刑事、仲居准一郎の事件簿――サツジンノススメ
『一周年を迎えた閻魔ミチルの朝まで生討論、いやー、ここまで続くとは思いませんでした。過激なお題の二択が多かったから、いつ倫理委員会が来るかヒヤヒヤの日々でしたよ。それでー、今回のお題はー?』
ジャン!
『殺人は是か非か。うわっ、攻めすぎでしょこのラジオ局。怖いのに潰されても知りませんよ? そしてそしてー、解説役に犯罪心理学が専門の帝大准教授、色々と過激発言でテレビ局出禁となった山辺恒春さんにお越しいただきました。山辺さん、よろしくお願いします』
『こちらこそよろしくお願いします。ちなみに、テレビ局出禁だけじゃなくってユーなんちゃらも出禁です』
『(笑)。それ、出禁というより、アク禁ですよね。何やったんですか?』
『まあ、それは、このラジオを聴いてればわかるかと』
『いやー、ラジオも出禁にならないでくださいよー。さて、リスナーによる投票を始める前に、山辺さんは殺人についてどのようにお考えでしょうか?』
『えー、そうですね。人を殺したら警察に捕まりますからね。個人的には否定派です。コールバーグによる服従と罰、アレが効いてますよ』
『命の価値そのものより、自分が死刑になるかもだから殺人は悪いことだと刷り込まれるということですね。道徳的段階を六段階に分けて道徳的判断を得られるか。ほとんどの人間が、第六段階に到達できないと言われています。……もし警察のような組織がなかったら?』
『そりゃ、するでしょ(笑)。人なんて分かり合える生き物じゃないんです、殺したほうが手っ取り早くて済むんですから。刑務所になんか入りたくないからやらないだけです。大体人間の初期設定に道徳心なんてありません。コールバーグはそこのところを致命的に間違えてます』
『失礼いたしました。ではさっそく、リスナーから届いた最初の投稿を読み上げていきましょう』
——私は殺人に反対です。何故なら、私は殺されたくないからです。人は話せば分かり合えるとも信じています。(20代、大学生)
『話せば分かり合えるって、ゆとり世代だかさとり世代だか知らんが、世界の紛争一覧を見てから言ってほしいですねえ』
『と、言いますと?』
『ま、個人の殺意と国家の戦争を同列で語るなって言うバカばっかな連中に誤解されないように名称は避けますが、話し合いで平和に解決した事例ってありますか?』
『裁判所や国連の調停込みでならありそうですが』
『それだって、話し合いじゃなくて暴力による制圧でしょう。勝者が敗北者を殺害して平和にしてるだけです』
『紛争地帯の平和的解決というと、燕の荘公が斉の桓公との会合後の見送りで、うっかり斉の土地まで来てしまった際、桓公があっさりそこまでの土地を燕に譲渡した事例があります。補足しますと、当時の慣習では、天子を見送る以外で他国内へ行ってはならないという鉄の決まりごとがありました』
『人の度量というやつですな。王者がそのような心構えなら平和が到来するというレアケースですね』
『トップが清濁併せ呑む人物なら、殺人も起こりにくくなる?』
『どうでしょう? 桓公は死後布団の上で放置され、子供たちは権力争いで殺し合いしましたからね。個人がどれだけ意識高かろうが、息子ですら育成できなかったのですから』
『ごもっとも。……それでは次の投稿はこちら』
——殺人は必要悪です。重大事件が起きると、殺人は絶対にいけませんなんてテレビのアナウンサーが口にするのをよく耳にしますけど、権力者による貧民どもは抵抗するな、搾取されてろをオブラートに包んで言っているようにしか聞こえないからです。世界を変えるのに、殺人がもっとも有効な政治手段だから恐れてるんじゃないでしょうか? (10代、高校生)
