3-1:「お待たせしました」
今更ですが、本編は真っ直ぐ完結に向かう話です。
なので、主人公の望む「ゆるく楽しい日常」は閑話としてごっそりカットされています。閑話は間話としていつか投稿するかもしれませんが、まず完結を目指すことをお許しください。
長くなりました。今回から三話です。
ロンドヴィル王国の王都から南に位置する都市、リュネヴィル。
かつて東のピネアヴィルがアクラディスト王国の領土、ピネアディストだった頃、東からの侵略に対する重要拠点としてバルタ砦を挿みつつ発展した城郭都市だ。
先々代国王の時代にピネア地方を併合、先代の国王がアクラディスト第一王女を妃として迎えたことでその重要性は失われ、かつ王都への物資搬送ルートからも外れてしまったリュネヴィルは、その城壁には似つかない農業都市へと推移した。
農業都市といっても特産物があるわけでもなく、そのくせロンドヴィル中を股にかける二つの大きな盗賊ギルドが暗躍し、互いに派遣を争……違った。覇権を争う闇を抱えていた。
当然住民は離れていく。金銭や身内の都合などにより離れられない住民たちは、ギルドの抗争に怯えながら細々と畑を耕して生活していた……のが、私が来るちょっと前までのこと。
重要性も低い上に厄介な都市に(自称だけど)左遷されてきたエクトルさん。
27歳という若さでギルド連合リュネヴィル支部の長に大抜擢されたフランクさん。
この二人の活躍で盗賊ギルド〈銅紙のサーレ〉・〈蓮のマベルタ〉は跡形もなく駆逐され、今では誰もが昼間っから悠々自適に過ごせる都市へと変貌した。
そこに目をつけたのが私、イリア・シュルツだ。
長い根無し草の生活の末に見つけた、私の野望を満たすのに最適な街。
私の野望を脅かす奴は、誰であろうと容赦しねぇ!
生き地獄を見せてやんよ!
……なんて冗談はさておき、フランクさんに御呼ばれした私は、応接間でフランクさんと対面中。おねむのハクは前掛けの上で丸まって熟睡中。
「宿場町、ですか?」
私の復誦に、応接間のソファに座るフランクさんは頷く。
「最近ここも人が増えてきたのはイリアも知っているだろ?」
「ええ……まあ」
その大半が連合支部の料理目当てに来ていることも知っています。
あとはその人たちを狙った商業・工業ギルドのギルド員。
「周りの都市に比べてリュネヴィルは平和で安全だって認知されるようになってきたからなんだけど、それが王都にも知られるようになってね。先日の予算編成会議でリュネヴィル開発計画が持ち上がったらしいんだ」
差し出された書類に目を通すと、確かにリュネヴィルを宿場町として再開発する旨の内容が書かれていた。その最後の書類には、丁寧にロンドヴィル国王の印鑑まで捺してある。
内容は区画整備と街道の整備の案件。今まであったものを旧街道とした、リュネヴィルを通る新街道を建設する予定まで書かれている。
「エクトルさんは王都ですか?」
「ああ……貴族の嗜みがどうのとぼやいていたからね。先に計画案だけをうちに回してくれたんだよ」
幽閉というか軟禁というか、飼い殺しにしようとした新興貴族の台頭に他の貴族がアレルギー反応でも起こしたのかな? ご愁傷様です。
「エクトルさんはこの計画について何か仰っていましたか?」
「いや、彼の意見までは聞いていないな。ただうちに回してきたところを見ると、そこまで否定的ではないんだろう。あの人は本気で嫌だと言ったらその場で破り捨てるような人だから」
「そ、そうなんですか」
意外だ……。
「国から割り振られた予算の中でやりくりするのが普通なんだけど、今回は次の予算編成までに見積りを出さなければいけないらしくてね。ギルドへの依頼として出した場合の経費を算出して欲しいんだろう」
「ギルドですか。……そもそも、どの程度の宿場町を目指しているのか、この計画書では分からないんですが」
「どの程度というと?」
「泊まる客層、ですね」
上流階級の宿泊施設を作るならいざ知らず、数人が雑魚寝で過ごすような最下層の宿泊施設を作るなら私は賛同できない。
「人が増えるということは、そのまま治安の悪化に繋がります。下手な客層の誘致でリュネヴィルの強みを消してしまっては元も子もありませんから」
