6."11 SAMURAIs" -e2 『悪戯』
-e2『悪戯』
初めて謎の半紙を見つけたのが2日前、今日は水曜日である。
5時少し手前の校舎は放課後直後よりはまだ人も少ない。
勉強会が始まるまでの1時間、原野さんが来るまで一人で自習に励むことにしている俺は、さっきまで図書室で英文法を勉強していた。
そこまでしないととても終わる量の課題ではないのだ。
少しでも内容に追いつこうと自主的に始めた学習だったわけだが、相変わらず直ぐに集中力が切れてしまう訳で。
早々に疲れてしまった俺は、いつものように廊下に出て休憩を行っていた。
…決してサボっているわけではない。
鋭気を養っているのである。
窓からは、色づいた銀杏が落葉しているのが見えていた。
この前と同様の綺麗な景色。
……ふむ。
大変黄色い。
いつもなら風流さを感じるのだが、今日はそんな感想しか出てこなかった。
同じ風景でも見る人の状態によって、その人が何を感じるのかは変わるものだ。
それは秋に風情を感じるタイプの俺も例外ではない。
黙っているときは結構な頻度で考え事をしていたが、今日はいつにもまして激しく脳内議論を繰り広げていたのである。
論題は、“ここ三日に立て続けに起こってる不可解な出来事について”、だった。
【東澤誠】と書かれた半紙が挟まっていたのが月曜日の朝礼前の出来事。
その朝から、俺の周りで良くわからない出来事が頻発するようになった。
たとえば、授業でパソコンルームを使った時脱いでいた校内靴が、帰り際に片方だけ突飛な所にいっているのが見つかったりとか。
『東澤』とだけ書いた紙が張ってある空き缶が、教室付近の窓枠に置かれていたりもした。
他にも、注意し始めてから少なくとも5、6個はそんな小さな謎な出来事が起こっているのである。
それは“嫌がらせ”なんて大層なものでは無かったが、だからといって無視することはできない程度には“謎な出来事”だった。
それに、月曜日に問題集に挟まっていた“微妙に間違った名前が墨で書いてある半紙”も、昨日もまた同じ問題集に挟まっていた。
ただし、今度は【 車 澤 誠 】と書かれていたのだが。
………“中”くらい書けるだろうに、と思う。
これに関しては、一体何がしたいのかまったく意味が分からない。
なんの悪気があって、人の名前の、しかも凄く簡単な漢字をマイナーチェンジしてくるのだろうか。
逆に画数多くなっている。
…もしかしたら、俺の気にしすぎなのか。
最近周りに無意味に注目されることが多すぎて、自意識過剰になっているだけなのかも。
いやだけど、今までこんなこと感じたこと無かったし…。
……。
……ふむ。
よく分からない。
さっきから色々考えてみてはいるのだが、結局ここに戻ってきてしまうのである。
……これはいけない、堂々巡りになっている。
同じことを何度も考えるのは俺の性格上良くないのだ。
無駄な深読みをしてしまう。
俺は一旦、志向を変えて考えてみることにした。
『きっと気にしすぎだ、これに誰かの裏の意図なんてない。』
すると、『東澤』って書かれた空き缶なんて、俺の過剰反応なだけな気がしてきた。
あの半紙に書かれていただけじゃないだ、本名でもなんでもない。
てか、ほんとに東澤くんがいるのかもしれない。
高校は人数が多いし、探してみたら案外……。
だが、それらを全て勘違いにくくるとしても、半紙の件がある。
大きくて大雑把な文字で書かれた墨字の半紙。
あれだけは何が何だか全く分からない。
挟まっている事は事実なのだから、こればかりは勘違いじゃ説明できなかった。
それに、どうやって問題集に半紙を挟んでいるのかという疑問も残る。
俺はいつもむやみに荷物をほったらかしておくわけじゃないし、移動教室にしても、空になった部屋には鍵がかけられる。
荷物に細工するなんて、いつのタイミングで行われているだろうか……。
俺は頭をひねる。
………なにか俺に言いたいことでもあるのだろうか。
……いや、あれだけだと全く伝わらないんだけど……。
それにどうして、数学の問題集なんだろう…。
……あ、待てよ。
俺はそこでふと思い出した。
そういえば今日の昼間は例の問題集を篠原に貸していたのだ。
いつもは何かと末永にノートや参考書を借りる篠原だったが、昨日珍しく俺に頼んできたのである。
最近俺がいつもあの問題集を持っているからかもしれない。
『中澤ー!借りてた問題集返すぜさんきゅー!』
放課後、そういって俺に問題集を手渡して颯爽とクラブへと消えていった篠原を思い出す。
所属のバレー部でミーティングがあるらしいと末永に聞いてその後、俺は直ぐに問題集を鞄に入れた。
問題集が俺の手元になかった以上、今日はなにもできないじゃないか!
そう思いあたった。
俺は何だか気が楽になるのを感じる。
そうだ、きっと誰かのちょっとした悪戯だったのだ。
それこそ矢吹あたりの出来心とか。
何がしたかったのか全然解らなかったけど、そうに違いない。
自分の力でどうにもならない事をくよくよ考えていてはいけない、俺はそれを最近学んだのである。
すっかり気を取り直して、俺は図書室に戻った。
部屋にはいつもと同じ眼鏡の図書委員と、やはり人がパラパラと数人。
俺はいつもの席に再び腰を下ろすと、後でやろうと机の上に置いていた数学の問題集を手に取る。
最近は図書室で専ら数学の問題集をしているのだ。
原野さんの課題の中でも一際量が多く、時間を目一杯使わないと終わらない。
さて、改めまして楽しい二次関数だ。
問題集をめくる。ぱらり。
【 申 澤 誠 】
そこには、例の半紙が挟まっていた。
……………。
まさか、思いもしなかった“犯人篠原説”が浮上した瞬間だった。