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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
愛と力
24/53

4-6:「大事にしてあげてくださいね」

 さて、後で思い返すとのた打ち回りたくなるような恥ずかしいことを言ってから、二日目の朝を迎えました。

 支部のカウンターの前に特設された壇上に立つのはリア。


「これより、第一回(仮)ゲーム大会の開会式を始めます!」


 湧き上がる歓声と拍手。リアが降壇するとともに止んでいくのを見計らい、司会役のシンシアが式を進行していく。

 簡単な規則の確認や賞金の説明等が、特に問題もなく消化されていく。因みに、賞金が出るのは将棋・囲碁・チェスであり、あとのゲームは先の雪まつりで言う特別賞のような景品が贈与される。

 そして、開会式の最後は当然エクトルさん。


「今回は私もチェスに参加するけど、手加減したら容赦しないからそのつもりで。この大会の一番の目的は楽しむことだよ。それを忘れず、知恵の限りを尽くして競い合ってほしい」


 これで開会式は終了。

 壇上に再び上がったシンシアが、会場の場所を読み上げていく。


「支部食堂館の一階から、将棋、囲碁、チェスが会場でございます。当本館の一階はリバーシとジェンガ、二階でトランプ競技を行います。トーナメント表と席の割り振りは該当会場にございますので、着き次第の確認をお願いします」


 そこでシンシアが一旦言葉を切ると、張り詰めたような緊張が走る。


「では、移動をお願いします!」


 まさに堰を切ったような勢いで人が移動を開始する。

 給仕と進行スケジュールの管理に、不正の監視。受付業務に残る人以外の職員にとっては、これからが本番だ。


「皆さん、風の結石は持ちましたか?」


 私の問いに、全員が頷く。皆に持ってもらった拳大の結石は、いわば竜神のピアスの簡易版。結石に私の魔力を込めただけだから、私の魔力が届く範囲しか効果は無いけど、結石同士が共振してスピーカーの役割を果たしてくれるトランシーバーだ。


「使用方法は練習したとおりにお願いします。十分承知の上だと思いますが、ちゃんと魔力を切らないと独り言も筒抜けになってしまうので注意してください」

「「「 ………… 」」」

「くっ……」


 昨日の練習中、本音がダダ漏れになって赤っ恥をかいたバルドさんが、みんなの視線を感じて顔を赤くする。

 注意事項は言っておかなきゃいけないんだから、私を睨まれても困ります。


「では、持ち場に着き次第連絡をお願いします」

「「「 了解 」」」

「「「 りょうか~い 」」」

「ピィ!」


 思い思いの返答を返して職員が散っていく。

 私は受付をしつつ、各会場と厨房のサポート。


「ハクも、今日は一緒にいようね」

「ピィ~♪」


 特別に置いたカウンター内の椅子に座り、前掛けに乗るハクを撫でる。

 さて、これで取り敢えず私の役目は終了。


 私は、改めて視線を窓の外に向けた。




 窓の先――の先の先の先。ずっと先。

 ノート海の上でスケールの大きな追いかけっこを繰り広げているのは、鳥人を連れたニーナとシルフだ。


 遊びを邪魔されたことで最初は怒っていただろうシルフも、ニーナの並外れた飛行魔術に機嫌は一転。満面の笑みを浮かべて嬉々として追い縋ってる。

 追いかけっこに夢中なシルフは、自分が陸地に誘き出されてることに気付かない。

 勿論、その先にいる土の大精霊の存在にもだ。


 海上と違い、陸地はノームのホームグラウンド。風と土の相克によりシルフとノームは弱体化する。怒ったシルフは矛先をノームに向けるけど、護衛に回したガブリルの【居合】……因子を媒体とせずに因子を断つ抜刀スキルにより攻撃は届かない。

 戸惑うシルフは、エルフたちの援護を受けた長老の攻撃を躱しきることはできなかった。


 どんな風を起こそうと、ノームが生じさせる土によって阻まれる。ただ、ノームも速度で勝るシルフを捕まえることはできない。

 長老によるゴリ押しとパーシャによる攪乱で、シルフの動きは鈍っていく。

 後はニーナの出番。


 恋のお呪い改め、宣呪言(のりとごと)による契約だ。


 大精霊との契約方法は三つ。一つは、相互の無条件同意による契約。

 二つ目が、大精霊から提示された契約条件の施行。

 最後が、今回のような人間側からの契約だ。

 大精霊を弱らせることで、強制的な同調を可能にする第一段階。第二段階が同調しながらの宣呪言による契約。ほとんど力づくとはいえ、大精霊を屈服させるだけの能力と、同調できるだけの資質が必要になるから、他の二つよりむしろ難易度は高い。

 もともと契約できる人が、厄介事ばかり引き起こす大精霊を大人しくさせる方法って言った方が聞こえはいいかもしれない。


 あれだけ我儘だった大精霊シルフも、なんやかんやと言いながら同調を拒まなかった所を見ると、かなりニーナと波長が合ったんだと思う。まぁ普段から気紛れな筈の風の精霊が手を貸してくれるような子だったし、むしろ当然の結果とも言える。