『これはまた辛辣な意見です。山辺さんはどう思いますか?』
『桜田門外の井伊直弼がもっとも成功した暗殺例として有名ですね。ここから幕末史が始まり、江戸幕府は潰えることになります』
『一般的に、ペリー来航からが幕末史と言われてますが?』
『ペリーだけじゃ、幕末にならなかったでしょう(笑)。もしかしたら、未だに江戸幕府だった、なーんて可能性だってありますから』
『なるほどー。井伊直弼暗殺が、本当に日本の歴史の転換点だったわけですね』
『暗殺、殺人がもっとも有効な政治手段、これは当然でしょう。ですから政府要人はボディーガードを雇ったり、暗殺してきそうな危険人物を自殺に見せかけて殺してるわけです』
『という説がある、ですね(笑)』
『まあ、日本のボディーガードは失敗するポンコツも多いですからね(笑)』
『もし、現状トップを殺したら庶民の生活は劇的に変わるのでしょうか?』
『一人二人殺したって変わらんでしょう。やるなら変わるまで殺す。ぼくが子供の時に流行った討論ゲームで、要人を殺しまくると相手の能力が落ちて説得しやすくなったのがあったんですよ』
『ああ、藩主まで殺せるガバゲーですね。言論より暴力が一番強いと証明した、一部界隈では神ゲーと評されています』
『神ゲーは言い過ぎ(笑)。でも、そうやって殺しまくっても世の中は回る。ある意味真理かもしれません』
『と言いますと?』
『世の中、政治家や官僚なんてどうでもいいんですよ。問題はそういった連中が利権と差別を生み出しているわけです。何人殺そうが利権が転々とするだけで、案外国力は落ちないんじゃないかな?』
『なるほど。逆に技術者は代えが利かなそうです』
『ぼくらも十把一絡げですしね(笑)。もっとも、殺人後の世界がどうなろうが、自分の身以外心配なんてしないですけど』
『ところで、チェノウェスとステファンが2011年に発表した著書によると、非暴力の反政府活動のほうが暴力のみの活動の2倍の成功率を誇るとか』
『判官贔屓というのもあるんでしょうかねえ。他国のハイエナどもが民衆の支持で支援しやすいのもありますね。ですが発端は殺人なのが多いですし、政府転覆後の体制が独裁暗殺国家になってる割合が多いのが気になりますね。一応、民主化してますが(笑)』
『中央アジアもアフリカもそうなってますね。それでは、ここで一曲挟んで、まだまだ投稿を発表していきます。最後にリスナーによる殺人は是か非かの決選投票するので、最後まで聴いててくださいねー。今年の大ヒット曲……』
プツン。
***
『さあ、今週も始まりました。閻魔ミチルの朝まで生討論。えー、まずは先週の反響が酷い……いえ、凄いんで、ちょっと振り返りましょうか。解説役に現刑事の仲居准一郎さんにお越しいただきました。仲居さん、よろしくお願いします』
『よ、よろしくお願いします!』
『仲居さん、声が裏返ってます(笑)。落ち着いて落ち着いて。ローカルですから』
『は、はい。だ、大丈夫です。自分、土壇場力はあるんで』
『それは心強いです。さて、先週の殺人は是か非か。いやもう、これを聞いて実行者が3人も現れちゃった(笑)。山辺准教授まで捕まっちゃいました。いやあ、私の元にも殺害予告が凄いです。殺人否定なのに殺したいって、本末転倒ですが、本人たちは真面目なんでしょうね。まず、仲居刑事、山辺准教授の逮捕はどうして?』
