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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
支部と竜
17/53

3-6:「止めませんよ」

「こちらに向かってる、ですか?」


 無言で頷くエクトルさんの表情は硬い。

 見かねたフランクさんが代わりに言葉を続けた。


「消耗を聞く限り撤退の決断に間違いはない。ただ、敗走する討伐隊を追跡してくるとまでは思わなかった」

「そうですね。竜は総じて縄張り意識が強い種族ですが、余程のことがない限りそこを出てまで敵を排除しようとはしないはずです」

「ああ……。今はハルヴィルから回されたギルド員によって足止めされてはいるが、離れるとすぐにリュネヴィル方面へ移動するらしい」


 現実逃避でちゃんと見ていなかったのが痛い。こんなことなら救助の方だけじゃなくて、こっちもちゃんと【千里眼】で見ておくんだった……。


「因みに言っておくが、以前の飛竜のように卵を持ち帰った、ということはない」

「そう……ですよね」


 正直なところ、卵なんてわかりやすい動機があるならその方が良かった。

 悪気が無かったとしても、氷竜が人に害をもたらしたのが事実なら、先に直接手を出したのが人っていうのもまた事実。責任なんかどっちにだってあるし、どっちにもない。

 私が一方的に止めるのは間違ってるってことだけは、分かってる。


 私が考え込んでいたせいか、より重苦しい空気に包まれる応接間。

 その沈黙を破るノックが、室内に響いた。

 エクトルさんの許しを得て入室してきたのは、普人の執事、ファビオさんだった。


「エクトル様。関係各所への避難勧告の伝達、完了にございます」

「ありがとう。……どうだった?」


 主人の問いに、ファビオさんは固い表情のまま目を伏せる。


「……芳しくありません」


 芳しくないって、退避しようとしてないってことだよね。


「王都から来た方がぐずってるんですか?」

「いえ、イリア様。彼らの方が避難には積極的でございます。とはいえ、討伐隊の中に少なからず知り合いがおります故、リュネヴィルの住民の方々も氷竜の危険性から目を背けているわけではなさそうです」


