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騎士様とひなげし

作者: 燈あかり灯
掲載日:2026/03/01




城から帰ろうとしていた最中の事だった。


ほう。これが姉の婚約者候補か。成る程、嫌がる理由がよく分かるなぁ、と見惚れていた私は、うっかりと転び、更には、手を滑らせて持っていた木箱の中身を、丁度目の前を横切ろうとしていた騎士様に被せてしまった。


宙を見事に舞った小瓶が、パリーン、と甲高い音を立てるのが随分と遠くに聞こえた。

液体を被った男の顔をもう一度まじまじと見て、ずれ落ちそうになった眼鏡がすんでの所で止まった。ああ、夢じゃないのかこれ。


……あちゃー。最後の一瓶だったのだが、勿体無い事をした。


薄ピンク色の液体を頭から被った彼が顔を上げる直前に、これ以上の被害を拡大させないべく、ずいっと近寄った。私とその男の目と目が、しっかりと合った。

よし。これで、惚れ薬の解毒剤を作りに帰って、紅茶にでも仕込めば完了だな。


呑気に考えていた私が、すっくと立ち上がり、その場から退場しようとすると、パシッと手を掴まれていた。おんや?


「待て。人をびしょ濡れにしておいて、何も無いのか。」


あ、そうか。普通なら、こんな美丈夫に迷惑を掛けたその日には、慌てて謝るのは勿論の事、更には惚れ薬を掛けてしまったとあらば、ぽぅっと頬を赤らめて慌てたり罪悪感に駆られたり自業自得のもだもだに悩むに違いない。

凄いな、世の乙女はタフ過ぎる。私なんて、そんな想像をしただけでもげっそりしてしまう。凄まじく疲れそうだ。


生憎と、男と女が邂逅する類の、その手の失敗は珍しくて慣れていない上に、薔薇の香りをいつも漂わせている色っぽい黒子を口元に付けた姉とは違って、人生で一度も恋や愛などに現を抜かした事の無いタイプの人間が私なのだ。


なんせ、ちんちくりんで全く以って、生育の良くない体付きなので。


もし、「私に惚れる人間がいたら確実に、そいつは幼児を性愛の対象に見る異常者か何かだろうな」と、ケッと自虐をかましてしまう事もある。

誰もそっち方面では私に期待をしないのは今更の事実だった。


弟からいつまで家に居るのだと、遠回しに出てけと言われ始めたにも関わらず、もう研究室に住もうかなとしか考えない思考をする辺り、私も私に期待をしていなかった。

従姉妹のメリエーゼが飽きもせずに白馬の王子様に憧れを抱いている理由は、私の姉の所為で一目惚れをした王子相手に失恋をかましたからだろうが、そんな彼女でもとっととお相手に恵まれているのだ。


態々、もう一度だけしゃがみ込んだ。そうして、彼の髪を掻き上げてやり、偶々、ポッケにあったハンカチで彼の顔を拭いてやりながら、その花の顔を無感動に眺めながら心を込めて告げた。


