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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
愛と力
30/53

5-6:「緊急に募りたいと思います」

 翌日。

 受付業務は午後からだから、安心してアクラディストの行方を見守ることができる。

 フランクさんを見送ってから食事を終え、私室に戻って一息つく。


「さて、と」


 どうなってるかな、と【千里眼】を使い、五人の動向を見ると、まさに神獣と対峙しているところだった。

 特に問題もなく拘束に成功してるし、周囲に別働隊のような人影もない。

 これなら大丈夫かな、と胸を撫で下ろした。


 その時だった。


「イリア!」


 慌ただしい音を立ててドアを叩く声に、私は【千里眼】を切って来訪者を出迎えた。

 ドアの前にいたラシェルは、顔を青くして私の服を掴む。

 その手は震えていた。


「どうしたの?」

「闘技場で、魔物が……!」


 私は耳を疑った。

 魔物が搬送されるのは、他の村で行われる実験の結果が出てからだと聞いていたから、もう少し先になるはず。

 手違いで捕らえた魔物を搬入してしまった?

 いくら完成を急いでいたにしても、何の報告もないわけがない。

 ……といっても、フランクさんやエクトルさんの所には報告が行っていた可能性はある。

 だって私、ただの受付だし。


「イリア……! ブレアが……! ブレアが!」

「大丈夫。大丈夫だよ」


 ブレアさんは、ラシェルの彼氏さん。

 魔物っていう危険と対峙するってことを想像しかできなかった、非戦闘員のラシェルが動揺するのも無理はない。

 ラシェルを宥めながら、一階に待機しているという報告してきた警邏隊、グレンさんと面会した。彼も交戦したのか、傷と消耗が見られた。


「イ、イリア……」

「早速で申し訳ありません。報告をお願いしても宜しいでしょうか」

「ああ……」


 警邏隊が闘技場に入ると、魔物の襲撃に遭ったらしい。

 依然として避難民のいる街中に出すわけにいかず、警邏隊は闘技場を閉鎖。

 私の所に来たのは、増援の要請を兼ねた物だった。


「了解しました。ラシェル、グレンさんを二階で休ませてあげて。薬も使ってね」

「う、うん……!」


 これでラシェルも少しは休めるといいけど。

 何はともあれ、早速私はその場にいたギルド員の人たちに依頼の説明を行った。


「お聞きした方もいらっしゃると思いますが、現在、闘技場内で脱走した魔物の討伐を〈リュネヴュラウス〉が当たっています。その増援として参加して頂ける方を緊急に募りたいと思います。これより十分後に受注を始めますが、混乱を避けるため、くれぐれも直接闘技場に向かわないようお願いいたします」


 数人が直後に名乗りを挙げ、数人が仲間を呼びに支部を飛び出していった。

 その間に、私は事務室に向かった。


「デジレさん」

「取り敢えず緊急料金だけでいい?」

「はい、よろしくお願いします」


 本当はそこに対象となる魔物の討伐換算を加えなきゃいけないけど、今回は何の魔物が捕縛されているか分からないから、そこは後で計算するほかない。


「俺は業者でも捕まえてこようか?」

「お願いしても宜しいでしょうか」

「水臭いって」


 あっけらかんと笑いながら、クロードさんは事務室を出て行った。

 部位の報酬の計算には魔物の種類を知らなきゃいけないから、現段階でクロードさんにできることはない。……とはいえ、事務員のクロードさんにやってもらうのは気が引けてしまうわけで。


「カティ」

「何?」


 行方を見守っていた彼女に声をかけると、不思議と何かを期待するかのようにはっきりとした返事が返ってきた。


「クロードさんの手伝いをお願いします。業者の手がかりから、行き先を察知してください」

「分かった!」


 駆けていく彼女の姿を不安げに見送っていたバルドさん。

 私を見返す視線は、うずうずさせてる身体以上に内心を物語っていた。


「バルドさん、この前使った風の結石を運ぶのを手伝ってください」

「そんなことかよ……」


 思いっきり失望された。


「でしたら、闘技場の中での運搬もお願いします」

「お、おう!」


 うわぁ嬉しそう。

 確かに受付と給仕だけじゃ体も満足に動かせないか。何か機会を作ってあげた方がいいかな?

