6."11 SAMURAIs" -b5 『場所』
-b5『場所』
ではここで、“勉強を見る”とは具体的にどのような内容を指すのか考えてみよう。
この場合、俺は高校範囲の勉学の基礎の基礎からぐらついていた為、そこを徹底して固める作業の事を指す。
つまりそれはどういうことかと言うと、教科書や問題集の基本問題をしっかり理解することである。
だがここで考えてみてほしい。
“問題集を開き、問題を解答することで出てきた疑問点を、教科書で調べつつ解消していく”というプロセスを自発的にこなすやる気と根気を持った人が、はたして2の8乗の席次をとるだろうか。いや、とる訳がない。
仮に俺が珍しくそのやる気を持ったとしても、この低スペックの理解力では、すぐ疑問にぶち当たり、一瞬でモチベーションが消滅してしまうのは目に見えている結果である。
だから、ここで言う“勉強を見る”とは、『徹底した基礎固めの為の問題演習を“強制”し、さらに疑問を“解消”する』という事を指している。
その為には勉強する俺の横に付き、勉強習慣を無理から矯正していくことが必要になってくるのだ。
…ここまで考察したうえで考えてみてほしい。果たしてこれだけの徹底したケアを、一体“どこで”行うというだろうか。
「で、決まったのはいいんだけど、一体場所をどこにするのかが問題よねー…。」
流石我が師匠、俺の自己分析など伝えるまでもなくこの問題点にいち早く気がついた。
傾いていた首を更にひねって難しい顔をしている。
「兄、ここって使っていい?どう?」
「うーん…さすがに平日はねえ…。僕も大学云々で忙しいからなあ。」
陽翔さんも困り顔である。
その返事を聞いて、原野さんもはあーっとため息をつき、机にこてんと頭を預けた。
「やっぱりそうよねー……」
「どうしましょう?原野さん。」
「うーん、いきなり躓いたわねー…。ゆっくり定期的にやれる場所がないと、絶対うまくいかないし…。徹底的に叩き込まないと…きっと基礎からガタガタだろうし…うーん……」
おでこを机にぐりぐりしながら考えている原野さん。
俺はその台詞を聞いて、思わず言葉が漏れた。
「…あれですか、そんなにがっつりする感じですかやっぱり……。」
“勉強しなくては”と自己分析はしていたし、原野さんがそれを意図している事も想像はついていたが、それをするにはあまり乗り気になれなかった。
分析するだけして、放置。考えているだけ。
行動に移せていたらもっと早く俺の成績は向上していたはずだが、もしそれができていたら、俺は今ここにいない。
わかっているのに俺は。
この件を引き受けてくれた時の師匠の自信に満ちた姿から、他の良い方法があるのかもしれないなんて、勝手に甘く考えてしまったのだ。
人任せで無責任な幻想が、思わず口からこぼれて落ちた。
そんな俺の発言に、原野さんはくるっとこちらを向き。
「……。……はあーーーーーーあ。」
わざとらしく大きなため息をついた。
…“ため息とついた”と言うか、“ため息のような音を喋った”と言った方がよさそうなわざとらしさである。
彼女はジト目でこちらを眺めている。
頬は机にくっつけた姿勢のままだったのに、遥か上から眺められているように感じる視線だった。
「あのねー……勉強出来るようになろうと思ったら、勉強するしか無いのよ。近道なんてないし、裏技もないわ………まっすぐ正攻法で攻めるしかないの。逆に言うと、勉強なんてしたら誰でもできるようになると私は思う。」
「……ですか。」
「そ。……で、あれでしょ。今までそれをしなかったから成績低迷してるんでしょ。あたしが思うにね、マコトは……」
…原野さんは、俺の勉強姿勢に関しての考察を、つらつらと述べ始めた。
それはあまりに的確で、まるで今までどこかでずっと観察されていたかのような錯覚を受けるほどだった。
マコトはまず勉強しようとしてない、モチベーションがない、しようとしたらしたで続かない、続かないのは分からないから、………。
やはり人間と言うのは不思議なもので、自分で思っていた事を他人に言われると想像以上にダメージを受けるのである。
俺は本日2度目のそんな台詞を、心が折れそうになりながら聞いていた。
「……要するにね、基礎をしっかり固めることと、その為の十分な時間が何としてもいるわけよ!ここさえできれば後は組み合わせなんだから、とにかくそこを何とかしなきゃ……その為には場所が……ほんとにマコトは……」
「ねえ、けどユウヒちゃん、一体どうやって勉強する気なの?」
また俺に砲弾を浴びせかけようとし始めた彼女をたしなめるように、陽翔さんが尋ねた。
……正直助かった、と思った。
「基礎固めって簡単にいうけど、それが一番難しかったりするんだよ?」
「うん、わかってる…だから学校の授業みたいに…一からやるつもりなんだけど……」
「ふうん、学校ねえ。」
「うん、学校…………。………。」
「……。」
「…………。」
沈黙が流れた。
原野さんは相変わらず机に頬をくっつけて突っ伏しているし、陽翔さんも俺の斜め前の位置に座って炬燵で暖まっている。
俺は俺で、窓からさしてくる光と炬燵の温かさで頭がぼんやりしてくるようだった。
…もしかしたら考えることを放棄したいだけかもしれないが、それはいいとして。
こんな問題について考えてさえいなかったら、ほんとにのどかな昼下がり。
「………あ。」
しかし。その静寂は原野さんの間抜けな声によってかき消えた。
「……ん。なに?」
陽翔さんはこの陽気に眠気が襲ってきたのか、目がトロンとしてる。
それは俺も同じだった。
目が半分しか開かない。
だが、原野さんは違った。
目がびっくりするくらい、くりっとあいている。
いつもは本気で目を開けていなかったんだ…と思うくらい、あいている。
「なんで気付かなかったんだろ。学校ですればいいじゃない、学校で。」
「あー、学校ねえ、良いんじゃない?」
適当に返事する陽翔さん。
「図書館とか良い感じに静かだし、良いわね。」
「そうだねーいいねー」
なぜかトントンと話が決まって行く。
もう決まったとばかりに陽翔さんはあくびをしだすし、師匠に至っては「良い案思いついたらなんだか私も眠くなってきたわ」とか言い始めた。
目がさっきの大きさの半分になっている。
だが、俺はこのおかげですっかり目が覚めた。
思わず背筋が伸びてしまうくらい。
学校で勉強するなんて!!そんなの困る!!!
「がっ学校って!そんな、それはやめましょうよ、せっかく噂が収まってきて……」
「なによ、まだ気にしてたの?マコトは…」
「けど!そんなこと言いますけど、俺がどれだけ…」
「噂なんて無視よ、無視。私達は何も変な事はしてないし、起きてしまった事はもう仕方ないし。」
「そうだよセイくん、他人は自分でコントロールできないんだよ。」
「分かってますけど!そんな新たに噂立てるようなことしたら…」
「一回たってしまったんだがらもう遅いって。それに他に場所あるの?」
「そ……それは……ない、ですけど」
「そうでしょ?仕方ないのよ、腹くくりなさいマコト。」
「いや!!けど!!!」
「2の8乗でいいの?」
「……いやそれはほら、良い訳ないですけど、けど、そこまでしてまで、ほら」
「セイくん、往生際悪いよセイくん。」
「………陽翔さんまでそんな!!!!」
必死の阻止も、もうすっかりお昼寝モードに突入したこの兄妹に届くはずはなく。
俺は程なくして、はたまた本日2度目の制圧を受けたのだった。
…“平穏な生活”なんて幻想は、いい加減捨ててしまった方が楽になるのかもしれなかった。