「申し訳ございませんでした。マルコス=ロイム・ゼーレペント様。必要は無いかもしれませんが、立つお手伝いを致しましょう。お手をどうぞ。」

「……何だ。やれば出来るじゃ無いか。」


いいえ、やろうとしてもやりたくないからやっていないだけです。


落ちて来たクリーム色の自身の髪を耳に掛けながら、彼の手を引っ張り、立ち上がらせた。


「さっさと立って頂戴。」

「うおっ?!と。」


思った以上に私が力強かった事に驚いたのか、榛色の瞳が見開かれた。もう丁寧な対応タイムは終わりだ。愛想は他所様から買ってくれ。


さあ早く帰って解毒剤でも作って、顔の良い男を心底嫌っている姉以外の良縁に恵まれる事を祈りながら解毒剤をどう盛るか算段を付けないと。

雀斑の散った鼻の上の眼鏡のズレを直しつつ、母親に仕込まれたカーテシーをして、適当な馬車を捕まえて帰宅した。


それから三日後。我が家に招いた、姉の元婚約者候補となった男が待つ部屋を見つけて、バンッと勢い良くドアを開いた。


ずかずかと踏み入ると、お茶を飲んでいたらしい足を組んで座る、今日も相変わらず高級な大柄な黒猫みたいな男の前にどっかりと腰を下ろした。


跳ねた茶髪のお下げの片方が胸の前に流れて来たので、摘んで、ピンっと後ろに放り投げた。


あ、ネルア、私にもお茶を淹れて頂戴。この部屋に控えていた侍女の一人にそう言うと、素早く用意してくれた。

苦味の強いザーンアの紅茶である。それを見た対面に座る男が、私の騒々しくも大人しい登場の仕方に上げていた片眉を元に戻すと、ジッと私がそれを飲む様子を観察していた。


見た目は黒々しく、味も飲めたもんじゃない一品である。

この国には普及してはいないが、その効能は優れた薬師を多く抱える事で知られる黄の國では国民的なものとして知られていた。

研究に明け暮れるに当たり、私が眠気覚ましによく効く茶として愛飲しているものだ。


「時間通りにお越し下さって大変有り難く思います。それで、ユノン。」

「はっ、此方に。」


私が連れて来た男装の麗人と言って良い侍従から手渡された小箱から、白銀でお洒落に彩られた透明な液体の入った小瓶を手に取ると、にこり、と微笑んでみせた。


「エシャロッツ卿、早速ですが前回、引っ被せてしまった薬の解毒剤にございますれば。さっさと飲んで下さいますか?」

「なっ。貴様!!この方に何を引っ被せただと?!」

「まあ待て。ダーン。」

「しかし。」


茶器をテーブルに戻した男が、彼の護衛を無言の圧で黙らせると、トントン、と自身の腕を指先で叩いた。考え事の癖みたいなものか。


私も、よく良い閃きが思い付かないと、特製の背凭れも肘掛けもないカウチで寝そべって頭に血が上る様にしては、諭す事さえ諦めたユノンに無理やりずり落ちそうな寝方を足を引っ張られて戻されたりするものな。


机に置く様に言われて、彼が手に取り易い位置に小瓶を置いた。

今にも小瓶に噛み付きそうな顔でいる護衛に苦笑しながらもそれを取った男を見守っていると、「人払いを」とお願いされた。


一応、年頃の男女なので。と、当たり前の常識でドアが半分開けられた部屋に、彼と私だけが居た。


さっさと飲めば良いのに。それに、表面上は穏やかにしているこの男の心境的には、先程の護衛と同じく信じられないのだとしてもだ。

頼まれれば、作り直した惚れ薬を私が飲んでからーー作っておいた解毒剤もまだ三つはあるしーー、毒味してみせるのだが。

新薬の開発が捗って、深夜三時半に寝付いた私が欠伸を堪えていると、何故か立ち上がっていつの間にか隣に座って来た男の体重で、ソファーが揺れた。


ああ、成る程、着痩せするだけで筋肉質だと言っていたな。ミーハーな侍女の誰かが。

そりゃあ。ここまで沈む訳だと、目算で私の二倍はソファーに沈んでいそうな彼の足をチラ見する。


所で、彼は彼で、また別の事を考えていた様だと遅まきながら気が付いた。


「これを口に含んでくれないか?飲まなくて良いから。」

「……は?」


何がしたいんだ、この男は。


そうは思っても、私の態度が可笑しいだけであって、本来、我が家の家格からしたら位が高過ぎて自由に口を利けない相手なのだ。


彼本人では無くとも、彼の知り合いがパトロンになった時に、邪魔をされたり変な噂を流されでもしたら困るし。

ここは言う事を聞いておくかと彼の手からバシッと小瓶を奪うと、一気に中身を煽った。


さあ、これで気が済んだか。ここからどうするつもりだと、顔をそちらに向けた時には、既に眼前に、視界いっぱいに顔の良い男が近付いていた。ーーは?


「失礼。」

「っ、ん?!ぅ。」


いや失礼じゃないし……?


薄く開けられた唇から、ちろりと出て来た舌が、とん、と私の唇を叩くと、唇と唇が触れ合い、私が驚いている隙に、ぬらりと彼の舌が中に侵入して来た。


彼の手が腰に回った。目を瞠っている間にも男の膝の上に引き摺り上げられると、もう片方の節くれだった指先が、逃げない様にと私の頭を押さえていた。


いや、もうこんな状況だと抵抗する気も無くなると言うか。

下手に何かをして、こんな事をする相手のお気に入りにでもさせられたら堪らないと言うか。そんなんで、もし、研究に費やす時間を奪われたら。


目の光さえ失せていた気がする。脱力して、なされるがままに受け入れた私を捕まえたまま、後ろに緩やかに倒れた彼は、重力に従って、こじ開けられた私の口にあった液体を丁寧に全て飲み干していった。

