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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
愛と力
20/53

4-2:「準備に取り掛かりましょう」

 妖精。

 初めはフェアリエル・ウェルバートと呼ばれていたこの種族は、大きくとも手の平サイズにしか成長しない。

 古くはフェアリエル・ファルベリヒと呼ばれたエルフと祖先……神と普人の眷属という起源を同じくしながらも、外見上これだけの違いが生じた原因は偏に呪いのせいだ。


 長い歴史の中で遺伝子に含まれる神因子を減らしながらも、結晶柱の守護や神に関する知識の守秘に努め、その神秘性を保つことで不老長寿の能力だけは所有を認められたエルフ。

 対して、気の赴くままに時に人を唆し、時に人に傾倒して世界を乱したことを咎められた妖精の祖先。彼らは神因子の要素は一切剥奪され、身体の弱体化と他種族との交配を不可能とするために、身体のサイズを縮められる呪いを受けるに至った。


 妖精の精は、その気質が似ているとして精霊から取られているんだけど、【読心】の下位互換【精霊の目】を持つことも無関係じゃない。

 【精霊の目】は、所有者が見た者の感情や心を読み取るスキル。パーシャは高い【観察】スキルも持ってるから、副支部長が何を考えて行動してるかっていうところまで理解したのかもしれない。


「イリア姉、また猫被ってるのね」

「人聞きの悪いこと言わないで」


 パーシャの軽口に、苦笑しながら紅茶を差し出す。彼女用に小さいカップも生成済みだ。

 始めは私室で話していた私たちだけど、一応受付に入る時間だったから、二人にはカウンターの客席に座ってもらってる。


「でもまさか氷竜が倒されちゃってるとはな~」


 パーシャがテーブルに突っ伏す。


「街の人たちを見て、おかしいと思わなかったの?」

「んー、狂っちゃったのかなって」


 さらっと酷いことを言う子だった。

 でも、あながち間違っているわけでもない。あまりの恐怖が理性を振りきってしまった人たちは、どこか享楽に走ってしまう傾向がある。そのことを、実際にこの目で見た私たちは知ってるからだ。


「でも」


 と彼女は身体を起こし、一階の様子をうかがう。


「こんなに大きな支部なのに、人がすっからかんじゃない」

「そうだね。噂だと、いつも満員だって聞いてたんだけど」


 二人の言葉に、私は苦笑を返すしかなかった。

 現在、一階のホールにいるお客様はパーシャとガブリルだけ。

 受付で待機しているはずのシンシアも、調子が悪いと言って副支部長が帰ってしまったことをいいことに、支部の前で雪像づくりに精を出している始末。


 確かに、これだけ見たら潰れる寸前のお店にしか見えない。


「二人とも、お昼はもう食べた?」


 私の質問に、二人は首を傾げながら答える。


「ううん。まだだよ」

「そういえば、ここの料理は美味しいって聞いたけど……この様子じゃ期待できそうにないわね」


 やれやれと失笑を漏らすパーシャ。

 単純で可愛いなーとか思いながら、二人にメニューを差し出す。


「食べるなら、できるだけ早く言ってね」

「はいはい」

「うん。わかった」


 パラパラとページを捲っていく間に、二人は目の色を変えていく。

 食べることが大好きだけど優柔不断なガブリルは勿論、悩むことこそ面倒だと即決するパーシャも、大好物の甘味の多様さに目を奪われている。


 二人が決めかねている間に、支部の扉が開かれてシンシアが帰ってきた。


「ただいま~。う~、動いてるとわかんないけどやっぱり寒い!」

「ピィ~!」

「さってと。仕事仕事!」


 言いながらも防寒着を脱いで制服を整えるシンシアを余所に、一緒に遊んでいたハクがまっすぐ私のもとに飛んでくる。抱いたハクを撫でながら雪を払っていると、事務室の扉が開いて給仕業務のラシェルやリアたちが戻ってきた。中庭に出ていたせいか、彼女たちの頭には少しだけ雪が残っていた。


