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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
愛と力
22/53

4-4:「仕事に戻りなさい」

 あの後、みんなに怒られました。

 私が締めないで誰が締める、だそうです。


 無理。


 むしろ褒めてほしいくらいです。

 壊さなかったんだよ? ちゃんと固定魔術かけたんだよ?

 それだけで十分えらいじゃないか! 何が悲しくて自分の――


「聞いているのか貴様!!」


 副支部長の怒声で我に返った。


「はい。この催しの狙いについて、ですが――」


 私は、チラ、とホールの中で繰り広げられている人混みに目をやる。

 わぁ、と時折沸き起こる歓声。

 むむ、と唸る声と、くそう、と悔しがる声。


 窓の外で降り続く雨の音は、集中している彼らの耳には届かない。




 遡ること数日。


 先に行われた雪まつりは、催しものとして大成功を収めた。

 雪は片付き、住民の鬱憤は晴れ、さらには、軒先に並ぶ雪のモニュメントを見ようと、多くの人々が訪れる様になったからだ。

 支出分は完全に回収済み。


 ところが、思わぬ伏兵が現れた。


「雨、続くねぇ……」


 リアの呟きに、職員とお客様が同意する。

 そう。客足を途絶えさせ、人々から勤労意欲を奪い、家の中に閉じ込める――強風と長雨である。

 ほんの数時間で収まると思われていた雨は、やがて雲の厚さを増し、翌日まで降り続く。


 明日には、数日後には、来週には……。


 何時止むとも知れぬ長雨に、ロンドヴィルの大半は陰鬱な空気に包まれた。不幸中の幸いなのは、農閑期ってことくらいだ。


 雨の中に佇む雪像っていうのは中々シュール。私の固定魔術のおかげで雪像に影響はないけど、この長雨を聞いた人はきっと融けてしまったって思っていることだろうから、集客効果は望めない。

 その雪像を眺めていたカティが、ふと何かに閃いたように目を見開いて、私のもとに駆け寄ってきた。


「イリア、何かいいアイディア無い?」


 人任せでした。

 でも、確かに現状は雪が降り続いていた時と似てる。


「……そうですね。受付が終わったら、領主様にお伺いしようかと思います」


 居たらだけど。

 その一言は、ブンブンと尻尾を振るカティには言えませんでした。





「また楽しそうなことを企画したね」


 にっこりと微笑むエクトルさん。

 企画書をテーブルに置いて紅茶で喉を潤すと、


「これは私も参加していいのかな?」


 なんてことを言った。


「はい。ご公務に差支えなければ」

「勿論だよ。あ、今回も出資させてもらうよ」

「……はい。ありがとうございます」


 もう説得は諦めました。

 企画に関する話題を打ち切り、別の案件に移る。


「予想される災害か……。ここに挙げられている箇所には、監視員を置くべきかな」

「まず補強されては如何でしょうか」

「補強か。じゃあこの横のランクは危険度じゃなくて優先順位?」

「はい。まず最も危険なのが――」


 数時間後。

 話し合いを終え、雨の降る目抜き通りをハクと一緒に歩きながら、私は空を覆う雲を眺めていた。


 空を流れる厚い雲は、一見すると普通に流れているように見える。だけど、【千里眼】で見ると、その流れは一点から弧を描くように全方位から流れ込む……台風みたいなものだってことが分かる。

 この世界の天気は、ある程度なら空気中の因子によって決められるけど、台風ともなると風の結晶柱がその原因になってくる。


 今回のこともそう。

 雲が集まって上昇気流になっている中心点には、風の結晶柱が浮かんでる。そして、その周りではしゃいでる姿も【千里眼】は捉えていた。


 風の大精霊シルフ。


 何かに囚われることが嫌いな気分屋で、生まれてからこのかた誰とも契約を結ばないくせに、寂しがり屋だから気に入った相手を巻き込んで好き勝手する困った子。

 あんまりしつこいからひっぱたいて大人しくさせたのに……よっぽど今回の犠牲者の鳥人を気に入ったらしい。心中察します、鳥の方。

 大方、彼と戯れてる間に結晶柱を見つけて、シルフが近づいたことで共鳴現象が始まってしまったんだと思う。その結果大型台風ができあがって、シルフはさらに大はしゃぎ。……そんなところだろう。


 それはそうと、鳥人の方にも見覚えがある気がした。リュネヴィル支部うちを利用したことのある人かな、と記憶を辿ろうとしたところで、不意に飛んできた雨粒で思考を中断した。


