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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
愛と力
29/53

5-5:「私の我儘ですから」

 それから程無くして、闘技場そのものが完成した。

 まだ内部に備品やら装置みたいな機材は入っていないけど、設備そのものを一目見ようっていう観光客がそれなりに来ていたりする。


 そんな人たちを意に介さず、真っ直ぐに支部に入ってきた青年が一人。


「お迎えに上がりました!」

「ヨっ、ヨルク!?」


 長老退去対策、ヨルクが到着した。

 ヨルクは慄く長老を余所に、私の所へと真っ直ぐに歩み寄って頭を下げる。


「イリア様、ご指名いただきながら到着が遅れてしまい……このヨルク、面目次第もございません」


 何か、前にも増して硬い気がするんだけど、水龍と何かあったんだろうか。変なことを吹き込まれてなければいいんだけど。

 そんなことを訝る私にも気づかず、ヨルクは只管に謝罪と反省の念を述べている。


「――この罰は如何様にも」

「罰を与えるつもりはありませんが、一つ、お願いがあります」


 驚愕の表情を浮かべたのは、ジジイもヨルクも一緒。

 だけど、片や怪訝、片や歓喜の色が濃いっていう違いがあった。

 そんな二人には構わず、私は掲示板から一つの依頼表を剥がした。


 内容はアクラディストの東部に位置するエレディスト支部が出している“フォード海で暴れる、巨大な魔物の討伐”依頼。


 大精霊は、生命力の源である精素によって結晶柱が変化した、属性因子そのものともいえる存在。

 神獣をもってしても、水の因子そのものと言えるウンディーネの前では、水を操る術で敵うわけがない。


 後必要なのは、あの巨体を止められる力。


「ガブリル、パーシャ」


 二人を呼んで、三人に依頼表を示した。


「三人で、この依頼を受けてくださいませんか」

「え?」

「わかった」

「え!?」

「畏まりました」

「ええ!?」


 パーシャだけが、現状を理解できずに戸惑っていた。

 ガブリルとヨルクが承諾したとはいえ、説明しないわけにもいかない。

 依頼登録はせず、内容の説明のために二階の個室へと向かった。


「現在、アクラディストに被害を齎している魔物ですが、正確には魔物ではなく神獣です」

「「「 !! 」」」


 驚きに固まる三人をそのままに、私は話を進めることにした。


「なので、今回三人にお願いしたいのは討伐ではなく保護です。近海に住む人魚が言うには、神獣に悪意があるわけではなく、体に刺さってしまった神具の痛みに苦しんでいることが原因のようです」

「成るほど。海……水となれば、ウンディーネの力が最大限発揮できますね」


 ヨルクの言葉に頷き、ウンディーネにも直接助力を請おうとした矢先。


『心得ております。神の子よ』


 と機先を制されてしまった。

 これを機にちゃんと私が下だってことを示そうと思っていたのに、見事な忠誠を見せられた気分です。

 とはいえ、ここで諭そうとしても余計なことを言うかもしれないからパス。

 よろしくお願いしますと頭を下げてから、ガブリルの方を向いて話を続けることにした。


「ガブリルは、神獣の動きを止めてください」

「……わかった」


 ガブリルは、少しだけ語気に躊躇いを滲ませた。

 鬼神の眷属であるガブリルは、鬼因子の恩恵で身体能力が桁外れに高くなっている。

 その力のせいで壊してしまったものは数知れなくて、敵と認めたもの以外と相対するのを躊躇う傾向にある。だから、リュネヴィルにいる間も討伐依頼は良く受けてたけど、捕獲依頼なんかは受けてなかった。