 何はともあれ、呆然とするエルフたちを余所に契約は成立した。


『イリア、問題発生』


 結石から発せられた声で、【千里眼】を切る。

 声の主はカティで、彼女がいるのは本館の一階……すぐ傍だった。


「どうしたの?」

『ケーキ類の減りが速い。このままだと、お昼まで持たない』


 ホールに目を向けると、スイーツを乗せたテーブルをわなわなと見下ろすカティがいた。脱力とともに溜息を吐いて、改めて結石に語りかける。


「了解。すぐ調理にとりかかります」

『……了解』

「職員の分は別にあるから――」


 安心して職務に専念してね。

 そう言おうとした私の声は、


『『『 良かったーーーー!! 』』』


 という大合唱に掻き消されてしまった。

 いつもはお店に出さない、色んな種類の一口ケーキを作ったのは失敗だったかもしれない。





 ゲーム大会は、大好評のうちに幕を閉じた。

 雨? なにそれ美味しいの? とか言い出すんじゃないかっていうくらい皆は降雨なんてどこ吹く風。勝った人は再び勝利の美酒を味わうため。負けた人も雪辱を晴らそうと、雨なんか関係なくまた大会を開いてほしいという声が多かった。

 失敗だったのは、エクトルさんがチェスで優勝して、皆の顰蹙を買っていたことくらいかな。


 不満点と言えば、もう一つ。


「……あっちぃ~……」

「……暑い」

「シンシア、カティ、だらけ過ぎです」


 シルフが長いこと水と風の因子を消費しまくったせいで、ロンドヴィルは季節外れなうえに夏以上の猛暑に見舞われていた。


「ピィ~……」


 じりじりと焦がす様な熱気に、ハクもへばり気味。

 ビールが美味い! とか喜んでたおっさん方も、今ではテーブルの上でへばってる。


「……はぁ」

「……さすがのイリアも、この暑さはきついか~」


 なんだか嬉しそうなシンシアには悪いけど、私の気分を陰鬱とさせている原因は他にある。

 というか、目の前にいる。


「……イリア、里へ……」


 暑さにへばりながらも、帰ろうとしないクソジジイだ。


「長老。いい加減帰ってください」

「……納得できん」

「駄々こねてないで、さっさと里に帰りなさい」

「……いやだ」


 本当に駄々っ子みたいだった。護衛に来てた人たちを無理やり宿に帰して大正解。こんなんが長老だって分かったら、泉の里は革命でも起こされるんじゃないだろうか。


「いい加減にして。あなたはシルフを屈服させることはできなかった。違いますか?」

「……違わない」

「なら」

「……俺には、お前が必要なんだ」


 泣き落とし!? 引くわ……。 

 二百年以上生きたジジイに甘えられても気持ち悪いだけだっての。


 諦める口実も用意してもダメ。好意を利用する性悪女って思わせてもダメ。

 物理的にやったら死んじゃうし、本格的に敵対した場合、族長たちが彼をどうするかわからない。……八方塞がりだ。


「いい加減嫌ってください……」

「……俺の意思は俺が決める」


 カッコいいことを言ってるのに、他のすべてが台無しにしていた。


 もう放置でいいかな、と投げやりになった私に近づいて来たのはカティだった。


「イリア……何か、アイディア……」


 もう立つのもやっとっぽいカティが懇願してくる。

 アイディアと言われても、暑さをしのぐ方法なんてそう簡単には思い付かない。

 熱いお風呂……鍋……体温を下げる野菜が今の季節あるわけないし……。


 いろんなことを考えながら、アイディアを探して辺りを見回していた、その時。

 窓の外で鎮座していた、私の魔術によって猛暑の中でも原型を留めている雪像が目に入った。


 涼むには魔術を解かなきゃいけない。

 でも、魔術を解いたらすぐに融けてしまう。


「……なら、融かしちゃおう」


 虚ろながらも首を傾げるカティたち。

 目の前でだらけられていると、周りのやる気だって削がれる悪循環に陥る。だから、善は急げと行動に出ることにした。





 弾ける水滴。

 濡れる肢体。

 笑顔と歓喜の声に溢れるのは、つい先日まで資材置き場として使われていた巨大な空地。

 ただ、今は空き地ではなく、大きな円形の槽にたっぷりと水が張られている。


「これがプール……気持ちいい……」


 縁で浮かんでいるカティが恍惚とした表情で呟く。

 その横で浮き輪に掴まっているリアも緩んだ顔で水に浮かんでる。


「プールなんて、上流階級の贅沢なんだけどね~」


 彼女たちのように、縁の近くで涼んでいるのは大人たち。中央に行けば行く程子供の割合が増えるのは、中央が水の吹き出す噴水となっているからだ。

 縁付近のダクトから水を吸引。地下の貯水槽に流れた水は、冷蔵庫に使われる冷却用の水の結石で冷やされつつ、ろ過効果のある水の結石により清潔な水質へと改善される。そして、綺麗になった水は汲み上げ効果のある水の結石により中央から吹き出す、という流れだ。