ついでとばかりに、相手が抵抗しないのを良い事に、此方が酸欠でうっかりと意識を無くしそうになるまで私の唇や口内の柔らかさを存分に楽しんでいた。


「けほっ、こほ。」


あー、変な所に入った気がする。薬ではなく、彼が私のかは分からない唾液が。

涙目で咳き込んでいると、顎を取られて、上を向く様にされた。


口に手を当てて殆ど顔も見えていないだろうし、見てて何が楽しいんだかと睨む。だが、直ぐに失敗だと悟った。

少しつまらなさそうだった彼の顔が、何故か、嬉しそうに見えた。こっそりと、息を呑む。


え、マゾか?この男。キショいのに当たってしまった。しかも、惚れ薬だとは知られていないにしても、彼の方が被害者と言うこの構図が頂けない。


しかも。


「大丈夫か?すまない。」


とか言いながらも、咳き込み終わって、息を整えている間に、私の服の前を釦三つ分だけ開けると、鎖骨にキースマークを残しやがった。二つも。


跡を付けられた時のピリリとした痛みに呻くと、何故か、ぎゅうぎゅうと痛くない程度に、けれども身動きが出来ない程度に抱き締められた。


しかも、私の耳の後ろ辺りで思いっ切り匂いを嗅いでいた。確信犯だなこいつは。

彼が女慣れしているのかは兎も角、今まで一切の時間を男には傾けて来なかった私にする所業ではない。しかも、出会って二回目で。


「頭湧いてんの?」

「あなたがそう言うのならそうなのかもしれない。」


私の服の釦を始めとした服や髪を直していた男をギロリと睨むと、何故か、春の木漏れ日にも似た笑顔を返された。しかも、チュッ、と可愛らしい音を立てて頬に口付けを送られた。最悪だ。


一発くらいビンタでも喰らわせたい所だが、そうしたらそうしたで目敏い奴らは何事かと詳細を求める筈だ。

頬に赤い跡を一つ付けるだけでも大騒ぎだなんて。私なら家出ものだ。勿論、研究室に。


それに、叩いたら叩いたで、その情報を使って男がどう動くかは未知数。よって、手を伸ばして来た男を「そこに座っとけ」と大人しくさせてから、私が対面の席に座った。そして、頭を抱えていた。

後から部屋に入って来た護衛や侍女達が、何故、席が入れ替わって居るのだろうと不思議がるだろう。でも、そんなの知ったこっちゃない。


半日もすれば、中和されて惚れ薬の効果は無くなる。とは言え、この男をこのまま帰らせても良いものか。

下手をしたら、このまま帰った彼が求婚書でも書いた暁には、これ幸いにと弟が私を出荷する明日が目に見える様だ。嫌だ。研究室に住むんだ私は。


弟の嫁でもある義妹は私に甘い。私が嫁ぎたくないと言えば味方してくれるかもしれない。

いや、だからこそ、これまでの「姉上はいつまでも家に居て良いですよ」なんて言ってたのにその過去を綺麗さっぱり忘れたみたいに放り投げ、詰まりはそう、意見を捻じ曲げて弟が私を追い出そうとするのだろう。

別に良いじゃんちょっとくらい義妹の豊かな胸に抱きしめられたって。ったく。心の狭い男め。


「はぁ。」


顔を上げて、対面の男を見ると、薔薇でさえも恥ずかしがって裸足で逃げ出してしまいそうな優しい笑みを浮かべた男にうんざりする。


自惚れ女だと思わないで欲しい。この男の穏やかな癖に、狂った目を見たら嫌でも理解した。


変な野郎に目を付けられてしまったと。


……私何もしてないよな?当たり前の対応をしただけで。

でも、まさか、それらの何かが彼の琴線に触れてしまったんだろう。


一体何が駄目だったんだと天を仰ぎながら、隣国の公国の大公家の未来の奥方は、逃れられない事など知らずに彼から顔を背けていた。





主役登場人物

植物毒がある上に、繁殖力が強い(=逞しい)ひげなし系ヒロイン

×

黒豹系ヒーロー


備考

たぶん、彼にとって、彼女の睨みも何もかもが子猫がじゃれついているようなもの。


因みに、ヒロインのシャレーちゃんは、きらきらルビー色のお目目ぱっちりなのに、常時、半目+雀斑+オレンジ髪はパサパサもじゃもじゃで陰気なオーラ(時間惜しいから近付くなよの本音が漏れている)為に、自虐も割と真実だったり。