 愈々もって訳がわからなかった。

 生まれ変わったリュネヴィルを手放すのが惜しいとしても、命あっての物種だ。街が壊されるって決まったわけじゃないし、通過するだけの可能性だってある。

 何にしても、本当に危機感を失っているわけではないとしたら、説得できるのは氷竜と直接対峙したと一目で分かる人くらいだろう。


「負傷した方々は今どちらに?」

「ウィルヴィルから輸送隊が出たそうだから、明日にはそちらに着くだろう」

「そうですか……。報告してきた方はもう他の都市に向かわれましたか?」


 ああ、とエクトルさんは首肯した。


「王への連絡員がいるベリュネに向かったから、明日には支部に戻るだろう」

「君もよく知る奴らだよ」

「?」


 心当たりが多すぎて特定できないけど、知り合いなら話を聞くには好都合だ。


 物資の状況、強制避難を始める最終ラインの設定に、護衛にまわすギルド員の確保。

 全ての話し合いを終えて支部に戻る頃には、光素の減少で空が暗くなり始めていた。


 その道端でセシリータさんとリディさんに会った。二人は支部から出てきたみたいだけど、今日は厨房のシフトに入ってなかったはず。

 ファビオさんの言うとおり、二人からは恐怖や焦りのようなものは感じられなかった。


「イリアちゃん、領主様んとこに行ってたのかい?」

「はい。お二人は避難の準備は済みましたか?」


 きょとんと眼を瞬かせたのも束の間。リディさんは朗らかな笑顔を浮かべる。


「イヤだよイリアちゃん。あたしらが逃げたら、誰が旦那のメシを作ってやるんだい?」

「……ですか」

「……ふふ。そんなに心配しなくても、本当に危なくなったら一目散に逃げるさ」


 【詐術】スキルがあれば、その言葉の信憑性を知覚することができる。でも、そんなものが無くたって、二人の表情を見ればどのくらい本気かなんて分かってしまう。

 そんな私をよそに、それに、と二人は笑顔のまま言葉を続ける。


「さっき街のみんなで支部に行って、これからどうしようかって話してたんだよ」

「で、あたしらも金を集めて追加の依頼出したんだ」

「依頼、ですか」


 うん、と二人は頷く。

 そして迷いのない表情のまま、


「氷竜の討伐だよ」


 と言った。


「あの……、どうしてそこまでされるんですか?」


 天災指定の神獣を討伐するなんてことは、国家間やギルド本部を交えた支部との連携で検討されるべきことだ。

 ここに来るまでにも災害に見舞われた人たちを見たことは有ったし、その時にも先祖代々の土地だからとか、自分が犠牲になれば、とか言って逃げようともしない人たちはいた。

 でも、その人たちの目に宿っていたのは、ただの固執と諦観。


 今目の前にいる二人の目に宿っているのは、希望に似た何かだった。


 その理由がわからなくて思わず尋ねていた私に、二人は変わらない笑みを返す。


「決まってるだろ?」

「皆、ここが好きだからだよ」


 ……ああ、そっか。

 そうだよね。

 忘れてた。というか、改めて思い知らされた気分だった。

 紛れ込んだだけの私とこの人たちとでは、この街が好きだって言っても重さが違う。深さが違う。


「なら仕方ないですね」


 愛情の重さが違う。

 思い入れの深さが違う。

 だから、皆の決意を私がどうこう言うのは筋違いだろう。


「うん。さすがに今回ばっかりはイリアちゃんが止めてもダメかも」

「ごめんね」


 拒絶じゃなくて、受け入れてくれたうえでの決意なんだと思う。

 だから、私は首を横に振る。


「止めませんよ」

「え? 本当かい?」

「はい。街の皆さんが望んでるなら止めません」


 それが皆の意志なら、私は否定するつもりはない。

 ……でも、重さと深さが違ったって、生きていて欲しい気持ちは変わらない。


「私だって、この街と皆さんが好きですから」


 だからごめん、名前も知らない氷竜。

 氷竜の討伐。

 それが、今回街の皆から支部に出された依頼だから、私はそれを支援します。




 翌日。

 集まった人員を確認しようと階段を下りていた私が出遭ったのは、意外な人物だった。


「イリア!」


 抱きついてくる女性。ふわふわの長い尻尾を千切れんばかりに振り回している。

 私の知る彼女はそんなことをする人物ではなかったので流石に驚いた。


「カティ……どうして」

「さっき、ベリュネから帰ったの」


 ベリュネ。

 昨日聞いた、エクトルさんの言葉が脳裏を過ぎった。 


「もしかして、報告してきたのは貴方だったんですか?」

「そう。バルドも一緒。来て」


 ぐいぐい引っ張られるままに連れて行かれたのは二階の個室。

 中では、バルドさんが不機嫌そうに椅子に座っていた。


「お久しぶりです、バルドさん。二人ともご無事でなによりです」

「……別に」


 前以上に無愛想になってしまったバルドさんを不思議に思っていると、苦笑したカティが説明してくれた。


「私たち、本当は氷竜討伐を手土産に戻って来たかったの。でも失敗しちゃったから恥ずかしがってる」

「バッ、余計なこと言うな! その、ろ……路銀を稼ごうとしただけだ! 勘違いすんな!」


 何というか、不謹慎だけど少しだけ楽しいと感じてしまう自分がいた。


