地獄の先には物騒な武器を掲げた天使がこちらをにらんでいました。
なんと、お気に入り登録が2件になってました!
嬉しすぎて、今回ちょっと早く投稿です!
12月4日 修正しました。
今現在、俺はひとり 覆面を被って女の子に話しかけている。
……俺は何をしているんだ。激しく疑問だ。
覆面──タイガーマスクと呼ばれる人が代々被っている、頭から首にかけて目以外の部分を全て隠してくれる素敵アイテム。
よく銀行強盗の人達などもも使っているから、その個人情報(特に顔)の秘匿性に長けている事はお分かり頂ける事だろう。
もちろん、本日俺が着用しているのはタイガーマスクの人々が使っているようなファッション性に富んだものではない。
黒一色で作られた、限り無く犯罪性が強く感じ取られる一品となっている……もちろん、民警の装備品である。断じて俺個人の持ち物ではない。
──そんなもので顔を隠し、先ほども考えたように俺は今、女の子に声をかけている。
場所は、陽の沈んだ真っ暗な公園。
この場所は現在、我が民警により封鎖されている為に辺りに人影はなし。
頼りなく青白く光る公園の蛍光灯と、月明かりだけが俺とこの娘を照らしている。
……本当に、何でこんな事に……。折れそうになる心を何とか繋ぎとめるため『仕事だから』と自分に強く言い聞かせる。
女の子は多分、20歳前後ぐらいだと思われる。
胸の辺りまで伸びた髪は茶髪。
全体的にやたらとヒラヒラが多い服装で、どうやらワンピース型になっているらしい。
服装の事については詳しい事は知らないけど。
そして最大の問題。……なんでだかこの娘の服装、あちこち破れてる。
破けた服の隙間からは多少なりとも出血している模様。
女の子はグスグス嗚咽を漏らし、膝を抱え込んだ格好で座り込んでいる。
もう何度目かの問いかけ。「大丈夫ですか?」けれどやはり、嗚咽を漏らすだけで何も返ってこない。
圧迫感をかけないように、女の子と同じ高さにしゃがみ込んだ体勢がジワジワと辛くなってくる。
……ため息が漏れそうになる。
正直、女の子には早く反応してほしい。
何せ、距離を指示により幾分離しているものの、絵面が悪すぎる。
覆面を被った全身真っ黒ずくめの男が、あちこち破られた服を着ている──しかも出血している女の子に話しかけているのだ。
近づけば公警の制服だとは判るだろうが、遠めにはただの黒い上下の服なワケで……。
どう見ても変出者が女の子に手を出しているように見えるだろう事は想像できる。
この状況──アウトだとは思わないかい?
俺がこの現場を見たら、真っ先に職質&任意同行を言い渡す所だね。
男の言い分なんて一切聞かない。なんとしても男を逮捕することしか思い付かないだろう。
民警(仲間)がこの場を封鎖しているのを知っていながら、さっきから背中を気持ちの悪い汗が止まらない。
そして、この状況を悪化させる指示がイヤホンから執拗に指示が飛んでくるのだ。
『イケイケ行け! どんどん話しかけていけ!』
……何でだ、何をだ、とは聞けないのが下っ端の辛い所だ。
この民警という会社は現場での統制を維持するため、会議室以外での上司への質問・反論は原則許されていない。
他にも民警には独自の禁則事項というものがあり、それは軍のそれに似ている。
先ほどの現場での質問・反論の禁止というのもその一つ。
如何に上司の指示が具体的ではなくとも、たとえそれが笑い声で、明らかにこの状況を楽しんでいるものであろうとも それは従わなくてはならない。
先ほど、この娘に上着を貸す事を提案したのだが、なぜか却下された。
……チクショウ、桑原め……。殺意さえ覚えながらも、とにかく俺は話しかける事しかできない意味不明な状況から脱出できずにいる。
≪名前、年齢、住所、何があったのかを聞け≫
その声は桑原さんとは別のものだった。
笑い声などない(これが普通)、感情の欠落したような無機質な声が無線から流れてきた。
声の主はサブリーダーと呼ばれる役職の、観鏡 悟さん。
中肉中背の、30台前半のやたら影の深い人。
よく、ため息を吐いている姿を見かける、リーダーである桑原さんのおかげでいつも苦労している人だ。
なんでもこの人も自衛隊からの出向者であるらしく、重火器の取り扱いに長けているらしい。
≪──ついでに3サイズも!≫
続けざま、桑原さんの要らない指示も流れてくる。
