前世の呪いが実を結んだ
回数制限聖女の別視点
誰かのために命を削る少女をじっと見ていることしかできなかった。
それなのに彼女は私に弱々しく笑いながら。
「大丈夫です……神官さま。ありがとうございます」
食べることすら辛そうな少女の元に果物を持っていくと少しずつ嬉しそうに口に運んでいた。
当時聖女は自分の命を削って治癒をするという過酷な存在で、便利な治療道具という扱いを国全体でしていて休ませることもしないで常に治療をさせていた。
そんな中、少女はまだ10代だったのに老婆のようにやせ細って、しわだらけの姿で亡くなった。
少女の死を便利な道具が亡くなったと悲しむ人々を見て、どうして神はこんな非情なことをするのかと怒りが沸き上がって、それでいて神をひたすら責めることしかできない自分に自己嫌悪をしながら食事も睡眠をせずに神の前で祈り……いや、抗議をし続けた。
何故、聖女を苦しめるのか。
聖女の命を奪って、その聖女の死を悼むことをしない人ばかり幸せになるのだ。
何のための聖女だ。
こんな状態なら聖女は必要ない。
延々と呪うように吐き出し続けた心の声に。
――ならば、聖女の在り方を変更する。
そんな幻聴を最後に聞いた。
「まさか、転生しているとは思わなかったわね」
レーティル・キアンヌは王太子妃教育の一環であった聖女の教材を読み漁っていたらいきなり前世の記憶に襲われたのだ。
前世は一介の神官だったが、まさか公爵令嬢になるなんて思わなかったし、よりにもよって王太子の婚約者。神官とは言っても下っ端だったころから大出世と言えばいいのか。前世この身分があればあの少女を守れたのにと悔しい気持ちが湧き上がってくる。
しかも転生したのが前世と同じ国とは――。
神に前世同様の怒りが湧いてくる。だが、聖女の歴史を読んでいてその怒りが和らいでくる……完全には消えないが。
かつては聖女の生命力を削っていた治癒が、回数制限されたのだ。その回数を超えて治癒は出来ないで、聖女は見つかると同時に回数も神によって伝えられる。
軽傷でも重傷でも一回は一回。
それに合わせて、何度も聖女に治癒されると耐性が出来て治癒が効きにくくなるとも。
「それは……」
前世水虫とか、食中毒とか二日酔いとかで深夜でも呼び出していた貴族の顔が浮かんで、そんな馬鹿な輩がもう出てこないのだと歓喜する。
聖女にとって過ごしやすい環境に変化している。だけど、その恩恵はあの少女に与えられなかった。
「感謝はしたくないけど、褒めることはしてもいいでしょう………何様のつもりだと言われるかもしれませんが」
そんなことを思ったのだが……。
「人は愚かなままなんですね…………」
「何哲学を呟いているのですか?」
独り言のつもりで呟いていたらまさか声を掛けられると思わなかった。
「ストラディバリウス殿下」
「ストラで構いませんよ。レーティル義姉上」
婚約者のアルトサックス殿下の弟であるストラディバリウス殿下はテラスでお茶を飲んでいるわたくしの向かい側の椅子に向かって、座っていいかと尋ねてから席に着く。
「で、何を嘆いていたのですか?」
「かつて聖女と名ばかりで奴隷のように扱われていたのを神が憐れんで聖女を助けるために回数制限にした。聖女は自分の力の価値を知るために勉強をして自身の立場を守れるようにしてくれたはずなのに……」
「ああ。ミナさまですか。困りましたね……」
勉強は嫌だと駄々をこねて、王太子と共に遊びに行ってしまう。それを注意する者たちを遠ざけて耳あたりのいいことを言う者ばかり重宝する。
「出し惜しみと言われても聖女の力は緊急時のみ使うように教材に書かれているのに、『だって、私なら助けられるんですよ』とすぐに使ってしまうのはどうにかしてもらいたいのに……」
「聖女を保護するのにどれだけの税金を使っているのかも理解できないんでしょうね」
歴代の聖女の中には誘拐されていいように利用されてきた存在も居たので当然護衛も必要。聖女の力を出来るだけ温存できるように医療知識を学んだ聖女もいた。
それで、とある大国の王子を助け出して、正妃になった聖女もいた。
「どう言う経緯で正妃になったのかを調べもせずに自分も王妃になれると兄上に媚びてますからね」
「それを咎めない方も問題だけど……」
ちなみに再三注意はしているが、それを虐めだと騒ぎ立てて、婚約者ですら鵜呑みにしてこちらの言い分を聞かない。
「悪役令嬢とまで言って騒いでいるようですね……あの聖女は」
「相手をするのが面倒だけど、あんな聖女のせいで国が荒れるのも次の聖女が苦労を背負うのも許せないのよ」
前世のあの少女を思い出す。
また、あんな子が現れるかもしれないのならたとえ悪評を背負っても注意し続けるしかできない。
「――苦労性ですね」
「貴族の義務よ」
「全く変わっていませんね。前世から」
強い風で視界がぶれる。
ストラディバリウス殿下の輪郭がぼやけて、一人の少女の姿が見えた気がする。
「殿下………」
「神官なのに守れないと自分を責めてましたけど、あの時、神官の給料で買うには高価すぎる季節外れの果物をくれただけでも嬉しかったんですよ。――その気持ちが嬉しかったから聖女として頑張れたんですよ」
「殿下。まさか……」
あの少女なのかと尋ねようとした言葉は形にならなかった。
問題児だった聖女ミナとその一派は噂を聞きつけて王都にやってきた辺境伯令嬢によって盛大に仕置きされたと報告があったから。
「流石、辺境伯令嬢」
こんな聖女を擁護するなら辺境伯領は独立すると宣言して、自分の婚約者に三下り半を叩きつけ、元婚約者の親である騎士団長も味方にした。そこまで騒ぎを起こしてようやく楽観視していた陛下や神殿も動いた。
すぐに聖女の再教育をして、聖女を咎めなかった面々にそれ相応の処罰をした。
その中には婚約者であるアルトサックス殿下もいて、王太子の座が弟王子であるストラディバリウス殿下に変更した。
だけど、わたくしは相変わらず次期王太子妃。王太子の婚約者だ。
「レーティル嬢は聖女にずっと注意をしていた褒めるべきであって咎めることではないので」
新しく婚約者になったストラディバリウス殿下は笑って告げる。
「だけど、殿下を止められなかったのは……」
「貴女のせいではないですよ。あれは、自滅ですし」
「………………」
「第一、あの時命を削った聖女が居たから聖女を守るために出来た変化を甘受しているだけの存在に慈悲はないですよ。――前世聖女の言葉を信じてください」
「……だいぶ性格違いませんか」
「――知識があれば食い物にされないと転生して学びましたしね。自分の権利を守るためにはどんな力も手に入れないと。悲しませたくないので」
そっと触れるぬくもり。
「やっと触れられる」
嬉しそうに微笑む。
「ずっと。笑ってもらいたかったんです」
自分のことで悲しんでもらいたくなかった。
「ストラディバリウス殿下……」
「王太子になるつもりはなかったけど、王族として前世の自分のような存在を減らしたいと思って努力し続けて……だけど一人では難しそうなので」
協力してくれませんかと尋ねられて、同じ想いで王太子妃になる覚悟をしていたわたくしは当然だと微笑んでかつて助けられなかった存在の手を取った。
神「あの願いを叶えないと自分の存在が危うかった気がして……それなら結果も見せようと転生させたわけなんだけど」
??「なら、私も転生させてくれますよね」
にっこりと脅してくる元聖女。
そんな経緯で転生した。




