5-4:「もういいんですか?」
さて、支部に戻ってきた私たちは、真っ直ぐ中庭に向かった。
私の前では、二人が木製の武器と睨めっこしてる。
「一通り試してみるから、そんなに難しく考えなくていいよ」
「わ、わかった」
「……わかりました」
兄は片手剣、弟は槍を手に取った。
対する私は木刀。
私を見る二人の表情は硬いけど、遠慮みたいなものは見られない。最初は二対一を渋ってた子供たちだけど、一発でも当てられたら推薦してあげるっていう条件が良かったみたいだ。
本気でやってもらわないと、こうして回りくどい方法をとったのが無駄になっちゃうしね。
「よろしくお願いします」
「「 お、お願いします! 」」
まずはカレルくんが突撃してくる。
走り込んでからの、大きく振りかぶった袈裟切り。
木剣の腹に刀を当てて軌道をずらすと、空ぶった勢いで転倒する。
顔を真っ赤にしたカレルくんの攻撃を往なしながら、私はリノくんに視線を向ける。
二人で来ないと、二対一にした意味がないよ?
私の視線を理解したリノくんが仕掛けてくるのを、カレルくんに当たらないように躱したり逸らしたり。
二人がほんの少し慣れてきたかな、ってところで武器を交換。
武器によっては扱いが似てるものもあるから、大剣・片手剣・鞭・槍・片手斧・手甲の6種類を使ってもらった。
そして、最後に弓。止まった状態の的に中てることから始まって、私が投げた的に中てるところまで。
勿論当たることは無いけど、これも適性を見たっていう十分な口実になる。
「二人とも、お疲れ様」
「うぇ~……」
「つ、疲れた……」
大の字になって地面に転がる兄と、持った弓を支えに座り込む弟。
ハク的にはお兄さんの方が波長が合ってるのか、身動きが取れないカレルくんのほっぺたを舐めていた。
二人は私に当てようと必死でどうでもよくなってるだろうけど、こんなことをした理由を明かそうと思う。
「一通り見てみましたが、カレルくんは槍、リノくんは弓の筋がいいですね」
「!」
「ほ、本当に……!?」
ぱぁっと笑顔を咲かせる二人。
私は頷いて見せるけど、勿論【神の目】による適正から判断しただけ。
Aランク以上の【天才】スキルでも該当してない限り、たった数分の稽古で判別できるわけがない。今までのやり取りは、話に信憑性を持たせるための儀式みたいなものだ。
それに、喜んでいる二人には悪いけど、釘も刺しておかないといけない。
「とはいっても、同じだけ練習して一番伸びるものがその武器っていうことだから、ちゃんと練習しないと強くなれないよ」
「わ、わかってるよ!」
「わかりました!」
本当にわかってるのか、頬が綻んだままの二人に、厳しく当たろうとする心が萎えてしまう。
「それと、君たち二人の才能が武術に決まってるわけじゃないからね? お父さん以上の商才があるかもしれないし、武器を造ることの方が向いてるかもしれないんだから」
「「 はぁーい 」」
絶対わかってない……というか、わかりたくないって顔だった。
まぁ才能が有っても苦痛を感じる仕事だってあるから、これ以上はやめておくことにした。結局、この子たちの人生を選ぶのは、この子たち自身だしね。
二人に私物の槍と弓をプレゼントして、迎えに来たお父さんに連れられていくのを支部の入口から見送った。
きっと、二人が傭兵ギルドに入るには、あのお父さんが最大の障害だろうなー、とか思いながら眺めてると、後ろに人の気配がした。
「随分肩入れしていたようだな」
まさか声をかけてくるとは思わなかったけど、別段驚くことでもない。
「どんな仕事にも、良い面と悪い面があるってことを知ってほしかったんです。……そう思いませんか? 副支部長」
振り返ると、彼は力なく笑った。
