5-3:「試験をお願いします」
こうして開始された、闘技場の建設に伴うリュネヴィルの都市改造。
以前の工事で慣れていたリュネヴィルの人たちにとっても、改めて城壁が築かれるのを見るのは新鮮らしい。
「いやぁ、すげぇな! イリアちゃんは見た!?」
「前の城壁より厚くて高いのを造ろうってんだから、いよいよもって王都以上の都市になっちまうんじゃねぇの!?」
ジョッキ片手にカウンターでしゃぐ男性たち。
「でも、あそこまで大きくする必要があるのかしら……」
「国交は正常らしいし、魔物が増えたせいじゃないかな」
その横では、仲間の女性たちが思案顔でグラスに手を伸ばしてる。
こんなふうに、闘技場や教会ができることより城壁の方が話題に上ることが多い。勿論闘技場の話題も多くて、開場までに己を鍛えようと、我先に依頼を登録していく人たちが増えた。
今は、旧壁の外に新しい居住・商業・工業区を設け、その外周を囲うように新壁を築いてる段階。
新壁が完成したところで旧壁を取り壊し、その跡地に用水路と路地を造り、二つを挿む様に露店を開かせる予定になってる。
闘技場と教会の建設も始まっていて、闘技場に関しては連合が推し進める施設なだけあって進行が速かったりする。
その一方で、その建設予定地に私が作ってしまったプールを見て触発された建築士の方が、闘技場のすぐ横に新しいプールを作る気になってしまった。流石に流れるプールとかウオータースライダーを造るとは思えないけど、スケートに使える広さにしてって頼もうかな。
「ふん、俺の裏を掻くなど二百年早い!」
「げっ! あ、あの時の悪手が今になって絶好の位置にいるっ……!」
「ふはははは! 守護者の英知を舐めるな!!」
ジジイも隅で囲碁教室を開いてる分には邪魔にならないし、
「イリア、クリュネから依頼希望の方」
「畏まりました。カティ、三階の応接間にご案内して」
「わかった。どうぞこちらへ」
職員も忙しさに慣れたもので、回転率を早めつつも余裕を持った振る舞いができてる。
皆、充実した生活で身も心も活き活きしているようだった。
……奥のテーブルで突っ伏す妖精以外。
パーシャとガブリルは、依然この街に滞在中。
ガブリルは工業ギルドの手伝いで資材運びなんかを手伝ってるけど、その間はパーシャにできることはない。
結構資金は貯まってるだろうし、私に秘密でやってたロンドヴィル周辺の調査だって終わってると思う。それでも残ってるのは、私にヒントを聞く機会を待ってるからだ。
本当は、シルフとの契約の功績で教えてあげたかったけど、それは本人たちに止められてしまった。なんでも、仕事の内容が不満なんだとか。
もっと胸を張って自分たちの功績を誇れるような内容じゃないと、自分を許せないらしい。
ストイックですね。チートに走った心が痛いです。
さて、騒がしくも平和なリュネヴィルですが、他の地域や国に問題がないかというと、当然そんなことは有り得ない。
人権問題や、革命運動による内乱、飢饉や洪水みたいな自然災害。それと、魔素や瘴気、悪魔の影響でおかしくなった魔物の暴走とか。
ロンドヴィル周辺の国も前半は無縁状態だけど、後半の自然災害以降は勿論起こってる。
その一つが今、リュネヴィルに影響を与えようとしていた。
「アクラディストで、魔物が暴れてる、ですか?」
そう復唱したのはフランクさん。
そして、頷きを返したのはエクトルさんだ。
二人が私の前で話し合ってるのは、支部の応接間。
先程の依頼作成が終わった所で訪れたフランクさんの話を、居合わせてしまった私が同席して聞いている形だ。
「国土の7割が海に面したアクラディストは、海港都市が多いことは知っているね? 巨大な魔物が海中にいて漁に出られないうえに、近づくと暴れて都市に甚大な被害を引き起こす。……アクラディストから流れてきた人たちを、ピネアで抱えきれなくなってね。うちでも預かってくれと使者が来たんだ」
先の氷竜での経験もあり、他の都市も避難民の受け入れには寛大らしい。
勿論、それはリュネヴィルも同じ。
「私どもとしても、受け入れに反対する理由はありません」
「良かった。では、物資の確保だが――」
依頼内容を煮詰めていく二人の話に耳を傾けながら、私は別のこと……魔物と邪神の関連性を考えていた。
氷竜がリュネヴィルに来たのが邪神に操られていたせいだとしても、今回の魔物は海のないリュネヴィルに来ることは無い。
避難民による影響なんて回りくどいうえに、別の都市に行くとか不確定要素が多すぎる。海産物を不足させる……は流石に有り得ない。
意味が分からないし、別に入荷ルートはアクラディストだけじゃないし。
今回は邪神関係なさそう。もしあったとしたら、邪神の狙いからリュネヴィルは外れることになる。
……結論としてはこんなところかな。
「――では、このように」
「ああ、よろしく頼む」
