第一話
2世の子
西暦20〇〇年 〇月○日
電話から一通の知らせを預かる。
カウンセリングのお願いである。
依頼者は、孫を引き取った50代夫婦である。
数ヶ月前、世間を少しざわつかせた事件で、
子供が両親を失い、一時保護したのち、そのまま祖父母の立場であった依頼者にもらわれたらしい
子の年齢は5歳、名前は川島宇宙くん
とあるアパートで両親と三人で暮らしていた、父親はアル中、母親に至ってはカルトの信者、隣人が悲鳴が聞こえた為、警察に連絡したところ、母親が死んでおり、父は荒れていた状態で発見されたこの事件。
こんな後味の悪いバッドエンドの様な事件があるのかと、私はその子を哀れんだ。さぞかし子供はビクついて暮らしていたのだろうと容易に想像できてしまう。子供はトイレに鍵をかけ、潜んでいたらしい、精神状態が心配だ。もしかしたら子供は警察の質問も答えれなかっただろう
そう思っていたが、子供は両親が死んだことを話したら、こう答えたらしい
『お父さんとお母さんはすぐ返ってくる。』
当初、警察官の方は、子供特有の妄想や、アニメや番組の設定に当てはめて考えてしまっているんだろうと、考えた。
しかし、長年カウンセラーをやってきた私は察してしまった。ああ、そう言うことなのか、この子は洗脳させられたのだ。母親がカルトと言うことは、子もその教えを叩き入れられたのだろう。
言わば、二世信者であるのだろう、正確にはその卵だった、と私は仮説を立てる。上司はこれを私に任せた、言葉を選ばずにいうと、こういう面倒くさいものは、長年に勤めた経験豊富な私に任せた方が良いと思ったのだろう。
ー2日後のことだった。
祖父母宅に尋ねる。都会とも田舎とも言えない住宅街に中々見目よろしい一軒家に住んでいた。
祖父母の二人はしっかりした方々で、子供は何一つ不満のない、まるであの日の生活がなかったかの様に暮らしており、祖父母にも愛されて暮らしていると、しかし、祖父母がどうしても腑に落ちないことがある。其れは子供が言う独り言である。
『父さん、母さん、いつ帰るんだろうな』
そう言うのらしい、此れには祖父母がなんの話をしているのと尋ねても
『言わない‼︎』
と頑なに話してくれないらしい。
嗚呼なるほど、私は頷くと気さくそうな祖母は
「これってあの子の影響でしょうか…」
と心配の詰まった声で尋ねた。
今回の子の母方らしく、
元は頭の良い娘だったらしいが、大学で子をこさえて一悶着があり、結局娘は勝手に家出し退学届を出したらしい。
宇宙くんの存在は、警察官からの電話で娘が亡くなった事。その間に子供がいた事。
その話を聞き、一寸の迷いなしに養子にすると決意したらしく、2ヶ月ほど前に保護施設から迎えたらしい。
横で眉間をハの字に寄せて苦渋を浮かべながら俯く祖母を、祖父の方は背中を撫でて気難しい顔をする。
「何とか忘れさせることはできませんか?」
と言う、
しかし残念な事に、特徴ある記憶ほど強く残る物はない、其れがイヤな記憶ならば尚更だ。
「残念ながら、幼少の記憶は根強く残る物で其れを消すことはほぼ不可能でございます」
そう言った途端、夫婦は分かりやすく落胆していた。
「しかし、それでも少しでも宇宙くんが前を向いて歩いていけるように、少しずつ、少しずつ歩み寄り支えとなるのが私たちです。」
「…よろしくお願いしますッ。」
そう言い祖父母は、ゆっくり頭を机に平行にするかのように頭を下げる。
「もし、可能であれば、今日宇宙君に合わせて頂けませんか?」
もちろん、無理にとは言わない。数ヶ月で忘れるような物でない、今は初対面の大人すら恐怖の対象だろう。
祖父母はお互いに顔を見合わせ確認を取ると、祖父は
宇宙くん、宇宙くんと呼びに行き、子を連れてきた、子は綺麗で新しく子供らしい服装をしていて、オモチャの方も新品状態でどれだけ愛されて暮らしているのかが窺える。
しかし何とか隠そうとしているが所々、両親の頃にできた傷がまだ新しく、胸を締め付けられてしまう、
ー傷は本来、
数ヶ月もあれば大体は治ると言うのに…
そう考えてに怒りが湧いてくる。何故この様に愛らしく、小さい命をここまで傷付けられないといけないのだろう。