「そうですね。貴方の言うとおりだ」
「……もういいんですか?」
「ええ。これ以上やっても、貴女には効果がなさそうですから」
副支部長は頷き、あっけらかんと言った。
「そこまで言ってしまうんですね」
「気づいていたんでしょう?」
苦笑を浮かべるだけで答えない私に、副支部長もまた苦笑を浮かべた。
「大精霊様を見て動揺してしまった時、フォローしてくださったでしょう? 聞いていた情報ではもう少し追い詰められたはずなんですが、貴女の反応はいつも淡泊でしたから……そのフォローで確信しましたよ。気づかれてるなって」
「では、どうして憎まれ役を続けたんですか?」
否定せずに問いかけた私から目を離し、副部長は周囲に目を向けた。
何かを確認し終えたのか、再び私を見て、言う。
「それが任務ですから。もう少し貴女を追い詰めることが出来たら次の段階に移れたんですが……。もうフランクさんも帰ってきてしまいましたしね」
「管理職としての副部長は不要になると?」
返ってきたのは、静かな首肯。
そして、硬い表情だった。
「緊急の辞令が来たことのほうが大きいですね。……気を付けてください。ライハンド皇国がどうにもきな臭い」
神聖ライハンド皇国。
普人至上主義を掲げる、普人優位の社会体制を築いている国。
「それは今回の任務と関係が?」
「いえ。取りあえずは個人的な情報提供です」
流石に意図を測りかねているのを察したのか、副支部長は再び苦笑を浮かべる。
「任務であんな振る舞いをしましたが、私個人としては好きなんです。ここの雰囲気」
それは、何となく察していた。
雪まつりの時の忠告や、遊んでると思ったエリーゼへの注意なんかが、言い方とかそれまでの心象が無ければ結構まともなことが多かった。それと、雪まつりで支部の中庭の雪像をエクトルさんに教えたのは多分彼。私をプールの監視員に回したのだって、息抜きに混ざって来いってことだったんだろうし。
「とはいえ、普人主義者が何をしようと、ここは大丈夫そうですね」
「そう言って頂けると幸いです」
まさか、彼と穏やかな笑いを交わすことになるとは思わなかった。
必要な情報が得られないとしたら、後続のためにもできるだけ自然な形でその場を離れるのが普通だからだ。
それを考えると、彼がここまで暴露するのは正直理解しがたいものがある。
「流石に他の方には言えませんが……連合の動きも妙なので、貴女にだけは伝えておくことにしました。私はすぐに発ちます」
「今ですか?」
副支部長は首肯した後、苦笑を浮かべた。
「別れを惜しまずに済むことだけが長所ですね」
そう言って去っていく姿に、私はもう一度頭を下げる。そして見送ることなく支部に戻ることにした。
副支部長は、適性は兎も角、今回の諜報には向かない人だった。
パーシャにも転職を奨められてたし、私としても別の部署に移ってほしいと思う。
支部の前まで行くと、バルドさんが立っていた。
どうしたのかと思っていたら、私に気づいて近づいてきた。
「イリア。さっき副支部長の野郎が、どっかの野郎と密会してやがった」
「?」
一瞬私のことかと思ったけど、どうも違うらしい。
「あいつ、イリアの正体を探ってたみたいだ。ライハンドのせいで、ギルド連合の方も最近怪しいとかなんとか……。いきなりここに来たのも、最近の騒動で名前が上がるようになったあんたの正体を突き止めることにあったんだとよ。敵なのか味方なのかを調べる、とか言ってたぜ」
「……そうですか」
確かに、タイラントスパイダーを始めとして表に出過ぎた感はある。
加えて私のチートっぷりを知ってる人たちは自然と口を噤むから、知らない人にとっては得体のしれない人間に映る……のかなぁ?