二人も依頼作成の段取りが終わったらしく、そそくさと身支度を始めている。
考えてみれば、闘技場ができるまでに警邏隊を作らなきゃいけないから、二人は碌に休んでないのかもしれない。
「お二人とも、せめてお茶を飲んでいかれては如何ですか? 気が急いては冷静な判断を下すのは難しいと申しますし」
「……ああ、そうだね」
「イリア、済まないが用意してもらえるかい?」
畏まりました、と頭を下げてお茶の準備に取り掛かる。お茶請けはフランクさんのお土産をアレンジしたもの。二人の苦労には私も加担してるし、疲労回復の魔術もサービスしちゃおう。
って魔力をタルトにかけたらハクが飛んできた。
「そういえばゴハンまだだったね」
「ピィっ」
私の魔力を食べ続けた結果、ハクのステータスは現時点で竜神を越えました。子供が立派に育って、ジーンも親として誇らしかろう!
……嘘です。少し調子に乗ってしまった感があるので反省してます。
なので、今は普通に果物や野菜を食べさせて、そこから魔力を吸収させるようにしました。
流石に私の魔力に比べると味が薄いのか、物足りなそうに私をペロペロと舐めるけどそこは我慢。
甘やかしてると竜神の二の舞になりそうだしね。
お菓子を持って行くと、フランクさんたちは和やかに談笑していた。
内容は近況に関する他愛のないことだったり、お菓子を食べて頬が緩んだりしていたけど、やっぱり気心のしれた人との時間が安らぐには一番なのかもしれない。
それから数日後、避難民が到着した。
前の経験が生かされたのか、特に問題もなく受け入れは完了。後は、魔物の問題が解決するのを待つばかり。
……とはいかないのが世の常。
カウンターで受け付け業務中の私の前に立っているのは二人の男の子。
年齢は十歳前後で、金髪茶目の普人っていうのが共通項。顔のつくりなんかを見ると、兄弟か何かのように見える。
「貴方たち、アクラディストから来た子だよね? どうしたの?」
二人は互いに顔を見合わせ、頷いた後に私を見てこう言った。
「俺たち、傭兵ギルドに入りたいんだ!」
「僕たちを傭兵ギルドに入れて下さい!」
私だけじゃない。
その言葉と姿を見たほとんどの人が声を失って二人を見つめていた。
傭兵ギルドか……。
「二人は傭兵ギルドの何になりたいの?」
希望する職業によって、受ける試験の内容が変わってくるし、勿論年齢制限だってある。
二人は少しだけ視線を下げて、やがて葛藤を振り切るかのように顔を上げた。
「「狩人!」」
ふむふむ。
言いたいこと、聞きたいことは有るけど、取り敢えず仕事を優先。
「二人とも、保護者の承諾書は持ってきた?」
「げ……」
「あう……」
二人は俯く。
ご両親が健在の場合、未成年者のギルド所属申請は保護者の承諾が必要なんだよね。
あれだ。アルバイトの応募みたいなもの。
傭兵・魔法ギルドはかなり危険も増すから、大抵成人する10歳までは本人は勝手にギルドに所属・変更はできないことになってる。このまま申請しても二人は間違いなく許可されないわけだ。
年齢制限には例外も勿論あるけど、捨てられたとか戦争孤児だとか、已むに已まれぬ事情がある場合だけ。
うちに来てるのはアクラディストでも被害の少ない人たちだし、二人の身なりを見ても、何か切羽詰っているとは思えない。
「で、でも、試験に通ったら推薦してくれるんでしょ……?」
「そ、そうだよ! すいせんしてくれよ、姉ちゃん!」
まったく……誰だ教えたの。
サラサラ金髪の子はまだしも、ツンツン頭の子は絶対分かってない。
「試験の内容は知ってる?」
「うん、試験官のギルド員の人に、のうりょくを見てもらうんだよね!」
よくできました。
でも大変よくできました、には遠いかな。
推薦する条件は二つ。
試験官を務める選定員の資格を持ってるギルド職員と手合せするか、実力を示すだけの功績を提示すること。
前者はそのままだし、後者でいえば傭兵ギルドなら実際に魔物を狩ってくるとか、どこかの大会で優秀な成績を収めるとかだ。
もっと言うと、推薦は試験結果を受領したギルド職員だけじゃなくて、該当ギルドに所属してるBランク以上のギルド員からの推薦でも良かったりする。
でもそれだってかなり難しい。
ギルドに所属してるからこそ嫌なこと、辛いことを知ってるからね。子供をそんな目に遭わせたいっていう人はほとんどいない。
なんにせよ、二人はもっとも手を出しやすい、試験っていう方法を選んだわけだ。
「じゃあ試験しよっか」
「う、うん!」
「やった!」
希望に満ちた笑顔を浮かべる二人に罪悪感が湧きます。
「じゃあちょっと待っててね、担当する人呼んでくるから」
「え、姉ちゃんじゃないの!?」
「まだ受付しなきゃいけないの。ごめんね」
別に私じゃなくても変わらないのに、あからさまに肩を落とす子供たち。
あれか? やさしく見えたとか? 自分で言うのもなんだけど、中身は外道だぞ?