だがその思いは今は不要だ。この子の心を少しでも癒すのが私の仕事だ。
「やあ、初めまして宇宙くん、ちょっとお話ってできる?」
宇宙くんはコクリと頷き、
祖父母の方に行き
「じぃじ、ばぁば、この人部屋に入れてもいい?そら、話したいの」
「ああ、勿論だ」
「できる限りでいいからね」
確認を取ると私の袖口を強く引っ張るそのまま引っ張られたまま、私は部屋に入らせてもらった。
部屋にはベッド一台に子供用の絵本が入った小さい本棚にオモチャ箱、子供が座るのにちょうど良いクッションもあった。
しかしその子はクッションに座らず床に正座の姿勢をとった。
私は驚き、
「クッションそこにあるよ?」
と思わず言ってしまった。
その子はクッションに振り向いて、
足早にクッションの方に向かい座る。
正直、床でなければそれでよかった。
さてと、いよいよ本題だ。
「こんにちは宇宙君!今日ねここにくるとき猫さん見たんだ」
私は目線を合わせ、にこやかに笑い話す、自身は本来、男の中でもかなり低い声をしているが、なるべく明るく声を高くし話しかける。この時はとにかく相手が怖がらない様に、決して近づきすぎてはいけない。
大きな大人の男性、それだけで子供にとっては十分恐怖の対象なのだ。
普通は自分が来た時点で逃げ出す子や、震える子も出る、この子は何故こうも当たり前の様に迎え入れたんだろう、
いや、まだ決まっては居ない、取り敢えずもう少し話すことにした。
宇宙君はその後、目をキラキラさせて、「楽しそう」だとか「凄い!」など、相づちを打ちながらニコニコと聞いている。
様子をこっそり見ていた祖母は
「あの子は人が聞いているときいつも楽しそうにニコニコと微笑んでて人の話を聞くのが好きな子なんです」
それはそれは自慢しているかのような、嬉しそうにそれを語った。
「そうだったのですか、とりあえずまた後日お伺い致します」
さて、どうやって本当の話を話そう、
あの子は自分の意見を言わないのでなく、
言えない環境であったということを、
ああいう子は泣いたりすると、すぐさま叩かれ殴られの生活をしている。
なんだったらそこにいるだけでまるでクッションのように八つ当たりの道具に扱われる。その為この様にただ笑うのが一番無難だと、自分は喋ると邪魔なんだと感じ、そのまま孤立していくのだ。
しかし、今はそれは不要だ。
確定していない仮説の時点ではまだ不確定で極めて危うい。
「ええ…、やはりまだ心に傷を負ってる可能性が高い状況ですが、地道にあの子を支えれることを頑張りましょう。」
そう言うと祖母の顔は優しくほころぶと同時に、
ポツリと話し始める。
「…きっと、私たちはバチがあったんでしょうね。」
「バチ?」
思わず聞き返す。
保護施設からの職員からのあらゆる問いや、とても簡単とは言えない養子縁組の手続きを終えたこの夫婦は、私の視点からはとても悪人とは思えない。
「衣織……、あの子の母親は凄く頭がいい子でね。私たち夫婦よりもずっと出来が良くて優しい、自慢の子でした…。」
だんだんと顔が険しくなっていく。
服を強く握り始めている左手はあの日の後悔や己の不甲斐なさがあるのだろうか。
「ー二年生の冬に『子供が出来た』と言いにきましたよ…。相手はとても素行がいいだなんて言えず、案の定、今回の事件の容疑者の父がそいつでした…。」
「…では、宇宙くんはその時の…」
そう言うと、彼女は目を瞑り、こくりと頷く。
「その時…、夫が最初『そんな男の間の子など降ろせ』と怒りましたよ…。」
……。
気持ちはわからなくもない。私にも一人娘がもう12歳になる。自慢の女が屑な男との子を妊娠したら、万が一でも自分もそう言ってしまうだろう。
「本来母というのは…その時夫を宥め、娘を支える立場だったのに、夫に同感だったんです。
…
『今が辛くとも、子は何も言わない。まだ二十歳の子供に何ができるの』と…。
それからです…。あの子は、次の日には置き手紙もなしで、家を出ました……」
そんな哀愁漂う顔をしながら、少しギィギィ音が鳴る古い扉に似つかわしく無い大きく円に取り付けられた窓から宇宙くんをじっと覗く。
