6."11 SAMURAIs" -e3 『変化』
-e3『変化』
もしかしたら、例の半紙の悪戯は篠原がやっているのかもしれない。
そんな疑惑が浮かんだ2日後の昼休み。今日は金曜日だ。
俺の“気のせい”という前向きな結論をまるで無視するかのように、相変わらず“よくわからない出来事”は続いていた。
その頻度はそんなに多くない。
ふと、忘れかけたころに起こる程度だ。
いつしか控えるようになっていたその回数は、数え始めてから大体9回。
5日でこの程度なのだが、これは多いのかどうなのか、いまいち判断に苦しむ回数である。
そして今も。
俺はトイレにて、さっき綺麗にそろえて脱いだはずの自分のスリッパが、なぜか上下互い違いに並びかえられているのを発見したのである。
…なにこれ、すごく履きにくい。
俺はそれを見て思わずげんなりした。
一体何なのだろう。
もう一週間もこんな“ちょっと変な出来事”が続いていた。
ここまで来ると逆に、次は一体何が来るのかと身構えてしまう自分がいる。
そろそろ一連の原因を目撃するチャンスがあるんじゃないかとか、そもそもこれって俺だけじゃなくてみんなに起こっているのかもとか、いろんな可能性を考えた。
だが、それとなく矢吹に探りを入れた限りでは、そんな“妙なこと”が周囲の人に頻発している様子はなさそうだった。
俺は履きにくいながらもスリッパを履き、トイレから出ると教室へと向かう。
昼休みももうすぐ終わり、STの時間が近づいている。
俺はさっさと弁当を食べ終わって、さっきまで図書室にこもっていたのだ。
昼休みは放課後ほど静かではないのだが、教室よりはいくらかましだろうという判断だった。
それに。
俺は一つ息をつく。
篠原のことがどうしても気になっていた。
貸していた問題集からあの半紙が出てきて以来、ちょっとだけだが、どう接していいのかわからないところがあるのだ。
例の半紙はというと、やはり昨日も問題集に挟まっていたわけで。
次に書いてあった文字は、【 中 沢 誠 】。
…微妙な間違いに、返って今までより残念な気分になった。
段々近づいてきているのだが……。
あれはどういうつもりで、一体何がしたいのか。
そもそもこれは、篠原がやっていることなのか。
本人に直接聞くのが一番早いのだろうが、ここで俺はいつも詰まってしまう。
篠原に直接聞きにくいのだ。
文化祭直後に『原野さんを紹介してくれ!』と交換条件(?)を出されたのがつい一か月前のこと。
だがその後、俺は篠原に原野さんを紹介していなかったのである。
……なんていうか、紹介したくなかったというか。
これ以上いろいろと考え事の種を増やすのは嫌で、どうしても乗り気になれない。
まあ何にしても、俺は篠原に対するちょっとした引け目があるのだ。
それが聞きにくさに繋がっていた。
もしかしてこのことを怒っているのだろうか、なんて考えたりもする。
…なら、直接言ってくれれば………。
いや、けど、催促されてもちょっと困るんだけれども……。
俺は思わず眉間にしわを寄せる。
そんなこんなで俺は今、教室には居づらい。
良く分からなくてもやもやする。
凄くもやもやして胃のあたりが気持ち悪い。
いろんなことを考えているのはいつものことなのだが、よく知らない人に対しての悩みと友達関係の悩みは、心の疲労の仕方が段違いだ。
教室に戻りにくいなあ。
篠原、やっぱり怒ってるのかなあ……。
そう思った時だった。
「あ、まことくん…!」
俺の後ろから聞きなれた高い声がした。
驚いて振り返ると、そこには小柄な女子生徒が立っていた。
毛先のふわふわした二つくくりをした彼女の手には、大きなゴミ袋が二つ下げられている。
「あれ、谷口さん……?」
俺はちょっとびっくりして、目の前の谷口さんを見た。
その両手のごみ袋に思わず反応する。
「え…ごめん。今日の掃除って昼休みだっけ?」
「あ…!ううん、ちがうよ!!」
谷口さんは慌てた様子で付け加える。
「教室にほったらかしになってたから…。時間あるし、捨てちゃおっかなーって思って。」
「あー、なるほど。」
そういえば昨日の掃除当番(矢吹)がちゃんと捨てに行ってなかったのだ。
あいつは春からまるで進歩がない。
俺はそう思いながら、五月の事を思い出す。
そういえば前にもこんなことがあったっけ。
あのときは矢吹もいて、そして俺は谷口さんとうまく話せなくて、そしてその後……。
「………よかったら、代わりに俺が行こうか?」
あのとき矢吹が言ったように、俺は言う。
谷口さんの目が丸く見開かれる。
驚いたように肩をすくめて、俺を見ている。
「えっ………!?」
そんな谷口さんの声に続けるように俺は言う。
「今帰っても、STにはちょっと早いから。行ってくるよ。」
それに、なんだか帰りにくいし。
心の中で付け加えた。
「や、けどまことくん、荷物あるみたいだし……。それに……」
谷口さんはなんだか凄く慌てている。
俺から目をそらすように視線を泳がせていたが、やがて、戻ってきた。
目が合う。
「………。」
「………。」
束の間の沈黙…。
「………じゃあ、一緒についてきてくれる……?」
そう言って、谷口さんは俺にゴミ袋を一つ差し出した。
心なしか表情がこわばっているように見えた。