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Contrast  作者: WGAP
6."11 SAMURAIs"
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6."11 SAMURAIs" -c2 『失念』 

-c2『失念』




図書室にあまり人はいなかった。

最近できた自習室に受験生が流れていることと、まだ期末テストまでそれなりに時間があるからだろう。


居る人と言えばごく僅かで、カウンターに座っている図書委員一人と、静かに本を読んでいる人が数人と、そして。

奥の自習スペースで扉に背を向けるように陣取っている、原野さんだけであった。






「戻ってきました。」

俺は休憩前に座っていた席に戻る。

目の前には散々苦しんだ古文の教科書とノートと、学習の奮闘の後が残っている(今思えば風流思考はこれが原因だったのかもしれない)。



「思ってたんだけどね、やっぱり貴方ばてるの早いわよ。」

原野さんはそう言いながら、数学Ⅰの問題集をパラパラめくっている。

「これでも最初よりはもつようになったんですよ。」

「けど、もうちょっと頑張ってもらわないとね…。ただでさえ貴方の希望で始めるのを放課後1時間経ってからにしてるんだから、時間足りないのよ…。」

「そうでもしないとまた要らない噂が経ちまくるじゃないですか…。現に前よりはこそこそ噂される量も減りましたし。あまり目立たずにやれているんですからいいと思いましょうよ。」





思い返せば勉強を開始した当初。

やはり周囲の目と言うのは目ざとく、俺達はまた学校内の噂の種となってしまった。

クラスにはまた居づらくなってしまったし、篠原に問い詰められることも多々あった(その度に助け舟を出してくれた末永には本当に感謝である)。


さらに困ったのが、流石にこれではいけないと思うような状況だったのにも関わらず、師匠はまるで気にする様子を示さなかった事である。

勉強の方は予想通りのスパルタだし、昼休みも堂々と人目の付くところに呼び出してくるし、放課後も人が見ている中でともに帰宅することをためらわなかった。

その気持ちいいまでの開き直りっぷりは見習うべきなのか否か、俺には分からなかったが、とにかく。

このままこれを続けていては、あまりに目立ちすぎて絶対に良くない事は確かであった。



なんとか勉強会を継続し、目立たないような方法はないのか。

俺は頭を絞りに絞って、この案を考えたのである。

人が一気に減る放課後から始めれば、めちゃくちゃに人目につくことも少なくなるだろうと、そういう考えだった。


実際これには、実感としてそれなりの効果があった。

噂の量も、勉強会を始める直前くらいまでには収まってきているように感じる。





…のだが。

こんな俺の苦労を知ってか知らずか、原野さんはしれっとこう言った。


「あら、誠。案外見積もりが甘いのね。そういう事に関してはもっと敏感だと思ってたけど。」

「……え、なんですかその含みのある言い方」

思わず怖くなった俺に、原野さんはさらりとこう返す。


「こういうのって、表面が静かなだけで、水面下ではいろいろあったりするのよね。まあ、私は現状がどうなってるのかはよく知らないけど。」

「………………なにそれ。」

「そんなもんよ。」

「……まじですか。」




俺は、疲労感がドッと背中に乗っかってくるのを感じた。

……噂って、表立って言われるものだけじゃないんだ……まあ、そりゃそうだろうけど……。

今まで直接的なものしか経験していなかったのと、原野さんに言われるまでは意識したことがなかったので、その可能性をすっかり失念していたのである。


どうすればいいんだ、ほんとに。

…ほんと、まじで、これって…



「………今更何かやってどうにかなるもんじゃないですね。そんなこと陰で言われてたら………。」

ポロっと、思ったことが漏れた。





「……ほー」

するといきなり、原野さんがきょとんとした顔をした。

その表情をみて、俺もきょとんとなる。

「…え、なんですか急に」


「誠もそうやって考えられるようになったのねー…」

「え」

「『どうにかなるもんじゃない』って。前なら絶対そのことでくよくよしてたでしょ。」

「…あ……」




俺は気づいた。

確かにそうだ。

以前はそんな嫌な状況の全てについて悩んでいた。

なぜこうならないのか、なぜこうなったのか、と。

自分の力ではどうにもならないことも全部ひっくるめて、考えていた。




「そう思えるようになったらもう少しね。もう少し。」

そう言って笑う我が師匠。






俺は思う。

これがもしかしたら修行の成果なのかもしれない、と。

だが一番に感じるのは何より。



原野さんと居るようになって、俺は変わったということだった。



修行とか、そういうのは後付けのような気さえする。

彼女という存在に感化されて、影響されて、俺は知らず知らずのうちに変化して……。






「……もう少しで、契約も終わりね。」


…彼女の次の言葉に、俺は思わず固まった。

原野さんは相変わらず問題集をめくっていて、顔の前に垂れた髪で顔がよく見えなかった。





そう、契約、だ。


契約。


契約、けいやく、ケイヤク。







ふと、衝動的に。

俺は傍らにあった英語の教科書をひっつかんで、適当にページを開いた。


ラインマーカーを引いた短文。



"Joy and sorrow are next door neighbors."



……誰がこんな時にうまいこと言えって言ったんだよ。






「ちょっと、誠、次数学よ?」

彼女が隣でそう言っている。



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