「…あの子がどんな子でも、引き取るつもりなのは代わりなかったけど、やっぱりホッとするんです……。あの子、似てるんですよ。娘に」
「………。」
五歳児の顔なんて、まだまだ未確定で、この先どんどん変わる。小さい頃は可愛い顔だったのに、大きくなるとどうも残念になるだなんてよく聞いた話だ。
しかしそれでも、母としてはやはり、愛娘に似ていると感じていたいのだろう。
それから、私は一度、福祉所に帰り、
情報をまとめる。
最初に宇宙くんの情報について、資料をまとめる。歳を重ねると、どうも目が疲れやすくなり、だんだんと目薬必須になり、1日に10回使う日も珍しくなくなる。
午後にもまた一件あり、改めて資料をめくる。
学生はいじめや友人関係、勉学の差、周りとの差に悩む思春期らしい悩みに、大人になると、人は夢と非常な現実のギャップに精神を病み、段々と溜まり溜め込んだ辛さが爆発し、自身の気づかないうちに病を抱えてしまう。
私も、そんな人の柱となりたいと思い始めたが、自身の考えた「辛い状況」が、どれほど甘く見ていたかを思い出させる。
ー結局、自身の几帳面な性格も相まって、家に着くのは遅くなる。
「ただいま〜」
「おかえり、ご飯は手軽のなら用意出来るけどどうする?」
寝巻きを着て、もう寝るすぐ前である妻が玄関に来る。
「じゃあ甘えさせてもらうよ。春は…?」
「もう寝たよ…。今日、合唱コンクール優勝したらしいよ…。」
「…そうか」
今日、なるべく早く帰ると言ったのに、嘘をついてしまった…。
「…また、休日にどこか連れてってあげて、あの子ももう中学生よ。事情はわかってるんだから、大丈夫」
「…ありがとう」
階段を上り、そっと娘の部屋に入る。少し茶色い、妻によく似たサラサラの髪は、娘の友人たちもよく羨ましがっていた。
手元を見ると、最近の子らしく手元にスマホが落ちている。そっと持ち上げて、スマホをベッド脇にある棚に乗せる。ふと間違え、画面に触れてしまうと、家族の写真が映る。
ーもう何年前になるか。随分と小さい頃に一緒にキャンプに行った時の写真である。
私は娘を大切にしている方だと思う。間違い用の無い愛情をこの子に持っており、誕生日は必ず少し早く帰れてる。当たり前のことであるが、それでもそんなことすらできない親というのはこの世に存在する。それと接するため、私は娘想いの父になろうと決めている。
《母、川島衣緒》
…基本的な情報が並んでおり、年齢、誕生日などが発覚している中。
《〇〇宗〇〇教に所属》
その瞬間、決めつけは良く無いとは思えども、
してしまうのが性だった。
2世信者ー、親に宗教の教えを幼い頃から押し付けられた家庭で育ち、意思と関係なく入信させられた人達のことだー。
その宗教がいくつから入信できるのかは知らないが、あの子はきっとその卵だったんだろうというのがすぐに頭の中にたった仮説だった。
駆け出しの頃から、そういう毒親というのは、どんな背景があれど親になるべきでは無いと思っていた。親になった今ではより一層そんな考えが深まるばかりである。
ー一ヶ月後、
宇宙くんとは、基本週一、たまに週二で会うことになった。基本的には最近あった話や雑談といった事だ。その際に何度か気になる店がいくつもあった。
「今日はおばあちゃんにお金を貰ったからね、きふするの〜」
寄付…?
「寄付って誰に?」
「神様!、ママがもらったお金は、そらは神様に半分寄付しにいくの〜‼︎」
……。
予想はついていたが、ここまで言われたらやはり…。ほぼほぼこの子も母のカルト教の毒に侵されつつあったと感じるべきだ。
「寄付ー?5歳の子が寄付と言ったんですか?」
あの子の祖母は顔をまっさらにしたのち、ゆっくりと宇宙くんに近づく。
「宇宙くん、お金は全部、宇宙くんのだよ。神様へのは、おばあちゃんが別で渡しましたから、これからはずっとそうだからね」
そういうと宇宙くんは少し手をギュッと握るとまるで何かに怯えているかのように俯き震える。
「…怒られないの?」
そう言われ、ほぼ確定だったものが今確定と移り変わった。
「…誰に?」
もう分かってはいた。無闇に聞くのも良くはないが、少し気になってしまったのだ。
「お母さんと、司教様…。」
しかし、予想よりも一人多かった。司教…?