「成程な……。しかしうちに来る殆どはギルド員だ。あまり宿泊費に金をかけるとは思わない」
「現在の客層を維持する、という前提で問題ありませんか?」
フランクさんは少し考え、やがて頷いた。
「今の状況が続くことだけは避けたいからね」
「……そうですね」
最近ではほとんどの宿が満室状態。
酷い時には宿の状況を確認せずに支部に来てしまった人や、行商で訪れても宿が確保できなかった人のために支部の個室を貸している状況だ。
一軒家の方に部屋を貸して貰えるよう依頼を出したこともある。
正直、多少売れ残ることより売り切れることを危惧するマーケティングとしては最悪の状態と言っていい。選択的デ・マーケティングじゃあるまいし。
「各土地の所有者を集め、宿と居住地の区画整備を話し合うのはフランクさんの仕事ですね。うちは土地の所有者向けの宿の建築費と、フランクさんに説明するためのインフラ整備費を計上する、ということで宜しいでしょうか」
「ああ。カロンにも連絡は出しておいたから、工業ギルドの人間を連れてきてくれるだろう」
工業ギルドに所属する大工さん。
家屋の建築は通常の依頼受注と違い、各パーティ(一団というよりむしろ工務店)の代表が集まり、ギルドに回された建築依頼の会合を行う。そして依頼された建築内容に対する見積りを各パーティが行い、集められた中で最安値の建築費を入札した者が受注権を得られる仕組みになっている。
会合に参加するかどうかは各パーティ次第で、その規模が小さいもの、採算が合いそうにない依頼からは大きいパーティ程暗黙の了解で手を引いていく。
依頼主はギルドを通さずパーティに直接依頼することも可能だけど、その場合他のギルド同様貢献手当やランクアップといったメリットも同時に消失してしまうから、互いに何か特殊な事情抱えていない限り成立することは少ない。
むしろ懇意にしているパーティがあるなら依頼作成時に指名する場合がほとんど。その場合費用は完全に依頼主との直接交渉を行うため、力関係の如何によってはどちらかが損をすることもよくある話なんだとか。
だから、傭兵ギルドの役割がギルド員の統括と管理にあるとすれば、工業ギルドにおける建築業界への役割は適正価格の維持とモラルハザードの抑止。技術の維持と発展っていうのもあるけど、そっちは各職業に任せきりになっているのが現状だ。
因みに日曜大工程度であれば、資格を持つ工業ギルド員でなくても依頼を受注することができる。リュネヴィルには大工がいないので、武具の修繕・販売を行っているサリヴァンさんがよく受注している。
閑話休題。
まずは工業ギルドの方と打ち合わせして、規模と設備の違いによる宿の大まかな経費の算出。その経費を元に、土地の所有者から宿に建て替える希望者を探すわけだけど……。
「資料にあるのは街道の整備予算だけのようなんですが、宿の建築とその間の移住における補助金などは下りるのでしょうか」
「そうだな……国主導で行うんだ。そのあたりも経費として含めても問題ないだろう」
「……補助金はエクトルさんが出せとか言いそうですけどね」
まぁそこは恩を売る意味も含めて出してくれそうでもあるんだけど。
ともあれ、国が住宅ローンを組んでくれるんだから、本来貸し出さなきゃいけないうちとしては気が楽だ。支部の住宅ローンだと元金均等返済が無いし、職業によって返済期間が大きく制限されて審査も厳しくなることもあるし。
今回は商業ギルドの人たちばっかりだろうから、後者はほとんど関係ないけど。
「あとは、建築や整備に使う資材の運搬とその護衛、街道の整備に当たる作業員の護衛ですね」
「ああ。こうなるとまずはインフラ整備に宿の建設、その後に街道の整備の順番だろうな」
「……人が増えますね」
「そうだな。護衛はリュネヴィルにいる傭兵を回すにしても、相当の人員がここに滞在することになる。うちで賄えそうか?」
賄うとは勿論食事のことだろう。
「食材を多く買い込んで、配達する形にすれば恐らく問題はないと思います。……飲食店は如何するおつもりですか?」
