ラーメン好き
「うちの子なんですが、ひきこもりなんです。」
と、その母親は言った。
その母親は午後の診療の一番に来た。
「それが変なもんで、いつも天井を眺めてるんです。ずぅ~っとですよ。」
「天井のどのへんを見ているんですか?」
と、私は顎をさすりながら言う。そうすればカウンセラーっぽく見えるのだ。
「なんかね、天井のシミを見つめてね、これは大陸移動前のアフリカ大陸だ。とか言ってるんです。」
「アフリカ大陸?」
そんなに大きなシミが天井にあるのかと、私は少しばかり驚いてしまった。カウンセラーは驚いてはいけない。
クライアントに対して驚くことは、完全にカウンセラーっぽくない。
「あのね、アフリカ大陸だけじゃなくて、時々味噌ラーメンとかも言うんですよ。」
「ラーメンが好きなんですか?」
私は先ほどの昼休みに、市内のちょっとした有名ラーメン店に塩ラーメンを食べにいっていたばかりだった。
カウンセラーはラーメン好きであれ。それはちょっとした哲学だ。
「わたしね、部屋に入るときにノックをしないんですよ。突然入っちゃうの。でもね、やっぱり変なんです。」
「例えばどういうところが?」
”例えば?”という文句はカウンセリングの基本だ。クライアントに、より深く考えさせる。クライアントが自分自信の問題に対して語ることは、それだけでも問題が整理されていくのだ。
「あのね、ふつうの男の子ってマスターベーションするでしょ?突然部屋に入ってたら、いつかは遭遇すると思ってたんだけど、それが遭遇しないのよね~。」
「もちろんポルノ雑誌もない?」
一応質問してみることにした質問だ。
「はい、そうなんですよ~。もうあの子のことは、考えれば考えるほどわからなくなるわぁ。」
母親は明るく言いながらも、真剣に悩んでいるみたいだった。
しかしながらこの母親、3年後には引きこもり専門カウンセラーとして全国でも有名になる。。。
それは私も含めて、この母親も知らない。知るよしもない。
クライアントの家に直接訪問し、体当たりで問題に当たっていく。
その人間味あふれたカウンセリングで、支持者は全国にいる。
問題解決の暁には、この母親特製の味噌煮込みうどんを家族みんなで食べるというのが、なんとも好評らしい。
ただ、体当たりというのは、カウンセラー的に完全に「っぽくない」と思うのだが。。。
やはりまたそこには、人によって哲学が存在するのだ。
私がラーメン好きであるように。
以前書いた「天井のシミ」から、その母親が登場しました。
この物語の主人公は誰になるのかはわかりません。
たぶんカウンセラーだと思うんですが。。。