【4】 氷塊伯爵の依頼
あれから1ヶ月。
にぎやかな一夜のパーティも
夢か幻のように記憶の片隅で消えかかっていた
あれから予定より少し早く姉のルフィーナが
帰ってきて、ココットに姉の最大級の愛情
―豊満なボディで力いっぱいの抱擁―
を受け取り
(最強の腕力を持つ女性が豊満なボディを
押し付けるので窒息しそうになるが…というか、ミシミシいった)
兄の手製スイーツを、ブラックホールのように
ものすごい量を食べつくし、台風のように去っていった。
あまりの勢いに、人形を手渡しすタイミングを逃す所だった。
兄は、ルフィーナが来るころには急ぎの用事が片付いたようで
今日も、自分で作ったお菓子を手土産に家で一番強い
庭師の老人のところで対戦をしている。
父は今日は、珍しく仕事で出ている。
畑ばかりいじるお父さんも一応は、子爵様。
どんな仕事かは知らないけれど、正装をカッチリ着込み
馬車で出かけた。今日中には帰るらしい。
ココットは、ようやく裁縫禁止令が解除され
(パーティでの単独行動のせいで1週間伸びたけど)
今日は、刺繍の壁掛けの図案が浮かばないので
屋敷の周りを徘徊する事にした。
自然を愛するエルベリー子爵のために、
庭師が精魂こめて育てている花がたくさんあった。
「最近寒くなったから、明るい色がいいわねー」
ココットは定期的に執務室に飾る
小さな壁掛けを作っている。
父から初めて仕事を依頼されて5年
季節の花を色々取り入れて
プランターを刺繍して花壇風にしたり、
ブーケ風に刺繍したりココットなりにアレンジした。
父の仕事のほとんどを兄が請け負っても依頼は続いた
しかも、期限があるわけでなく
ココットの気まぐれで3日に1度変えたり、
2週間以上間が空いたりする。
特に報酬はないが、完成するとニコニコ飾ってくれる
部屋が明るくなった。と、喜んでくれると
何かお役に出来たそんな満足感が得られるのだ。
「あーいい案が浮かばない~…………ん?」
遠くで馬の足音が聞こえる。
玄関に馬車が止まったのだろう。
「お帰りが早かったのね、お父様!」
ココットは、人がいないのをいいことに、
タバサに遭遇しないことを祈って全力ダッシュした。
父が仕事から帰ってくると、必ずお土産を持ってくる
それは、お菓子だったり、色とりどりの布だったり
やはり父親だからか、ココットが喜ぶものを
毎回品物を変えて持って帰ってくるので
ココットはとても楽しみだった。
(うわあ、黒くて大きな馬車。
お父様、お友達の馬車で帰ってこられたのかしら)
ココットは、目的の馬車に一目散に駆け出す。
執事のジェイスが珍しく大きく目を見開くのが
視界の端に映ったけど
ココットは父の(土産の)ことでいっぱいだった。
「ハァハァ…お帰りなさ~い!!…おとーーーー!!?」
馬車から降りてきたのは、
氷塊伯爵ウィルソン・ノールフェストでした。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~」
恥ずかしさのあまり、口に手を当ててココットは叫びながら
もと来た道を走って逃げた。まさかの客人!!
エルベリーの東隣がラザンド共和国という大きな国なのだが
国が豊かなヴォルファレーナ王国が欲しいのか
たびたびちょっかいをかけるのだが高い山脈に囲まれた
ヴォルファレーナ国の唯一の交易陸路があるエルベリーは
よくその攻撃対象になる。
末端の領民から領主である子爵まで武道の達人というところから
この領地の危険度がうかがい知れる
ちなみにココットは護身術が軽く出来る程度。
そんな危険な領地であるからして、保身の貴族様は当然来ない、
一般庶民だって危険を承知で訪問してくる人は少ない
生まれてこの方17年。この館の訪問客は領民と本家である
メイローラ伯爵家にいる数人の親戚と、
父の友人・レイザック侯爵くらいなものである
みんなココットの古くからの知り合いなので
多少のマナーの悪さには笑顔で許してくれたので
今回もそうだろうと安易に思っていたのがいけなかった。
まさかまさかの伯爵様。
しかも、直接本人と接している時には判らなかったが
兄の話によると普段の彼はとてつもなく厳しく怖い人らしい
よりにもよって伯爵様にまた無礼を働いてしまった!