「皆おかえり。ハク、楽しかった?」

「ピィっ!」

「ハクってば、じっとしててくれないから大変だったよ~」


 大変と言いつつ、シンシアの顔は綻んでいる。両手で抱えるほどに大きくなったハクは、一人で遊びに行く程の行動力を見せるようになっていた。


「イリア姉、それ……」

「ピィ?」


 声を出したパーシャを見たハクは、初めて見る存在に興味津々。

 彼女がたじろぐ程に真っ直ぐな視線を向けてる。


 一触即発(?)な空気が流れる中、再び開かれた扉から数人の男女が来店した。


「いらっしゃいませー」

「こんにちはラシェル。今日も寒いね~」


 寒い寒いと言いながら、脱いだ防寒着を椅子に掛け、テーブルに設置された暖を取るための結石に手を翳すお客様。


「こんにちは。メニューお持ちしますか?」

「大丈夫。私はいつもの!」

「俺は醤油ラーメン半チャーハン!」

「僕はカルボナーラかな。あ、コショウ多めで!」


 畏まりました、とラシェルはテーブルを離れていく。

 その様子をぽかーんと眺めていたパーシャたちは、


 瞬く間に満員となっていくホールを、目を白黒させながら眺めることになった。


「ど、どういうことよ、これ」

「すごい人だね」

「みんな雪像づくりに夢中みたいで、食事のときだけ戻ってくるの。だから、できるだけ早く頼んでって言ったでしょ?」


 二人はハッとして、メニューに目を移す。

 でももう遅い。ラシェルたちは慌ただしくホールを駆け回ってるし、厨房はまさに火の車。新しくできた別館の食堂の窓には、満員を知らせる札が貼られているのが見えた。


「お姉ちゃんのいじわる!」

「でも楽しみだね~」


 数人が妖精の存在に驚いてるけど、他の人は特に気にした様子は無い。皆、自分たちの造る雪像の進捗状況とか、他のグループの状況を聞いたりして盛り上がってる。

 雪の量で不平不満もないみたいだし、うまいことストレス発散になってるみたいで良かった。





 昼食をとって一休みした人たちがまた雪像づくりに支部を出る頃、次に来るのは行商とその護衛とか、早めに討伐依頼を達成させてきた人たち。

 彼らの達成登録を全て済ませる頃には、受付交代の時間になっていた。

 次は厨房だけど、その前に休憩。


 休憩時間に入った私は、ハクを連れてパーシャたちと開いた個室で寛いでいた。


「で、貴方たちはいつまで食べてるんですか……?」


 パーシャはパフェで生クリームやチョコ、フルーツの甘さを堪能したと思ったら、今は水羊羹とイチゴ大福の和風な甘味に舌鼓を打っている。

 ガブリルはガブリルで、三杯目の味噌ラーメンをずるずる啜っている。

 パーシャは結局全部食べられなくてガブリルに任せちゃうし、ガブリルは燃費が悪すぎるっていう食事の欠点があることは重々承知だ。


 でも、見過ごせないことだってある。


「二人とも……お金は払えるんでしょうね」


 私の質問に、二人の手が止まった。

 ……予感的中。

 好奇心旺盛なパーシャに、彼女を止めようとしないガブリル。万年金欠の悪癖は治ってないらしい。

 私の視線にパーシャがブンブンと手を振って反論する。


「違うの! フィレアレミスにいた時はまだ余裕があったの!」

「検問を通るのに、あんなにお金がかかるとは思わなかったね」


 私は脱力してしまった。


「二人とも傭兵ギルドなんですから、ロンドヴィルの依頼を受ければ無料で通れるって知ってますよね?」

「それは、その……」

「急いでたからね」


 言葉に詰まったパーシャに代わり、相変わらずぽわんぽわんとしたガブリルが答えた。

 つまりあれか。氷竜の話を聞いて、居ても立ってもいられなかったとか。どこかの支部に行けば、氷竜討伐の依頼も下げられてるって気づいただろうに。


「まったく……。因みに宿はどうするつもりだったんですか?」

「え、えーっと……」

「イリア、泊めてくれないの?」


 溜息を一つ吐いて、私は笑顔を浮かべる。


「ダメです」


 パーシャはおろか、ガブリルすら残念そうな表情を浮かべた。


「床でいいから」

