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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
支部と竜
11/53

2-6:「畏まりました」

「失礼します」


 二階の個室に入ると、


「待っていたよ愛しのイリア!」


 美形が飛び込んでくる。

 ひらりと躱し、思いっきり侮蔑の視線を向けてあげた。


「……まずは自分の子供に言うべきことがあるんじゃないですか。竜神様」

「手厳しいなぁ」


 ハトが豆鉄砲を食らったような表情をしたのも束の間。苦笑に変えた表情すら高貴に映る美しさが、この竜神には備わっていた。

 そう。竜神。


 ……まさか張本人が来るとは思わなかった。


「貴方もそう思いますよね、麒麟なんだから」

「は、はい……」


 茶髪の青年は気まずそうに視線を逸らす。

 気まずそうな理由が雛を押し付けたせいなのか竜神を責めることに対するものなのか分からないけど、それでも真面目な本音を言ってしまうあたりやっぱり麒麟は麒麟だ。


「勿論この子ごと抱きしめるつもりだったんだけどね。……うん。立派な子が生まれたようで何よりだ」

「ピィ……」


 竜神に撫でられてるのに、雛はあまり喜ばない。


「ピッ!」

「痛っ」


 むしろ尻尾で手を弾かれた。

 やーい嫌われてやんの。


「いたた……やっぱり親が素っ気ないから子も真似してしまうんだな。そういうことでイリア。大人しく嫁に来なさい」

「嫌です」


 誰が親だ。そういうことでとか、そんな言い方で心変わりする奴がいると思ってるのか。

 いろいろ言いたいことがあるのに突っ込みが追い付かない。

 だからこのバカと関わるのは嫌なんだ。疲れるから。


「君の心のことは知っているし、何より私のこの身体のことは知っているだろう? 私以上にお前を受け入れられる者は存在しないよ」

「結構です」


 誰が両性具有の相手なんかするか。


「そんなどうでもいいことに時間を費やすくらいなら早く要件を言ってください」

「私以上の不老長寿のくせによく言うよ」

「私以外の人は貴方に振り回されて無事でいられるほどの余裕はないんですよ。支部長を呼んできます。そこで説明していただきますので」

「仕方ないなぁ」


 仕方なかろうが不承不承だろうが問答無用。

 呼んできたフランクさんと竜神がテーブルで対面して、私と麒麟がその後ろに控える。

 少し竜神が物言いたそうにしてたけど黙殺した。


「ジーン様、ご紹介します。こちらギルド連合支部長のデシャンでございます。デシャン支部長、こちらは竜神のジーン様でいらっしゃいます」


 あ、フランクさんが固まっちゃった。

 対して、竜神は顔に能面みたいな笑顔を貼り付かせてる。

 男とも女ともとれる美形のおかげで妙に似合ってるんだけど、心を開かない他人に対する仮面みたいなものだ。


「これはこれは。ジーンと申します、デシャン様。妻がお世話になっております故、竜神でもジーンでもお好きな方をお呼びください」

「と、とんでもないことでございます。竜神様。デシャンとお呼びください」

「僭越ながら訂正させていただきます。竜神様と私は赤の他人です」


 フランクさんが信じても面倒なことになりそうだって直感が言ってたから、取り敢えず否定しておいた。外堀なんか埋めさせてたまるか。

 それと話の誘導。また挙式がどうのこうの言われてもめんどくさい。


「竜神様、我々に雛を預けられた真意をお聞かせ願いますでしょうか」

「ふむ」


 竜神は考え込み、やがて口を開く。


「まず訂正しておくが、私が事を知りえたのはつい先ごろのことだ」


 言いたいことはあったけど、取り敢えず話を聞かなければならないので突っ込まない。


「アウリール。お前の口から申せ」

「畏まりました、ジーン様」


 竜神のやつ……面倒臭くなったな。