「まさか、井戸の汲み上げと水質改善に使われてた結石をこんな風に使うとはね」


 私の横で苦笑気味に呟いたのはエリアスさん。

 彼の視線の先ではニーナが元気に泳いでるけど、彼自身は病み上がりだから見学中。副支部長から「貴様が造ったのだから貴様が監督しろ」と冷たく言い放たれ、体育座りしてる私と一緒に日陰からプールを眺めている。

 ニーナに手を振りかえした彼は、やがて私の方に身体を向けて、頭を下げた。


「改めて、ありがとう。こうしていられるのも、君の助力のおかげだ」

「顔を上げてください」


 顔を上げたエリアスさんに、私は首を横に振って見せる。


「貴方を助けたのはニーナです。私も長老たちもパーシャたちも、彼女の手伝いをしたにすぎません」

「……そうかもしれないけど」

「特に、私に言うのは間違ってますよ」


 最初エリアスさんだって気づかなかったし。

 ニーナたちと関わってた頃は今より男に興味なかったとはいえ、薄情にも程がある。

 それに、私がしたのはただの仕事。


「報酬もちゃんと貰ってますから」


 最初に依頼を出してもらうよう持ちかけた時、ニーナはお金がないって泣き崩れた。

 そんな彼女に私が持ちかけたのは、物品報酬。


 物品報酬っていうのは、お金の代わりに物を報酬として支払うか、依頼の結果齎された物を支部に譲渡するかわりに、報酬金を支部に支払ってもらう制度のこと。ただし、国や領主のような依頼主の場合は適用外で、ギルド員限定っていう制限もある。

 今回は後者。シルフが好き勝手に使ったせいで軌道から外れてしまった風の結晶柱を回収し、それを支部が譲り受ける形で収まった。


「……そうか。なら、これ以上恩を押し付けるのは無礼だね」

「はい」


 苦笑ながらも笑顔を浮かべるエリアスさんに、私も下心のない笑顔を返す。


「ふ、二人がいい雰囲気になってるー!?」


 遠くで水に浸かるニーナが叫び、その様子をシルフに笑われていた。

 二人で否定を示すと、今度はからかったシルフを追いかけ始める。それにパーシャが巻き込まれて、宥めようとするガブリルを交えた大騒ぎに発展する。


「……本当は、不安だったんだ」

「不安、ですか?」


 ニーナを見つめながら、エリアスさんは首肯した。


「彼女に害が及ばないようシルフの遊びに付き合いながら……、そうしてるうちに彼女が他の男にとられてしまうんじゃないかって……」

「……はぁ」


 ないない。

 私の呆れを察したのか、エリアスさんは私に情けない微笑みを向ける。


「連合には、“女心と冬の風は変わりやすい”っていう格言があるんだ。おかげで、気が気じゃなかったよ」


 翻訳されてるから本来の言葉はもう少し違うのかもしれないけど、内容はたぶん、日本語で言う女心と秋の空。

 冬の風は英語版だった気がする。

 女性の男性に対する愛情が移ろいやすいこと、感情の起伏が激しいことを示す諺だ。


「なら猶更大丈夫ですよ。お二人は、冬の風に打ち勝ったじゃないですか」

「……そうだね」


 今回の騒動で絆が深まったのか、彼の横顔に不安や迷いはない。


 でもどうだろう。


 互いの愛を理解していても、一途に同じ姿になる方法を求めてしまう異なる種族の男女ガブリルとパーシャ。恋慕を抑えきれず、恋人のために命を懸けて旅を続けた少女ニーナは大精霊にまで喧嘩を売ろうとして、職務をほったらかしにしてまで、はるか遠く求愛に来る誠意(?)を見せても受け入れて貰えなかったロリコンは、それでも愛を諦められずにいる。


 天気なんて、天災でもなければ工夫ひとつで楽しむことができるもの。


「……愛って、天気より御しがたいものですよね」

「えっ」


 彼女が他の男にとられる予言とでも捉えたのか、エリアスさんの顔が引き攣る。

 ……そういえば、諺には男心と秋の空っていうのもあったな。


「ニーナのこと、ちゃんと大事にしてあげてくださいね?」


 悲しませたら許しませんよ?

 笑顔に乗せてそう伝えると、彼は神妙な顔で頷いた。



 やがて、ニーナを止めるためにエリアスさんもプールへと向かい、皆が私の方を見た直後に騒ぎは収束。何を言ったのかわからないけど、今は聞かないで挙げようと思う。

 そして彼女たちは水遊びを再開。

 はしゃぎつつ、時折笑顔でこちらに手を振るニーナ達に応えながら、私は一人、日陰で静養中。


 監視員のこの身としては、事故なく、いつまでも楽しい時間が続くことを願うばかりです。

四話終了です。


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