5-7:「どうか御無事で」
『着いた』
「……了解です。では、詠唱の復唱をお願いします」
『お、おう』
これから伝える詠唱は、結石に設定を書き加えるもの。魔力を込めるだけなら起動するだけで済むけど、私の魔力で設定が通話程度で収まっているところに別の魔力で同じ設定を加えると、連鎖反応を起こして本来の魔術としての効果が生じる。
「――此方と彼方の風を繋ぎ」
『こ――こなたとかなたの風を繋ぎ』
「我が意志を、心の揺らぎを繋げ――風の激高」
『我が意志を、心の揺らぎを繋げ――風のげっこう』
「――ウェイバーコネクト」
『――ウェイバーコネクト』
直後にバルドさんは結石を投げ、魔物が集まる一画に落ちた結石は甲高い音を立てて跳ね、
炸裂音と共に衝撃波を生み出した。
殺せはしないけど、通路を開けてもらうには十分すぎる威力がある。
「今です。直進して二つ先の区画で右折し、通路の先にある部屋に入ってください」
『りょ、りょうかい……』
「敵と勘違いされないよう、ドアを開く前に、結石をドアに密着させてくださいね」
『……わかった』
バルドさんのテンションが気持ち下がっているけど、状況自体は順調だから良しとしよう。
それから搬送部隊にルートを伝えながら、一階の部隊に魔物の殲滅をしてもらった。
一階の魔物が少ないのは不幸中の幸いだったかな。
『イリア、ドアの前に着いた』
「はい。フランクさん。聞こえますか?」
『イリア……!?』
「はい。ドアの前にバルドさんがいます。入れていただけますか?」
『わかった』
これで、無事バルドさんと警邏隊が合流した。警邏隊の戦力を活用できるけど、結石はバルドさんの持ってる一つだけ。まずは搬送部隊との合流が優先かな。
地下一階の魔物も数は多くないから、増援部隊の人たちで何とかできそうだし……。
『イリア、バルドはどうする?』
どうやら、フランクさんが結石を持つことになったらしい。
能力を考えれば当然と言えば当然かな。
「搬送部隊との合流まで、警邏隊の皆さんに同行してください」
『了解だ。……具合が悪いのか? 無理するな』
「あ、はい。ありがとうございます……って、フランクさんが人の心配してる場合じゃないですよ」
『だな』
こんな状況でも人の心配なんて、らしいと言えばらしい。
取り敢えず、搬送部隊との合流を優先してもらうことにした。
「――そのまま直進してください」
『了解、見えた!』
搬送部隊の人たちを誘導して合流してもらった後は、結石を配って部隊の編制をしてもらう。
その間に、バルドさんには斥候の役割を担ってもらうことにした。
勿論、魔物の位置を正確に知っている理由を作るため。
『イリア、この結石はイリア以外にも繋げられるのか?』
「え、あ、はい。えっと、結石の効果範囲であれば」
本当は以前ゲーム大会の時に説明した“私の魔力が届く範囲”が正しいんだけど、流石にこの状況では言えない。だからでっち上げた設定だったんでけど、魔術に詳しくないバルドさんがそこに突っ込むことは無く、話は問題なく進む。
『なら、これからはこちらで互いに連携していく。君は無理するな』
「でも……」
『いいから』
「……はい。……わかりました。どうかご無事で」
余程危険な状況にならない限りは、と内心で付け加えて承諾した。
ラシェルを悲しませたくないし。
ということで、取り敢えず考えることを止めて状況の把握に努めた。
いい機会だっていうことで、把握距離だけじゃなくて対象も絞り込めるように練習することにした。
今まで虫を一瞬たりとも察知したくなくて使ってこなかったから、この機会を逃すとまた世界全体からやり直さなきゃいけないし。
「うぐぅう……」
「ピィ……?」
「ごめんね……ぅう」
「ピィッ!」
許可を得られたので、尚もハクに抱き着く。
結局、カテゴリ別の把握対象選択ができるようになる頃には、闘技場内の魔物を殲滅する段階に移行していた。結局、本能に近い連携よりも練達した連携の方が勝った形だ。
そういえば、と認識範囲をアクラディストにまで広げる。と同時に要らん物まで認識してしまって、取捨選択できるのはせいぜいリュネヴィルの都市内ってことがわかった。
一瞬もなく元に戻したけど、認識した限りではパーシャたちは無事に神具を取り除き、神獣の件は解決したようだった。
一方、リュネヴィルには一難去ってまた一難というか、闘技場の魔物に誘き寄せられた市外の魔物が進攻してきているのが見えていた。
「……はぁ」
悪寒と吐き気で怠さの残る身体を叱咤して立ち上がる。エクトルさんに報告するために一階に向かうと、ハクもパタパタとついてきた。
私の顔を窺っている様子が、そのまま心配してるように見えて愛しい。
「大丈夫だよ」
「ピィ」
ハクを抱きかかえて階下に向かうと、私に用があるらしいエクトルさんと鉢合わせした。
ちょうどその時、闘技場でも最後の魔物が討伐されたところだった。
後は、探索と掃討。
連戦はきついかも知れないから、一応戦力には含まずに話を進めることにしよう。
そんなことを考えながら、私はエクトルさんを個室に招いた。
「闘技場の方は大方の討伐を終え、掃討に入ったようです」
「そうか……被害は?」
「警邏隊と増援に重傷、軽傷が共に数名ずつですが、命に別状はない、とのことです」
私の報告を聞いて安心したのか、エクトルさんは座る椅子に身体を靠れかけた。
「不幸中の幸いと言っていいのか……」
「今のところは言っていいと思います」