「ダメです。ガブリルでも、寝ぼけたハクの尻尾でも食らえば骨折しますよ?」

「こ、ここは? この個室って、ベッドもあるんでしょ?」

「もっとダメです。私的な理由で支部を利用するのは禁止しています。私が例外をつくるわけにはいきません」


 パクパクと口を開閉させるパーシャと、まぁいっかとばかりに食事を再開するガブリル。


「お姉ちゃんのケチ!!」

「ケチで構いません。大人しく依頼を熟してきなさい」


 こうして二人は、路銀を稼ぐためにリュネヴィルに滞在することになった。

 とはいえ、彼らにやりたい放題にしているといろいろ問題があるから、ノームは禁止させてもらった。折角整備した街道を壊されても困るし、私も用事がある。

 そう伝えると、特に反論することもなく二人は了承してくれた。

 ……ただ二人きりの時間が欲しかっただけだったりして。




 二人が依頼に出かけている間、私は私室で土の大精霊と向き合っていた。

 初めは物珍しそうにガン見していたハクだったけど、大体のことを理解したのか、いつも通り私の前掛けの上で丸まってる。


『して、神子様。お話というのは一体?』

『ノーミード。貴方は何か異変を感じていたりはいませんか?』


 ノーミード。ノームが男性形であるのに対し、女性形の名をノーミードという。

 ウンディーネ同様私の好みに合わせ、二本のおさげにヒゲなしの女の子の姿に変わってくれている彼女は、私の問いに小首を傾げて眉を顰める。


『これといってないですかのう……。地脈も、そこから感じる世界樹の根にも、特に異変はありませぬ』

『それは、私と最後に会った頃から、という意味でよろしいでしょうか』

『然様。神子様の在り様は、その一挙一動が世界に影響を齎しますからのう』


 彼女はのほほんと笑うけど、私にとっては黒歴史でしかない。

 あの頃はヤンチャだったわねーとか、親戚のおばさんに色々からかわれてる時の居た堪れなさに似てる。

 何にしても、土の因子に関してのみとはいえ、精霊視点からの同意を得られたことは大きい。

 いや、むしろ土の因子に深く関わる大精霊だからこそ、かな。


 私が一番懸念していたことは、邪神の復活。

 その一番可能性があるのは、私がぶっ殺した“最古の邪神”と呼ばれる存在で、こいつは土の因子と大精霊並みに関わりがあるからだ。


『それを聞いて安心しました』

『神子様のお力になれたのだとしたら、それこそ至高の誉れというもの。なんでも言ってくだされ』


 打算的なものを一切含まない無邪気な笑顔に、ついこちらも笑みがこぼれる。


『でしたら、神子と呼ぶのをやめていただけませんか?』

『それは無理ですじゃ』


 ちっ。相変わらず変なところで頭が固い。

 どうせ無理に言ったら逃げるんだろうなーとか思いつつ、気を紛らわせようと外に視線を向ける。

 今頃、寒い寒いと言いながら二人は暴れまわっている頃だろうか。


『パーシャは、まだ石板完成に辿り着けないんですね』

『当代の妖精王は、ちと人嫌いにすぎますからのう』


 妖精王の石板。

 それは、妖精がフェアリエルになるための解呪が画かれた宝具。閲覧の許可を得るための試練は、代々の妖精王自らが世界中に設置してる。

 今の妖精王がその地位に就いてから少なくない数の妖精が試練を終え、妖精王に申し出てフェアリエルとなった。


 だけど、その大半が欲に溺れたり自暴自棄になったりして、まともな道から外れてしまう有様。人間と結託して妖精王に牙向く者が出てきたことが極めつけとなり、妖精王は石板自体を細かく砕き、あらゆるダンジョンや秘境の深淵に隠した。

 そのうえ生半可な力では辿り着けなかったり、複数の仲間が必要な装置を置いたうえで幻惑等を用いてその絆を試したり……。試練という名を借りた虐めの数々を設ける始末。


 フェアリエルになる動機の殆どが恋愛がらみとはいえ、これじゃあ慎重なお父さんを通り越して無理難題を命じる頑固親父だった。


『神子様と別行動を取るようになって、回収速度が目に見えて遅くなりましてのう。氷竜の討伐に来た理由の一つは、あわよくば神子様に石板の回収を手伝って頂こうという思惑もあったんじゃろう』