「クロードさん、試験をお願いします」
「うん。了解。志願者は?」
事務室から出てきたクロードさんに子供たちを示すと、彼は目を瞬かせた。
「えっと……この子たち?」
「はい。宜しくお願いします」
「「 お願いします!! 」」
最初は驚いていたクロードさんだけど、二人の様子を見ていつもの微笑みを浮かべる。
「了解。さ、こっちだよ」
三人が向かったのは中庭。
本来は木造の得意武器を選ぶんだけど、あの子たちは特に何かを習っていた様子じゃないし、無難に木剣あたりで試験を受けるだろう。
そうなると、結果は目に見えてる。
「イリア。この依頼、登録宜しく」
「畏まりました。では――」
幾つかの依頼登録を終えると、中庭から戻ってきた三人が姿を現した。
子供たちの目は充血して、目じりと鼻の辺りは強く擦ったせいで赤くなってる。
「どうですか?」
「現時点じゃまったくダメだね」
でしょうね。
二人のステータスは、正直に言ってリュネヴィルの子供以下。
結晶柱の守護亀の幼生体に懐かれた女の子とか、深緑の狼に育てられた男の子くらいになると、勢い余って試験官の大人を倒しちゃったりするんだけど……そのレベルには当然至らない。
「うぅ……」
「うぐっ、ひぐっ」
あーあ、また泣き出しちゃった。
クロードさんも困り顔で肩を竦めてる。
「二人はどうして狩人になりたいの?」
撫でながら、柔らかいハンカチで涙を拭う。私の問いかけに、顔を少しだけ上げた。
「……ぼ、ぼく、たひっ」
「ぐやしかったんだ……はひゅっ!」
聞いた話を通訳すると、二人は今回物資を運んできてくれた行商、ボネットさんの息子さんらしい。
くだけた口調のツンツン頭の子がお兄さんのカレルくん。
丁寧めな口調のサラサラの髪の子が弟のリノくん。
なんでも、ただ守られてここに逃げるだけしかできない自分たちの無力さと、こんな時にも金儲けをする親とその仕事が嫌いになったんだとか。
そこで考えたのが、来る途中、何度も助けてくれたギルド員と同じ狩人になること。
「どうして戦士じゃないの?」
「だって、戦士って人とも戦わなくちゃいけないんだろ? 俺たちは人を守りたいんだ!」
「僕たちは、魔物と戦える力が欲しいんです」
確かに、ギルドの命令があったら人とも戦わなきゃいけないし、それを拒否すると罰則がある。
とはいえ、その命令も別の依頼を受けるっていう逃げ道があるし、そこまでして選ぶほどの違いが戦士と狩人の仕事にあるわけじゃない。
仕事に違いはないんだけど、狩人の職に推薦状を出す審査員はほとんどいない。
狩人に属してる人たちには、人間嫌いか、魔物を憎悪してる人が多い。うちにいる狩人の人たちみたいに全員がそうってわけじゃないけど、彼らを目標にするのは情操教育上あんまりよくなかったりするからだ。
なんにしても、試験に落ちた二人が今からどうこうできるわけじゃない。
「クロードさん、ありがとうございました」
「……ありがとうございました……」
「ありがとうございました」
「どういたしまして。またおいで」
ちょっと腹黒な爽やかお兄さん、クロードさんは事務室に戻っていく。
残された子供たちは、燻っていた気持ちを吐き出して少しはすっきりしたみたいだけど、やっぱりどこか不満そうに顔を顰めていた。
でも、よく言えば子供らしいけど、悪く言うとちょっと短絡的すぎるかな。
「二人とも、後でちょっと出かけよっか」
「「 ? 」」
受付業務を終え、付いてきたハクも一緒に向かった先は支部食堂一号館。
その厨房では本館以上に忙しなく動き続ける従業員の姿があった。
「す、すげえ……」
「うん……」
圧倒されてる二人の前を、出前の籠を持った配達員が横切る。
「ちょっと後を追ってみましょう」