今のところ。
その言葉に反応したエクトルさんが、表情を硬くして視線で先を促した。
「現在、複数の魔物がリュネヴィルに向けて進行中です」
紙に、向かって来ている魔物の種類と進行方向を画き出す。
幸いなことに、進行速度が遅い種族だったり進行途中に村落が無かったりするから、迎撃体制さえ整えれば対応は難しくない。
それをエクトルさんも察して、緊張を僅かに解いた。
「連鎖的に呼ばれないよう、準備が整い次第迎撃に出た方がいいのかな」
「そうですね……。呼ぶのにも時間はかかるはずですので、大本が取り除かれた今、遭遇後速やかに討伐することを優先した方がいいと思われます」
「人員の選定も絞れそうだね」
煮詰まってきた所で、エクトルさんは不意に深い息を吐いた。
自分でも気づいていなかったらしく、私の視線で自身の行動に気付いたように苦笑を零した。
「人が増えれば、比例するように増えて人に牙を剥く。変質して仲間を呼ぶから、満足に調査もできない。……魔物は、厄介な存在だね」
「そうですね……」
言ってみれば、それこそが生物の敵として造られた彼らの“力”なんだと思う。
でも、言い換えるとそれだけのことをしないと“生物の敵”として機能しない、ってことでもある。
「人も協力することで、一対一では敵わない相手を制することができます。あちらからすれば、人の1+1が2に収まらない力の方が厄介だと思いますよ」
そのおかげで、リュネヴィルの危機は防げてるわけだし。
「そうだね。……確かにそうだ。仲間を助けに来た魔物には悪いけど、我々も仲間を守ろうか」
「はい」
解釈がエクトルさんらしいと思いながら、私は知らず浮かべていた笑みのまま同意した。
……ただ、繋がることは、ちょっとした行き違いで軋轢になる。信頼や友愛は、不信や憎悪に変わってしまう。
互いの距離を試行錯誤した結果の衝突なら、私は依頼みたいに口を出すことはできない。
普人至上主義者が何をしようとしてるのかは知らないけど……いや、本当は【探知】した時少し知ってしまったけど、早まったことはしないでほしいと願うばかりです。
魔物の発見から始まった一連の騒動は、7日と経たずに終息を迎えた。
表面上は。
「普人至上主義者の狙い、ですか?」
私の言葉に重々しく頷いたのは、フランクさんとエクトルさん。
現在、先日捕まえた普人の業者から得た情報によって予測される、今後の対策についての会議中。
業者の証言では、今回の魔物は一週間程の期間で変質が始まったらしい。
つい先日届いた調査では“捕獲して二週間以内であれば魔物を持ち込んでも問題は無い”という結論に達したことから、齟齬の原因を含めた再調査が予定されているらしい。
まぁ、原因は十中八九悪魔の仕業だと思う。
業者に憑りついたのかは分からないけど、悪魔は【精霊の目】を持っているから、誰に害意を抱いてるかは憑りつかなくても知ることができる。
だから、それを利用しようと力を貸したとしても不思議はない。
分からないのは、悪魔がどうしてリュネヴィルを狙うかだ。
光素の強い昼間は弱体化するとはいえ、結果も確認しないで魔物の操作を途中で辞めた意図が分からないし、当然、邪神のことと無関係だとは思えない。
「正直、最近の主義者の動きは活性化する一方だ。今回の件も、ただ混乱を起こすためというには、全容が掴めなくてね」
面倒くささから内心で項垂れる私を余所に、そう言って眉を顰めたのはエクトルさん。
結局、業者から黒幕に辿り着くことができなかったのが、尾を引いてるんだと思う。
主義者か……。
「今、四維王国と四溟国家の中で普人至上主義を掲げているのは、神聖ライハンド皇国だけですね」
「ライハンドが主導でテロリストを各国に送っている、と?」
「そこまでは言いませんが……連合ともかなり険悪になっていると耳にしたので」
言ったのは副支部長で、彼はフランクさんと親交がある様子だった。
でも、こうして考え込むフランクさんの様子を見ると、どうも私にしか例の独り言を聞かせなかったらしい。
私の動向を見るためか、現段階では対策の建てようのないくらい不確定な情報だったのか。
「ギルドが力をつけかねない、闘技場を閉鎖させるつもりだった……?」
「多種族国家としては歴史の浅いロンドヴィルを狙い、……いや、それでは……」
思考の袋小路に嵌まり込んでしまったのか、二人は案を考えては否定を続ける。
埒が明きそうになかったから、紅茶を淹れなおしながら二人の様子を口にしてみる。
「なんだか、疑心暗鬼に陥ってしまいそうですね」
二人はハッとして顔を上げた。
そして見ているようで見ていなかったのか、お互いの顔を見て苦笑を浮かべた。
「……そうだな。現状、私たちができるのは何があっても対策が取れるよう、備えておくことくらいだ」
「ああ。こちらから傷つける必要はない。私たちは守れるだけの力があればいい」
思いの外あっさり決まってしまった結論に二人はさらに苦笑を交わし、それを見て私も笑みが浮かんでしまった。
この二人が治めてる間は、きっとリュネヴィルは大丈夫だと思う。
それにしても、守れるだけの力か……。
「イリア、おかわりを……どうかしたか?」
「いえ」
フランクさんに笑顔を返し、受け取ったカップに紅茶を注ぐ。
悪魔や邪神がこの街で何かしようとしてるなら、私も黙っていられるわけがない。
折角だし、守れるだけの力……蓄えさせてもらおうかな。
五話終了です。




