転ばぬ先の杖の先の先
皆さん、見てください。
あそこの交差点の所に立っている老人、何をしているかわかりますか?
そうです。自分の持っている杖と会話をしているのです。
変わっていますねぇ。
毎朝同じ時間なんですよ。
あそこに立って杖と会話するのは。
何を話しているかって?
そうですねぇ。
じゃあ、あなた達の御心に直接聞かせてあげましょう。
わたしにはそういうことが、いとも簡単にできるのです。
え?
わたし?
わたしは思念体。
通常の生命とは少し違う、一般的には「幽霊」と言われています。
まぁ、そうビックリしないでくださいよ。
その幽霊っていうのも、結構一般的な存在になっているでしょ?
それにしても今日はあの老人、いつもより真剣に杖と会話していますねぇ。
とにかく、聞いてみましょう。
この際あなたの同意なんか関係ありませんよ。。。
「・・・・・」
「お前は良い杖だよ。」と老人は言った。
「あ、有難うございます。」と杖は言った。
「しかしなぁ、しかしなんだよ。」老人は感慨深げに言った。
「なんですか?」杖は老人の次の言葉を待っている。
「お前は確かに良い杖だ。良い杖なんだが、その先には何がある?」老人は目を閉じて言った。
「その先とは?僕にはとてもわからないなぁ。」とまるでわからない表情を浮かべる杖。
「わからない?杖ならそのくらいわかるだろうに。」老人はまるで呆れたように言う。
「お言葉ですが、杖というのは貴方の求めているものを全て完結させることはできません。なにしろ、ただの杖なのですから。」と、杖は少し背筋を伸ばして言う。
「杖は杖なるままに。人は人なるままに。そういうことは杖にも感じるところかもしれないが、ワシにはそう単純には思えないところがあるのでな。」と、老人はなにやら遠くを見つめながら言う。おそらく道むこうの幼稚園の園門の前に立っている、3人の園ママの井戸端会議を見ているようだ。
「もはや言っている意味がわかりません。もしかしてボケたのですか?」と、杖は老人に対して嘲笑うかのように言った。
「バカな!お前はワシという所有者に対する礼儀を忘れるでない!」老人は今にも杖の首根っこを捕まえて、噛みつこうといわんばかりの血走った目をしている。
「だったら何なんですか?僕という存在のその先にあるもの。そしてそれに対してあなたが僕に求めていることは。」杖も老人に負けないくらいの血走った目をして、血走った目をしたその老人を見つめる。
「それはあれだよ。」老人はまたしても、園門の前の3人の園ママを眺めている。
「転ばぬ先の杖というものがあるだろうが。ワシにはその転ばぬ先の杖の先がワシでありたいと思っているのじゃよ。」と、老人は杖の顔のこまかい傷を親指でなぞる。杖は無表情のまま、老人の言ったことを考えている。
「では、転ばぬ先の杖の先にある貴方の先には、一体何があるのですか?」と、答えられるものなら答えてみたらいいという表情で、杖は老人に質問する。
「転ばぬ先の杖の先にあるワシの先か?そりゃもちろんこれじゃよ。」老人はおもむろにコートの左ポケットから、見覚えのない新しい杖を取り出した。
「それは?」杖は尋ねる。
「転ばぬ先の杖の先にあるワシの先の杖じゃ。」と老人は言う。
「どうも、転ばぬ先の杖の先のご老人の先にある杖です。」と、老人の左手に装備された新参者の杖は、老人の右手に装備された古びた杖に言った。
「はい?結局杖ではないですか。貴方の言っていることは、僕にはサッパリ理解できません。できませんとも!」と、古びた杖は次第に興奮している。
「さっきからワシをバカにしているのか!お前なんかこうじゃ!!」
老人は右手に装備している古びた杖を激しく地面に叩きつける。
「あっ!!」古びた杖はなす術もなく地面に叩きつけられ、古びた杖の体の丁度真ん中の部分から、真っ二つに折れてしまった。
老人はその二つに折れた古びた杖を手にとり、老人が持てるありったけの力でその古びた杖を投げた。
古びた杖は用水路に落ち、水の流れにしたがって流れていった。
老人はそんな古びた杖を一目も見ずに去っていった。
哀れにドブ水に浮かぶ古びた杖。。。
「なんだかなぁ。古い杖がいらなくなったんなら、リサイクルショップにでも売ってくれればいいのに。。。これじゃあ、箸にも棒にも引っかからないよ。。。」
と、古びた杖は今にも泣きそうな声でそう言った。
「・・・・・」
あららぁ、可哀想な杖だことです。
人間なんていくつになっても自分勝手なものですね。
え?あなただけは違うって?
あはははははははは。
本当に人間って、自分自身のことが全くわかっていませんね。
だから、痛い目にあわないと理解できないのですよ。
まぁ、幽霊のわたしには知ったことじゃあありませんがね。
(おしまい)
と、まぁ、そんなお話しです。