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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
支部と竜
15/53

3-4:「如何するおつもりですか?」

 数日後。

 昼食の混雑が終わり、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した連合支部。

 勿論ホールにカティはいないし、カウンターにバルドさんはいない。

 便りのないのは良い便りとはよく言ったもんだなーとか、そんなことを考えながらハクを撫でる。


 本音を言えば、もう少し【話術】スキルとか、二人のスキルを上げてアレンの下に送ってあげたかった。でも今の二人じゃ足手まといにしかならないだろうから、盗賊ギルドを抜ける道を作っただけ。最低って評価したバルドさんは鋭くて正しい。


「ピィ……、ピィッ!」


 慰めてくれるように顔を舐めてくるハク。

 順調(?)に成長してるおかげで背中に小さな羽が生え始めたし、飛べるようになるのもそう遠くないかもしれない。

 ちゃんと飛べるように私も一緒に飛んであげた方がいいのかなーとか、そんなことを考えていると、出勤したばかりのリアが入口の扉から顔を出した。リアは私服姿も可愛い。


「イリア、エクトルさんが呼んでたよ。館に来てほしいって」

「わかった。着替えてくるまで待ってるね」

「ありがと!」


 フランクさんなしでエクトルさんに呼ばれる時は、大体依頼がらみなことが多い。

 思い当たるとすれば、増えたまま下がらない魔物の出現のことくらいかな。二人に作った登録証は審査員の資格持ってるから大丈夫だし、定期的にくる竜神からの通信(?)は無視してるから問題にすらならない。


「お待たせ~。ハクはどうする?」

「ハク、お留守番できる?」

「ピィ~」


 しがみついた手を放してくれそうになかった。


「あはは、絶対イヤだって。行ってらっしゃい」

「うん。行ってきます」


 ハクと一緒に工事の進む街並みを眺めつつ領主の館に向かう。

 とはいえ、中心部にある連合支部から領主の館までの中央区にはそれほど手は加えられない。今回の整備区画は城壁に近い居住区がほとんどだからだ。

 そういえば、工事とかで来た人の中には竜の子ってことで初めは怖がってた人もいたけど、今ではすっかり慣れて普通に挨拶を交わすくらいになった。


 季節はもう冬。

 外を歩くと、ロア山脈から吹き降ろす乾いた風が体温を奪っていく。……私以外の。


「ピィ~……」

「おいで」

「ピィッ」


 少しだけ寒そうに身じろぎさせたハクを抱きかかえて歩く。

 見えてきた領主の館は以前と同じもの。今回の区画整備で新しく建て直すっていう案もあったけど、エクトルさんは必要ないって突っぱねた。

 いつもは門番の方にエクトルさんがいるかどうか聞くんだけど、今回はメイドの方が門の前に立っていた。


「お待ちしておりました。イリア様」

「こんにちは、シビルさん」

「はい、こんにちは。ご主人様が中でお待ちです。こちらへどうぞ」


 黒と茶色の二色の髪に褐色の肌、ピンと尖った耳を持つジャーマン・シェパードっぽい犬の獣人、シビルさんに案内されるままに館の廊下を歩いていく。

 そこかしこにある華美な調度品の数々。それらがエクトルさんの堅実な印象と合わないのは、先任の領主の趣味だったからだそうだ。いざっていう時に売って金の足しにするために残してるんだとか。


「よく来てくれたね、イリア」

「いえ」


 案内されたのは館の応接間。わざわざ館に呼んだ理由は察しました、という意思を込めてエクトルさんの向かいに座る男性を見遣る。

 普人に見える男性は苦笑を浮かべて立ち上がり、私に手を差し出した。


「久しぶり、イリア」

「お久しぶりです。国の宰相とここでお会いするとは思いませんでした。まさかお一人で?」


 ハクを抱えたまま握手を交わして皮肉を言うと、男性は苦笑を濃くしてソファに座りなおした。


「騎士を連れて歩いたら、自分で身分の高さを証明するようなものだろ?」


 ロンドヴィル王国宰相コンティ。二代にわたり国政を取り仕切ってきたハーフエルフで、この人のおかげでロンドヴィルは多種族国家として栄えたといっても過言ではないらしい。


「本当は国王にも同席して欲しかったんだけどね。流石に玉座を空けるわけにはいかないから」

「イリア、立ち話もなんだろう。座りなさい」


 勧められてしまったのを跳ね除けるのも憚られたから素直に座り、宰相の話に耳を傾けることにした。


「まずは報告だ。イリアはもう知っているかもしれないけれど、無事飛竜は巣に帰ったらしい。卵も届けたと報告があった」

「それは重畳。ようやく安心できますね」


 エクトルさんはそう言って胸を撫で下ろした。

 安堵した反応を見せる私たち二人に反して、宰相は苦笑の顔のままだった。


「そう、我々も一安心したんだけど、別件の報告が上がってきてね」


 そこで一旦言葉を切った宰相は、背もたれに身体を預けて手を組んだ。

 それなりに関わった人なら分かる、彼特有の「お手上げ」を意味する態度で言う。


「……氷竜がロンドヴィルに向かって来ているらしい」


 肘掛けに体重をかけるように体を傾け、口元に手を当てて黙り込んでしまうエクトルさん。

 流石に天災が相手だと事実を受け入れるので精一杯だろうけど、私としては宰相をいつまでも拘束することの方が面倒だった。

 なので、エクトルさんには悪いけど話を進めることにした。


「アクラディストは何の対策も講じなかったんですか?」

「流石早耳だね。あちらは人的被害がないのをいいことに、ずっと放置していたようだ」


 ロンドヴィルに流れてきたからといってアクラディストの対応を非難することはできない。下手に手を出せば矛先を向けられるかもしれないし、もしギルドに討伐依頼を出せば失敗しても仲介料は取られてしまう。時にはじっと耐えることも必要だ。

