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Contrast  作者: WGAP
6."11 SAMURAIs"
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6."11 SAMURAIs" -c3 『過敏』 

-c3『過敏』





 さて、もう冬まっしぐらなこの時期。日が落ちるのは驚くほどに早い。

勉強を再会して一時間もしないうちにあたりは薄暗くなり、二時間経った今では、手元を照らすのは室内の照明だけになっていた。



スピーカーから下校を促す音楽が流れてくる。

「え、7時か…。どうする誠、終わった?」

読んでいた本を閉じて、原野さんが言った。



数学の解説をしてもらって演習に励んでいた俺は、憔悴していた。

…というか、解らなすぎて逆にイライラしていた。


二次関数が解らない。

どうして原点から動くんだ。

お前はそんな簡単に自分の居場所を変えるような奴だったのか。

…見損なった!

空気を読め、空気を!動いたら最大値が解らないだろ!!



 そんなストレスフルな状況の中、どうでもいいことばかりを考えるあまり、果たして“場合分け”というものがこの世界に必要なのかなんて問いに直面してすっかり手が止まっていたのである。

当然の結果だろうが、演習課題は原野さんに言われた量の半分も進んでいなかった。




「…決して芳しいとは言い難い戦況であります」

「……出来てないだけでしょ、なにちょっと格好つけてんのよ」

…オブラートぐるぐる巻きにしてみたが誤魔化せなかった。


「あーもー!!貴方、期末まであとどれくらいか知ってる?!」

「…二週間です」

「期末試験が何教科か知ってる?!」

「……それはそれは沢山の教科が」

「アウト!なにそれアバウト!!」

突っ込みが被り気味だった。



 原野さんは唸って俺のルーズリーフを引ったくり、出来具合を調べ始める。

「とにかくね、数学は早めに理解してもらって演習がしたいのよ私は。ここって結構難しいのよ、全体的に………、…って!ここほら、平方完成しないとどうにもならないでしょ!」

ぺいっと俺の試行錯誤の結晶がこっちに放り投げられて返ってきた。

「俺、やっぱ平方完成苦手で…使いどころが解らなくて…」

「だぁかぁらぁ!!平方完成は!まず始めにやるの!手始め!イツモココカラ!分かる?!」


原野さんが俺に詰め寄る。

思わず喉の奥がグッと鳴る。



口をつぐんだ俺を見て、彼女は態勢を戻すと、乱暴に髪をかきあげた。


「あ゛ー、解ってないでしょ?…てか今解っててもすぐ忘れちゃうのね、解った、納得!なる程、いいでしょう!!」

そうまくし立てて原野さんは、呆れたような半笑いなような、微妙な顔をして言った。

「居残り決定。場所変えるわよ。」




 居残り…。

今まで散々チラつかせられていたが実行には至らなかった、居残り……。

満を持して決行、といった感じか。

俺は表情にでてくる落胆を何とか隠そうと、眉間に力を入れた。


出来れば教えてもらうなりに頑張って、すぐに理解したかったのだが。

やはり、そんなにスマートにはいかないらしい。

それは現在の俺にはあまりに当然の結果なのかもしれなかった。

思ってるだけで行動になかなか現れない、俺には。




 そうこう考えている内に、原野さんはテキパキ自分の荷物をまとめて、読んでいた本をカウンターに返しに行ってしまった。

こうしている場合ではない。

俺も慌てて教科書類を鞄に放り込みながら、その姿を目で追う。


窓から差す日差しが無くなり、奥の方の証明も消されている夜の図書室は薄暗い。

デスクスタンドの効果か、まだ図書委員が一人居たカウンター周辺だけ、明るく浮いて見えた。



「済みません、返却お願いします」

「はい」





 荷物をまとめ終え、俺もカウンター近くまで足を運んだ。

手続きにはパソコン処理が要るのか、もう少し時間がかかりそうな雰囲気だった。

外でまっておくのが無難だろう。





 扉に向かって行く最中、何気なくカウンターで返却手続きをしている男子生徒に目をやった。

遅くまで大変な係である。

ふとそう考えたとき、彼の赤セルフレームの眼鏡の奥の目と、視線が絡んだ。

ジトっと、そんな感じで。

…え?



俺は突然の事に慌てて、見てない振りをする。

引きちぎるように視線を外し、廊下にでた。

知らずのうちに心拍数が上昇していた。



まてまて…こんなことでビビるなんて……。

いや、これはまさかあんな一瞬のうちに目が合うとは思わなかったから少し面食らっただけだ。


…もしかしたらそもそも、目があった気がしただけかもしれない。

なんせ、表情も良く見えなかったのだ。

何かの見間違いを誘発する程度には辺りは薄暗かった。


落ち着け、深い意味なんてないのだ。

おれが過敏に反応してるだけだ。







 「おまたせ」

後ろ手にドアを閉めて、原野さんが出てきた。

「ごめん、ちょっと教室に寄りたいから、先に靴履き替えといてくれない?すぐ行くから」

「…あ、はい。」


そう言って先に行ってしまう彼女の後ろからゆっくり歩きだして、俺は思った。

きっと神経が過敏になっているんだ。気にするようなことじゃない。

気にするだけ神経の無駄遣いだと、俺は彼女に教わったのだ。




 夜の学校は薄暗い。

後方でバタバタと誰かが廊下を走る音が聞こえてきた。


あれ、まだ誰か残っているのか。部活動だろうか。

そう思って、ふと気がついた。


そういや、同じような物音を昨日も帰り際に聞いた気がしたのだ。

…一昨日も、考えてみたら、その前も。




………おっと、こんな細かいことにまで過剰に反応しすぎだ。これは完全に疲れてる。

誰かがもの音を立てるなんて、学校なんだから当たり前だろ?

さっきの視線も気のせいだ。勘違いに決定。


そうそう。

……絶対そうだ。




俺は胸のあたりのもやっとした不安を押し込めて、一階へ続く階段を降りる。


しっかりしなければ。

今日の放課後はまだまだ長い。






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