「ピィ~」


 雨粒の正体は、水を操ろうとしてるハクの魔術だった。

 この子もいずれ嵐を呼び、雷を起こす力を得るかもしれないわけだから、台風の被害は人ごとじゃない。

 今回の長雨を竜神のせいだって思ってる人もいるみたいだけど……雨乞いの子を気に入るとすぐ手を出す様な奴が竜神だし、自業自得かな。


「ハクはジーンみたいになっちゃダメだよ?」

「ピィッ!」


 予想以上にいい返事でした。




 翌日も相変わらずの雨。

 開催に向け、まずは今回の大事なルールを覚えてもらおうと、ホールにいた人たちに集まってもらった。


「イリア、これは?」


 男性が手に取ったのは、白くて丸い、平べったい石。

 一つのテーブルに乗ってるのは、縦と横に19ずつの格子が書かれた正四方形の板。

 その両脇に置かれているのは、先ほどの白い石と、同じ型の黒い石がそれぞれ詰まった二つの器。黒と白の石を交互に打ち合い、陣地を取り合うボードゲーム――


「囲碁っていうゲームで使う、碁石というものです」


 着手に関するハマやコウなどの基本的なルールを簡単に説明した後、以前に教えていたガブリルと実演。地の数え方などの勝敗のルールを説明して椅子を譲る。


「習うよりまず慣れろと言いますし、気になった方は打ってみてください」


 ちょっと手を出しづらいかなって思ったけど、我先にと椅子を取り合う様子を見て安心した。

 布石だったりなんだりは全員ゼロからのスタートだし、省略させていただきました。別に囲碁教室を開きたいわけじゃないしね。


「イリア、こっちのは?」


 ファデーレさんに呼ばれ、向かった先のテーブルにあるのは将棋。


「これは将棋といいまして、駒を交互に動かして王を取り合うゲームです」

「最初に言ってたチェスとも違うね」

「はい」


 駒を両側に並べると、既に食いついた人がちらほら。

 駒と成駒の行動範囲と、二歩みたいなルールを指しながら説明すると、見るからにうずうずし始める人が出てくる。持ち駒の制限を説明したところで、実際に初心者同士にやってもらうことにした。


 最初は順調に進んでいたけど、次第に手の進行が遅くなっていく。

 その光景を見て、大事なことを忘れていたことに気づいた。


「公式の場では、持ち時間という制限時間が設けられますので、ご注意ください」

「「 えっ 」」


 そりゃあリアル兵糧攻めとかされても困るし。

 時計、またはその代わりになるようなものを用意する物のリストに追加。これだけで、今回の説明会を開いた収穫がありました。


 静かに盛り上がるテーブルから離れ、最初に説明したテーブルに目をやると、


「チェック」

「え、ウソ!? うがぁ!」


 と叫ぶ職員を見つけた。

 大人用に設けた三つのボードゲームのうち、最初に説明したチェス。将棋と似て異なるルールで、間に碁を挟んだのは混同を避けるためだ。


 それはともかく。


「エリーゼ、バルドさん。仕事に戻りなさい」

「はーい」

「……うぇーい」


 負けず嫌いなバルドさんが完全に不貞腐れてます。リアルファイトは厳禁ってルールも追加しておこう。

 二人にしっかり言い含めてから二階に移動すると、なかなかカオスな状況になっていた。


 二階に集まってもらったのは、子供とあまり考え込むのが得意じゃないっていう人たち。勿論後者は自称であって、そういう人たちでも簡単にできるよ、ってことを知ってもらうために集まってもらった形だ。


 テーブルに乗っている物はリバーシ、ジェンガ、トランプの三種類。

 リバーシとジェンガはともかく、トランプは遊びの種類が多すぎるから、今回は戦争と神経衰弱だけ。ポーカーとかブラックジャックもいいかと思ったけど、ギャンブル性が強くて【詐術】スキルが発達する可能性が有るからパス。一階のゲームで育つ【策謀】スキルと違って、情操教育上良くないからね。