「「 …… 」」
私の意図が理解できないのか、金髪兄弟はただ私を見返すだけ。
それでも、私が歩き出すと彼らは黙ってついてくる。
そして、行き着いた先は急造された小屋の並ぶ区画。……避難民の居住区だ。
子供たちは、我知らずといった表情のまま駆け出して、配達員が入っていった小屋を覗いた。
小屋の中では、お爺さんやお婆さんが毛布から体を起こして料理を受け取っていた。
「……これを見せたかったの?」
振り向く子供たちは、思いっきり顰めっ面を浮かべていた。
何を期待していたのか分からないけど、これが私の見せたかったものなんですよね。
「そうだよ。お爺さんたち、みんないい笑顔だよね」
「……暢気なもんだよな。いつ帰れるかもわからねぇのに」
「じゃあ、悲観せずにいられるのはどうしてだと思う?」
私の問いに、子供たちは私を仰ぎ見た。
何を今更っていう兄と、どういう意味ですかっていう弟。
「そんなもん、お気楽だからだろ」
「……ここには、氷竜を倒した方たちがいるから……?」
私は首を横に振って否定を示した。
「風雨を凌げるところと、今の季節でも寒い思いをしなくていい毛布。それと、ひもじい思いをしなくて済むご飯があるからだよ」
「そんなの!」
「君は、その中のどれかを失ったことはある?」
カレル君は口を結んで俯いてしまう。
彼らの親は、それなりに大きな商人だ。普段の衣食住は勿論、ここまで来る途中だって馬車の梁に守られていたんだと思う。リュネヴィルの子供たちよりステータスが低いのも、家を手伝う環境になかったからだ。
「それは悪いことじゃないよ。むしろ、自分たちが無力だって気づいて、すぐに行動に移ったことは誰にだってできることじゃない。すごく偉いことだと思う」
褒められた嬉しさと、自分たちの恵まれた環境を恥じる気持ちが葛藤しているのか、二人は複雑そうな表情を浮かべた。
「二人に問題。あの料理に使われてる材料とか、毛布ってどこから来たものだと思う?」
「それは……、あ」
リノくんが答えようとして言葉に詰まり、その様子を怪訝な表情で見ていたカレル君が一拍おくれて何かに気付く。
そう。物資の一部は、彼らのお父さんが運んできてくれたものだ。
それをわざわざ突きつける必要はない。ただ理解してくれるだけで、この二人なら十分だと思う。
だから、私は結論だけを告げる。
「守るっていうのは、何も敵を倒すことだけじゃないんじゃないかな」
何にだって良い面もあれば悪い面もある。片方だけを見て、結局損をするのは自分自身だ。
ブラック企業に就職したかつての私みたいにね! ……当時、ブラックとも思えなかった私が言えたことでもないですけどね!
「……でも」
カレルくんの声で我に返る。
「俺は、傭兵ギルドに入りたい」
どうして? と訊ねた私に、彼は俯く。
躊躇い、躊躇い……やがて顔を上げ、彼は答えた。
「だって、かっこいいし」
無駄にタメた間を返してほしい。
カレルくんの隣では、正直すぎる兄にリノくんが呆れていた。
「兄さん……もう少し言葉を選ぼうよ」
「な、なんだよリノ! 裏切る気か!?」
「まぁまぁ」
ここの子たちに比べてちょっと世間知らずっぽいところもあるけど、転生したわけじゃないんだから、このくらいの方が子供らしくていいと思う。
それに、魔物に盗賊、商売敵からの脅迫……商人が戦闘スキルを持っていても無駄になるわけじゃない。
「一回支部に戻ろっか」
さっきと同じように、二人は質問の意図を理解しかねている。だけど、それにも意味があると捉えてくれたのか、子供たちは私についてきてくれた。何故か手を繋ぐことになってしまったけど、ハクが少し不機嫌になったこと以外に問題は無い。
子供は男に含まれないからね。