 なんてことを考えながら、事務室を出てホールに集まったギルド員の人たちと対面する。


「緊急な招集にも関わらず集まっていただき、ありがとうございます」

「んな建前は良いからさっさと説明しやが、うげっ」


 なんか怒声が聞こえたけど、周りの人にボコボコにされてる人だろうか。ここに来たばかりの人だとしたらご愁傷様です。時間の無駄だから無視。

 闘技場の見取り図を簡略化したものを配り、作戦を説明する。


「まず、今回は〈リュネヴュラウス〉の方との合流が優先事項となります」


 箱詰めされた風の結石の一つを取り、全員に見える様に掲げる。


「合流次第、この風の結石を配布してください」

「それは?」


 以前ゲーム大会で使ったとはいえ、リュネヴィルの住人でも知っている人間は少ない。


「魔力を込めると、遠くの人と通話できるよう設定された結石です。これを使い、広大な闘技場で互いに連絡を取りつつ、連携をとってもらいます」


 これまでの生活で耐性がついたのか、見知った顔の人たちは私が突飛なことを言ってもそういうものだって受け入れてくれたようだった。大勢がそういう態度なせいか、受け入れかねている他の人たちも取り敢えず話を聞いてくれる様子に戻った。


「場内での細かい指示はこちら統括して送ります。これらの内容に同意して頂ける方から、受注登録をお願いします」


 流石に不審に思ったのか、新参の数組は参加を見送った様子だった。

 でも、数としては申し分ないだけの増援を送れそうだから問題ない。

 バルドさんと登録を済ませながら、彼にも指示を与えることにした。


「バルドさんは先行して、フランクさんに結石を渡してください」

「わかった」

「自分の分も持っていてくださいね? もしかすると、一番働いてもらうことになるかもしれないので」


 バルドさんは一瞬呆けたような表情を浮かべて私を見たと思ったら、軽い調子で笑った。


「望むところだ」


 それ以上を語ることなく、バルドさんは登録に集中した。

 バルドさん、どっちかというとSっぽいと思っていたけど……逆なんだろうか。


「……終了」


 登録証を持ち主に返して、作戦開始。


「ご武運を」


 駆けだしていく背中を見送った後、そこから私の役目は始まる。

 私室に戻り、起きてしまったハクを宥めてから結界を解く。

 魔力を徐々に解放することで、結石の効果範囲を支部から闘技場全体にまで及ぶように広めておく。


「すぅー……はぁー……」


 深く深く、深呼吸をすることで気持ちを落ち着かせる。

 怖い。

 すごく怖いけど、今回ばかりは出し惜しみして後悔したくない。自分で倒すのはもっと後悔するから、最後の手段にしたいし。


「……よし」


 【気配察知】スキル、最大解放。

 【探知】の発動。

 世界全体の物という物をすべて認知する。


 勿論、あの悍ましい虫という虫も、全て。


「う、ぎぁああああぁぁぁああああぁああ!」


 全身が粟立ち、悪寒と共に頭を疼痛が襲う。

 ダメだ。気絶しちゃダメだ……!


「うぁぁあああああん! うぐっ、ぐすっ、うぇぇええええん……」


 堪えられず、嗚咽と涙と鼻水が漏れてしまう。

 ペロペロと舐めてくるハクを抱きしめて縋り付く。今や、私の全力を受け止められるのはこの子だけ。

 ずっと強くし過ぎたって後悔してたけど、その存在が、今はこんなにも頼もしい。


「う、ぅううぅ、ふぐぅぅうう」


 力をなんとか抑え込んで、認知する範囲をリュネヴィルだけで済む様に縮めることに成功した。その途中、リュネヴィルに入るか入らないかというところに悪魔がいたけど、どうも遠ざかってるみたいだから放置しました。構ってる余裕ありません。