『えー、公式見解をここで改めて発表すると、山辺恒春容疑者による殺人教唆は、先週のこのラジオでの発言ではありません。5日前に起きた女子大生殺人事件の犯人が、山辺容疑者の教え子であり、実際に唆された証拠が出たからであります』
『それを聞いて安心しました(笑)。私も逮捕されるんじゃないかと、やっぱり心配になりますからね。ズバリ! 山辺准教授の罪は重いですか? 懲役何年ぐらいになるんでしょう?』
『懲役決めるのは裁判所の仕事ですから。俺らは人を傷つけた人を捕まえ、真実を詳らかにするだけです』
『おおっ、カッコいい。でもでも、真実っていつも誰かが死んでからでしか明らかになりませんよね。そんなカッコいい決めゼリフ、そう考えると殺害された人は報われないのでは?』
『……個人的に、被害者がどうして殺されたか、誰に殺されたかを墓前に添えて安らかに眠ってもらいたい。それしか考えていません』
『多くの人が、いやそれ、だから殺されたんだろって思う真実でも?』
『ええ。それが俺らの仕事ですから』
『(笑)失礼、見た目はダメ刑事っぽいんですが、意外と芯がしっかりしてそうですね。仲居刑事は、どこの大学出身なんですか? いつから刑事に?』
『え? 俺の経歴は関係なくね?』
『まあまあ、ほら、リスナーからも仲居刑事に関する投稿、いっぱい来てますよ? 一つ、読みましょう』
——こんばんは、仲居刑事。刑事さんは恋人いますか? どんなタイプが好みですか? (10代、大学生)
『ズバリ、恋人の有無も答えてもらいましょう。30歳ぐらいで指輪はしてませんが、どうなんです?』
『ええ? それは個人情報でノーコメントで!』
『今一瞬、外にいる美人な刑事さんを見ました(笑)。実は仲居刑事以外にも、監視している人がいるんですよ。黒髪セミロングでレディーススーツ姿で、いやあ男に困ったことなさそうです』
『わわっ! どうしてその話になったと、あとで俺が怒られるんだから、俺の話に戻して!』
『はい、戻します。どうぞ、出身大学からお願いします』
『……高卒です』
『高卒(笑)。いえ、失礼。ということは女性のかたに慕われて頼られる上司じゃなくて……彼女のほうが階級上とか?』
『……まあ、はい。あと彼女という呼称だと勘違いされそうなんで言っときますと、俺は生まれてから36年間、ずっと彼女いません! 募集中です!』
『おお、漢らしい(笑)。見た目若いし30歳でもいけますって。リスナーの皆さーん、買い物件がいますよー。高卒ですが』
『コホン。ところで、あなたもこの一週間の間で三度殺されかけたとか?』
『え? いえいえ、そんなことありませんよ。何言ってるんですかー仲居刑事。お話聞きにじゃなくて、護衛でもしに来たんですか? どこ情報だか知りませんけど、それなら犯人捕まえてくださいよ』
『一度目は、先週の放送後、このラジオ会館のエレベーターに閉じ込められた。しかし、山辺恒春が気づき、事なきを得た』
『ただの設備不良ですけど?』
『ええ、そう処理されていますね。設備会社のほうも確認しましたが、古い配電盤だから寿命だったのかも、と』
『なら、寿命だったんでしょう』
『二度目は朝のラッシュ時の駅のホーム。あなたは後ろから押された』
『そしたらここにいませんよ?』
『ええ。あなたはまるで知っていたかのように横に重心を逸らし、黄色い線を少し越えたところで倒れた。おっと、否定しても無駄です。映像は入手済みです』
『あらら、意外とどうでもいいことを調べてるんですね、警察って。誰も通報してなかったと思ったんですけど。ちなみに3つの殺人事件の犯人が、この番組のせいにしたのは6日前と5日前と3日前。山辺さんが逮捕されたのは今朝です。いつから、私のことを調べていたんですか?』
