6."11 SAMURAIs" -e4 『違心』
-e4『違心』
「まことくん……もしかして、最近なにか悩んでることある…?」
谷口さんにそう尋ねられたのは、中庭に向かう道も中程にさしかかった時だった。
「え」
驚いて、反射的に谷口さんを見る。
だが谷口さんはこちらを見ていたふと視線をそらしてしまった。
なんだか言いにくそうに口ごもる。
「あ……いやね、なんだかいっつも考え事してるみたいだから……。」
「あー……」
俺は戸惑った。
自分では隠しているつもりだったのに、まさかこう簡単に周囲に悟られるとは思わなかった。
そんなにわかりやすかったのだろうか。
「……まあ、考え事は良くしてるかな。」
軽くはぐらかす。
「……、そっか……」
谷口さんは少し考えるように間をあけたが、そう相槌を打った。
渡り廊下を通り、隣の校舎を抜けて理科棟にさしかかる。
ここは理科系の特別教室ばかり集まっている棟で、この時間帯は人があまりおらず薄暗い。
中庭に続く近道だ。
俺たちは黙って歩く。
理科棟がいつも薄暗いのは、廊下に面する窓が無いからなのだろう。
そんなどうでも良いことを考える。
カサカサとビニール袋がすれる音。
すると、静寂を破って谷口さんがおもむろに言った。
「……いつも、なにについて、考えてるの………?」
「……!」
俺は不意をつかれる。
まさかそこまで突っ込んで聞かれるとは思わなかった。
「えー………うーんと」
ちらっと谷口さんに視線を投げる。
彼女は意を決したような顔をして、こちらを見ていた。
口をキュッと横に結んで、目をパチパチさせている。
俺にはその様子が、なんだかすごく一生懸命に感じられた。
何だか複雑そうなその視線は、不思議と不快には感じなかった。
それに、ここまで真正面から聞かれたら、応えるしかない。
俺は腹を括る。
「例えばなんだけど。」
一呼吸おいてこう前置きした後、言う。
「谷口さんの身近な人のことを考えてほしい。」
谷口さんの表情が少しこわばった気がした。
だが、彼女はうなずく。
「…うん。」
言いにくさを振り切りながら、俺は今一番の悩みを口にした。
「その人が『もしかして、自分のことをこう思ってるのかも』って感じる出来事があったとして、谷口さんは、それを本人に直接確かめようとする?
この人が自分のことをどう思ってるか知りたいって思ったとしたら、なんだけど。」
自分自身が篠原本人に中々尋ねられないからこその質問だった。
もし俺じゃない他の人がこの状況に置かれたら、一体どんな選択肢を取るのか気になった。
すると。
谷口さんはその言葉に、目を大きく見開く。
そのまま引き剥がすように視線がそらされた。
さっきまでの会話なんてなかったかのように押し黙る。
辺りは、隣の校舎の喧騒が聞こえてくるくらい静かになった。
俺は谷口さんの様子をうかがう。
突然訪れた、間。
なんだ、この気まずい空気は。
言ってはいけないことを言ってしまった、みたいな。
そんな変なことを聞いてしまったのだろうか。
彼女はじっと、斜め下を見るようにして歩みを進めている。
俺は再び前を向く。
どうしていいのかわからない。
谷口さんと並んで階段を下りる。
ただただ歩みを進めるうちに、
「………わたしは」
彼女はゆっくり切り出した。
「……わたしは、確かめたい。……と、思うよ……」
だって、と。
谷口さんは口ごもる。
「その人の気持ち、知りたいもん…」
暫く間があいて、小さな声が聞こえてきた。
「そっか。」
俺は再び谷口さんをみる。
その表情は薄暗くてよく見えない。
そして、重ねて尋ねた。
「それを聞いて、もしかしたら自分が傷つく結果になるとしても?」
それにもやはり同じくらいの沈黙を要して。
「……そう…だね」
谷口さんはそう相槌を打った。
「…………、やっぱり、わたしだったら、聞くと思うな……」
谷口さんはこちらを見る。
ふと視線が絡め取られる。
その瞳はなんだか、どこか焦ったような、不安げな様子で泳いでいた。
俺はそのままじっと、少し細められた目を見る。
谷口さんはまた俺から視線をそらして……吐き出すように、つぶやいた。
「だって、ずっと知らないままでいて、聞かずに後悔するよりは……。…ずっといいと思うもの………」
それから。
中庭にゴミを捨ててから教室に帰るまでにそう時間はかからなかった。
「…手伝ってくれてありがとう」
はにかむ谷口さんに、
「こちらこそ。」
そうお礼を言って別れる。
それを見ていた矢吹が
「おいおい誠クンよ、おいおいだな!!まじでか誠クン!!」
とよく分からない絡みをしてきたが、軽くいなして席につく。
間もなくSTが始まった。
そうだ、後の勉強会の時に、原野さんにも相談しよう。
担任の話を聞きながら、俺はぼんやりとそう思った。