「イリアお姉ちゃん、ハクちゃんがカード食べちゃってる」

「え? あ、こらハク!」

「ピィっ、ピィ~……」


 カードを取り上げると、ハクが怯えるように頭を竦める。

 咥えていたカードはハートのクイーン。私が画いたせいで変に魔力が篭っちゃったから、美味しそうに見えたらしい。


「私の魔力があっても勝手に食べちゃダメ。わかった?」

「ピィ」


 素直に頷くハクを撫でながら、改めてトランプを広げて見せる。


「これ、新しい魔術の護符か何か?」


 そう言ったカティアに私は首を横に振る。

 結界中に画いたから大丈夫だと思うけど、魔力が篭ってるところを見ると【召喚】スキルの派生技能、【鳥獣戯画】で騎士とか女王様が出てくる可能性がある。とはいえ、私がスキルを使わない限り発動しないから内緒にしておくことにした。


「これはトランプって言って、近いのはタロットかな」


 一応この世界にもタロットに準ずるものがあって、それを知る数人が納得したように頷いた。


「ではまず、このトランプを使った神経衰弱というゲームを紹介します」


 絵柄の説明をしながら実演した後、戦争の説明に入る。とはいえ、この世界では現在でも戦争という単語を遊びに用いるのが不謹慎だから、ラックバトルって呼称することにした。完全に運ゲームだし。

 リバーシとジェンガの説明も終えて実際に遊んでもらうと、子供たちに人気だったのはトランプのゲームだった。絵柄があるっていうのが良かったのかもしれない。


 何にしても、結構好評で良かった。

 後は、街にいる工業ギルドの人に複製してもらうだけ。そんなことを考えながら階段を下りると、エリーゼを叱る副支部長がいた。


「遊んでいたいというならいつ辞めても構わんのだぞ!」

「……」


 副支部長の剣幕に反して、エリーゼはしらーっととぼけたような表情。確かに、フランクさん以上に何をしてるのか分からない副支部長に言われても説得力がない。

 とはいえ、一度言ったのに遊んでたって言うなら弁護する気もないし、勤務時間外だからさっそくゲームを作ってくれる人たちの元に向かうことにした。

 ……のだけれど。

 会釈しながら通り過ぎようとした私に、


「待――」

「待ってイリア!」


 と二人から声をかけられた。


「……どうなさいましたか?」


 振り向くと、苦虫を噛み潰したような表情の副支部長と、拗ねたような表情を浮かべるエリーゼの視線が真っ直ぐ私に向けられていた。


「どうもこうもあるか! 貴様が持ち出した遊びで、こいつは職務を放棄していたのだ!」

「放棄してません。少し口を出しただけです」


 うーん。現場を見てない私には判断がつかない。

 ということで、第三者に聞いてみることにした。


「申し訳ありません。どなたか二人の様子をご覧になっていた方は――」

「貴様、どういうつもりだ……!」

「イリア、私たちのこと信じてくれないの?」


 益々目を吊り上げる副支部長に、悲しそうな視線を向けてくるエリーゼ。


「信じるも何も、当人の証言だけじゃ判断できません。個人的見解で意見を述べられる立場ではありませんので」


 意図を理解してくれたのか、二人とも口を噤んでくれた。

 改めて話を聞こうと視線を向けると、数人が説明を買って出てくれた。幸運だったのが、その中に商業ギルドの一見さんがいたことだろう。

 うちによく来ていた人だと、副支部長に良くない感情を抱いてるかもしれないし。


「……成るほど。偶然が重なっただけみたいですね」


 真相は特に複雑な話でもなく、ドリンクを届けたエリーゼが次の手を聞かれ、答えている時に副支部長がちょうど目撃したらしい。


「偶然で済ませる気か」

「はい。エリーゼのしたことは、料理の食べ方が分からないお客様に、方法をお教えするのと同じです。その対象が遊びだったことを責められるのであれば、御叱りを受けるのは私でしょうね」