 ようやく事態を呑み込めたのか、エクトルさんが身体を起こして宰相に尋ねる。


「では、我々も静観する、ということで宜しいでしょうか」

「話が早くて助かる。体裁ばかりの貴族ではこうはいかないし……おっと。私が余計な話をしているのは本末転倒だな」


 いいからさっさと要件を言え。


「不幸中の幸いと言うべきか、アクラディストとは違って収穫期はとうに終えた後だからね。ある程度人里に近づいても、人を避難させてやり過ごそうということになった。各主要都市には受け入れる用意をしておいてもらう」

「はい。確かに承りました」


 まだ完成していないとはいえ、もうそれなりに宿場町の体裁は整っているリュネヴィルだ。元拠点の壁も、こうなると安心感が増して有り難いだろう。

 それはともかく。


「氷竜が主要都市を襲う事態になったら如何するおつもりですか?」

「うん。そのことでイリアに話があったんだ」


 宰相は姿勢を正し、私に身体を向ける。


「イリア、氷竜は何故ロンドヴィルに来たと考える?」


 確かにその疑問は尤もだった。

 氷竜が卵を孵すために移動してるにしても、今のロンドヴィルには風の結晶柱は無いし、水の結晶柱を求めてるならアクラディストから離れる意味はない。ロア山脈の山頂にはずっと雪が積もっているけど、その程度の自然現象を起こす風と水の因子は世界中のどこにだって点在する。


「……前に言っていた依頼が増えるって話、この件も含まれているのか?」

「そうなのか? イリア」


 エクトルさんの言葉に、宰相も興味津々。


「いえ、違います。私が言っていたのは工事が始まってから増えた魔物討伐依頼の話です。氷竜の話は聞いていましたが、こちらに向かってくるなんて思いませんでしたし」


 多くの討伐依頼を出した当人、エクトルさんは納得してくれたけど、宰相は納得するどころか別の所に興味を持ってしまったらしい。


「どうして魔物の増加を予想できたんだ? リュネヴィルの計画では魔物の生息地域を刺激するようなことは無かったはずだ。何か法則のようなものがあるのか?」


 質問してくる瞳がまるで少年。エルフの賢さと普人の知識欲が合わさるとこうなります。テストには出ませんがハクは気を付けましょうね。


「……ピィ?」

「ごめん、起こしちゃったね。寝てて大丈夫だよ」

「ピィ……」


 再び前掛けに丸まる身体に顔を埋めるハクの頭を撫でると、微かな寝息を立て始める。

 子供と動物には勝てないってことで、ハクは見事に宰相の機先を制してくれた。話のペースを握られると面倒だから助かった。


「人が増えると魔物が増える。ただそれだけですよ」

「そ、そうなのか? それも軽視できんが……、うーむ……」


 考え込む宰相。


 この世界には三本の世界樹がある。

 その世界樹から放出されるのが、魔素、精素、光素の三元素。世界を光で満たして昼を生み出してくれる光素だけど、恩恵だけを齎すわけじゃない。

 光素はあらゆる動植物が呼吸で吸引すると、その体内で影素っていう元素に変化する。その影素は呼吸で吐き出されて、光素ない夜に活性化。世界樹の呼吸でその内部に蓄積される。その影素と、土に還り世界樹の根に吸収された動植物の構成物質や因子が寄り集まってできた生物……それが魔物だ。魔物にとって繁殖期は発生したばかりの未熟な個体を育成する時期であって、交配と出産の期間じゃない。


 魔物と動植物の違いは、その出生と奇怪な身体だけじゃない。

 光素が影素に変わる原因は、その動植物が抱く負の感情を吸い取るからだ。感情っていうと曖昧だけど、アドレナリンみたいなホルモンや神経伝達物質、α波のような脳波みたいなものを想像すると(どっちも負の感情とは真逆だけど)分かり易いかもしれない。

 光素が負の感情を吸い取ってくれるおかげで、生物は昼間をそれなりに陽気に、光素のない夜はネガティブな思考をしがちなわけだけど……そのネガティブの塊が魔物の中には蓄積されてることになる。

 動植物の多くは人への恐怖や怒り、人は他者への負の感情を抱きやすい。


 要は、魔物は人への負の感情を抱えて生まれるから、普通の生物よりも人に対して攻撃的になるってことだ。

 だから、影素が大量に排出する人の多い場所・地域では、人を襲う魔物が増加したり集まってきやすいっていう事態が起こる。


 ……そんなことを言えるわけないじゃないですか。

 どれもこれも、世界樹を尊ぶラトヴェスター教が多いロンドヴィルでは考えられないことばっかりだし。


「とにかく、氷竜が来た理由については不明としか言いようがありません」

「いや、その大勢の人に引き寄せられたってことは考えられないか?」

「竜種は魔物じゃありませんよ」


 一般常識では人を襲う動植物を総称して魔物って呼んでるから、竜と関わりが少ない国ではよく起こってしまう勘違い。脅威になるかならないかで判断するっていうのも真理だ。

 けど、戦わずに済む方法があるなら、わざわざ滅ぼしあうことは無いんじゃないかって私は思ってる。共存万歳。


「……そうか。だが、何れかの都市を襲うようなら討伐しなければならない」

「……はい」

「氷竜の動向を警戒しつつ、物品の搬送は怠らないよう留意しておいてくれ」

「「 畏まりました 」」


 それから数日後。



 冬でさえ色鮮やかな花が咲く“花の都”と称されたロンドヴィル王国王都は、氷竜の巻き起こす雪で白銀の世界と化していた。


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