨルクの言い分も理解してしまうのも事実。
「……わかりました」
悩み抜いた末に絞り出した声に、ヨルクは安堵の息を微かに吐いた後、叩頭した。
いや、叩頭なんかしようとしたから、私が口を挿んでそれを阻んだ。
「ただし条件があります」
「は、はい」
怯えるヨルク。
ふふ。私が慈善で面倒事を受け入れると思った?
残念でした!
「長老を里に帰して」
私の条件に、二人は固まった。
直後に動き出そうとした長老を制するように、生じた水球が長老を包み込む。
「畏まりました!」
「ぼぶぶ、がばぼ、ごぼっ!」(ヨルク、貴様、ごぼっ!)
まるで私の意志が変わらないうちに逃げてしまえと言わんばかりに、水球を携えたヨルクはリュネヴィルを発って行った。騒動に気付いたエルフが、水球から出ようとする長老を総掛かりで抑え込んでるのがシュールでした。
ともあれ、これで、厄介ごとの数は差し引きゼロ。
いい取引だった、と私は支部への帰路につく。
「あ、イリアお帰り」
「ただいま、リア」
「ピィ!」
「ハク、ただいま」
飛び込んできたハク抱えながら撫でる。
やっぱり支部は安心するなぁ。
……なんて、そんなことを考えていた私が甘かった。
「応接間にお客様がいらしてるよ」
「お客様?」
リアは頷く。
待たしてるのに、焦りが全くないことに違和感を覚えたけど、そんな私を察したリアが説明してくれた。
「本当はフランクさんのお客様なんだけどね、イリアが帰ってきたら、是非会いたいって言ってきたの」
「……そうなんだ。ありがとう」
休憩時間は残り少ないけど、待たせたままというのも失礼だと応接間に向かうことにした。
ノックをすると、扉の向こうからフランクさんの招き入れる声が聞こえた。
「失礼します」
「お姉さま!」
抱き着かれた。
強靭な精神力で動揺を抑え込んで相手を確かめると、青い髪をした、見たことのある普人の女の子だった。
女の子の名前はソフィア。
彼女と初めて会ったのは、生贄の祭壇。
今私が着ている[巫女の枷]を着ていた時の彼女は、邪神の生贄に選ばれた巫女だった。
「久しぶり、ソフィア」
「お久しぶりです! 私、新しくできる教会の教徒として赴任したんです!」
照れくさそうに頬を赤く染め、そう言った彼女は一歩引いて自分の着ている服を示す。
彼女の着ている黒に近い茶色と襟と袖が緑色の修道服は、ラトヴェスター教のもので間違いない。
「これ、ソフィア。支部長殿の前で失礼ですよ」
「あ、す、すいません!」
「構いませんよ」
何度も頭を下げるソフィアに、いつも通り爽やかな対応のフランクさん。
彼の前に座り、ソフィアを戒めたのは普人の男性で、着ている物はソフィアの着る修道服を少し豪華にしたもの。
私の視線に気づき、男性は立ち上がってお辞儀した。
「お久しぶりです、イリアさん。こうして再びお会いできたことを嬉しく思います」
「お久しぶりです、司祭様。私も嬉しいです」
それ以上に驚いてますけどね。
努めて普段通りに振る舞った甲斐あって、何事もなく平和なやり取りが交わされていく。
普人の男性、ベルナルト・ガルトマン。
生贄の儀式を行っていた村の属する都市の司祭を務めていた人で、邪神がいなくなった後は布教のために村に訪れるようになった。
その頃から、順調に年を重ねたこと以外に変わっている様子は無い。
ただ一つ。
【神の目】で表示される職業で、邪神に憑りつかれた者、と書かれていたこと以外は。
二章終了です。