 副支部長が息巻いて何かを言おうとした瞬間、周囲から私を擁護するような声があちこちから上がった。

 それに苦笑を返して沈め、改めて口を噤んでしまった副支部長に向き直る。

 普通ならこのアウェー感に気圧されるところだけど、案の定、彼は引くどころか下卑た笑みを浮かべていた。


「フン。流石は我が支部の女神様。上手く民衆を手懐けているようだ」


 悪意のたっぷり込められた皮肉に、ホールは険悪な雰囲気に――ならなかった。

 どちらかというと、何を今更、みたいな表情で失笑してる感じで、ゲームを再開する人までいる。


 ……ただ、私自身には結構ダメージは大きい。


「――今回は何が狙いだ」


 崇め奉られたいなんて思ったことは一度もありません。

 この世界ぶっ壊してやろうかってのと同じくらい思ったことがありません。

 なのにさー、


「聞いてるのか貴様!!」


 はいはい。狙いね。

 わざわざ前回と同じ質問をしてきたんだから、私も合わせて答えるべきだろう。今回は依頼・企画の立案が領主様、内容が私に一任されたって形だから問題ない。


「はい。この催しの狙いについて、ですが」


 視線をホールに移すと、ゲームに興じる人が多い中にも少なくない数の視線を感じた。

 別に疾しいところは無いんだけど、下手なことを言うと反感を買いそうで怖い。


「雪まつりと同じでしょう。ガス抜きをしないと、体に悪いですから」


 何かを言いかけ、副支部長はそのまま口を閉じて支部を出て行ってしまった。それだけのことの筈なのに、ホールの空気が和らぐのを感じた。

 なんだか最近、弱い者いじめをしてるみたいで心苦しい。やってることと言えば、突っかかってくるのに答えてるだけなんですけどね。




 駒や盤といった品の量産の目途が立ったところで、大会の告知を貼った。

 副支部長とのやり取りもあったせいか、今回は開催を予想していた人が多かった。それどころか、参加人数の少ない種目とか、強い人のいない種目に参加しようとする情報戦まで始まっていたことに驚いた。

 副支部長との会話のときに感じた視線は、大会に関する情報を拾おうとしてた人のものだったのかもしれない。


 それと、皆の目を引いたのは、もう一つの項目。


「イリア姉、このビュッフェってなに?」


 私の肩から問うパーシャの言葉に、同じく疑問を感じていた人たちの視線が集まる。


「ビュッフェっていうのは、食べ放題ですよ」


 食べ放題。その言葉を聞いた皆が色めき立つ。

 ビュッフェを企画に加えようと考えたのは、雪まつりで得た賞金の使い道に困ったところから始まった。皆で分配すると一人当たりの額がかなり減っちゃうし、社員旅行みたいなものを企画するには少なすぎる。

 そこで支部の皆と話し合って出した結論が、住民に還元すること。

 料理全部を賄うことはできないからスイーツだけになっちゃったけど、皆の反応を見る限り十分だったみたい。


「とはいっても、食べていいのは食事を頼んだ人だけですけどね」

「だからデザートだけかー。いや、十分十分!」

「食べ放題……食べ放題……」


 肩でぶつぶつ呟くパーシャが怖い。

 賞金が出ると聞いて、よりのめり込む様に打ったり指したりする人たちの目が怖い。

 本番を想定して楽団の人にBGMを演奏してもらってなかったら、駒や石の響く音と雨の音だけで余計怖かったかもしれない。


 そんなことを考えていた時、支部の扉が勢いよく開け放たれた。


「…………っ」


 現れたのは、真っ黒な髪とこげ茶色の瞳を持つ女の子。

 コートを着ているにも関わらず全身ずぶ濡れで、履いているブーツは泥の茶色で元の黒がほとんど隠れていた。


「……、イリア!」


 女の子は、見つけた私の所に歩き出そうとして――崩れ落ちる。

 近くにいたリアが抱えてくれて助かったけど、女の子の顔は色白を通り越して青白かった。


「イリア、この子……」

「うん。友達」


 以前に見た面影は有るけど、パッと見じゃ判断できないほど疲労の色が濃い。


「ごめんリア。すぐ治療するから、受付をお願いできる?」

「わかった!」


 改めて女の子……ニーナを個室に運ぼうとしたら、横から伸ばされた手に邪魔された。


「僕が運ぶよ」


 その声で、手を伸ばしたのがガブリルで、ニーナを抱えてくれたことに気付く。

 邪魔じゃなくて、ガブリルの好意だったらしい。


 ……少し冷静になろう。


「ごめんなさい。ありがとう」

「ううん」


 いつも通り、のほほんとしたままガブリルはニーナを二階に運んでくれた。



 ガブリルとパーシャは私のチート……というか能力を知っているから、迷わず回復。神聖魔術の精神回復魔法リカバーフェチーグ。

 疲労と体力が回復したところで、ニーナが術の眩しさから顔を背ける様に身動ぎする。


「ん、……あ、あれ……ここ……」

「ニーナ」


 声をかけると、ニーナは私を見て、ぱちぱちと瞬きを繰り返し、


「イリア!」


 と叫んで抱きついてきた。

 でも、力が入らないせいでしがみ付くこともできずに、ずり落ちていく彼女を支える。

 改めてベッドに座らせると、恥ずかしさのせいか顔が赤くなっていた。


「ニーナ、落ち着いて」

「う、うん。イリア、ボク――」


 ぐぅ、と。


 緊張の静寂に包まれる個室に、大きな音が響いた。

 部屋にいたのは、ニーナと私、それにガブリルとパーシャ。顔を真っ赤にしてお腹を押さえる様子を見てしまうと、誰のものなのかは一目瞭然だった。……というか、変な沈黙が居た堪れない。