 ……その気持ちはよく分かる。


「パーシャは、魔術と神聖魔術で神獣の強化と回復をお願いします」

「うん。わか……え? ええっと……なんで強化?」


 パーシャだけじゃなくて、ガブリルやヨルクも同じ様子だった。

 疑問なのは、保護するためとはいえ、抑え込む相手を手強くしてどうするんだっていうところだろう。


「ガブリルとの能力差を見て、神獣の力を底上げして欲しいの。ガブリルの力は貴女が一番よく知ってるだろうし、神獣の力を見抜けるのは貴女だけだから」

「う、うん……」


 拙いことに、プレッシャーを与えてしまったらしい。


「ガブリルも力の加減をちゃんと覚えてるから大丈夫。ダメそうだった時の保険だって思っておけばいいからね」

「……パーシャ。僕を信じて。僕もパーシャを信じるから」

「う、うん!」


 愛の力は偉大だね☆

 あと問題なのは神具だけど、バハムートの神因子は結構薄まっちゃってたから多分大丈夫。

 神具本来の使い方……情報そのものに干渉する能力は使えないはずだし、発動しちゃったとしても、そこまでの力はないだろうから。


 一人で納得した私は、まとめとしてヨルクに身体を向けた。


「パーシャがサポートに回り、ウンディーネとガブリルで神獣を拘束。ヨルク、貴方は神具の回収をお願いします」

「畏まりました」


 依頼内容の確認も終了し、三人の登録証を受け取って受注登録を済ませた。

 まだ混乱が収まっていないのか、アクラディストのギルドで討伐依頼が受注されている様子はなかったのは幸いだ。


「登録証をお返しします」

『神子様、儂は何をすればいいんじゃろうか』

『ノームはガブリルのサポートをお願いします』


 と、そこでふと思い立った。


『それと、神具の埋葬ですね』

『よろしいのですか?』


 ウンディーネの声に頷きを返す。


「回収した神具は海の底に沈めてしまってください」


 神具は、遥か昔に多く存在した神々……獣神や鳥神、魚神の亡骸が変化した物。遺跡や祭壇で神具が見つかるのは、彼らが死んで風化し、残った神因子が他の因子と結合したからだ。

 表舞台に出てこなくて済むのなら、静かに眠らせてあげたい。

 とは言っても、それが私の傲慢だってことは分かってる。


「神具の沙汰に関しては依頼には含まれませんから、貴方方の判断で処理して構いません。ただ、神具の影響力は忘れないでください」


 ヨルクだけでなく、ガブリルとパーシャも深く頷いた。


 私が知っているだけでも、眷属以外で神因子を持って生まれてしまった突然変異は十人に満たない。

 それでもその殆どが、神因子の不死性で迫害されたり、世の中そのものに興味を無くしていたり……破滅願望や破壊願望の強い者ばかりだった。

 魔力なしで天候を操ったり、一振りで千の刃を生じさせたり、防御力やスキルアシストを無視して攻撃を加えたり……神因子のランクもあるから使えるかどうかは別問題だとしても、彼らに神具を持たせるのは危険すぎる。


 例外としてオリオンっていう人を思い出すけど、彼は獣人に神因子が発生したことも含めて、かなり珍しいタイプだった。


 始末の沙汰はともあれ、今度こそ一段落ということで、外で落ち合う予定になっていたヘリーと合流する。

 保護に当たる三人を紹介すると、ヘリーは僅かに狼狽する様子を見せた。

 数は少ないし、ガブリルとパーシャは雰囲気と見た目がアレだから仕方ないか。……と思ったんだけど、彼女の不満な点は別にあった。


「あ、あの……イリア様はいらしてくださらないのですか……?」


 あー……。

 まぁ、確かに紛らわしい言い方だったかもしれない。


「ここにいる人たちは、私が信頼する友人でもあります。彼らでなければ、私も勿論同行させていただきました」

「……そう、ですか」


 不満の表情は晴れない。


「セイレンが私を頼ってくれたように、私も彼らの力を信頼して、頼らせていただきました。私の直接的な力ではありませんが……こうした人との繋がりも、人の持つ力だと私は思っています。どうか、私が信じる彼らを信じていただけませんか?」

