第006章 「佐倉崎での再会」
あの後、俺は佐倉崎の二駅手前、愛咲で降り、買い物をした。
愛崎の近くのスーパーは安く、とても心もとない俺の財布にはありがたいからだ。2駅荷物を持たなければいけないが、安ければ問題ない。
その後、電車に揺られながら、いつもと変わらない車窓を眺め、佐倉崎へ向かった。
広尾は、俺とユニットを組むことを了承してくれるのだろうか?
反応は…俺の勘なのだが、良かった気がする。
広尾がダメなら、また一から新しい相手を探さなければならない。けど、広尾のような奴なんて、なかなか現れないだろう。
そして今日は、眠れなさそうな気がした。
そして同時に、広尾も悩んで今夜も眠れないんだろうとも思った。
けど、広尾と俺には何か、言葉には表せないけれど、共通点があると思った。
俺と、広尾の共通点は、一緒にユニット組んで、時間をかけてゆっくり見つけていけたいと思う。
そして、駅を降りた時、なんと、雪が降っていた。
雪だ―
純白の白色に染まった、儚く小さい結晶が、こんこんと僕が踏んでいる地面の上に降り注ぐ。
映画の一風景を、切り取ったような風景だった。
駅にいるみんなが、上にある空を見上げ、カップルは、「きれいだねー」と言いながら駅を目指して歩いていた。老夫婦は、「今年も冬が来ましたね」と、冬の到来をうれしく思っているようだった。子供たちは、「雪合戦できるなぁ!」と、遊びのことを考えていた。一人で暖かい家を目指すお父さんは、うれしそうに、そして笑顔で空を見上げていた。
誰でも雪って、降ったら嬉しいものなのだ。
除雪が嫌だから嫌い、寒いから嫌いと言っている人々も、今頃は空を見上げているのだろう。
広尾も、空を眺めているだろう。
この時、この瞬間が、みな空を見上げていた。
だがしかし、俺は空をずっと見て、風景を楽しむことなどできなかった。
なんと、愛がいたのだ。夢を見失って、友達にも裏切られた傷がそのまま残ってて、グレて、めちゃめちゃになった俺の心に、一つの光をさしこんでくれた人だった。小学6年生の時に告白された。その時はもうやけくそになっていたので、何も考えずに付き合った。けど、付き合ってみたら案外2人は考えや思考、思いがあっていて、結局7年も付き合ったのだ。
けど、俺は高校生の卒業式の日、愛と別れた。歌手を本格的に目指すためにも。踏ん切りをつけるために、両方メアドを変えた。だって、また付き合いたいという甘えをなくすためにも。
愛も俺に気付いたようだった。けど、話しかけづらそうに、こっちを見てくる。
半年前に佐倉崎駅前で会ったのだが、愛は気付かず、そのまま駅構内へ去ってしまったのだ。
まともに話したのは、1年以上前、大学2年の秋だった。
話しかけるつもりはなかった。けど、愛がこっちによってきた。守りたくなるような子供っぽさと、かわいさは今でも変わっていなかった。
「久しぶり。元気だった?」
何かぎこちない。
「あ、あぁ」
「歌手の夢、どうなの?」
「うん、まぁ頑張ってるよ」
「ふ~ん、そっか」
沈黙が続く。両方恥ずかしがっていた。
「デビューしたら、一番にサインしてよね。絶対だよ!」
「分かってるって」
別れる時、泣きながら愛がそう言ったのだ。
「付き合ってる人、いるの?」
「いないって。だって、歌手になりたいからって愛と別れたんだから。今誰かと付き合うんだったら、愛と付き合ってるよ」
少し顔を赤らめながら、愛は言った。
「私も今、彼氏いないんだ」
意外だった。この優しさとかわいさだったら、いくらでも付き合える男はいる筈だった。
「ふ~ん、そっか」
まだ、愛との恋の踏ん切りは、あまりついていなかった。また付き合いたいという思いが心のどこかにあるけど、歌手の夢を叶えるっていって愛と別れたんだから、また付き合いたいなんて恥ずかしくて言えない。
「あの、さ、私、もう有くんとの恋、踏ん切りついたし、メアド交換したい。また。ダメ、かな?」
絶対、嘘だ。愛は昔から泣き虫で甘えん坊だったし、友達や彼氏に先導されないと、決めごとをあまり決められない性格だった。つまり、優柔不断って奴だった。
けど、心の中では、メアドを交換したいという思いが強かった。
「ベ、別にいいけど」
愛の目が輝いた。
俺は最近買った流行のスマートフォンを出し、愛は高校の時と変わらない携帯を持っていた。すると、俺が中学2年の時にバレンタインのお返しに買った熊のストラップが、まだ携帯についていた。
「まだ、熊のストラップつけてんだ」
すると、愛は咄嗟にクマのストラップをかくし、はずかしそうに言った。
「ダメ、だったかな?」
「問題はないけど。そんなに気にいったんだ」
「だって、初めて付き合った人にプレゼントされたストラップなんだよ。捨てられるわけないよ」
赤外線通信をした。二人のメアドが、それぞれの携帯の中にデータとして入っていった。
「それじゃあ、俺帰るから。愛もこれからどっか行くんだろ?」
「うん。参考書買いにいくんだ」
さすが学年一頭の良い愛だな、と思った。
「またな。風邪ひくなよ」
さみしそうに、愛は言った。
「カイロ、いる?」
ありがたかった。ここは喜んでもらわせていただく。
「あ、うん。ありがとう」
愛の手からカイロを受け取った。とっても、暖かかった。
「じゃあな、元気でな」
「うん、またね」
俺は、愛に手を振って、愛と別れた。
俺が後ろを振り向くと、愛は寒そうに駅を目指して歩いていた。
俺が、守んなきゃいけないのは、愛だ。
そう思った。
そして、心のどこかで否定できない思いがあった。
また、愛と付き合いたい、と。
もうその時、広尾には申し訳ないけど、アイツの事は忘れていた。あんなにユニットを組みたいと思っていたのに。
けど、理由は分かっている。
愛は、俺の大切な人だから。
俺は、家に帰った。そして、広尾とのユニットのことを思い出し、明日、ユニットを組んでもいいと言われたら、すぐに歌詞を見せられるように、歌詞の熟考に入った。組みたくないと言われたら、作った歌詞が台無しになるとは思っていなかった。あの目と、あの言葉は、広尾が組んでもいいと言っていたようにも見えたからだった。
けど、歌詞を考えながら、愛のことも考えていたのも、事実だった。