しかも、部屋に帰って思い出したけど…詫びてない。
「з#!゜$;℃▲□~~~~~!!!!!!!!!!!」
枕に顔を押し付け大絶叫しながら猛反省してみた
(おバカおバカバカァァァァ!!
やってしまった、またやってしまった、うあーーーーーーー
ウィルソン様にうあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)
………ほとんど反省と言うものではないが。
はぁ、やってしまった。と仰向けになる。
まだ恥ずかしさはまったく消えていないがやはり謝罪しなければいけない
ここに来るということは、観光でもなく仕事なのだろうから
ジェイスに言ってお仕事が終わったら、少しお時間いただくように
お願いしてもらおう。そして、タバサに叱られよう。もしかして兄様にも?
(ふぅ、自分の落ち着きのなさを何とかしなくちゃいけないわ)
と、周りの人間からしたら「今更!?」な発言をして
ベッドから降りた所で、ドアがノックされた。
「ココット様、ビルケット様がお呼びです、執務室までお越しください」
「わかりました、少し髪が乱れてしまったの直してください」
「かしこまりました」
軽く手直してもらい、執務室へ入ると
氷塊伯爵と目が合った。ちゃんと完璧挨拶しておいてよかったー
「ご無沙汰しております、ウィルソン様。先ほどは大変失礼いたしました」
「お気になさらず、ココット嬢。
それよりも、熱烈な歓迎に感謝したい」
口元がニヤリと上がったことで、からかわれたと判り
ココットは顔を最大級に真っ赤に染めて、顔をうつむかせて羞恥に耐えた。
(評判通り冷たくばっさり切り捨てていただいた方が気が楽だったのに~!!)
「コホン…ココット、お前侍女として働く気はないか?」
2人の会話などなかったかのように、兄・ビルケットは
真面目な顔で聞いてきた思わず兄を見る。いつになく真剣だ。
「…侍女?」
「こちらの、モルトバーン伯爵の妹君のお話相手としてらしいのだ」
「……んーでも、貴族の生活には詳しくないですし
流行や世俗についてもほとんど知りません。
その点で皆様にご迷惑をおかけするような気がしますが」
名家の伯爵の女性といったら、パーティやらお茶会やらに
顔を出して、きらびやかなドレスに身を包み、淑女をときめかせる話題で
話の花を咲かせるものじゃないだろうか。
残念ながら外との接触がないために、スキャンダルも流行の飲食物も
注目するドレスのデザイン…は、ちらほら聞くけど
有名な芸術家も知らない。そんな世俗に疎い女を侍女として入れたなら
いい笑いものになるのではないだろうか?…と、思うのだが。
「妹は、諸事情で部屋から出ることはないので
彼女も同じく世俗には詳しくはありません。妹の趣味も刺繍なので
その辺で貴女と気が合うと思いますが」
“刺繍がご趣味!!”
その言葉で、ココットの目は明かりが出そうなくらいキラキラ輝いていた
ちょ、その話おいしくないですか?ほぼ一日触りたい放題ですか、針と布ッ!
互いに見せ合ったり、提案なんかして技を磨きあうとかですか?
私の知らないステッチがあったり、伯爵邸の素敵なお庭をモチーフにしたり
究極の…究極のっ合作なんかできたりとかしますかーーー!?
兄が人と対戦して技を磨きあっているのを見て、一度やってみたかった。
同じ趣味の人との交流ー!!
「はい、ご期待に沿えるよう全っ力で頑張ります!」
ココットの考えたことがわかったのか、ビルケットは顔を手で覆ったという。
伯爵の台詞で1週間悩みました(笑)
伯爵と言う立場上、偉そうな口調で通すのもよかったんですが、
まぁ、結局“紳士的に振舞う公式の場での伯爵”になりました(謎)
階級は下でもビルケットは領主代理なので、
ビルケットが目の前に居るからココットに対しての口調も敬語風にしてみました。
私も、パッチワークを誰かと合作してみたい。