『一番初めに、他の刑事の取り調べを受けているあなたを見た時から』
『じゃあ5日前からですか。ストーカーの才能ありますね、刑事さん。全然気づきませんでした(笑)』
『……映像には、逃げた人物の帽子とサングラス姿も映っています。その人物はエレベーターにあなたが閉じ込められた際にも、現場周辺にいたのも確認済みです。……なぜ、その時に警察に連絡しなかったんですか?』
『ちょっと待ってください。なんだか聴取されてる気分です。これラジオ番組ですよ? 仲居刑事、落ち着いてください』
『いや~失敬、でもラジオ終わるまで待っていようと思ってた俺を、無理矢理ここに座らせたんだから、ちっとばかし俺の話にも付き合ってよ』
『そういう態度だから、今まで恋人できたことないんじゃないんですか? 裏設定暴露に、俺の話を聞けー! って態度、女の子は、あっ、自分は大事にされてないんだなって思っちゃいますよ?』
『うっさいよ。俺のことはどーでもいいの! ……ラジオパーソナリティ、閻魔ミチルさん。……元アイドルの雛宮ミチルさん』
『あら、バラしちゃいます? というか、よく知ってましたね。スタッフもほとんど知らなかったはずなのに。よく調べましたねー刑事さん』
『10年前、あなたはファンの男に硫酸をかけられ、生死の境を彷徨った。奇跡的に一命取り留めた直後、あなたの口から出たのは……』
『犯人、懲役5年だけって……ですね(笑)』
『結果、出所したそいつは別のファンに殺された。……その前にあなたは引退して、ひと言もコメントを残していないがファンの間でも今も議論に上がっている。復讐は、是か非か』
『まあ、個人的コメントを言いますと、胸がスカッとしました(笑)』
『でもあなたは、復讐が復讐を生むことも理解している。……だから、自分が再び殺される側になったと理解し、犯人を挑発するラジオ放送までした。殺れるものなら殺ってみろ、それこそが世界の真理と証明するように』
『おかしな矛盾がありますよ? どうして私はホームで押されるのを避けたんですか?』
『万が一、自殺として処理されるのを恐れたからじゃありませんか? ラジオの件で批判殺到され、自暴自棄になったと思われかねないですから』
『……まだ、三度目を聞いてません。ね? 聞かせてくれるかな? 私、本当に知らないんですけど。それ教えてくれたら、私のことバラしたの許してあげる』
『ええ。ラジオ会館に灯油を撒いて、自分も死のうとしたところを、我々が確保しました。エレベーター、駅のホームと同じ人物です』
『わぁびっくり。誰だったんです? 私の予想は、殺されたあいつの……あっ、これは放送事故になっちゃうか(笑)』
『まだ取り調べの最中ですから、何も言えません』
『つまらない男ですねえ。でもまだ放送時間ありますので、取り調べ終わったら教えてください。このローカルラジオが、速報流しますので。ズバリ、私に硫酸をかけた男の父親でしょう。息子が出所してすぐ殺された時、私の発言さえなければとかコメントしてましたし』
『……ノーコメント。ただ、あなたについてなら逮捕するわけではないので、少し妄想を。あなたは番組を利用して、自らが殺されることで殺人こそが究極の解決方法と証明しようとした。復讐が復讐を生み、自らの失言が加害者を被害者にしたことに、言いようのない不快と失望を抱いた。あなたは本当は、自身を殺す犯人に直接罵声を浴びせたかっただけじゃないんですか? 復讐気取りの殺人に、本当に満足なのかと!』
ドン!