「え? あ、いえ! それは勿論です!」


 そう肯定したヘリーに、強がりや取り繕った様子は見られない。

 じゃあ何が不満なんだろう、と考えたのが顔に出てしまったのか、ヘリーは視線を逸らして頬を赤くした。


「……その、イリア様とご一緒できると、舞い上がってしまいまして」


 成るほど。ルーラと同じ系統みたいですね。

 なら仕方ないよね。


「ご期待に副えず申し訳ありません」


 男より女の子が好きだけど、そっちに走る気はありません。

 と頭を下げたら、彼女は大いに狼狽し始めた。


「とんでもない! ただ、直接口にはされませんでしたが、セイレン様もお会いしたいと申しておりましたので……」


 そう思ってくれるのは掛け値なく嬉しい。それに私が封印してる風の結晶柱も、結界のない人魚の島で活用するのが一番平和的だと思ってる。

 配送するつもりだったけど、いつか直接持って行ってみようかな。


「私も皆さんの歌をもう一度聞きたいです」

「是非に!」


 ヘリーの顔が近い。目が怖い。

 若干引きつつ、私は一つの封筒を彼女に差し出した。


「代わりと言っては失礼ですが、この手紙をセイレンに届けていただけますか」

「か、畏まりました! 命に代えても届」

「命を優先してください」


 なぜか頷くヘリーは僅かに気落ちしていたけど、すぐに気を取り直したのか、パーシャたちの方に向き直った。


「では皆様改めまして。バハムートの元に案内させていただくヘリーと申します」

「よろしく」

「よろしくお願いするわ」

「宜しく頼む」


 なんとも不安になる協調性の見られない返答だった。

 まぁ心配はしてないけど。


「はい。こちらこそ、バハムートをどうか宜しくお願いします。私は皆様をバハムートの元へお送りした後、そのまま故郷へ戻ります。皆様のご帰還には同行できませんが、ご了承ください」

「……少しいいですか」


 皆が頷いて了解を示したところで、私は口を挿んだ。

 勿論、言いたいことはバハムートって連呼しないでっていうことじゃない。……本当はそれも言いたいけど。


「パーシャとガブリルはヘリーの護衛をしてください」

「イ、イリア様?」

「ヘリー。ここまで来るのにも、貴女は相当消耗したはずです」


 消耗するのは、生命力や体力、魔力だけじゃない。

 精神的な疲労はステータスにないけど、集中力に大きく関わってくる重要な要素だ。


「バハムートが無事でも、貴女に何かあればセイレンは深く悲しみます」

「イリア様……。ですが、島は……」

「安心してください。パーシャは見ての通り妖精で、妖精の国の出身です。ガブリルは鬼神の住む島を知っています」


 どちらも、世俗から切り離され、秘匿されている場所。

 そしてそれは、人魚の島と同じ。

 それを察してくれたヘリーが、緊張を解したように笑顔を浮かべる。


「お言葉に、甘えさせていただいて宜しいでしょうか」


 ヘリーのお辞儀に、ガブリルたちが頷きを返す。


「わかった」

「しょうがないわね」


 やれやれ、と言わんばかりに肩を竦めるパーシャ。


「出立の前に、何かご質問はございますか?」


 全員の否定を確認して、ヘリーは頷いた。

 そして、再び私の方に向き直る。


「では、イリア様。失礼致します」

「はい。お気をつけて」


 それぞれと言葉を交わして、一人、また一人と踵を返して門の外に足を踏み出す。

 パーシャとガブリルが踵を返す前に、私は二人を止めた。ヘリーの位置は少し離れてるから、もう言っても大丈夫だろう。


「護衛の件は、もうお金は振り込み手続きが終わっていますので、報告で帰ってくる必要はありません」

「「 え? 」」

「私の我儘ですから。もし島で護衛の報酬について聞かれたら、そう答えてください」


 当然といえば当然だけど、二人の表情から困惑は消えない。

 当初の目的、石板の手がかりが掴めていないのに「帰って来なくていい」なんて言われたんだから無理もない。

 私としてはここで全部言ってもいいけど、パーシャたちが“私が関わっていると認知しないところで”セイレンに口添えしてもらわないと、彼女たちがこれまで我慢してきた意味がなくなってしまう。

