6."11 SAMURAIs" -f2 『誘導』
-f2『誘導』
「先週の月曜までは何もなかった。けど、その後からちょくちょく気がかりができてきて、特に強く意識し始めたのは水曜辺りから。その事について今も心配してる。違う?」
これは末永の台詞だ
あの後。
いきなりの事に慌てた俺は、何を言っていいのか解らないままうろたえた。
首を横に振って、目で訴える。
『ここでは駄目だ、聞くな、話を変えてくれ。』
教室では誰が聞いているか分からない。そんな中、この話題に触れたくなかった。
すると、こちらの様子から都合が悪い事を察したのか。
末永はすぐ、
「……ちょっと美術室に荷物取りに行きたいんだけど、付き合ってくれない?」
と周りに聞かせるような声で言い直した。
こういう気遣いが彼のすごい点で、同時に抜け目ない点でもある。
末永の機転に助けられ、そんなこんなで美術室にて。
部屋に入った途端にかけられた彼の言葉に俺は驚嘆する。
曖昧な記憶になりつつあったが、先週起こったことに照らしてみても、末永の考察は狂いなかった。
月曜に半紙を初めて見つけ、同時に“不可解な事”が起こり始めた。
水曜日に半紙の犯人が篠原かもしれないという疑惑が上がった。
そして、それらはどちらもずっと続いている。
そう、一週間経った今日もだ。
ここまで詳細に事実を当てられるとは。
「……間違いない。」
大人しく認めた俺に、
「やっぱり」
末永は微笑み混じりに返した。
「まぁ『何かあったな』って確信したのは今日の朝なんだけど。…中澤、分かり易すぎるよ。」
「……うそ」
この前も誰かさんに同じことを言われた気がする。
「てか、隠してるつもりだったの?」
「そりゃ、一応は…」
「……中澤はもっと、普段の自分の行動パターンを意識すべきだよね……。」
「……頑張ります。」
「うん。それがいいよ。」
末永は教室内に並べられた六つのテーブルのうち、一番奥の壁側のものに腰掛けた。
俺も続いて座る。
丁度末永の真正面だ。
机に右肘をつき体半分乗り出すようにして、末永が続けた。
「やっぱ、あんまりソワソワするのは良くないよ?」
「……え、してる?」
「ここんとこ良くキョロキョロしてるし、最近は特に挙動不審。」
「………まじで?」
「まじ。」
「………うっわぁ………」
「まぁ、他の人はあんまり気づいてないと思うけど。少なくとも矢吹と篠原は、全く気付いてないんじゃないかな。」
単純だからね、と末永は笑う。
だが、直ぐその笑みは消えた。
「それで、なんだけど。」
「……うん」
「どうしたの?」
「……、あー、うん。」
「何かあったんなら聞くけど?」
末永はいつの間にか両肘を机に突いて、組んだ手の上に顎を乗せている。
何時も眠そうな彼の節目が今はもっと細められていて、何故か眼光が鋭く感じられた。
思わず黙る。
“不可解な出来事”に関しては、俺の気のせいである可能性の範疇を出ないし、半紙のことも取るに足らないような些細なイタズラかもしれない。
こればかりは末永に詳しく話しても、何の解決にもならないだろう。
だが。
ここまで真剣に心配してくれる友人の気持ちを無碍にするのは、絶対に嫌だった。
「………実は、な。ちょっと最近、気になることがあってだな。」
「噂のこと?」
「いや、それじゃなくて。……なんて言うか、まぁそれを気にしてたせいで挙動不審に見えたんだと思う。」
「……なるほど。」
末永は頷く。
凄く真剣な面持ちだ。
そんなに真剣に聞いてもらうほどの話じゃないかもしれない。
焦った俺は、慌てて付け加える。
「まぁ、けどそれは俺の勘違いとか、気にしすぎとか、そんなとこだと思う。だから」
「けど、気にしてるんでしょ?態度にでるくらい。」
末永は俺の言葉を遮った。
何時もの飄々とした雰囲気は、もうすっかり無い。
「それなら、中澤にとっては大問題でしょ?」
「……………。」
大問題、か。
言葉が胸に染みる。
もやもやしたものに名前がつけられて、すとんと落ちるところに落ち着いたような感覚がした。
「……そうなのかもなぁ。」
自然と言葉が漏れる。
しばらくは、俺たちはどちらもなにも喋らなかった。
そうか、俺、気にしてたんだな。
今まで『気にしてはいけない』と思い続けて無視してきた気持ちに、やっと気づいたような感じだ。
“気にするな”という否定が逆に、気にしそうになる自分を焦らせる結果になってしまっていたのだろう。
静寂をかみしめる中。
それを破るように突然、末永が言った。
「ここは美術室だねー」
「……は?」
……何を言ってるんだ末永。
「誰もいなくて静かだねー」
「お……、おう。」
「心置きなく話せるよねー!」
今までにないくらい微笑んでいる。
……なんだこれ?
「え?ちょ、それがなに」
「まぁ幸い時間もあるし。」
末永はくいっとクビを傾けると、
「俺にも流れが解るように、何があったのか、一からどうぞ!」
普段なかなか見ない、にっこり笑顔をこちらに向けた。
……やっぱり食えない奴だ、末永は。
俺も吊られてニヤリとした。