「手土産も何も、お二人が無事ならそれが何よりですよ」

「イリア……」


 カティに見つめられ、バルドさんには顔を背けられてしまった。

 なんか好感度がより極端になってる気がするけど、気にしたら負けだろう。


「お二人はこれからどうするんですか?」

「討伐の依頼がまた出たんだろ? それに参加するさ」

「リュネヴィルがなくなったら困る」

「困る、ですか?」


 拠点にでもするのかなと思ったんだけど、その推測は彼女によって否定された。


「ううん。またここで働きたい」

「……どうせ人手足りてねーんだろ」

「バルドは正直じゃない」

「うるせぇ」


 確かに人手は足りてないし、これからもっと忙しくなるかもしれない。

 でも甘い。


「今度はちゃんと試験受けてもらいますよ?」

「げ……」

「……コネで」


 人格も知ってるし、経験者で即戦力だから採用間違いなし。

 そんな風に言って甘やかすのは、二人のためにならないと思うんだ。


「自分の居場所は、自分の力で勝ち取ってください」




 改めて向かった支部のホールには、第二次討伐隊として志願してきたギルド員で一杯になっていた。

 救助隊の依頼を終えて帰還していた〈蒼の剣〉や〈朱の双剣〉を始め、第一陣の数には程遠くともかなりの実力者が集まったといっていい。

 普段は支部の常連として飲んだくれている人たちも、緊張感を持って荘厳な表情をしていた。ずっとそうしてればいいのに。


「お集まりいただいた皆様に、まずはお礼を申し上げます」

「ピィ」


 カウンターの上で同様に頭を下げるハクに、ホールの緊張が僅かに解れる。


「今回の討伐に当たり、不肖ながら私の考案した対策をご提案いたします。申し訳ありませんが、その策に異論のない方には第二次討伐隊として参加していただき、独自の案で赴かれる方は第三次――」

「今さらそういうこと言うなよイリア」

「そうそう。イリアちゃんも水臭いよ」


 其処彼処から声が上がって、見回すと全員が同じような表情を私に向けていた。

 いやぁ……そんな風に信頼されても困るんですけどね……。

 腹を括るしかないか。


「ありがとうございます。では対策ですが、今回はパーティという括りは忘れていただきます」


 驚いたような表情を、結構な数の人が浮かべる。

 そう。この世界では、それぞれのパーティ内での連携や、パーティ同士が連携して戦闘に当たるということはするものの、職業による役割分担という組織戦は行われていなかった。

 軍とは違う“個”を重視するというギルドの体制もあり、5+6+4は5+6+4でしかなく、8+4+3や11+4になったりはしなかったし、ましてや15になんてならなかった。


「まず、こちらに書かれた役割別に分かれていただきます」


 いつもは依頼表の貼ってある掲示板。今はカウンターの前に移動し、二枚の紙が貼られている。

 一枚は編成案。

 火の魔術を使える者。中級以上の防御系の魔術を使える者。盾を扱える者。直接攻撃を担当する者。走る速度に自信のある者。

 これらをそれぞれABCDEと割り振る。字は全てこちらの文字に変換されるから問題ない。


「役割を対策と交えて説明します」


 二枚目、竜を簡略化した図案に教鞭を指す。


「まず、氷竜の間合いの外で前面に展開するように待機します。火の魔術を撃てば、ダメージを効率よく与えられるだけでなく、消耗している氷竜は気流を乱されるのを嫌って地上に降ります。ですので、そこに陣形を保ったまま接近します。そうすると、氷竜は一掃するべくブレスを吐いてきますが、広範囲に撒き散らされるブレス程度であれば、中級の防御魔術で防ぐことができます。ですので、展開した陣形の前衛にはBがついていただきます」


 少しのざわつきの中で、一人が挙手して発言する。


「ブレス以外の攻撃が来たらどうするんだ?」

「攻撃法を誘発……限定させるための陣形です。

 全方位に展開してしまえばブリザードを仕掛けてきますし、あまりに固まっていてはグレイシエルランスで串刺しにされます。

 前者は全員が防御を強いられてしまいますし、視界を制限されてしまうので不可。後者であれば上級魔術で同様の戦術を執れますが、ブレスに拘るのは攻撃後のタメが長いことにあります。

 ブリザードやグレイシエルランスは自然の因子に干渉する魔術なので、氷竜自身はすぐ次の行動に移ることができます。一方ブレスは、体内の因子と魔素を結合させた氷を吐き出しますので、もう一度繰り返すには首を擡げたり、体内で結合しなおすのには数秒とはいえ時間がかかります。

 吐き終えた後に体を動かすのにも姿勢を整えなければいけませんし、魔術を発動するための体内から体外への干渉移行にも隙が生じます。

 皆さんには、その隙に接近していただきます」

「でも、奴らは術だけが武器じゃないぞ」


 上がった意見に私は首肯し、改めて図を指す。


「そこでBとCの出番です。Aによる遠距離攻撃を仕掛けながら、BとCが両脇を固めたDが正面に突入します。尻尾による薙ぎ払いや前脚の爪は、攻撃された側のBとCが防御し、その間に間合いを詰めて攻撃し、可能な方は全員角を狙います。あ、盾の方は受けるのではなく、上方へ受け流す点に重きをおいてください。身体ごと吹き飛ばされ兼ねませんから」