 気付けば、いつまでも合流しないパーシャたちを訝ったヘリーたちが、門を抜けた先で立ち止まってしまっていた。

 悪意はないことくらいわかってるだろうけど、少しでも不安を解消しようと笑顔を浮かべてパーシャを撫でる。


「リュネヴィルに戻って来るなって言ってるわけじゃありませんから、そんなに難しく考えないでください」

「そうだよね。パーシャ、頑張ってすぐに依頼を終わらせちゃおう」


 察したのか考えなしなのか分からないけど、ガブリルが同意してくれたことでパーシャも合意してくれた。

 最善の手は打ったし、これで何の問題もなく二つの問題は解決できるだろう。

 そう自分の中で決着をつけて、改めて出立する背中を見送る。


「ご無事と依頼の成功を心より願っております」





 ヘリーたちが出発してから数日。

 これと言った事件もなく毎日が過ぎていくリュネヴィル同様、四人の旅も順調だった。このまま行けば、明日の朝には神獣の認知範囲に侵入することになりそう。

 そんなことを考えながら通常業務を熟す。


「いやぁ、すげえな! 新しい闘技場、オーブワイトのより豪華なんじゃねぇの!?」

「わかる! こう、目立つんだけど派手じゃないんだよな~」


 テーブルのひとつで交わされてる言葉は、ほぼ街全体で語られているものとほとんど変わらない。

 つい昨日闘技場が完成したんだから、それも仕方ないと思う。

 でも、


「でもさ、ちょっと支部と似てるような気がするんだよな」

「あ、それもわかるわ。なんつーか、落ち着いてる雰囲気?」

「それ!」


 前世の記憶でいろいろ模倣した支部の造りをパク……触発されたのは誤算だった。

 当たり前だけど建造には一切関わらなかったから、完成した闘技場を見て驚きました。

 だって、コロッセオが復元されてるんですよ?

 内部にはゴシック様式まで取り入れてるらしいし、真っ白だったり青だったり朱色だったり……配色で個性を出す最近の流れとは一線を画した建築物になった。


 観光産業の重要な要素、芸術的価値として考えれば大成功だけど……またやっちまった感が辛いです。


「ただいま」

「あ、おかえりなさい」


 反射的に返しながら顔を上げると、フランクさんが目の前にいた。

 手にしている、折りたたまれた外套は警邏隊〈リュネヴュラウス〉の正装として用いる物。集会と訓練に出かけているのは知っているけど、それにしては帰ってくる時間が早い。


「何かありましたか?」


 私の疑問を、フランクさんは笑顔で払拭する。


「いや。明日から本格的な警邏にはいるからね。十分な休息を取らせるために今日は早めに上がらせたんだ」

「もうそんな時期なんですね」

「闘技場がかなり早めに竣工したからね。まだ他の施設は完成していないけど、あれだけの規模だから、慣れてもらうためには十分すぎるくらいだろう」


 闘技場は、全部で五層。

 地上の広場が第一層で、商業施設もここにある。選手の控室や備品の倉庫が地下一層。配管や管理施設の集まった地下二層の下に、魔物を捕らえておく牢屋の層が続く。一応魔物の牢屋ってことになってるけど、罪人を捕らえておく用途にも使われることは周知の事実だ。

 オーブワイトの物との違いは様式だけじゃなくて、雨天から守る開閉式の天井や、迷路の作成、プールからヒントを得たっていう水中戦すら可能な多様性だと思う。


 本当、造った人たちは何に焦らされていたんだっていうくらい複雑な内部構造をしてるから、警備する

方は本当に大変らしかった。


「フランクさんも警邏に回るんですか?」

「ん? いや、最初に全体を周りはするだろうけど、警邏には回らないよ」


 良かった。

 フランクさんとエクトルさんの責任感を思えば、二人が公務を切り詰めるって気づくべきだった。決まってしまった後は、私が手を抜けと言うわけにもいかず……。

 できるだけ負担を減らすことくらいしかできないから、長時間拘束されそうな警邏をやらずに済むいうなら幸いだった。


「では、私室で休まれますか?」

「うん。そうするよ。……夕食までには起きると思うけど」

「万が一起きてこなかったら、起こしに参ります」


 万が一というか、最近では恒例になっていたりする。

 それをわかっていても変えないやり取りに、お互いに軽い笑いが毀れた。


「じゃあ、よろしくお願いしようかな」

「はい。ゆっくりお休みください」


 フランクさんを見送ると、まるでタイミングを見計らったかのように受注依頼の行列ができた。行列を見ていつも思ってたけど、少し時間をずらせばただ待つ時間が減らせるのに、そうしない心理ってなんなんだろう。

 そんなことを考えながら受付業務を熟して、フランクさんと食事を終えて公務を手伝い、仕込を済ませてから就寝した。



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