『……ホント、つまらない男。思わずテーブルを叩きたくなっちゃうぐらい』
『では、俺はこれで失礼します。俺との対話で、あなたの何かが変わることを期待しています。……最後に一つだけ聞かせてください。先週の放送後の世間一般への反響を、どう思っていますか?』
『えー、そうですねえ。殺人が行われなければ、生きている人の怨念は報われない。知ってます? なんでネット小説が、悪い婚約者に捨てられた少女が復讐を果たして幸せになる結末ばかりが流行ってるのかを?』
『え? いや……』
『誰もが自分が正しくて、敵は悪と思い込みたいからなんです。敵は殺す、赦しは与えない。少女はそいつらを見下ろして幸せになるんです。どっちが悪役なんだか。今の世の中と同じ。殺しを肯定した人を殺すと脅迫する。自分が悪役と気づいてない人ばっかり。……ふふふ、お間抜けな婚約者ばかりの世界なら、硫酸かけられた私もハッピーエンドを迎えられたのかな?』
『俺はロボットものか野球アニメぐらいしか見ないからなんとも言えないけど……正体を隠してラジオスタッフに就職し、パーソナリティになった今の人生がハッピーエンドじゃ、駄目なのかな?』
『……顔は元に戻らないのに(笑)』
『悪役なんちゃら、俺はよくわかんないけど、主人公は幸せを目指す物語なんだろ? なら……それを目指してみようよ』
『最低50作品は見てから口にしてくださいねー』
『ハハ、見ておくよ。50年ぐらいかかるかもだけど。あと、隠していた正体、全部バラしちゃってごめん!』
『そこで謝るんですか(笑)。絶対出世もできなければ、彼女もできないタイプですね』
『出世はともかく、後半は余計なお世話だよ!』
『あはは。今日のゲストの、仲居准一郎刑事でしたー。あっ、美人刑事さんが立腹した様子で、フリップに悪役令嬢の作品タイトルとその良さをビッチリ書いてますね。好きなんでしょうか? 時間ないからフリップはスルーで(笑)。その代わり、仲居刑事は許してあげてくださいねー。それではここで一曲聴いてください。はたして曲終了後、私の席にクマのぬいぐるみが置かれただけの放送事故になるかにも注目です。……雛宮ミチルで初恋秋語り……』
プツン。
***
拘置所の近くにある街路樹から紅葉が地面に流れ落ちる中、建物から出てきた男は何食わぬ顔で淡々と歩いていた。
そこへ、ヨレヨレのベージュのコートを羽織る男と、常にアイロンがけをして身なりを整えているレディーススーツ姿の女性が歩いてくる。
「保釈、おめでとうございます。山辺准教授」
ヨレヨレコートの男の丁重な辞儀と見せてくる警察手帳に、山辺は大きく背伸びをして欠伸をした。
「殺人教唆なんてなあ、馬鹿らしい。彼女に振られた学生に、彼女がいなくても君の人生だ、と言っただけなんだがね。全く、演じるキャラクターと実生活の行動、分けて考えられんのかね、警察も。まあ、そこんところはどうでもよく、叩ければなんでも叩くのが世間だ。……おまけで私は准教授の職も失ったよ」
自嘲気味に笑う山辺だったが、レディーススーツでヒール靴の女性がスッと前に歩み寄り、告げる。
「それも織り込み済みだったのでは? 海外に就職先が決まっていますよね。保釈金も、そこが支払ったと伺っております。あなたは当初から雛宮ミチルの誘いに乗り、彼女の炎上計画に知ってて参加した」
「さあて、何のことやら」
歩みを続ける山辺の後ろ姿に、女性は続ける。
「ただ、波紋が広がった先の犠牲者が出たこと、あなたがいた帝大のイメージ失墜は避けられません。あなたはその責任を負うべきだと、私は考えております。女子大生を殺害した学生に、あなたが言った言葉は本当でしょう。……けれど行動は彼女の写真を燃やしながら。それに加えて、被害者の女子大生とあなたの間にも痴情のもつれがあった。十分、殺人教唆として成立します」
「クックック、吸い殻にうっかり触れただけなんだがね。それにイメージ失墜ねぇ。……君は帝大OBかね?」
「いえ、大学は海外です」
「そりゃいい。君、名前は?」
「……坂城真奈美」
「ああ、坂城先生の御息女か。……男の君は、高卒って顔をしてるね」