補足

シャレーちゃんの髪色は、光の反射によって別の色に見えたりします。


その後

でも、元のパーツは良く、肌も白い(室内引き籠り生活)為、大公家に嫁入り後は鮮やかな美女に化けます。

夫である公爵の腕に抱き上げられて歩く?運ばれている姿は、まるで、精巧なビクスドールのよう。本当に間違われた事も屡々あるとか……。

再来の面倒見の良さもあり(義妹が懐いたのもこの為)、大公家側は滅多に見れない甘やかされる大公と言う原型を留めていない形無し男を目撃して「奥様に一生ついて行く」と心に決める模様。


因みに、大好きなお義姉様を遠くに嫁に行かせた夫に暫くはご立腹だったお嫁さんに冷たくされたシャレーの弟くんは、涙の滲んだ手紙に、姉上早く帰って来て、と書いたとか書いていないとか。本人のみぞ知る。


元婚約者候補になった理由

姉の方でちょっとしたゴタゴタがあり、それもあって候補としての期間が長引いただけで、本当ならお互いに同意してスッキリさっぱり半年前の顔合わせで解消していた筈。

しかも、友人として握手までいていただろうな……と思いながらも、この世界線ではそんな事は起こりませんので、熱い友情物語(シャレーへの思いを多分に含んだ結果、生まれた絆なので友情?なのかは未知数。共闘者とか相棒の方が近いかも)は見れません。



Q,いつから惚れてた?A,そりゃ最初からでしょうね。

因みに、惚れ薬の効果の真相としては、ただでさえ好みど真ん中を射止めていた(対等に自分を扱ってくれる、ツンツン娘。デレる時の顔とのギャップが特に好みだとか何とか。シャレーの姉は媚びなかったものの、同族嫌悪+α)女が更に魅力的に見えた為、惚れ薬云々が無くても、仕事でシャレーの母国に滞在していた大公陛下に気に入られるのは時間の問題だった可能性も無きにしも非ず。

そして、手を出さなかったのは(当社比。これでも我慢してたんです。偉いぞ公爵)単なる本人の理性との綱引きチキンレースに勝った結果。


シャレーは何で城に?

仕事ですね。


シャレーの姉

他者から、その美貌で跪かれるタイプ。ツンツンではなく、単純に気位の高い人物。ナチュラルに男を見下している女。

大公が見慣れていた女のタイプの一つでもあったので、全く惹かれ合わなかった。

後に何処かの国で功績を立てたとかで女伯爵として楽しく優雅に暮らしているとか、風の噂で聞いたシャレーは、「ほーん」で直ぐに忘れる。


シャレーの姉と弟とか

基本的にこの姉弟は仲は悪くないが、利益が伴うかどうかの自己利主義でお互いに対しては割とドライ。

シャレーが世話焼きな理由は、研究室を持つ前に、とある師のあまりにも壊滅的な生活に愕然として、放ってもおけずに、せっせと甲斐甲斐しく人並みの基準値にするべく動いている内に、あねぢからが上がったからである。

たぶん、三姉弟の中で一番、力関係が強いのはシャレーだったりするのかもしれない。姉と弟は無意識に彼女に甘いがあくまでも無自覚。

Q,それに気付いた大公がより国に帰らせない様にして、シャレーの元に遊びに来た義妹と一悶着ならぬ静かなバトルを繰り広げる日が来るかも?

A,来ません。来たとしても、弟とシャレーが阿吽の呼吸で阻止するので。



ティーム家

シャレーが姪と甥に度々、帰って来る様になり、自然と付いて来るオマケみたいな存在の公爵に惚れ込んだ子供達が、師匠になってくれとせがみ、一世代限りの俺TUEEEEE時代を築き上げますが、あくまでも、一世代限りの話。

もしかしたら、一人位は騎士爵を貰ったり、婿養子に入ったりして生えた縁戚に、相変わらず若々しくて美魔女呼ばわりされ始めたシャレーが大叔母とも知らずに玉砕されに行く子達が居たり居なかったり。しかも、シャレーの子供や孫達に出会ったりして、愕然と公爵の方のDの NなEの強さを知って、愕然とするみたいな。良かったな、公爵、好みのタイプ(シャレーの親戚)が同じ奴(公爵の血筋)に出会えるってよ。あ、ライバルが増えるだけだから要らない……?他所でやれ。あ、はいそうですか。お幸せに。シャレーがんばれ。

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