 のほほんと主たちの下心を暴露する大精霊。

 この子たちにとって、私の方が契約者より扱いが上だっていうスタンスも相変わらずだった。

 そう思って浮かべた苦笑を何と勘違いしたのか、ノーミードはあわあわと慌てだす。


『あ、あの二人が神子様をお慕いしておるのは本当ですじゃ!』


 慌てていてもどこか気の抜ける小人。その姿に私は笑顔を浮かべ、ズレてしまった帽子を直してあげた。


『あの二人はそうでなくても困ってる人を助けようとしますから、もうちょっと自分勝手になってもいいんですよ』

『……それを神子様が申されても説得力はないのう』

『私は結構好き勝手に生きてますよ?』


 悪魔とか、現存してるはずの邪神9体とか野放しにしてるし。

 一括りに邪神って言っても、色んな種類がいたりする。私が殺った最古の邪神は定期的に生贄の女の子を食べる、比較的悪者。だけど、生贄にされた子供を育てちゃうような邪神もいる。

 だから、最終的には害を為す存在なんだけど、それまでは関わりたくないなーって思ってる。


 ともあれ、今邪神で調べられることは限られてるし、今はあの二人のことの方が大切。


『ノーミード。もう一つ、どうしても聞きたいことがあります』

『なんなりと申してくだされ』

『パーシャの話し方のことなんですが、あれは……』


 言いよどむ私に小首を傾げるも、ああ、と察した様に大精霊は笑顔を咲かせる。


『あれは神子様の模倣ですじゃ』


 もしかして、って思ったけど……まさか当たるとは思わなかった。


『最後に神子様と別れてから暫くしてからじゃったかのう……。「お姉ちゃんみたいになる!」と息巻いておった結果があれですじゃ』

『はぁ……』


 あんな風に高飛車に見られてたってこともショックだけど、何か悪影響を及ぼしてしまったみたいで居た堪れない。

 怒ったりして出る口調が素の彼女で、一緒に旅をした頃は我儘だけど無邪気な子供って感じで可愛かったのになぁ。


 取り敢えず、私が願うことはただ一つ。

 あの子の黒歴史になりませんように。




 数日後。

 完全に石畳が露出した中央広場に、均等に置かれた火の結石を中心に人の群れが集まって、広場を埋め尽くすほどの人で溢れかえっている。

 広場正面に鎮座する国の税務署は住民に等しく疎まれる存在だけど、今はその正面扉を覆い隠すように舞台が設置されているせいか、誰も敵意を向けることはない。

 その舞台の中央に設けられたのは、風の結石を括りつけた金属の棒……言ってしまうとマイクだ。そして、それと広場を眺められるよう斜めに設けられたテーブルに座るのは、領主のエクトルさん、支部代表の副支部長デニスさん、鑑定士代表としてアマベルさん、彫像職人代表として工業ギルドのエウリピデスさんの四人。


 カティが壇上に立ち、一礼する間に広場はしんと静まり返る。


「これより、リュネヴィル雪まつり、品評会を始めます」


 淀みなく読み上げてお辞儀して、歓声の中を満足げな顔で私たち支部の職員が控える舞台裏に降りてくる。

 カティはこうしてピンピンしてるけど、私の横で火の結石に引っ付いてるリアは寒さに弱いらしい。猫だからかな?


「ではまず、ルール説明をさせていただきます」


 カティに続いて壇上に立ったエリーゼがカンペを読み上げる。

 その間に、私たちは観客の元へと向かった。


「皆様には、街中の雪像を見て回っていただいた後、これからお配りする投票用紙に自己評価の高い雪像の番号を記入して頂きます」


 同時に私たちが配っていく紙を見て、ひとりの男性が声をあげる。


「書くとこが三つあるぞ?」

「勿論三つ選んで書いていただくためです。一つじゃ、皆さん自分のところしか書かないでしょ?」


 そりゃそうだ、と朗らかな笑いが会場に起きる。不快感を覚えさせない【話術】はエリーゼの得意技だ。


「判断基準は皆様個人の自由でございます。美しい出来栄えのもの、凛々しい出来栄えのもの、勇猛な出来栄えのもの……何でも構いません。あ、勇猛って言っても、支部の雪像って書いちゃだめですよ? あれは評価対象に含まれませんので」