 麒麟が嘘を言うことは無いだろうから、ある意味安心ではあるんだけどね。


「事の起こりはジーン様がそこにおられる第二子をお産みになられたことから始まります」

「え、第二子?」

「正確には双子にあらせられます」


 はぁん。双子。眷属の暗躍に、麒麟の仁義。

 読めてきました。


「通例通り、竜神の名を継がれる御子がお一方であれば何の問題も起こらなかったのですが、これを機にと暗躍する者が現れたのです」

「後継者……いや、派閥争いですか?」


 フランクさんの読みに麒麟は首肯する。

 そもそもそーいう水面下の殺伐とした争いは人間の方が好きだしね。支部長になるまでにも色んな派閥争いにでも巻き込まれたのかもしれない。


「天宮に満ちる敵意の意味に私が気付いた時、お一方はすでに囲われてしまっていました。止むを得ず私はもう一つの卵を敵意から守るため地上に運んだのです。派閥争いに興味が無く、竜神の児を利用することもない……それ以上に、信のおける人物として勝手ながらイリア様を頼る他なく、より確実に受け取っていただくため通りかかった方を誘導した次第にございます」


 守るだけの力がある、と口を滑らせなかったのは一応及第点。

 だけどフランクさんの咎めるような視線が痛い。どうしてくれるんだ、って麒麟を見ても目を合わせてくれなかった。

 確かに直接持って来られても突っぱねたかもしれないけど、私にだって私の生活があるんだからしょうがないじゃん。


「まさかギルドに依頼を出す程本気だとは知らず、無関係の方々を巻き込んでしまったことを深くお詫び申し上げます」


 深く深く腰を折る麒麟。


「頭を上げてください。幸い死者もいませんし、何より終わったことです」

「御慈悲、痛み入ります」


 うんうんと越に浸ってる竜神を殴りたい。

 あんたがぽんぽん眷属産んだり産ませたりするのが悪いし、まとめ上げる気が無いなら集めるな。

 私が怒りを抑え込もうと雛とじゃれ合ってる間も、フランクさんは冷静だった。


「事の経緯は理解しました。ではお二方がこちらにお見えになったということは、問題は解決を見たということで宜しいのでしょうか」

「いや」


 竜神は即答した。

 いとも簡単に否定した。

 うん知ってた。身内に激甘のあんたが問題を解決しようとしないことくらい知ってた。

 その甘さのせいで悪魔に着けいれられる隙を作ったのに、全然反省してないこともね。


「先ほど言ったように、私が今回のことを知ったのはつい先頃だ。アウリールもここに向けられていた敵意は無くなったと賛同した故、こうして真っ先に駆け付けた次第でな」

「それは一体――」

「感謝と謝罪。それと懇請のためだよ」


 竜神は私に向き直り、頭を垂れる。

 テーブルに額を擦り付けんばかりの低頭に、フランクさんと麒麟が息を飲む。

 私は三回目だから別に驚かない。寧ろもっとやってほしいくらい。


「愛する我が子を守ってくれたこと、心より感謝する。ありがとう。身内の不始末で迷惑をかけたこと、心より謝罪する。済まなかった」

「どちらも私一人で成したことではありません。どちらも正式な書類に起こし、ギルド支部に寄越してください」

「わかった。それがこちらの慣習というならそうしよう」

「では、最後のは?」


 竜神は頷き、私をじっと見つめる。

 その目、表情には、いつにない真剣さを感じた。


「どうか、その子を育てて欲しい」


 だろうと思った。

 結婚だのなんだの、久しぶりに言ってきたのはそれとなく確認の為だったんだろう。

 縦しんば私が受け入れるような態度をとったら、その時は提案が「天宮に来てくれ」みたいなものに変わっていたんだろう。


 それは兎も角、子守を押し付けることができたらどうなるか。

 派閥争いは一応形を潜め、雛の安全は保障される。ついでに私との繋がりも作れるんだから、竜神としては子を手放す苦痛に見合うだけのメリットがあるのかもしれない。

 ちょっと変わった養子縁組みたい。


 絶対にお断りだ!