「いっ、一体何を?何をされたの‼︎」
「川島さん落ち着いて下さい‼︎」
「落ち着けるはずが…‼︎」
続きは、ないでしょうーと言いたかったのだろうが、それを言い切る前だった。
宇宙くんが服をギュッと掴み、頭を差し出すように前に出す。
「‼︎ッ、ごめん…‼︎なさい…!」
私達はその瞬間固まった。しかしこの状況で1番辛いのはこの子だ。
「宇宙くんごめんね。大きい声出しちゃってごめんね、誰も怖くないよ、皆んな宇宙くんを叩かないよー。」
姿勢を低くするように座るも、宇宙くんはフルフルと震えながらこちらを見る。
その瞬間に、祖母が抱きしめた。優しくそっと包み込むように愛おしい孫を丁寧にタオルで包むように。
「ごめんね宇宙……‼︎ごめんね……‼︎」
「………、寄付をサボるとね。ママは悲しそうにしてね。司教様は、暗い所に閉じ込めるの…。」
突如、宇宙くんはポツリポツリと小さく呟く。
今回は長引いたものの、私は仕事場で書類を纏めると、ふと考えた。基本、虐待を受ける子は、条件反射で顔を隠す。それなのにあの子は頭を差し出した。
これを表すのは何だろう…。
腕に目立つ傷をつけられるぐらいなら頭を差し出すのか…。
それとも…頭を殴られるのに慣れてしまった…?
ーもう、ふさいでも殴られるだけだから…
諦めてしまったのか…?
私はその場でゆっくりと強く拳を握る。親への憎しみ怒り、嘆き、そして自身への怒り、全てが籠る。ふとゆっくりと手をひらを開けて確認すると、切ったばかりの爪の跡が手の甲にしっかりと残っていた。
ー今回の件で、あの子が虐待を受けている人物は、母と、父と、そしてカルトの司教と名乗る男だった。
祖父母の二人はこのことを警察に話し。二ヶ月後にはその男は逮捕され、随分と悪どいことをしていたそのカルト教は、解散命令を出されるほどだった。
三ヶ月も経ち、宇宙くんとは随分関係が刻まれた。無口で頷くだけだったが、最近は幼稚園のことや、道端で猫や犬、時折珍しい動物を見かける話をよく話す。
そして1番話すことは
「ママはね、とっても優しいの!いつもニコニコでご飯くれて、教会に連れてってくれてね、あとね…」
私は少し不思議に思っていた。前に、祖母が取り乱したのを叱られていると勘違いし、頭を差し出した時、母から受けているのだろうと感じていた。
しかし、だとしてもこの子は随分と母親のことを楽しそうに話す。
虐待を受けていたのにだ。
「…宇宙くんは、お母さんが好きなんだね」
「うん!大好き!」
そう力強く答えると、ふと駆け足でどこかに向かう。私はついていくと、宇宙くんは子供用のおもちゃ箱を開けてゆっくりとおもちゃをどかし探すと段ボールの小さい箱を開ける。
「これね〜、ママが僕が小さい頃に撮った写真‼︎」
そう言って差し出され、私は恐る恐る見る。
すると驚いた。虐待するような奴は皆人相が悪く。まさに話す前から自己中の鏡のようなものたちで、私は嫌悪を抱いていた。
キッツイ香水に、いくら何でも盛りすぎな厚化粧。ヒゲも髪も清潔感なく。服なんてしわくちゃでいかにも無職な親と色々見てきた。
しかし写真の女性はそれは愛おしそうにまだ赤ん坊だったろう宇宙くんを抱える。祖母が言っていたように確かにどことなく宇宙くんに似ている。優しい顔で空くんを顔を見て笑顔が溢れている。すごくすごく幸せそうで、服にも清潔感があり、後ろにいる男は夫だろうか。確かに人相が悪いが、宇宙くんと母親の方をそれはそれは愛おしそうな目で見つめている。
こんなにも幸せな家族だったのかー。
私はその写真を一通り見つめると、笑みを浮かべながら宇宙くんに返す。
「…素敵な、お母さんだね」
「うん!ママは本当に優しいの…‼︎」
その笑顔は、何ヶ月もいた私はもちろん、祖父母でさえも初めて見るほどに素敵な笑みだった。
「だからね、ママとパパが帰ってくるのが楽しみなの…‼︎」
その言葉を聞き、私はピクリと動く。
『お父さんとお母さんはすぐ返ってくる。』
初めての警察の取り調べでもこの子はそう言っていたらしいー。
私はゴクリと生唾を飲み込むと、心を沈ませ、落ち着いた声で聞く。
「…ちなみに、お父さんとお母さんは、
なんで戻ってくると思うの…?」
流石にいくら何でもこの聞き方は少しないとは感じたが、少し頭が冷静さを失せた頭から出た言葉はこれしか思いつかなかった。
「…きょ、きょーてんにのってるってママが!」
…………。
聴きたくなかった。そんな背景など、
何となく最初の方にカルト教徒の母がいると聞いた時点で予想ついたし分かってはいたけど、純な心を持つ子供に…。
…そんな事、信じてほしくなかった……。




