1."A May-day" -c1 『心索』
-c1 『心索』
五月下旬。
今年は何故か気候が不安定で、春らしい気温がほとんどないままに、もう初夏の陽気が見え始めていた。
ゴールデンウィークも開けて数週間。
五月病のウイルスがそこら辺を飛び回っているようで、あたりは何となくかったるいような雰囲気である。
こんな時に運悪く連続して降っている雨も相まって、このじめじめした空気は重たい霞のようにねっとりと体にまとわりついていた。
俺が矢吹に例のことを“察せられた”あの日から、もう幾日かが過ぎていた。
矢吹には、谷口さんの件でいろいろお節介を焼かれたり、いらないフォローを入れられたりと、ドギマギさせられることばかりである。
本当に、一番ばれたら駄目な人にばれてしまったのかもしれない。
そのドギマギを回避したくて最近、俺は谷口さんをより避けるようになっていた。
…どこに行くんだい、俺の青春。
そして。
あの日に起こったこともう一つの出来事……告白現場に蜂合わせことを、俺は誰にも話さないでいた。
そこはデリケートな問題だから、言いふらすのは良くないと思ったのが半分。
もう半分は、あの出来事を他の誰にも知られたくないという気持ちだった。
あの事件が俺にもたらした衝撃は、想像以上に大きかったらしい。
あの後矢吹と合流してジュースを飲んだ時も、家に帰った時も、その後何日かを過ごしても、まだあの時の感覚は消えなかった。
心の端が落ち着かないような、そんな感覚。
それは、いくらか“羨望”にも似ている気がする。
彼女は、凄い。
俺が間違いなく言えない、出来ないことを、さらっとやってのけた。
それが良いことなのかそうでないのかは別にしても、彼女のあの行動には“俺にないもの”が沢山詰まっていた。
きっと彼女は、俺が持っていないものを、欲しくてたまらないものを、沢山持っているのだろう。
両手から零れるほどに。
零れ出て、意図せずとも相手にそれが伝わってしまうほど沢山、持っているのだろう。
今までそんなことを感じる人に会ったことがなかったから、俺は少なからず動揺したのだろうと思う。
また同時に、これはチャンスでもあるのではないかと思う。
自分の持っているもので相手に影響を与えてしまうようなカリスマ性。
もしかしたら、この俺の性格も、彼女に関わればなんとかなるのではないか…?
そうは言うものの。
だからと言ってぱっと彼女のところへ行ってこの胸の内を打ち明ける、なんてことできるはずもない(その点で俺は田辺君を尊敬したい)。
それ以前に、俺は彼女の前に出ることすら怖かった。
俺が隠してきた“裏”を、知られたくない“内側”を、簡単に見抜かれるような気がして。
俺は相手が何処の誰なのかも知らない。
もちろん、相手は俺の存在すら知らない。
『結局、チャンスを見つけたにも関わらず、目前にして逃す』。
そんな諦めがかったビジョンが頭の片隅で明確になってきた5月最後の日。
きっかけは突然やってきた。