 数人が苦笑を零す。

 衝撃をモロに受けて痛い思いをするのは、盾装備の宿命みたいなものだしね。

 と、そこで声が上がった。


「角? 目ではなく?」

「はい。まず目を狙うのは討伐の基本ですが、今回の場合は忘れていただいて構いませんし、その理由は後程説明します。先に角を狙う理由を説明しますが、氷竜にとっての角は魔術師にとっての杖のような役割を果たしているからです」


 その役割というのは、より効率よくスムーズな魔術の行使。そして威力の強化だ。この辺りはギルドに属するものにとって常識なので説明を省く。


「二本の角を折ることができれば、攻撃を弛まず与え続けることで集中することを防ぎ、術による攻撃を格段に阻害することができます」

「その最後のやつは何をするんだ?」

「Eの役割は、攪乱と陽動です。ここで先程出た目の話になりますが、氷竜は自ら起こした吹雪の中、どうやって敵を補足しているかご存知ですか? はいバルドさん」

「あ!? な、えっと……匂い、とか?」

「ハズレです」


 悔しそうなバルドさん。期待通りの回答ありがとうございます。

 貴方なら、以前あったボアの助言を思い出してくれると思いました。


「ですが、臭いで敵を捕捉するボア系のような対処と基本的には変わりません。……氷竜が視界の悪い中でも敵を捕捉できるのは、体温を感知しているからです。そこでEの方には火の結石によるダミーで氷竜の動きを牽制、あるいは誘導して頂きたいんです」


 攻撃したくなる位置に偽物の熱源を配置して、攻撃を防御や回避させやすくしたり、投げたりすることで注意を逸らしたり。

 皆一から十まで説明しなきゃいけない素人じゃないから、この辺りの説明も必要ないだろう。。


「角を折れなかった場合、角を折った後の陣形は各分担の人数を見て決めたいと思います。以上のことを踏まえ、自身のパーティでの役割のことは忘れ、最も自分がうまく立ち回れるであろう役割に分かれてください。迷っている方がいましたら、私が振り分けさせていただきます」


 言い終えると同時に一礼。

 それを合図に全員がわらわらと動き出す。


「ピィ……」


 手を舐めてくるハクを抱きかかえ、その頭を撫でながら感謝した。

 大丈夫、後悔はしない。それに、君は絶対に守るから。


 役割を相談してきた人には、【神の目】でステータスとスキルを確認して割り振った。時間があれば潜在適正で割り振り、スキルアップのために訓練したかったけど、うちは軍隊じゃない。

 そうして、全体の指揮者と角を折った後の各分隊のリーダーを決めて、全員の了承を得たところで受注登録を済ませた。


「では、登録証をお返しします。出立の際には〈牧歌の車輪〉が物資搬送に付き添いますので、北門で合流してください。……ご武運を」

「行くぞォ!」

「「「「「  オオオォォォォオオオオオオオオオ!  」」」」」


 こうして第二次氷竜討伐隊は出発した。



 油断して欲しくなかったから、【千里眼】で確認してた氷竜の疲弊具合とか、片目片腕を負傷してることとかを話さなかった。そのことが功を奏したのか分からないけど、いい緊張を保ったまま彼らは戦闘に入り、依頼を達成することができた。

 戦闘自体は、大体私が立てた作戦の通りになってしまった。途中で他の都市から合流してきた別働隊が混乱させたりしたけど、結局大勢に影響はなかった。

 いや、作戦が通るのは指揮官に任命したファレーデさんが持つ【統率】スキルの恩恵もあるから不思議じゃないし、喜ぶべきことだ。


 でも、今後何かあった時、また私に振られたらイヤだなーとか思ってしまうわけで。


「ピィ……?」

「ううん、なんでもないよ」

「ピィ!」


 そうだ。うだうだ言っても仕方ない。

 これは私が決めたこと。


 本当に身勝手な話だけど……ここで折れたら、氷竜に恨まれる資格もなくなってしまうと思うから。


「イリアちゃん、この依頼受けたいんだけど」

「畏まりました。登録証の提示をお願いします」


 今日もまた、受付業務をこなします。

三話終了です。



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