……マジ、桑原いらねぇ。
後はもう1人いるんだが、今日はお休み。渡井 雫さん。
この会社では何人かしかいない女性の1人。基本的には俺と同じ平の下っ端。
同じチームという事もあり何度も話したが、砕けた性格の持ち主で桑原さんのセクハラをいとも簡単に受け流す漢らしい女性(?)だ。
背は160センチ後半代という女性にしては大柄な体格の持ち主で、この人も自衛隊からの出向だとの事。
肩まで伸ばした黒い髪と、本当に自衛隊からの出向者か? と、思うほど優しい目つきをする不思議な人。
……少しだけ、性格的な意味でちょっと苦手なタイプ。平気で俺に対してセクハラ染みた事をするんだ。この人は。
どんな反応をしていいか、困る。
チーム内では、今回のような場合 怪しい人物への職質と身柄確保を行う。……ハズ、なんだけどなぁ。休み、なんだって。有給。
厳格な会社の指針では、4人でチームを作りさらに後衛2人・前衛2人で行動することになっている。
後衛班──監督・指示、その補助・狙撃で2人。これは通常リーダーと狙撃がうまい人間がなる。
前衛班──下っ端、または格闘・近接戦闘が上手な人間が2人。職質や身柄確保、取り押さえを行う。
もし、この規則が守れない場合には、人員の補充もしくは他のチームに変わってもらう事になっている。
例外として、他チームとの混成のグループを組んだ時にはそれぞれの持ち場の人数を2人以下にしなければ良い。と、厳格に規定されている。
その、はずなのに……。
ちらりと辺りを見渡しても、桑原さん観鏡さんの2人の姿は見つける事はできない。
狙撃銃は鉛の玉の代わりにゴムの弾丸が使用されている為、最大でも50メートルぐらいの射程しかないはずなのに。
桑原さん、観鏡さんのどちらも今回は俺のサポート・バーディになってくれはしなかった。
……絶対に2人で行動しろ、という規定には意味がある。
1人が怪しい人物に対して職質で話しかけている間、もう1人は後ろでその人物の動向を見守り職質をかけている相棒を守る。
何かあった時の対処ができるのだ。2人なら。……俺は今、1人ですけどね!
まぁ、今回はバーディも必要ではないのは明確だ。……だが、こんな状況へ投げ出されるとは思いもしなかったのも確かだ。
泣いている女の子を見ながら、イヤホンから聞こえる戯言にため息を付く。
この女の子はどう見ても被害者だ。一刻も救急車を要請、被害者を保護すべき状況。
……だと言うのに観鏡さんの指示は『職質しろ』の一点。……観鏡さんは、そんな薄情な人間なんだろうか?
──否。付き合いは短いがこのチームの中の最後の良心・常識人だと俺は知っている。
……そもそもこの任務自体がオカシイのだ。ウチのチームは1人休みだと言うのに補充なし。
それなのに強行された任務。他のサポートチームの参加も無し。正真正銘、ここにいるのは桑原チーム3人だけなのだ。
管理官である浅生さんがそれに対して何も言わない。“厳格に”決まっているハズの事が守られていないのだ。
──何かがオカシイ。怪訝に思いながらも女の子に声をかける。
「大丈夫ですか? 失礼ですが、お名前とご住所を確認したいのですが」
何度目かわからない質問。今度もダメかと思いため息が出そうになった瞬間。
女の子が顔を上げた。
──何だ?
最初に思ったのはそんな事。同時に、体が素早く異常事態に対応する。
立ち上がり半身に。腕は体を守るように直線に。右側を女の子に向け、必要以上に体を相手に向けない。
無意識の、最初に考え事以外は完全に体が自動で行った。
“狐面”
それが女の子が顔に着けていたもの。
全体は白地。全体に面長。大きく描かれている口は赤。目は細長く描かれ、その中央には穴。
穴の奥からは怪しい光を宿した瞳がこちらを覗いている。
神社の神楽で使われていそうなソレは……今、この場で女の子が付けていていいものじゃない。
茶髪の、グリグリと巻かれた髪が面をなでる様に風にそよぐ。
なんとも奇妙な光景で、今頃になって背筋が泡立つ。
狐面の女の子はゆっくりと、不自然な筋肉の使い方で立ち上がる。
背筋を一度伸ばすように腰に手をあて、空を見上げ数秒はそうしていただろうか。続いてこちらへ視線を向ける。
俺達は互いの目を見詰め合う。
……この状況は何だ? どうして女の子が“狐面”を? 彼女は何をしたい? 俺はどう動けばいい?