 リュネヴィルは新築が多いせいか、かなり虫の数と種類が減ってくれたおかげで、なんとか呼吸を整えることができた。

 改めて確認した闘技場の虫……じゃなかった魔物は、かなり変質していた。

 変質状況を見るに、闘技場が出来てからすぐに牢に入れられたらしい。いや、もしかしたら捕獲しておいたら変質が始まり、耐え兼ねた業者が押し付ける形で投獄したのかもしれない。


 取り敢えず戦況は膠着してるみたいだけど、強襲された点で警邏隊の方が消耗は激しい。

 魔物は地下の迷宮のような複雑さを利用するように待機していて、どちらかというと狩りを楽しんでいる感すらある。


 昔の私なら、このまま遠隔発動の魔術でぶち殺してるんだろうなーなんてことを考えてなんとか思考をずらしていると、バルドさんが闘技場に侵入したところだった。


「バルドさん」

『うおっ、びびった!』


 一応手元にある風の結石からお互いの声はやりとりされてる。


「すぐ右手にある階段を下りてください……。気配を消すのも忘れずに……」

『お、おう。……大丈夫か?』

「……ふふ、ご安心ください」


 混乱して、闘技場ごと更地にすることはありませんから。


「下りたら、二つ先の十字路を左に曲がってください」

『わかった。……って、あんた、闘技場の中見えてんのか?』

「……いえ、地図を見て推測しているだけです。フランクさんたちがいそうな場所もいくつか当たりをつけているだけですので、覚悟してください」

『了解』


 くそっ。躊躇のない返事にちょっとカッコいいとか思っちゃったじゃないか。

 まぁ、勿論最初からフランクさんのいる場所に向かってもらってるんだけどね。


「あ、ちょっと待ってください……」

『あ? ああ』


 地図の確認……と見せかけて、勿論魔物の行動を見てるだけ。


「……把握しました。次の交差路をずっと直進して、その先にある階段を降りてください」

『わかった』


 魔物の動向を見守っていると、闘技場に増援の集団が侵入した。

 取り敢えずバルドさんの持つ結石との接続を切って、集団の中にある結石の一つに魔力を繋げる。

 そのまま繋げるんじゃなくて、魔力が無くて繋がりにくい、みたいな演出付きで。


「……え、……すか」

『な、なんだ!?』

『結石じゃないの!? 魔力を込めればいいのよね!?』


 察しが良くて助かります。

 支部から魔力を込められるってバレたら一大事だからね。


『こちら増援組! 今闘技場に入った所よ!』

「了解です……。先行したバルドさんの報告をいただいていますので、皆さんには一階の魔物を殲滅して頂く部隊と、結石を搬送して頂く部隊に分かれていただきます」

『了解。どう編成する?』


 魔物に注視して、ステータスを確認。元となるのはロンドレッドエイプ、ラオブラフェーリス、ラオロアカイロプテラ、ロンドグリプトドンの四種。

 どの集団も元来の依頼ランクで言えばC相当だけど、変質しているせいでB相当の魔物の能力にまで上昇してるものが殆どだった。


「Bランクの討伐依頼を熟せる方を五名ほど搬送部隊の援護に回っていただいて……残りの方はB以上の討伐依頼を熟せる方を三名以上混ぜた部隊をできるだけ作ってください」

『了解したわ! 皆、聞いてたよね!?』

『『『 おお! 』』』


 さて、彼らが編成している間にバルドさんに接続。


「そのまま地下二階までおりてください」

『わかった』

「その後は外周を辿って二つ目の交差点まで進んでください」

『了―解』


 一方、地下にいる魔物たちは、一階に侵入してきた増援組を察知して動きを慌ただしく変化させる。

 迎撃組を作ろうとしてるんだろうけど、戦力を認識できない彼らが自分たちの戦力を分散させるのは完全に悪手だ。やーいばーかばーか。

 ……ダメだ。気持ち悪すぎて思考が幼児退行してきています。はやく何とかしないと。


『イリア、編成が完了したよ』

