3-5:「宜しくお願いします」
支部の二階にある個室の一角。
「では、傭兵ギルド、〈蒼の剣〉の指揮に従うということを同意される代表者は、組員の登録証をご提示ください」
集まった8人の代表者が一様に頷いて登録証を差し出すのを見て取り、私はシンシアに回収した登録証を渡して受注登録を任せる。
「何かご質問やご意見はございますか?」
挙手したのは商業ギルド〈曙の轍〉の代表者。
「先に出発した仲間はどうなったか分からないか? 第2隊として王都に向かったんだが」
「ボーリュー様の隊ですね。先日王都を発たれたと報告がありました」
私の確信めいた物言いに、数人がざわつく。
「ほ、本当か? 状況は? どれだけの人数を運んでるんだ?」
「数人が負傷していますが、皆積雪が原因で負傷した王都の住民です。第2隊と同行しているのは150人程ですね」
「150……なら、もっと毛布と食糧が必要じゃないのか?」
「後続の3隊で物資の搬送は完了しています。皆様には、先ほどお伝えしました通り王都住民の脱出に当たっていただきますので、道中の消耗品以外は必要ありません」
この期に及んで儲けようとすんな。
言外にそう伝えると、流石の商人も空気を読んで黙ってくれた。
あと不満そうな顔をしてるのは、駆けつけてきてくれた新顔の傭兵ギルドの人たち。顔を向けると、そのうちの一人が観念したように口を開いた。
「あんた何者? やけにはっきり言うけど、その情報って正確なの?」
「はい。早耳は商業ギルドと盗賊ギルドの特権じゃありませんから」
盗賊ギルドってところで彼女はほんの僅かに目を動かした。ステータス欄に映る職業も、こういう時には役に立つんですよね、諜報員さん。
「イリアの情報は正確だよ。俺らが保証する」
〈蒼の剣〉以下、Aランクの傭兵ギルドの証言でその場の不満は霧散する。
他に何か言いたそうな人はいるかなって目配せしてる時に、シンシアが登録を終えて戻ってきてくれた。
「他にございませんか?」
沈黙の肯定。
「では登録証をお返しします。キャラバン第7隊の編成が完了次第、王都住民の救出をお願いします。……皆様の無事と成功を心より願っております」
登録証を受け取った代表者たちが個室を後にするなか、私は二人の代表者を止める。
傭兵ギルド〈朱の双刀〉の表の代表者であるグレースさんと、〈蒼の剣〉の代表者であるファデーレさん。〈朱の双刀〉は〈蒼の剣〉に負けず劣らず実力者揃いだけど、アクの強い性格から指揮するには向かないと判断した。
そんな彼女たちだからこそ頼めることもある。
「〈朱の双刀〉の皆さんは、〈落涙の風〉の警戒もお願いします」
「……最悪捕縛?」
「いえ、危害を加えるようでしたら切り捨ててしまって構いません。邪魔ですから」
「相変わらず容赦ないな、イリアは」
ファデーレさんの苦笑に、グレースさんは朗らかに笑った。
「敵なら仕方ないだろう」
「だね」
このあたりは色々経験を重ねた故のシビアさというか、頼れる雰囲気が滲み出るやりとりです。
申し訳ないけど、状況を顧みないような人には構ってられない。
「宜しくお願いします」
「「 任せて 」」
個室を出ていく二人を見送っていると、ファレーデさんが立ち止って振り返る。
「僕たちは君がこっちにいるから救出隊に参加することにしたんだけどさ」
「はぁ……」
「君はどうしてあっちの会議に混ざらないのかな」
あっち。
それは、三階の応接間で行われてる討伐隊の編成のことだろう。
「どっちが急務かって言われたら勿論救出なんだろうけどさ、ちょっと気になったから聞いてみただけ。ごめんね」
「いえ。ご無事を願っています」
「うん」
ファレーデさんが出て行ったことで、部屋には私とハク、それにシンシアだけになった。
「私もちょっと意外だな」
テーブルや椅子を直しながらシンシアが言う。
「イリアって受注の時、たまに助言するじゃない? 聞かれなくても。あれって、魔物と正面からぶつかったら危ない人にだけ言ってるんだよね」
「……うん。まぁね」
シンシアは普人だ。
上限は低めとはいえ、潜在的にあらゆるスキル適正を持つ者が普人には多い。そんな種族らしく、彼女もまた受付で鍛えた【観察】スキルで、受注依頼者の実力をある程度見抜くことができる。
だから彼女にバレることは全然意外じゃないんだけど、このタイミングで言われたことで動揺してしまった。
「だからさ、今回の討伐隊にもイリアが助言してくれるのかな、って思ってた人多いみたいなんだよね。助言もらった人とか、職員は」
「別に、助言なしで勝てないって決まったわけじゃないよ。参加する人たちも知らないし」
「うん。そうなんだよね」
でも、とシンシアは宙を仰いだ。
「ちょっと不安に思っちゃったりするんだ。イリアなしで大丈夫なのかな~、とか」
「私が倒すんじゃないんだから」
「だよね。あはは」
笑うシンシアに他意がないことはわかってる。でも、私は図星を突かれた気分だった。
私は、氷竜の討伐に参加したくないって思ってる。
理由は、氷竜が魔物じゃないからだ。
「ピィ……?」
別に遥か遠い親戚のハクを預かってるせいじゃない。