狐面は俺が行動を決める前に動いた。
右手の拳。それが俺の顔面に向かって飛んでくる。
──体は考えるよりも速く動く。首から上を左へ。
避けた拳からは風を切る高い音。何て速さだ。
──相手の右手に、俺の左手を添え外へ押し出す。右手は相手の伸びきった肘を手前に引き捻る。
それは合気道の技の一つ。俺が意識を取り戻した時には体がそう動いている。
幼少の頃から体に教えこまれた、反射反応。
狐面の背後に回りこみ、力を入れ続ければ容易く腕の関節は折れる。だが、そうはしない。
相手を押さえ込み、痛みを与え続けることで抵抗を無くす。
その後に手錠やらで身柄を押さえる──それが俺の仕事だから。
だが、一瞬。
狐面の腕が異常なほど硬くなり──背後に回りかけた俺は驚く。
見えている光景が異常だった。
クルリ、と。
極めていた腕の関節を真っ直ぐに伸ばし、狐面は回転して見せた。
空中で公園の鉄棒を回るがごとく。
あっけに取られる時間もなく、狐面は自らの腕を振るう。
ともすれば男の俺が持っていかれそうな強力な力で。あえなく俺を手を離す。
狐面は俺が手を離すと同時、不安定な体勢のままこちらの顔面へ蹴りを放った。
それを辛うじて受け流す。
こちらも体勢が崩れていたので、背中に冷やりとした感覚が走る。
間を置くべきだ、と足を後退させるとそれが失敗だったと悟る。
それから狐面の猛攻が始まった。
飛んでくる拳の殴打。まるで鞭のようにしなる足からの蹴り。
狐面の動作は速く、その手足が動くたび風を切る音が鳴る。
すぐに俺は防戦一方になった。
何度か危ないのを貰いそうになった。
それでも何とか凌いでいる内に判ったこともある。
狐面の一手一手には早さはあるものの、重みがそれほど無い。
一般人のソレと比べれば確かに重いものではあるが、速さほど脅威に感じるものでもない。
幸いにも、動きが読みやすい事にも助けになる。
狐面の体全体の動き、それを見てから反応すればいい。
人間には予備動作と呼ばれるものがある。歩くにもまずは太ももを上げなければならない。太ももを動かすには腰を回さなければならない。
と、いった具合に“何か動く前”には“どこかを動かさなくては”ならないのだ。
更にもう一つ。狐面の間が非常に読みやすいのだ。
人には知らず知らず自らの速さの調子を刻んで動く。それが狐面の場合非常に単調で次の動作までの間を読むことができる。
……これならば。もしかして、どうにかできるかもしれない。
≪九条、援護する。対象を一瞬でもいいから止めろ≫
こちらからどんな手を出すべきか。考えているとイヤホンから声があった。言葉は返す余裕はない。
……止める? 一体どうやって。
狐面の猛攻を、体を止めずに避けながら考える。
一手一手の洗練さは感じられないもの、その驚異的な速さ。
間を合わせて相手のタイミングをずらす。先ずはそれから。
徐々に狐面は自らの間を潰され、やりにくくなってくるだろう。
そこから大きくなった隙を見つけて、一撃。……イメージはできた。
実践でトチらなければ、成功するはず──。
ひたすらに防御。間をずらし、潰すようにワザと受け引っ張ったり押したり。
体感時間で長く長く感じる時間、必死に窺う。
そしてその時は来た。繰り返される手足の伸縮。……ここだ。
──隙。狐面の伸びきった腕の関節をとり、本来曲がらない方向へ力を入れる。
短い悲鳴。後ろに跳び下がる狐面。その距離が4メートル近い。
……人間の飛べる距離じゃない。コイツは本当に人間か?
狐面は距離を取り、こちらの出方を覗うつもりなのだろうか。
構えたまま動かなくなる。
≪よくやった──撃つぞ≫
無線に続き、大きな発砲音が夜の公園に大げさなほど残響を残す。
俺が狐面を止める事に成功し、観鏡さんが発砲したのだ。
これで終りだ。いくらゴム弾といえど、体に当たればダメージは大きい。
当たり所によってはそのまま死に至ることすらもある。
無意識に体から力を抜いた──瞬間。俺に向かって飛び込む狐面が目の前にいた。
……は? 狙撃は──? なんで!?
