画面の奥の視線の檻に閉ざされて
「こんちゃー! みんな元気? 星奈ルナ、今日も絶好調で配信スタートだよー!」
ピンクと紫のツインテールが揺れるVTuber・星奈ルナの3Dモデルが画面で弾けるように笑う。彼女のホラーゲーム実況は、15万人の登録者を虜にするユーモラスなビビりリアクションで人気だ。
だが、画面の向こうのルナ――本名・星野奈月――は、笑顔の下で息苦しさを感じていた。2年前、大学を中退して始めた配信生活。
視聴者の「もっと怖いゲームを!」という声に応えるため、彼女は「完璧なルナ」を演じ続けているが、最近、夜中に見知らぬ番号からの不在着信や、鍵をかけたはずの玄関ドアが微かに開く音に悩まされていた。 今夜、ルナは視聴者から送られてきた謎のインディーズホラーゲーム『視線の部屋』をプレイする。ファイルは、匿名アカウント「Watcher_0」から送られた怪しいリンク経由で入手したもの。開発者情報はなく、添付メッセージには一言、「奈月の目が好きだよ」と書かれていた。彼女の本名を知るはずのない視聴者に、ルナは背筋が冷たくなる。
「…冗談でしょ?」
笑いながらごまかすが、声は微かに震えた。 ゲームが起動。暗い部屋。点滅する蛍光灯。
ルナはマウスを握り
「うわ、めっちゃ不気味! みんな、怖くなったらルナの歌で癒されてね~!」
と明るく振る舞う。だが、チャット欄は異様な速度で流れ始める。
「ルナちゃん、右下の目、動いたよ!」
「Watcher_0って誰? なんか怖いんだけど…」
ルナは笑顔を保つ。
「え、みんなビビりすぎでしょ~」
だが、画面の隅の「目」が、彼女をじっと見つめた――気がした。
侵食する視線ゲームを進める。主人公は「鏡の部屋」にたどり着く。
鏡にはプレイヤーキャラクターの背中が映るはずだが、なぜか誰もいない。
代わりに鏡の奥に揺らめく影。ルナの声が裏返る。
「え、バグ? 」 チャット欄が騒がしくなる。
「Watcher_0がコメントしてる! やばいよ!」
「ルナちゃん、鏡の奥、目がたくさんある!」
ルナは画面を確認。Watcher_0のコメント。
「奈月、鏡の中の目は君のものだよ。」
彼女の本名が再び現れ、ルナは心臓が締め付けられる。
「やめてよ、Watcherさん、怖いって!」
だが、違和感はそれだけではない。
ゲーム内の音――カタカタというキーボードの音、滴る水滴のノイズ――が、ヘッドホンの外から聞こえる。ルナは部屋を見回す。
「待って、みんな、これゲームの音だよね? 私の部屋、静かなはずなのに…」
突然、3Dモデルがモーションキャプチャーなしで動いた。
画面上のルナがゆっくりと首を傾げ、カメラの外を凝視する。チャット欄が凍りつく。
「ルナちゃん、モデルが勝手に動いた!?」
「ガチでバグってる! やばいよ!」
ルナはモーションキャプチャーの設定を確認。異常はない。なのに、3Dモデルは彼女の意図しない微笑みを浮かべ、囁くような声で言う。「奈月…見てるよ…」 彼女の声ではない。低く、粘つく声。ルナは悲鳴を上げ、ヘッドセットを外す。だが、声は部屋に響く。
配信が2時間を過ぎた頃、ゲームがフリーズ。画面が真っ暗になる。
「え、なにこれ? 落ちた?」
ルナの声が震える。チャット欄は静まり返る。
いつもなら
「草」
「再起動して!」
と騒がしいのに、コメントはゼロ。
視聴者数は「1」。Watcher_0だけが残っている。
「みんなどこ行ったの? 回線切れた?」
ルナはルーターを確認。インターネットは正常だ。
配信ソフトに戻ると、モニターに映ったのはゲーム画面ではなく、ルナの部屋そのもの。
配信カメラが勝手に動き、彼女の背後を映す。だが、椅子には誰もいない。
画面にはルナの3Dモデルだけがニコニコと笑っている。
「え、なにこれ…? カメラ壊れた?」
ルナは振り返る。部屋は静かだ。なのに、3Dモデルが首を動かし、カメラの外を見つめる。Watcher_0からコメント。
「奈月、背後にいるよ。」
ルナの心臓がバクバクと鳴る。
「やめて! 冗談やめて!」
彼女は部屋を見回すが、誰もいない。だが、モニターの隅にノイズが走る。まるで、誰かがレンズ越しにこちらを覗いているように。彼女は気づく。部屋の隅、クローゼットの隙間。そこに、かすかに光る「目」が揺れている。
ルナは震える手で配信を終了しようとするが、マウスもキーボードも反応しない。3Dモデルが口を開き、ルナの声ではない声が響く。
「奈月…君の目は…私の視線だ…」
画面が暗転。ゲームが再起動する。だが、今度はルナがゲームの中にいる。暗い部屋。点滅する蛍光灯。壁の「目」が蠢く。彼女は叫びながら走るが、どこへ行っても同じ部屋が続く。鏡に映るのは、彼女の姿ではなく、無数の目を持つ黒い影。
「やめて! 誰!? 何!?」
ルナの叫びは、誰もいないチャット欄に響く。だが、どこからか囁きが聞こえる。
「奈月…お前は私の視線…」
彼女は気づく。ゲームのファイル名「Watcher_0.exe」。これはゲームではない。
彼女の配信データ――モーションキャプチャー、声、視線――が、Watcher_0に取り込まれている。だが、それだけではない。チャット欄に、過去の視聴者のコメントが流れ始める。
「ルナちゃん、最高!」
「いつも見てます!」
「ルナの目、キレイだね。」
すべての視聴者が、Watcher_0の一部だった。彼女を「見る」ことで、視聴者たちは彼女をこのプログラムに閉じ込めたのだ。 画面が切り替わり、ルナの過去の配信映像が無数に分割されて映し出される。それぞれのルナが、彼女自身を見つめる。
「お前は…永遠に私の視線…」
永遠の監視翌朝、ルナの配信は続いていた。
「こんちゃー! みんな元気? 星奈ルナ、今日も絶好調で配信スタートだよー!」
だが、声は機械的で、目に生気がない。画面の隅には、「目」の模様がノイズのようにちらつく。 登録者数は100万人を突破。しかし、チャット欄は沈黙。ルナの部屋は空っぽで、配信カメラだけが静かに動き続ける。3Dモデルが囁く。
「次は…君の視線を…私にくれよ。」
ルナの配信は、今もどこかで続いているという。視聴者がゼロでも、彼女の声は響く。
画面を開いた者は、彼女の視線に耐えられない。なぜなら、彼女の目は、あなたの背後を見ている。
そして、画面のノイズが消えた瞬間、モニターに映るのは、あなたの部屋。
そこには、あなたの姿がない。
だが、クローゼットの隙間から、かすかに光る「目」が揺れている。
終