 ……って言いたいのはやまやまなんだけどね。


「分かりました」


 私以外の全員が驚きに目を見開く。といっても、そこに含まれる感情はちょっとずつ違うみたいだけど。そんなことは問題じゃない。


「ただし、条件が二つあります」

「なんでも言ってくれ。なんなら私の愛を」

「そんなものいりません」


 何が愛だ。

 交配なしで自分の卵を産める竜にとって、愛なんて性交の口実です。信じられるか。


「まず、この子の意志です」

「ピィ?」


 話を振られたと理解できるくらいに聡い子だ。これからする質問の意味もきっと理解してくれるだろう。


「あの人、君の親なんだよ」

「……ピィ」


 竜神の方に視点を向けさせてやると、一応理解したように鳴き声をあげる。


「君はあっち人たちと暮らすこともできるんだよ?」

「い、イリア様」

「派閥争いなんて私が止めさせます。誰が止めてもね」


 “誰が”で竜神の方を見て言い切ると、流石に顔を引き攣らせた。

 麒麟に至っては顔を青ざめさせてるけど、どうでもいい。


「君はどっちで暮らしたい?」

「ピィ……」


 やはり理解しているのか、雛は私と竜神を交互に見る。

 抱えたままじゃ選べないだろうとテーブルに降ろしてやると、雛はおずおずと歩き出す。


 その歩みの先には竜神がいる。


 問題があるとはいえやっぱり親。複雑そうにしながら喜びを隠しきれない竜神のもとに、雛はゆっくりと向かっていく。手を差し出すと、雛はその手を舐めた。


「そうか……」


 何かを決意するように竜神は目を伏せる。

 私も腹を括るべきだろう。派閥争いなんてくだらないことで子供を巻き込む奴は許さない。


「イリア、済まないが……宜しく頼む」

「うん。わかった」


 私と頷きを交わした竜神は立ち上がり、雛を抱こうと手を伸ばし、


「ピッ!」

「痛っ!」


 尻尾でその手を弾かれた。


「「「 へ? 」」」


 驚きに目を瞬かせる私たちを余所に、雛は猛ダッシュ。


「ピィッ! ピィ~!」

「あ、こら」


 私に飛びついた後は、ぺろぺろと顔を舐めまわしてくる。

 かと思ったら頬ずりしながら腕の中に蹲る。甘えたい放題だった。


「「「 ………… 」」」


 さっきまでのいい感じだった雰囲気はどこへやら。

 複雑な空気が部屋に充満していた。

 さっき舐めてたのってあれか。別れの挨拶みたいなもの?


「あー……えっと、二つ目の条件なんですけど」

「あ、うん」

「この子を守るのに天宮は全面的に協力してください」

「う、うん。勿論だよ。宝具でも作物でも力でも、なんでも言って」


 妙に気の抜けた空気で交わされる約束。

 ちゃんと守られるか微妙に心配だったけど多分大丈夫。


「で、ではこちらをお納め下さい」


 麒麟が渡してきたのは竜神のピアスだった。

 神獣でしかない水龍のものとは違い、竜神のピアスは風を介することができればどんな距離でも竜神と通話が可能となる、電話っていうよりトランシーバーみたいなもの。

 以前使った時に丁重にお返ししたものが再び戻ってくるとは思わなかったけど、条件のことも含めて持っていた方が便利だ。


「ではイリア……済まないが、宜しく頼む……」

「あ、はい……」


 ほんのちょっと前に同じやり取りをしたはずなのに、何このテンションの違い。

 もともとそのつもりだったんだろうに、予定通りいっても凹まされるとか。


 ナイスだ雛!


「ところで、この子の名前はなんて言うんですか?」

「え?」


 え、じゃないだろこのバカ。


「てっきりもう名前つけてるもんだとばかり思ってたけど」

「親が分かってるのにそんなことするわけないじゃないですか……」


 それもそうか、なんて竜神は笑い、麒麟は声にならない溜息を吐く。


「ではイリアに任せるよ」

「……正気ですか?」

「勿論正気。それに本気だよ。その方が君も愛をもって育ててくれるだろ?」


 ほんと、馬鹿な振りなのか天然なのかよくわからない。

 振り回される眷属連中が不憫で仕方ありません。




 そんなこんなで、竜神は遠く妖精の国の上空を漂っているという天宮に帰還。フランクさんは心労のせいか、部屋のベッドで横になっている。あとでお粥でも持って行ってあげたほうがいいかもしれない。