「つっても、なんもわかんなかったみたいだけどな。ちょっと知り合いの多いび、美……女ってだけだってよ。情報にあった身内に情が厚く、危害を加えられることを何より嫌うことは否定できてないし、実力行使に出るのは早計だ……だとさ」
気をつけろってことですね。
バルドさん……すごく凛々しい顔してますけど、伝達役に使われちゃってますよ。
「どうする? 捕まえて吐かせるか?」
「そういう物騒な考えから少し離れてください。言いましたよね。冷静に見極めろって」
「うっ……」
「勝手に侮ってくれたなら、そのまま侮ってもらいましょう」
「……あんたがそういうならそれでいいさ」
意外と聞き分けよくバルドさんは私の言い分を聞き入れてくれた。
前なら自分で捕まえようとしただろうし、ちゃんと成長してるみたい。
支部に入っていく背中を見ながらそんなことを考えていると、背後に人の気配がした。
「イリア様」
振り返ると、そこにいたのは、見目麗しい青髪の女性。
【神の目】が示す職業には、人魚と示されていた。
彼女は私の僅かな変化を見て取ったのか、柔らかな微笑を湛え、一礼する。
「セイレン様より言伝を賜っております。ご査収下さいます様、お願い致します」
場所は変わり、私の部屋。
彼女の名前はヘリー。
私が促した椅子に座るや否や、足をヒレに変えたのは人魚ということを証明するためだろう。別にいいのにね。
セイレンっていうのは、アクラディストに浮かぶ一つの島とその周辺を統べる羽根の生えた人魚の名前。
立場を簡単に言ってしまうと、人魚の島の女王様。
ヘリーは言伝を私に届けるため、避難民に紛れてリュネヴィルに潜り込んだらしい。
人魚の体液には魔力を回復する効果があって、本来は魔素を取り込むことでしか回復できない魔力を回復できる薬として高値で取引されていた。
その薬の総元締めだった組織を私とセイレンでぶっ潰したおかげで鳴りを潜めてるけど、未だに人魚となると目の色を変える人間が多くて、彼女が人混みに紛れていたのも頷ける。
「本当は直ぐにでもお伺いしたかったのですが、何分イリア様には人の目がありましたので……」
人の目……副支部長ですね。
「申し訳ありません。危険を冒してまで来て下さったのに」
「め、滅相もございません! イリア様におかれましては、変わりなくお美しく……!!」
因みに、人魚は男だろうと女だろうと綺麗なものが大好きだ。その点ジーンに似てるけど、貞操観念の強い点が全く違う。
「巫女の中でも、今回のお役目は大変な争奪戦となりました。それもこれも、全てはイリア様に一目でもお逢いしたいという――」
略。
「私もお会いできて嬉しいです。わざわざ大切な同胞を送るというからには、切迫したご様子かと存じます。言伝をお聞きしても宜しいでしょうか」
「あ、は、はい!!」
そう言って彼女が取り出したのは、水晶のように透き通った素材でできたハープ。
音に魔力を乗せて他者の声すら紡ぎだす【演奏】スキルの派生技能【再生:音】により、ハープはセイレイの声を奏でだす。
『久しぶり、イリアちゃん。元気? 私は元気よ~。女王ってホント大変!』
略。手抜きじゃないよ? 人魚って話好きが多いんですよ。黙ってるのって、誰かの歌を聞いてる時くらいなんじゃないかってくらい。
『でね、貴方ならもう知ってるかもしれないけど、今アクラディストの領海にいる魔物……本当は魔物じゃないの。彼女は神獣。貴方もよく知ってるムートちゃんよ』
ムートちゃん。鱗持つ海の王者、リヴァイアサンの子供として生まれた雛に、私が名前をつけたバハムートのニックネームだ。
私の黒歴史がまた一つ掘り起こされ……なんて言ってる場合じゃない。
まさか、また邪神?
そう考えた私の予想は、直後にセイレンが発した言葉で否定された。
『あの子ね、海の底で世界樹に噛みついちゃって、口の中に神具が刺さっちゃったみたいなの。あれね。小骨が喉に刺さっちゃってイライラする、みたいな感じ?』
真面目な顔をして演奏してくれているヘリーには悪いけど、もう私に緊張感なんかない。事態もそうだけど、変な例を言い出したセイレンも悪い。
しかも、彼女の場合悪意が全くないから始末に負えないんだよね。
『私たちで何とか宥めてるけど、近くに行くと怒りだして全然ダメ。しかも最近は外の人がうようよ来ちゃって、余計にイライラしちゃってるの』
外の人っていうのは、討伐隊のことだろう。
アクラディストはただの魔物って思ってるから、いつかはかなりの戦力を討伐に回すかもしれない。
そう考えた矢先、
『だからお願い、イリアちゃん。あの子を助けて。ううん……私たちに、力を貸してください』
それまでとは打って変わった、切実な声をハープは奏で、演奏は鳴り止んだ。
本当に、これを天然でやるから始末に負えない。
疲労の色を濃くするヘリーに水を差し出すと、受け取りつつ見上げる彼女の目には、懇願するような色があった。返事を聞くまでは、水も喉に通らないほどに不安なのかもしれない。
だから、私は彼女に言った。
「確かに承りました。最大限、ご助力させていただきます」