6."11 SAMURAIs" -f3 『推測』
-f3『推測』
説明が億劫と思われることも、いざ話し始めてみると思ったよりすらすらと言葉が続くものである。
俺は先週一週間の事を、覚えている限り細かく説明した。
携帯で“不可思議な事”の備忘録を付けていたことが、こんな所で役立つとは思わなかった。
「……それで、今日の昼休みに『言 成』って書かれたペットボトルが教室の近くの窓辺に置いてあった。これが今のところ最後だ。」
10分ほどかけて説明し終わる。
「……へー…なんか、大変だったんだね……。」
末永は困惑したような妙な顔をしていた。
そりゃそうだろう、まったく意味が分からないのは俺も同じだ。
「ここまで続くと、最近は『また来た!』みたいな感じのテンションになってきてさ。ちょっとしたイベント感がある。気にならないって言ったらウソになるけど。」
「確かに、害はないか…。けど、ほんと良く分からないね……。それで今日は、半紙は問題集に挟んであったの?」
「あ、うん、あった。昼間見たときに、ばっちりいつもの場所に挟んであった。」
俺はブレザーのポケットから生徒手帳を取り出して、そこにしまっていた今まで挟まっていた半紙5枚を末永に渡した。今日の分を開いて渡す。
今日の分にはいつもの字で
【 中 沢 言 成 】
と書いてある。
「墨を使ってる割には字が下手だな…。」
巧い字を見慣れてると目が肥えて困るよ。と、末永がそれをまじまじ見て言った。
そうなのだ。この半紙の犯人は字が下手なのだ。
漢字を文字じゃなくて記号みたいに書いてるというか、全くバランスがとれてないというか。
この大雑把な感じも、俺にとって篠原説の裏付けになってしまっている。
何故墨字なのかはいまいち解らないが、いかにも体育会系の篠原が書きそうな字だった。
そう、篠原が……。
…だめだ、まだ篠原と決定した訳じゃない。
俺は思考を振り払うように言う。
「見たとき、『組み合わせてきた!』って思ったよ、ほんと。」
「そろそろネタ切れ感が否めないね……。というか、【 言 成 】って表現、相手方は気にいったんだろうね。使用頻度高いよ。こんなに頻発したらチープになるのにね。」
「けど、この間違いが一番秀逸だと思ったわ、俺は。」
「確かに【車澤】とか【申澤】よりよっぽどシンプルで面白い。正直、最初の二つは滑ってるよね。何を狙ってるのか知らないけどさ、もうちょっと考えるべきだよ。センスがないというか。」
……末永が真顔でかなりの毒舌を吐いた。
犯人、『滑ってる』とか、言われたい放題である。
そんな一部の女子には『女の子みたいで可愛い!』と人気の末永は、いつもの伏し目がちな瞳をもっと細めて、クールに言った。
「まあ取りあえず、今の状況を軽く整理してみようよ。」
末永は立ち上がると、壁際の金属ラックに近寄り、ざらばん紙とマジックを取ってきた。
元居た席にそれを広げると、上の方から曜日を書いていく。
「先週の月曜から今週の月曜まで、休日を抜くと6日。で、大体“変なこと”は1日二つくらい起きてて…半紙は毎日。」
今の状況を紙に書き付けていく。
「合計12個か…」
「結構な量だよね。スタンダードで継続的って、かなりマメだよ。」
末永は曜日の横にイタズラの詳細を書き添えていく。
「こうやってみてみたら、今週の月曜の内容って、他の日のイベントと被ってるんだね。」
全てを書き終えて、末永が言った。
確かにそうだった。
今日起こったことは、【 言 成 】ペットボトルとスリッパ互い違い。
それぞれ、先週の月曜と金曜の欄に似たようなことが書いてある。
「……似た内容のイベントは、同じ人が担当してやってるとか、か?」
「そうなのかもしれないし、そうでないかもしれない。なんにせよ確証は持てないよ。ここら辺までは事実整理だけど、ここからは完全に俺の推測になるわけだし。……まあどっちにしても半紙の件は、字の感じからして同じ一人がやってるんだろうね。」
末永は紙の右端に大きく『1』と書く。
「……じゃあイベントも含めて、その半紙の一人がずっと俺にちょっかいかけてた可能性もあるってことか?」
「いや、それはないんじゃないかな。流石に何人か居ないとこの量はこなせないと思うんだよね。…一人の人がせっせと悪戯を考えて実行してるのを想像すると、ちょっと面白いけど…」
末永は半笑いになっている。
俺もその様子を想像してみた。
…だが、背筋がぞわっとするような悪寒がしただけだった。
末永はペンの後ろで紙をトントンと叩く。
「起きてることも場所もバラバラだし、複数人で分担してると考えるのが妥当なんじゃないかな。」
「グループ、ってことか?」
「多分ね。」
末永はそう返してペンを構える。
「今日の内容が前に見たのと似てるっていう点には注目すべきだと思う。もしかしたら」
金曜と月曜の欄の間に、さっと横線が引かれた。
「ここが切れ目なのかも。」
「ローテーション組んでるってことか?」
「真偽は解らないけど、そう考えたら自然じゃない?だから、単純に計算して…半紙を書いてる人だけ別カウントにするけど…」
末永は『1』の下にまた書き始める。
5×2=10
10+1=11
「人数は、多くて11人だ。」
「じゅ……11って」
末永の言葉に、俺は目眩を覚える。
なんだその人数……そんな大人数に集団で目を付けられてるってことか?
信じたくない事実だ。これはもう、本当に信じたくない。
「けど、それって一番多い場合なんだよな?俺、そんな大人数に悪戯されるようなことしてないと思うんだけど。…やっぱり実際はもうちょっと少ないんじゃないかって思うんだけ」
「中澤」
こちらは必死でさっきの論理を崩そうとしているのに、末永はそれを遮るように言う。
「多分、11人でビンゴだ。」
「……え、どうして、さっきは推測って」
「中澤、思い当たらないの?確かに、これが先月だったらもう少し人数が少ないって考えるのが妥当だと思うよ。けどさ、中澤。最近、君が噂になって困ったことは?校内中知れ渡って苦労したことって?まず、噂になるような原因ってなんだった?」
末永がたたみかけるように問うてくる。
…嫌という程、思い当たるものがあった。
「ま、まさか」
「原因は、原野唯陽だよ。」
末永は言い切った。
さっき、『ここからは自分の推測』なんて言ってた奴とは思えないくらい、確信に満ちた目をしている。
「ほぼこれで間違いないよ。だって11人って、」
「自称『原野唯陽親衛隊』の中心メンバーの人数と同じだ。」
「…………はぁあ?!」
良く知っているはずだった我が師匠の全く知らない情報に、俺は自分でもびっくりするくらい素っ頓狂な声を上げた。