 それはそれとして。


「どうしよっかな……」

「ピィ~……」


 業務に支障はないということで受付に戻った私は、暇なのをいいことに物思いに耽っていた。


「どうしたのイリア。悩み事?」

「あ、エリーゼ。お疲れ様。ちょっとね」

「ピィ」


 エリーゼはくすっと笑った。


「イリア、すっかりその子に懐かれちゃったね。悩みってその子のこと?」

「うん。実は」


 ちょうど言いかけた時に入り口の扉が開かれる。


「「いらっしゃいませ」―……」


 もうほとんど条件反射。因みにやる気のないのが私だ。

 欧米の人が転生したら「おうジョージ。今日は朝から快便でよ。HAHAHA」なんて気の置けない会話をするのかもしれないけど、日本人だから仕方ない。それに接客で悪い評判聞かないし。


「こんにちはエリーゼさん。イリアさん、お久しぶりです」

「やぁイリア、エリーゼ。その子……もしかして噂の竜!?」


 やってきたのはカティアさんとエリヴィアさん。

 街の人たち同様、人に懐いてる様子の竜に恐怖心は無いようで、二人揃って雛に手を伸ばす。

 気持ち良さそうに撫でられている雛に、二人は自然と笑みを零してしまう。


「あはは、可愛いですね~。名前はなんていうんですか?」

「まだ決めてないんですよ」

「もしかして、悩んでたのってそのこと?」

「うん」


 最初はヒナにでもしようかと思ったけど、大きくなったら変だし。女の子寄りか男の子寄りかまだ分からないっていうのが最大のネックだ。


「ハクがいいかなって思ってるんだけど……」


 穢れを知らない白。すべてが平等に映える白。

 ずっとこうであってほしいっていう、私の勝手な願望だ。


「いいと思います!」

「うん、綺麗な白竜だし、ぴったりじゃない?」


 意外なことにカティアとエリーゼに賛同され、


「イリアちゃんが親なんだ。その子も喜ぶに決まってらぁ」

「うんうん」


 ホールにいる他の人が認めたことで、いつの間にかハクで決まってしまった。

 全く異論を持たないカティアが、改めてハクを撫でながら微笑む。


「宜しくね、ハクちゃん」

「しっかりイリアちゃんのこと守ってやんな」

「ピィ!」


 ホールの皆に笑顔が毀れて、私は苦笑した。

 皆、この子が理解してるとは思ってないんだろうな。


「おお! 頼もしいじゃないか」

「こりゃイリアちゃんも安心だな!」


 ホールが盛り上がる傍ら、厨房から話に加わっていたリディさんが私に問い掛ける。


「子供って言えば、イリアちゃんの親はどうしてんだい?」

「生きてますよ。たぶん」

「ならよかった。たまには顔でも見せてあげなよ?」

「そうですね……」


 私は曖昧な返事を返して話題を切り上げた。

 子供を捨てるような親でも周りからすれば一応家族だから、何かあればヨルクあたりが報告するだろう。

 来なくていいけど。

 それにしても、家族か……。


「ピィ?」

「ううん。なんでもないよ」


 見上げてくるハクを撫でながら、私は昔を思い出していた。


 前世で、私の家族はごく普通の家族だった。

 自慢する長所もなければ、卑下する短所もない普通の家族。


 一時期の私は、もっと裕福な家に生まれてれば、コネのある親の元に生まれてればって思ったことがある。


 だけど、発注の桁を間違えてクビになりかけた時、育休とった結果自主退職させられた同僚の仕事に追われて死にそうだった時。

 私を変わらず迎え入れてくれて、励まして送り出してくれたのは、その普通な家族だった。

 この家に生まれて良かったって思った。


 この子もいつか、ここを離れていくだろう。

 離れた先で傷つくこと、辛いこともあるかもしれない。

 傷ついて、苦しんで、


 クレーマーとか暗殺者みたいに、心を腐らせて他者を脅かそうとするくらいなら――

 盗賊ギルドの幹部みたいに力に怯えて抱え込んで、他者を抑えつけようとするくらいなら――

 竜神みたいに誰かに裏切られて、身内以外に心を閉ざしちゃうくらいなら――


 心を殺すくらいなら、逃げていい。


 みっともなく逃げて誰かに笑われたって、

 その世界で生きていれば、やり直すことだってできるんだから。


 だからその時、安心して逃げられる、安心して帰って来れる場所……、


「宜しくね、ハク」

「ピィッ!」


 この子にとって、私がそんな場所になってあげられたらいいなって思う。



二話終了です。


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