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Contrast  作者: WGAP
6."11 SAMURAIs"
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6."11 SAMURAIs" -e1 『事実』 

-e1『事実』





『中澤誠と原野唯陽は付き合っていない。』

そんな分かり切った噂話が流れていると聞いた日から数えて三日が経過した。

今日は月曜日、テスト二週間前である。



朝の授業前の廊下は相変わらずがやがやしていて、その喧騒が疲れきった頭に響く。

この休日は一瞬のうちに掻き消えてしまった。

原野さんに出された、ぎょっとするほど凄い量の課題の消化に追われていたのである。


やばい、終わらない、寝れない。

こればっかりをぐるぐる考えていた。

休みなしで部屋に缶詰になって母さんに心配されながらねばっても、脳みそを酷使しすぎて知恵熱を出しそうになりながら頑張っても、まるで目処が立たなかった。

……まあ、そんな鬼のような量の課題こなす為に犠牲になったのは、類にもれず睡眠時間だったわけである。


しかも今日は原野さんに言い渡されて早朝から図書室で勉強していたため、朝家を出たのは7時頃だった。

ここ2日、まともに寝ていない。



今日も一体何度学校を休もうと考えただろうか。

だが、早朝図書館学習を守らないと後からどうなるか分かったもんじゃない。

それにテスト二週間前だとまだ授業もガンガン進むのだ。

ここでまた分からない事を増やして死亡フラグを立てるわけにもいかなかった。


ツケは後で必ず自分で払わなくてはいけないのである。

そのことを俺は身をもって知っていた。





朝から疲れてぼんやりしながら図書館からの廊下を抜けて、俺はホームルームの引き戸を開けて中に入る。

「おっす、誠ー!」

「中澤ー、はよーっす」

俺の姿が見えたのか、話していたらしい矢吹と篠原がすぐに声をかけてきた。

そちらの方を向くと、末永も二人と一緒にいたようで、こっちの向かって小さく手を振っている。


「よーっす……」

俺はいつもと同じように適当に返事を返すと、自分の席に直行した。

そのまま3人の所に喋りに行っても良かったのだが、今はただただ眠い。

自分の机で突っ伏して寝たい。





…だが。

そんな希望とは裏腹に、席に着いて寝る体勢に入ろうとした俺を待っていたのは、どう頑張っても寝ることができない状況であった。





「ねえねえ、のんちゃん!知ってる?中澤くんと原野さん、付き合ってるって話!」




斜め後ろから、ひそめながらも興奮した様子の声が飛び込んできたのである。

瞬間、俺の背筋が泡立った。

決して大きくはないその声を拾ってしまったのは、耳に慣れた聞き覚えがある単語ばかりが並んでいたせいなのだろうか。


「え…え?中澤って…まことくん……?」

続いて驚いたような谷口さんの声。



俺は組んだ腕に頭を乗せた体勢のまま、全神経を集中させて聞き耳を立てた。

耳の奥がドクドクと早鐘を打っている。



「あれ、知らない?凄く噂になってたでしょ?文化祭辺りからなんだけど。」

「え………。なにそれ……わたし、しらない」

「えーそうなの?!結構有名だと思ってたー。」

「あ、えっと………原野さんって誰?うちのクラスじゃないよね。」

「あれ?のんちゃん知らない?1組の超美人さん。男子の間じゃ凄く有名でね…」

「……もしかして、黒髪でクールな雰囲気の人?」

「そうそう!多分その人だよ!!」

「……そっか…そっか………」



谷口さんが言う。

その言葉から心情は図りとれない。

同じ言葉を小さく繰り返す声。


喉の奥が乾いてくる。

俺は完全に焦っていた。


どうしよう。

どうしよう、しられてしまった。

一番知らてはいけない噂を知られてしまった。

どうやったら弁解できるのだろう。

このままじゃ原野さんに、師匠に、なんて言われるかわからない。


なのに、ただ聞き耳を立てているだけの俺は、見えない空気のようにじっと息を凝らすことしかできないのだ。

その事実にただただ眩暈を起こしそうだった。




だが。

「けどね!……その噂、実は違うらしいんだ!!」

「……え?」

心労が吹き飛ばされるのは一瞬だった。


俺は目を見開いたのと谷口さんの驚いた声が聞こえたのが、ほぼ同時の出来事。

とたんに、眼下に先日の出来事がフラッシュバックする。

俺が思い当たるのに合わせるように、クラスメイトの女子の声が続けた。


「最近になって聞いたんだけどね。ほんとは付き合ってないみたい!」

「……そうなの?」

谷口さんが不思議そうに尋ねる声。

対照的に、クラスメイトは嬉々として語っている。

「そう!もー、私も安心しちゃってー!よかったーって!!」


「そっか…そうなんだ……」

よかった。

谷口さんは小さくそう言うと、黙った。






俺は、体中の力が抜けていくのを感じた。

ストレスが一気に取り除かれて行く感覚をかみしめながら、安堵に身を任せて脱力する。

よかった……本当にどうなるかと思った。

もし勘違いされてしまったら、俺は何と言って原野さんに報告すればよかったのか。

その時の彼女の反応を想像するだけで、また背筋に悪寒が走った。



新しい噂話には、感謝しなければならないかもしれない。

俺はさっきのことですっかり覚醒した思考を巡らせる。

誰が何のために流したのか。

意図が読めない“ただの事実”の噂話ではあったが、こんなところで役に立つとは思わなかった。




だけど。

まあ、出来たら放っておいてほしいことには変わりない。

俺と原野さんのことは、噂してほしくない。

付き合っているなんてのはただの虚実だし、付き合っていないなんてのもただの事実なのだ。


ただ放っておいて欲しい。

俺達の関係はそんな単純なものではない。

たとえどう噂されても、しっくりくるものなんてないのだから。





俺は身を起こした。

鞄から数学の問題集とルーズリーフを引っ張り出す。

落ち着いたら、なんだかぼーっと考え事をする気分でもなくなってしまった。どうせなら自習でもしていよう。


問題集を開く。





………するとそこには。


【 東 澤 誠 】


と、中央に大きく大雑把な墨字で書かれた半紙が、挟まっていた。








「………はあ???」


…思わず声に出してしまった。


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