「それはまぁ……出店の希望者が現れないと如何ともしがたいな」
「ですよね……」
前世の世界でも宿は風呂と寝るだけで、食事は別って所が結構あった気がする。
食材を仕入れるルートとか料理を作る人を雇う人件費なんかを考えると、食事は支部でって客が多いなら最初から削減しておいた方がいいかもしれない。
とか。
そんな風に考える人もいるかもしれない。
まぁそんなことは結構どうでもよくて、私が本当に心配なのは、人が増えたせいで魔物が増えることだ。
魔物の発生源を考えると、人と魔物が比例するように増加する悪循環に陥りかねない。
人が増えると魔物が増える。
魔物を退治するために更に人が集まる。
――悪循環だ。
ギルド的には依頼が増えて願ったり叶ったり。でも、今回の計画は前提が間違ってるから本当は反対なんだけど、一介の受付が口を出すことじゃない。
それよりなにより、望んでる街の人が沢山いる。それを邪魔するわけにはいかないよね。
多くの会議や会合を経て、各署に書類や依頼登録を済ませる頃にはほぼ一か月が経ち、資材の運び込みや建築が始まって数週間が経とうとしていた。
「イリア、ごめん! これエリーに持ってってあげて!」
カウンターの横にある厨房から料理の受け渡しを行うカウンターハッチから皿を受け取り、入り口の外に設けられた臨時のテラスに向かう。
扉に手を掛けようとした矢先、勢いよく開かれた扉からエリーゼが現れる。私はもとよりエリーゼも身軽な方なので、ぶつかることなく軽いステップを踏む程度に交差する。
「あ、ごめんイリア! ありがとう!」
「ううん。私が持ってくからいいよ。エリーゼは残りを」
「わかった!」
扉の向こう、目抜き通りに面したテラスには十二台の大きなテーブルが置かれてるけど、そのどれもが満席の状態。中はいつものことにしても、外にまで立ちながら飲み食いしてる人がいる始末だ。
お皿の縁に貼られた台の番号に料理を運ぶ。
「お待たせしました、焼き鳥の盛り合わせです」
「「「 おぉ~! 」」」
「空いてるお皿をお下げしますね」
酔ってるせいか目つきがやばいから即退散。
入れ代わる様に出てくるエリーゼと苦笑を交わしつつ中に戻ると、カウンターにはフランクさんが立ってくれていた。
「すいませんフランクさん」
「いや、舐めてた。リュックも済まないな。今日は夜のシフト入ってなかったのに」
「いえ。自分暇人ですから」
あくまで普段通りのリュックにフランクさんは苦笑する。
現在、二階ではリアとラシェル、それにダレンさんが給仕に回ってくれていて、一階ではエリーゼとクラリス、シンシアが給仕に入って、私とリュックで受付をしている状態。
つまり全員が出勤してるってことで。ダレンさんとクラリスに至っては受付業務が主だから、二人を回さなきゃいけないほど切羽詰まってる状況ってことだ。
「しかしすごい人数だな……」
フランクさんの呟きにつられてホールを眺める。
常連さんに混じる新参の顔ぶれは、主に工業ギルドの作業員。宿の建設と区画整備ラッシュで、一時的にしろリュネヴィルの人口は倍にまで膨らむことすらある。テラスを増設する程度で済んでるのは、前世で言うプレハブ小屋のようなところに配達する分もあるからだ。
「これは早めに給仕の人員を募集しないとまずいかな」
「厨房の方も忘れずにお願いしますね」
「そ、そうだな」
チートがあったって、一人で回すのは精神的にしんどい。
エクトルさんの要請もあって、リュネヴィル連合支部は食堂を増設することになった。その建物が現在の支部のすぐ横に建設中なんだけど、そのオープニングスタッフをフランクさんはまだ決めかねている。きっと、前の暗殺者侵入の件で警戒してるせい。見つけたら言うって言ってるのに。
「支部の機能はこのままでいいと思うか?」
「はい。皆さんの能力だと、今までが役不足過ぎたんです」
「うん。そうだな」
「もし支部の業務が増えるようでしたら、二階の食堂部分を事務室に改装すればいいですし」
「だな」
とは言え、今のままじゃ給仕と受付の負担が大きいのも事実。
ちょうどいいし、手伝ってくれそうな人をあたってみよう。