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私の名前は城岸瀬那、いやセレーネ・アクエリーン。城岸瀬那とは私の前世の名前だ。前世の私は日本という国に住む、普通の女子高生だった。ところが、ある日死んでしまって、転生したらしい。異世界転生といえばトラックに轢かれるという場面を思い浮かべる人が多いだろう。だが私は帰り道を熊に襲われた。私の住んでいた地域は田舎で熊がよく出る。またトラックなどめったに見ない。こういう環境が重なりあった結果、熊に襲われたことで死んだというわけだ。
転生したのはセレーネという公爵令嬢。六歳の子供だ。公爵家の令嬢に転生するとはなかなか幸せだと思う。転生したのはわずか一ヶ月前だ。
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目を覚ますと知らない天井が見えた。起き上がると私は絵でしか見ないようなヨーロッパっぽい部屋にいた。
「ここはどこ?」
私は試しに自分の頬をつねってみた。とくに変わりはない。どうやら夢ではないようだ。
もう一つ異変を見つけた。それは自分の体だ。明らかに小さい。多分五、六歳くらいの大きさだ。ベッドの隣に置いてあった鏡を見ると淡藤色に紫っぽい瞳をもった子供がうつっていた。おそらくこれが今の私の姿なのだろう。
私はしばらくここがどこか、自分は何なのかを考え続けた。その結果、ここは異世界で自分はそこに転生したのではないかという考えに至った。まさかこんなことがあるとは。その時、扉がノックされた。
「おはようございます、セレーネ様。お支度の手伝いに参りました。失礼します。」
どうしよう。誰か人が来た。あと、どうやら私の名前はセレーネらしい。入ってきたのは二十代くらいの若い女性だった。メイド服を着ているしたぶんメイドの人だろう。
「セレーネ様、お調子はどうですか?」
「あ、えっと調子は良好です。」
あ、しまった。絶対変だ。こんな子供が良好だなんていうわけが無い。それにしてもどうしよう。私はここの記憶が全くない。わかっているのは自分の名前くらいだ。この人に聞いてみるか?そう迷いながら私は何か言わなければと思いとっさに気になった質問をした。
「えっと、あなたの名前ってなんでしたっけ?」
「お、お嬢様?」
女性は私が質問すると目を丸くした。そして、なぜか急に泣き出した。
え、ええええええええ。どうしよう。これ絶対やらかしたよね。そんな急に泣く?私ってそんなに傷つけること言った?私は自分がした質問を思い出した。もしかしてこのメイドさんは自分の名前が認知されていなかったことに悲しんでいる?だとしたら私すごい失礼なこと言ってる。
「私何か失礼なこと言いました?」
「ごめんなさい、私は今感動しているのです。ずっと名前を呼んでくれなかったお嬢様が今、名前を気にしてくれたことに。」
あ、そうなんですか。過去の私、何してんの。メイドさんの名前を呼んであげないなんてかわいそうじゃない。
「で、結局あなたの名前は?」
「私の名前はナンシーです!」
「ナンシーね。よろしく。」
「はいいいい!こちらこそよろしくお願いします。」
ナンシーさんは名前を呼ばれてものすごく喜んでいるみたいだ。それならよかった。
「セレーネ様、身支度をしましょう。」
「はい。」
私はナンシーさんに衣装部屋に連れて行かれた。そこにはものすごい量のドレスがある。そうだ、私はお嬢様なんだった。きっと私のものなのだろう。
「服はどれにします?」
「これにします。」
私は水色のドレスを選んだ。花柄の刺繍がしてあってとても可愛い。服を着終わると、次は髪を結われた。それにしてもすごい髪色をしている。水色と藤色の中間色のような色だ。さすが異世界。きっといろんな髪色があるのだろう。
「セレーネ様、できましたよ。」
「うわぁ、ありがとう。」
鏡には結構な美少女がうつっている。セレーネは顔立ちが整っているみたいだ。
「朝食に行きましょう。」
そう言われ、私は食堂のような場所に案内された。
「おはようセレーネ。」
入ると、七、八歳くらいの男の子に声をかけられた。セレーネとよく似た顔立ちをしている。きっとこの人は兄弟なのだろう。
「おはようございます。お兄様?」
見た目的には兄だと思うので、とりあえずそう声をかけてみた。
「え!セレーネが僕をお兄様と呼んだ?ええええええええ!!」
私があいさつをするとなぜかその人は叫び出した。そして、近くにいた大人に声をかけだした。
「お父様、お母様、聞きました?今セレーネが僕のことをお兄様と呼んだんです!今まで一回も呼ばれていなかったのに。」
「ラグエルのことを兄と呼んだのは本当か?セレーネ」
「あ、えっとはい。お父様?」
「セレーネが、私を父と呼んでくれた。」
そう言って、お父様らしき人が泣き出した。てか、セレーネ今まで一回もこの呼び方をしていないとかいったいどうなってんだろう。もしかしてコミュ症とか?
「セレーネ、私のことも呼んでちょうだい?お母様と。」
「はい、お母様。」
「まあまあ、この子がお母様と呼んでれるだなんて。私も感動で泣いてしまいそうだわ。」
いつの間にか食堂はとてもカオスな状況になっている。お父様やお母様は泣いているし、お兄様は混乱して黙りこくっている。はあ、まさか異世界にきて早々こんなことになるとは。私はこの先が少し心配になった。
結局そのあとはみんな落ち着き、家族四人で朝食をとった。別れ際に三人からは
「これからはずっとこの呼び方にしてね」
と念押しされた。私は朝からとても疲れた。でも、冷たい態度をされるということがなくてよかった。私の異世界転生は多分順調なようだ。
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転生してから一ヶ月たった今、私は転生直後の自分の考えの甘さにとても後悔している。転生して一ヶ月、私はここの世界や自分について調べまくった。その結果、ここはデリシア王国というところで、私はアクエリーン公爵家の令嬢であるということがわかった。また人の態度などからもう一つの考察を立てた。それはここは乙女ゲームの世界で私は悪役令嬢なのではないかということだ。私は前世で本をたくさん読んでいた。その読んだ話の中には転生したら乙女ゲームの世界だったというものが多数ある。ここが乙女ゲームの世界だと感じた理由はいくつかある。まずはお兄様を初めて見た時だ。見たとき、真っ先に攻略対象という言葉が浮かんだ。お兄様は顔立ちがかなり整っている。きっと攻略対象の一人なのだろう。二つ目はこの国に学園があるということだ。私が読んだ本では、多くが学園が舞台のものだった。きっとこの国の学園は乙女ゲームの舞台だと思う。私が悪役令嬢という話だが、それは顔で判断した。私の顔でモブなどということはあまりない気がする。かといって、ヒロインでもなさそうなのだ。そう考えたときに思いつくのが悪役令嬢だ。私が悪役令嬢だとすると、今まで家の人の名前を呼んでなかった理由に合点がいく。
こうして、私は自分が転生先が決して良いところでは無いことに気づいた。悪役令嬢といえば最終的には断罪されたり国外追放になったりするのが定番だ。きっと私もそうなるのだろう。それは何としてでも回避せねば。こうしてわたしの異世界生活は始まった。
セレーネは全く気づいていないが、実は彼女はヒロインなのである。この乙女ゲームはツンデレなヒロインセレーネが学園に通い攻略対象たちと関わるというものなのだ。