弱肉強食の色が強いこの世界で、共存できない者同士がぶつかってしまうことに異論はないし、殺しはダメだ、なんて綺麗ごとを言うつもりもない。そもそも、大抵の種族を殺したことがある私には言う資格もない。
ただ、私が加わることで、本来あるはずだった力の天秤を傾けてしまうのは違う気がする。
彼女が言った通り、私が助言するのは魔物が相手の時だけ。魔物以外の討伐依頼なんかには、確実に殺される力の差がない限り止めたことはない。
殺すことしかしない、殺されることで世界の鬱屈が減る……世界の歪みそのものみたいな魔物とか悪魔なら助言することに躊躇いはないし、人同士の戦争だって、こんなに迷うこともなく無視できるのに。
「……変なこと言ってないで休憩入ろ。まだキャラバンの編成登録は終わってないんだから」
「うへ~」
「ピィッ」
「も~。ハクちゃんはお母さんに似て真面目なんだから」
「ピィ~」
喜ぶような鳴き声を上げたのはシンシアに撫でられたせいだと思いたい。
ロア山脈のなかでも王都にほど近い山頂に居座ってしまった氷竜は、人は容易には近づけない癖に王都には吹き降ろす風に乗せた降雪で被害を拡大させていた。
真っ先に逃げようとする貴族を王が御せず、本来国民を守るべき騎士団はその貴族の護衛にまわされた。俺も私もと逃げる上流階級の護衛に騎士団を割いた結果、氷竜を討伐するには戦力が足りなくなり、結局王族も逃げることになる。
そして現状、騎士団は彼らのお守りで遠くグーレイズヴィルから動くことができない有様だ。
そこで駆り出されるのがギルド。
救助隊をわざわざキャラバン……商隊なんて表現にしてまで依頼を出すわ、金を出すけど後はどうにかしろと言わんばかりの討伐依頼。ふざけてますよねー。うふふ。
素人が机上の空論で口を出してくるのも邪魔なんだけどさ。体裁ばっかり気にして……って、これは宰相の愚痴と同じか。
やめやめ。
「――では登録証をお返しします。キャラバン第13隊の編成が完了次第、王都住民の救出をお願いします。……皆様の無事と成功を心より願っております」
ぞろぞろと退室する代表者たちを見送り、シンシアが大きなため息を吐いた。
「やっと終わったぁ~」
「ご苦労様。少し早く終わったけど、早めにあがる?」
「まさか! 時給なのに今あがったら中途半端になっちゃうじゃん!」
「大丈夫。今日の勤務内容は特別手当も付くし、ちゃんと定時まで働いたってことにしておくから」
「……いやいやいや! ダメ! そういうケジメのないのはあたし嫌い!」
嫌いと言いつつ確実に絆されそうになっていたシンシアでした。
「取りあえず一息つこっか。待ってて。お茶持ってくる」
「あたし持ってくるからいいよ! イリアこそ休んでて!」
言うや否や、シンシアは部屋を飛び出していった。
確かに勤務内容は私の方が多かったんだけど、チートのせいで体力的な疲弊はない。
取りあえずお言葉に甘えて椅子に座ると、待ってましたと言わんばかりにハクが前掛けに飛び乗ってくる。
そういえば、前世でもパソコンいじってると猫がキーボードの上に乗ってきたな。ハクもあんな感じなんだろうか。
「ここにいたのか、イリア」
ドアから顔を覘かせたのは、シンシアじゃなくてフランクさんだった。
立ち上がろうとハクに手を伸ばすと、察したフランクさんに動きを制される。
「会議は終わりましたか?」
「ああ。とはいっても、隊列と陣形のことばかりで、具体的な対策は立てられなかったけどな。……せめて、どんな術を使うのかが分かってれば良かったんだけど」
「氷竜と戦ったことがある人はいなかったんですね」
フランクさんは苦笑した。
「そんな猛者は中々いないだろうな」
「出発は明日ですか?」
「いや、カロンの報告待ちだな。他の支部と連携をとる」
氷竜との戦闘以外にも吹雪の雪山を登らなきゃいけないし、当然といえば当然か。
「お待たせ~。ってあれ、フランクさん。……もしかしてお邪魔でした?」
「そんなことないよ」
「シンシアも休みな。疲れただろ?」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えまして……」
シンシアの好きな緑茶で一息入れながら雑談を交わす。
とはいっても、大半はシンシアが零す愚痴に私とフランクさんが付き合うようなものだった。私がハクを構うことに逃げると、フランクさんが救いを求めるような眼差しを向けてきた。
ごめんなさい。部下のメンタルケアも上司の仕事だと思うんだ。
そんなこんなで一日の業務が終了。
キャラバンを送り出した翌日以降も忙しさは相変わらずで、最後の街道の整備が完成して全行程終了を迎えても、完成後に予定されていた祭は流石に延期になった。
そしてキャラバンが全住民を各都市に避難させた翌々日。
宿を回って物資を配っていた私は、エクトルさんからの呼び出しを受けて領主の館に向かった。
応接間に案内された私を待っていたのは、沈痛な面持ちのエクトルさんとフランクさん。
二人が語った内容は、氷竜討伐の失敗。
そして、敗走する討伐隊を追うように氷竜が下山し、
リュネヴィルに向け、南下しているという事実だった。