「イリア、お腹すいた」


 空気を読んだのか読んでいないのか……恐らく後者のガブリルの提案により、皆で昼食をとることになった。


 ガブリル以上にもくもくと料理を食べている普人の少女は、ニーナ・アマロ。

 風の魔術に特化した魔術師で、列島諸国連合に居を構えていた配達員でもある。彼女は配達員だけど、連合から遠く離れたロンドヴィルに来るような依頼を受ける筈はない。何故なら、彼女には魔術の師であり、最愛の鳥人である……、……鳥人?


「……はぁ」


 思わず毀れた溜息に、皆の視線が集中する。


「ニーナ」

「もごっ? もご、もむ」

「取りあえず呑み込んで」


 ごくり、と彼女が口に含んでいたものを呑み込んだのを確認して、私は訊ねた。


「あなた、エリアスさん捜してる?」

「すごい! 何でわかったの!? ボクまだ何も言ってないのに!」


 目を輝かせ、ブンブンと手を振るニーナ。獣人だったら尻尾が代わりに揺れていたことだろう。

 対して、私のテンションは右肩下がりです。どっかで見たことある人だと思ったの、気のせいじゃなかったか~。


「エリアスさんね、シルフの遊び相手になってるよ」

「え、ホント!? じゃあシルフさんって人の所に行けばいいんだね!? ……ってシルフ!?」

「ちょっとあんた、いきなり大声出さないで」

「あ、ご、ごめんね。……妖精!?」


 今さらパーシャの存在に驚くニーナ。連合にはかつて妖精を乱獲した盗賊ギルドがあり、妖精は滅多に近づくことは無いから無理もない。

 それにしたって、相変わらずテンション高いなぁ……。


「シルフ……」


 と思ったらヘコんでた。

 風の大精霊と風の魔術師。風の因子を操る術で言えば、チェスでいうクイーンとポーン程の差がある。彼女が落ち込むのも無理はなかった。


「どうやって倒そう……」

「待ちなさい」


 恋する乙女の強さを発揮させようとしないで。


「でもっ!」

「シルフだって馬鹿じゃないんだから、遊び相手の命を奪うことはないわ」

「でもっ……もう、三か月も帰ってないんだよ……!? いつも助けてくれる精霊さんたちも、なんでか分からないけど、どこにいるかだけは教えてくれなくて……」


 ニーナは、悔しそうにぎゅっと拳を握りしめる。

 自分たちに置き換えてその気持ちを察したのか、パーシャたちの表情も浮かない。

 でも、これだけは確認しておきたい。


「ねぇニーナ。あなた、いつからエリアスさんを捜してるの?」

「三か月前からだよ! ダーリンが一日以上帰ってこないなんておかしいもん!」


 ……うん。それだけラブラブなんだって思おう! 人の恋路に口を挿むと碌なことないしね!


「兎に角今は休みなさい」

「うぅ……」

「あなたにケガされてまで、エリアスさんが助けられることを望むと思いますか?」


 決定打にニーナは俯く。


 彼の名前を出すのは卑怯だって分かってるけど、今は取りあえず落ち着かせるのを優先した。

 なんの因果か、折角揃ったこれだけの役者。彼女が一人で突っ込む危険を冒す必要は全くないからだ。


「あなたは取りあえず休みなさい。ろくに休んでないんでしょ?」

「うっ……うん」


 疲労や体力は回復させたけど、彼女の魔力はほとんどゼロ。

 きっと、徹夜で飛び回っていたりしたんだろう。


「安心して。ちゃんと方法は考えておくから」

「……わかった」


 ニーナは頷き、食事を終えると大人しくベッドに潜り込んだ。

 抜け出さないかどうかが心配だったけど、横になった直後に聞こえてきた寝息は、それが杞憂だったことを教えてくれた。



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