「了解です……。では、部隊ごとの魔力を確認しますので、順番に番号を名乗って魔力を込めてください」

『了解。私が一番隊だよ』

「確認しました」

『俺が二番隊だ』


 搬送部隊を除いて、全部で5隊。

 それぞれの動きに指示を与えていると、バルドさんが交差点に辿り着いた。

 今回は演出で、彼からの連絡を待つ。


『イリア、着いた』

「……了解です。では、進んできた方向から見て左に向かってください。次の十字路は真っ直ぐです」

『わかった』


 闘技場とは別の所……というか、門の外から入って来たのは、クロードさんとカティに連行される普人の男性。

 さっき認識した限りだと報告書は無かったから、街の外に逃げてたとなると、故意に魔物を牢に置いてきたって思った方がよさそう。


「一番と二番隊はそのまま直進してください。一つ先の区画で接敵しますので、三番隊は右折して回り込んで背後から挟み撃ちしてください」

『『『 了解 』』』

『『 俺たちはどうする? 』』

「四番、五番隊の方は三番隊と一緒に右折して、次の十字路で左折したらそのまま直進して、魔物の討伐をお願いします。一、二、三番隊の方は、敵の討伐完了後四番、五番隊の方と合流してください」

『『『 了解 』』』


 残る搬送部隊には、魔物と遭遇しない最短ルートで階下に向かってもらった。

 作戦の伝達が終わったすぐ後に、バルドさんに繋げる。


「バルドさん、すいません。少し道を間違えました。まっすぐ進んだ直後の区画を右に迂回して、先ほどの階段に続く通路に向かってください」

『あん? 了解』


 何というか、従順すぎて怖い。

 魔物を避ける様に進んでもらってるんだけど、認識してるのバレてるのかなぁ。

 ……まぁいっか。考えるのめんどい。っていうかシンドイ。吐きそう。


『こちら搬送部隊。丁字路に着いた』

「了解です。左手の店の奥にドアが見えますか?」

『ああ。見える』

「そこから、奥の通用口に出てください」

『了解した』


 こちらは順調だけど、問題は警邏隊の方かな。

 リーダー格の変質したロンドレッドエイプが出す指示で、フランクさんたちは後手に回っちゃってる。

 やられることはないだろうけど、守りやすいよう入口が一つしかない所をフランクさんが選んだから、バルドさんが侵入する隙がない。

 ……仕方ないか。


「バルドさん、左折して壁伝いに進んだら、三つ目の区画で結石を一つ、奥の通路に投げ込んでください」

『は!?』

「その時、魔力を込めながら詠唱をお願いします」


 そこで初めて、バルドさんは狼狽するような反応を見せた。


『いや、俺、魔術は苦手なんだけどよ』

「大丈夫です。結石を暴発させるだけですので」

『それのどこが大丈夫なんだよ!』


 うんうん。バルドさんはこうじゃなくっちゃ。

 まぁ結石も安くないから、当然と言えば当然の反応です。


「お願いします。結石を通して聞こえたのですが、その先に魔物が固まっています。人命には代えられません」

『……了解』


 さて、その人命を蔑ろにするような行為をした普人の男性ですが、クロードさんと合流したエクトルさんの尋問を受けています。悪魔は憑いていないけど、もし外にいた奴に操られていたんだとしたら、最悪何も覚えていないかもしれない。


 というのは私の杞憂だったようで、どうも、リュネヴィルで騒動を起こす……というか、テロを起こすつもりだったらしい。そこに悪魔がつけ込んで、混乱を大きくしようとした形なのかもしれない。


 なんにしても、普人至上主義者ですか……。

 ギルド絡みではないみたいだから副支部長が言ってた「気を付ける」対象じゃないだろうけど、きな臭いライハンドの回し者かもしれない。


 何にしても、忠告してくれたのにこの体たらく。凹んでいるとバルドさんから連絡が来た。



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