 更に笑いが起きる。

 支部の前にエリーゼやシンシアたちが造った雪像。そのモチーフはハクだ。

 少なくとも見た目は勇猛には程遠いけど、名実ともにマスコット化されそうな勢いです。


「三つ書かないと無効票になっちゃうのでご注意ください。あ、それと他の人の作品を見て恥ずかしくなったからって、自分たちの作品を壊そうとしちゃダメですよ? イリアが細工しましたからケガしちゃいます」

「そりゃ触らぬ神に何とやらだな」


 男性の言葉に、数人……と言わず、多くの人がうんうんと同意してる。

 どういう意味だまったく。

 特定して固定解除しちゃうぞ? 一軒だけ雪像無くてみすぼらしい思いするぞ?

 ……って、そんなことしたらそれこそ祟られたとか言われそうだな。くそう。


「制限時間は正午まで。お昼の集計時間には支部の新作料理が振る舞われますけど、審査票が引換券になってますので自分で持って来てくださいね?」


 わぁっ、と今までにない歓声が上がる。

 何も言うまい。


「ではエクトルさん。審査開始の宣言をお願いしますっ!」


 エリーゼがすっと身を引き、エクトルさんがマイクの前に立つ。


「お日柄もよく……なんて堅苦しい挨拶は不要だね。皆の努力を褒め称え、楽しく見てきて欲しい。では……審査開始!」


 朗らかな笑いが起きた空気のまま、わらわらと観客の人たちが散らばっていく。

 エリーゼと入れ替わりに壇上へ向かい、テーブルの四人に向き合う。


「皆様が選んだ一位にはそれぞれ、特別賞の枠に該当しています。得票数上位三位までと被る可能性もありますが、重複もそのまま表彰となりますので、気兼ねせずに審査してください」


 素直に頷く三名。

 ただ、残る一人が小馬鹿にしたような表情で鼻を鳴らす。


「暢気なものだな。見えないところでどんな不正が行われるかわからんぞ?」

「不正ですか?」

「こんなただの紙を量産するのは造作もない。それに本人が脅されて他人の番号を書かされる可能性もあるな。いや、金を払えば脅す必要もないか」


 捲し立てる様に語る副支部長。

 周囲の視線には気付いてるだろうに、それを気にする様子は無い。

 さてどうしようか、と考えているうちに、声を発したのはアマベルさんだった。


「紙は支部の依頼表のものと同じものを使ってるので、複製は不可能です。本人が書いていないかどうかは重複した筆跡が無いかを調べれば簡単にわかります」


 簡単にって言うけど、それができるのは【鑑定】スキルがある程度高レベルに育ってる人だけですよ、アマベルさん。

 そう私が内心で苦笑していると、副支部長が横やりを挟む前にラシェルが追撃する。


「脅されてるかどうかなんて、受付やってればわかります。本人が持ってこないと料理が食べられないのもそのためなんでしょ? イリア」


 ラシェルの問いに私は頷く。

 勿論、噂を聞きつけてタダ飯にあり付こうって人を防止するっていうのもある。参加料金を取ってるわけじゃないから別にいいんだけどね。


「それと、金銭に関しては止める必要がないと思っています。今配った人数と作品数を考えると、一位を取って利益を出すには一人500ギルズ以下に抑えなきゃいけないので、それに乗る人がいると思いません。それに、一位をとれたとしても、賞金以外の見返りがありません。彫像の精巧さを自慢したいなら素直に工業ギルドに行った方がマシだと思いますし」


 それでなくても、今のリュネヴィルにはローンを抱えている人が多い。

 何の元手も経費もなしに得られるからこそ意味のある賞金であって、そこに何か出費がかかってしまっては意味がないだろうし。


「満足されましたでしょうか」

「……ふん!」


 鼻息荒く副支部長が降壇すると、みんなの顔が和らいでいくのが分かった。

 言い負かしたことで、みんなの気分が少しは晴れたみたいだから良しとしよう! うん! これで終わり!


「じゃあ、準備に取り掛かりましょう」

「「「 はーい 」」」


 いつものやりとりで気持ちを切り替え、私たちは集計と昼食の準備に取り掛かった。

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