「……いや、弁護士から例のラジオの件、聞いただけでしょそれ」
口を尖らせて文句を言う仲居に、山辺は天に両手をかざした。
「君たち犬には理解できんだろうよ。イメージ失墜がどうした! 今の学生は、クソったれな倫理観に染まったいい子ちゃんばかりで反吐が出るわ! それでいて将来の目標は自分の老後の安泰ばかりときたもんだ。こいつらが将来の日本を背負う? バカバカしい、国力が大きく削られるのが目に見えているわ!」
「だから、今回の件で大学に嫌悪感を抱いた者を排除する目的があった、とでも?」
仲居の声に、山辺は振り返った。
「そうだ! クズをクズと受け入れられぬ愚か者など、国家が育成するべきではない。他人を自分と違う価値観を持ち、自分と同じ殺意の塊であると受け入れることが最高学府が受け入れるべき人材なのだ!」
紅葉が風に乗って彼らの足元に落ちてくる。
坂城は服に付着した紅葉を一枚手にしながら、ゆっくりと歩み出す。
「あなたと議論するつもりはありません。どのような知識も、自らの主張の鎧と刃に使う人と話すと徒労感だけしか残りませんから」
「ふん、それも人が人とわかり合えない実例だね。君たち刑事は永遠に事件を追い、我ら心理学者もまた事件にのめり込む。ここまで似てても対立するのだから」
「対立は必要でしょう。けれど過程が曲解と、結末が論破という対立は害悪でしかありませんが」
「ハッハッハ。そこがまた楽しいんだがね。さて、そろそろ私も行くよ。裁判終わるまで、海外に行けないのが残念だよ」
坂城は山辺の前に立ちはだかり、睨んだ。
「ローレンス・コールバーグの道徳的段階に、性悪説の論理はありません。それを知っていてわざと死者を貶める発言を電波で流すのが楽しいと?」
「知らぬ者が愚かなだけよ」
「エリカ・チェノウェス、マリア・ステファンの研究結果も、平和的解決方法に群衆が参加しやすいという内容。あなたはまるで、それすら殺意と敵意が背後にあると伝える。ただ、扇動したいがために」
「扇動と決めつけるのは君の勝手だ。それより、いいのかね? 私と議論しても徒労感しか残らないのでは?」
「これは議論ではなく、訂正です」
真一文字の口から出る坂城の言葉に、山辺はただただ苦笑した。
そこに山辺を乗せるタクシーなのか、道路に一台の車が扉を開けて待っているのが仲居たちの視界に入る。
「最後に一つだけ。閻魔ミチルがエレベーターに閉じ込められた時、必死な形相で助けたのは演技ですか?」
タクシーに乗り込む山辺に、仲居はタブレットでその時の一部始終を再生させた。
とても演技には見えない、心配して叫ぶ山辺の姿が映っている。
「……君も男だろ? あわよくば、惚れてくれないかと思っただけよ。……おっと、そうだ」
窓を開けて、山辺は不敵に笑う。
「閻魔ミチルに、芸能界復帰おめでとうと伝えておいてくれ。茨の道を自ら進むとは愚か者の行為だがな。もっとも、ラジオで高卒君が悪者になったおかげで、彼女への同情が世評になってるのが大きいのもある。やれやれ、世間というものはとかく判官贔屓が好きだねえ。……君は中々の策士だが、自らを大事にしない策士は早死にするだけよ、おまけに誰からも嫌われてね。君が殉職する日を楽しみに待ってるよ」
そう言い残し、山辺を乗せたタクシーは走り出した。
「惚れてくれないか……ねえ。……イッ!」
坂城のヒールが足の甲に刺さり、仲居は痛みを堪えて叫ぶのを我慢する。
「わかるって顔してましたよ、仲居さん」
「してないよ! ……多分……きっと……あれ? どうだったかな?」
「今日はこれから、本庁でラジオ局での始末書を書いてもらいます! 所轄に戻るのはその後です!」
「え? 俺、今日非番なのに、坂城ちゃんに呼び出されて山辺保釈に付き合っただけなんですけど⁉」
「何か言いました?」
片足でぴょんぴょん跳ねながら覗いた、年下で階級上な女刑事の顔は笑顔なのにとてつもなく怖かった。
「いえ、なんでもない……です」
「別に敬語はいりませんけど?」
不満げに呟いて、坂城は止めてある車の元へと向かう。
仲居は片足で跳ねながら、その後をついていった。




