天井のシミ
シンプルなデザインの机とベッドとタンスが、シンプルな配置で僕の小じんまりとした部屋に置かれている。
それらは完全に僕のこだわりと共に配置されたものだ。
誰が何と言っても僕がここに置いたのだ。誰にも他の場所へ移す権利はない。
そう、僕はその頑なに置いたベッドに寝そべり、天井のシミを飽きもせずに何時間も眺めていた。
「蝶々にも見えるな。」
「魚でもあるのかな。」
「泣いている人の顔でもあるように見える。」
そこまで考えたところで、部屋のドアが開いた。
「アッちゃん、今日の昼ご飯何にする?」
母だ。前から散々言っているのだが、今だにノックはしない。
いい加減にしてほしいものだ。
そして、僕がそのシミに対して膨らませてきた思考も、完全にストップしてしまった。
確か、味噌ラーメンに見えたところだったか。
「今日はおうどんが安かったの。おうどんでもいいかしら?」
と、母は笑顔で無邪気に言う。大概僕の母は笑顔で無邪気だ。
「味噌ラーメン。」
僕は味も素っ気もない言い方で、味噌ラーメンと答えた。
僕は大概味も素っ気もない。
「アッちゃんは味噌ラーメン気分?あたしは、おうどん気分なんだけどな~。」
と、母は肩をすぼめて小首を傾げる。
「ところでアッちゃん、何してるの?」
母は僕のただ寝そべって、天井の一点をじっと見つめる行為に対して、いささか興味をもったようだ。
「僕はあの、天井にあるシミについて色々思考を巡らしている。」
と、再び僕は味も素っ気もない言い方で、無邪気な母に言った。
「あ、あれね!あたしには味噌ラーメンには見えないけど、どうしてそう思ったの?」
母は天井を見上げながら言う。
「あそこにある突き出たところがラーメンの器の形に見える。そしてあの黒っぽいところ、その濁り具合が味噌の濁り具合に似ている。そういったところが僕に味噌ラーメンというビジョンを見せてくれた。」
「ふ~ん、アッちゃんは想像力豊かなのね。あたしなんかあのシミ、アッちゃんの小さいときのお尻にしか見えないわよ。」
母は一層笑顔で無邪気に言う。
「よせよ。」
僕も一層味も素っ気もなく言う。
「え~、でもあのお尻可愛かったわよ。何とも言えない柔らかさで、すべすべで。食べちゃいたいくらい。」
母は天井のシミを通して、僕の幼いときのお尻をリアルに連想しているのだろう。天井のシミを見て、本気で”食べちゃおう”としているようだ。
「早くメシ作れよ。腹減ってんだからさぁ。」
僕は自分で想像しているよりはピリ辛な語気で母に言う。
「はいはい、わっかりました~。」
母はそう言うと、僕の部屋から出て行った。
再び僕の個人的な時間が完全にこの部屋を支配する。
そして天井のシミを見つめる。
「そう言われると、お尻にも見えないことはない。」
「だからと言って、僕のお尻だなんてナンセンスだ。もっと他にイメージできないのか。」
そのように僕は独り言で、尚且つ味も素っ気もなく言う。
しばらくすると、ノックもせずに再びドアが開いた。
母が僕の部屋にメシを持ってきたのだ。
「は~い、お待たせ。味噌煮込みうどんね~。」
母はいつもそうだ。僕の話を聞いているようで聞いていない。
まぁ、いいけど。
楽しく書きました。
ただそれだけです。