焦りで無意識に腕が出る。よりにもよって俺の体は逃げることを選択しなかった。
──狙撃を避け、ダッシュで突っ込んできたのか? ──考えている間にも顔面を狙っての一撃を放つ。
狐面の顔は俺の腰の辺りにあった。拳に軽い感触。
……ああ、ダメだ。構えていない体勢では力が入らない。
パキ、と何かが砕ける音。きっと狐面が割れたのだろう。骨が折れた音の割には感触が軽すぎる。
──腹に重い圧力。突っ込んできた狐面がタックルをしたのだ、そう思いついたときには俺は地面に背から叩きつけられていた。
夜空に浮かぶ真っ青な満月が見えた。
雲は一つも無く、自らの光で他の星達の輝きを消してしまった孤独な月が。
一瞬の間、そんな取り止めのない事を考えていた。
腹から人の温かさを感じ向けば、そこには例の狐面がマウントポジションで座っていた。
俺の腕は完全に狐面の足の下にあり、動かすことはできない。
足で反撃をしかけても無駄だろう。直感でそう思った。
狐面はすでにその顔に無いというのに、顔を見ることは出来なかった。
真上から差す月の光が暗い影を作っていた。
……これは詰んでるな。
目だけで周りを見渡せば、鬱蒼とした背の低い木々に囲まれていた。狙撃できるような場所じゃない。
桑原さん、観鏡さんが駆けつける為の50メートルは遠い。
こちらに来る前に俺は殺されてしまうだろう。
諦めが全身から力を抜かせる。──殺すのなら殺せ。もう、どうでもいい。
あの地獄の5ヶ月にも渡る訓練の成果、……何としても生きようとさせる訓練の結果は無駄に終った訳だと苦笑する。
それよりも師匠たちに教わった、幼少からの教育の方が優先されているんだから。
……実際にはこの狐面が俺を殺すつもりなのかは知らない。
けれど、あれだけやって何もしない事はないだろう。
先ほどの一手、一撃にはこちらを殺す為の威力が込められていた。
……さぁ、来い。目をつぶり最後の時を待つ。
よく言う走馬灯は見なかった。
「タイチョ~、コイツなんか諦めた風なんですけど」
耳に、そんな言葉が聞こえた。方向からすれば、腹の上。
狐面の声らしい。しかもその声には聞き覚えがあった。
≪はいよ~。とりあえず現状待機で≫
耳のイヤフォンからは桑原さんからの声。それは明らかに狐面に対しての返答だったので……ますます確信が深まる。
目を開ければ、狐面は髪に手をかけ取っている所だった。
肩ぐらいまで伸びた、黒い髪。それが月明かりで銀色に輝いている。
「よぉ、後輩君。女の子の顔を殴るたぁ、いい度胸だ」
マウントポジションのまま狐面──、今日は有給休暇だと聞かされた渡井 雫さんが俺の頬を軽く叩く。
なんで。渡井さんがここにいる?
頭はグルグルと、状況を知ろうと懸命に考え、思い出そうとする。
……そうだ。今日は何もかもがおかしかった。
渡井さんが有給をとっているというのに遂行された任務。
それに対して浅生さん、観鏡さんが何も言わない。他のチームの誰もが何も言わない。
厳格に決められた規則に、管理官も(リーダーは別として)サブリーダーも何も言っていなかった。
桑原さんの適当なキャラクターにごまかされて、そこまで深く考えさせられなかった。
「ごめんごめん。待たせた」
ガサガサと木々を抜けた、桑原さんがそう言う。
「も~遅いですよ。早く撮っちゃってくださいよ~。この体勢、結構恥ずかしいんですよ~」
対して渡井さんがコロコロと、笑いながら答える。
……状況がわからない。どういうこと? ……どこだ? この状況を端的に説明してくれそうな人物、観鏡さんは。
「じゃぁ……ハイ、チーズ!」
一瞬辺りが眩しく光る。どうやらカメラのフラッシュらしいのだが、暗さに慣れた目にはキツイ。
数秒、何も見えなくなる。
「おっけ~。渡井、よけていいよ」
「了解です。んじゃぁ後輩君、女の子の顔に傷を付けた代償は高いからね~」
再び、渡井さんは頬を軽く叩き立ち上がる。
そして、「あ」と声を上げ再び座り込む。
「どうした、渡井。 九条の温もり気に入ったか?」
クツクツと笑う桑原さん。俺は何がなんだかわからない。
「……スカート。中、見えちゃうじゃないですか」
恨めしそうに、やっと見えた渡井さんの表情は拗ねた顔を真っ赤にしたものだった。
戦闘シーン……むずかしいですね。うまく伝わるでしょうか?
わかりにくかったらゴメンナサイ。
それと、お気に入り登録してくれた方アリガトー!!
テンションあげアゲですよ~!