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Nothing changes  作者: 希月律
第一章
2/9

日常

 私の生活は、はっきり言ってつまらない。

 毎日、同じことを繰り返しているだけ。

 最後にどきどきしたのはいつだろう? 涙が止まらないほど悲しんだのは? 手が震えるほど怒ったのは? 飛び上がるほど嬉しかったのは?……思い出せない、全部。



 今日も最高につまらない一日が始まる。



 朝。カーテンの隙間から差し込む、眩しい陽光で目が覚める。

 枕もとの携帯電話を見ると、午前八時二十七分。目覚ましが鳴る三分前。睡眠時間はさして変わらないはずなのに、目覚ましが鳴るぎりぎりに目が覚めると、なぜか損をした気になる。

 今日は火曜日――大学は二限目から。ゆっくり朝食を食べても、じゅうぶん間に合う。一限目からの日はどうしてもばたばたしてしまうから、二限目以降からの日はありがたい。


 ベッドから下りて、身支度を整える。と言っても、髪を梳かして服を着替えたら、それでおしまい。化粧も何もしない。コーディネートに悩むことすらない。着飾ったって、誰も見ないしね。

 鏡に映る私は、昨日と同じ私。まっすぐな黒髪に、少し眠たそうな目。ちょっとだけ背が高めで、細い。おかげで胸もない。ゆったりとしたロングカットソーにジーンズという、地味な格好。カットソーはワンピースとしても使えそうな丈だが、どうしても下にジーンズを着てしまう。ばっちり足を出すなんて、ぞっとする。

 自室を出て、キッチンに向かう。父は仕事、母はパートで出かけている。トーストを焼き、苺ジャムを添えて食べる。テレビはつけず、携帯電話をいじる。メール? SNS? そんな馬鹿な。インターネットだ。朝一から交流しなきゃならないような密接な関係の友人なんて、いない。

 しばらくだらだらしてから、家を出る。季節は冬。玄関に近付くだけで寒気がする。黒い地味なコートを羽織り、ボーダー柄のマフラーを巻くと、寒さが少し和らいだ。


 電車内ではひたすら読書。十五分も乗れば大学に着く。

 大学に着いてからは、まっすぐ次の授業の教室へ向かう。後ろすぎず前すぎず、絶妙に中途半端な位置を確保すると、授業開始までまた読書。

 開始時間が近付き、周りに人が増えてくると、だんだん息苦しくなってくる。楽しげにお喋りをする学生たち。私は一人ぼっちで本を読んでいる。誰も私のことなど見ていないし、探せば同じく一人の人もいるのだろうが、なぜかとても気まずい。

 授業が始まると、ほっとする。無言で黙々と机に向かっていても、それは正しいことだから。一人ぼっちで誰とも喋らず、教授の話を聞いたり、ノートを取ったり、うとうとしたり、合間に少し落書きしたり。そういったことは、皆やっていることだから――安心する。


 昼休みは苦痛だ。どこで食事を取るか、とても悩む。あまり目立たない場所で、目立たないように食べる。

 食べ終わると、構内の図書館へ行く。課題に追われているふりをして、読書。ああ、落ち着く。ここでは楽しそうにお喋りをする人はいないし、一人で何かするのが当たり前、だ。


 午後の授業も平和にこなす。誰とも話さず、大人しく。幸い、今日は学生同士でディスカッションをするような授業はなかった。そういう日は、平和に過ごせる。


 大学が終わると、アルバイト先に向かう。一年生の春から、現在――二年生の冬まで、ずっと続けているアルバイトだ。

 家のすぐそばにある小さな古本屋。業務中はおじいさんの店長と二人きり。他にもアルバイトがいるようだけれど、時間や曜日が違うので会ったことはない。

 アルバイト中は、大学にいるときと同じくらい喋らない。お客さんに接する以外、ずっと黙っている。店長はトロい私をやや疎んじているから、事務的なものを除いて、会話は一切ない。


 アルバイトが終わると、まっすぐ帰宅。

 夕飯を食べ終わると、自室に引きこもる。音楽を聴いたり、インターネットで遊んだり、明日の授業の確認をしたり――そのくらいしかやることがない。

 黙々と時間を消費し、眠る前にお風呂に入り、就寝。


 そうしてまた朝が来る。そうしてまた、前日の繰り返し。それだけ。





 つまらない、何もない生活。

 きっと大学を卒業して、勤め始めたって同じだろう。大学とアルバイトの部分が、職場に変わるだけだ。

 つまらない生活はやがてつまらない人生になり、私はいつまでたってもつまらない人間のまま。


 小さい頃からそうだった。

 臆病で引っ込み思案で、一人では何もできない。

 勉強は平均、運動は苦手、容姿もごくありふれている。しかも、それらを努力でカバーすることもできず、全てを諦めてしまっていた。

 友達も少なかった。――いや、あれは友達だろうか? 小学・中学・高校と、私を仲間に入れてくれる人たちは、だいたい「一人ぼっちにするのは可哀想だから」と、同情で構ってくれていただけだ。大学に入ってからはもっと悪い。自由になったぶん、皆、一人ぼっちの他人にいちいち付き合っている暇などないのだろう。お情けで仲間に入れてもらえる機会もなく、本当に一人ぼっちだ。


 小さい頃からこうなのだ。人生観をひっくり返すようなことが起こらない限り、私はずるずると不満を持ったまま何もせず生きていくのだろう。

 まだ大学生だというのに、十九歳だというのに。私はいろんなことを諦めてしまっている。


 明日もまた、朝が来て、大学に行って、バイトをして、事務的な会話以外は何も話さず一日が終わる。

 何て素晴らしいんだろう。

 私は私が大嫌いだ。

 何よりも。

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