6."11 SAMURAIs" -a2 『詰問』
-a2『詰問』
俺が拉致られて数時間が経った、昼休み。
俺達は人が来ない非常階段の踊り場に来ていた。
文化祭の時に原野さんたちと話し合いをした場所だ。
篠原もこの場所の存在を知っていたらしく、朝も俺はここへ引っ張って来られたのだが、その時は朝礼前で時間が無く、結局すぐに退散する羽目になってしまった。
矢吹は元からさぼる気満々だったが、篠原がそれを制したのである。
篠原は何事にもアツイ奴だが、それと同じくらい真面目だった。
その為、この会議は昼休みに持ち越されたというわけだ。
授業を受けている間は、本当に長かった。
とにかく居心地が悪かった。
今までは目立ちすぎないように気をつけてきたので、ここまでひどい状況を経験したことがなかったのである。
周りから発せられる好奇やら疑心やらの感情が塊になって俺を圧迫してくるようだった。
そしてなにより怖かったのが、谷口さんのことだ。
谷口さんはこのことをどう思っているのだろうか。
想像するのも怖かった。
俺は周りの視線も谷口さんの表情も篠原の殺気も見ないように、気づかないふりをして、机に突っ伏して午前中を過ごした。
そして現在。
またもや篠原に引きずられるようにして、ここにやってきたのである。
俺達は誰も来ないことをいいことに、踊り場に座りこんでいた。
矢吹は立膝で俺の左、末永は体育座りして俺の右側、そして篠原は俺の目の前でドンっと胡坐をかいている。
俺はというと、そんな篠原を目の前に、正座して冷や汗をかいていた。
どうしたらいいのか分からない。
朝あんなに気持ち良かった秋風が妙に寒かった。
「…な…なか…ざわ…なかざわ……なぁかぁざぁわあぁぁー!!」
何かが途切れたかのように、篠原がわなわなと震え始める。
グアッ!!と背後から何か得体のしれないものでも出してきそうな程の熱気である。
「一体どういうことだ……!!朝から噂になってる…アッ、アレは本当なのかよ ま ま まさかお前原野さんとっつ、つ!!いやもう詳しく説明してもらうまで絶対ゆるさ」
「篠原。」
オーバーヒート状態の篠原を、末永が華麗に遮った。
「早く聞きたい気持ちは分かるんだけどさ、取りあえず昼飯食べない?」
コンビニのサンドイッチを片手に微笑む末永。
矢吹はもうすでに弁当を搔き込んでいる。
篠原は「う…」と言葉を漏したが、暫く考えた様子を見せると、
「…分かった。じゃあ食いながら話す!」
と膝の上で弁当を広げ始める。
「あ、じゃあ…」
俺も持ってきていた弁当を広げようとしたが、
「中澤はまだ駄目だ!!!!」
篠原に凄い形相で遮られた。
……全部話すまでは食べるなってか…。
しぶしぶ弁当から手を離した俺の横で、末永が苦笑しているのが目に入った。
「…それでだ、中澤。お前は何故、文化祭の時原野さんと一瞬にいたんだ。簡潔に分かりやすく、だが洗いざらい答えるんだ。」
弁当を準備するや否や、篠原はまた俺を見据える。凄い目力だ。
俺は困り果てた。
…この場合、何て言うのが最善なんだろう。
原野さんと文化祭を回っていたことが事実な以上、とぼけるのは無駄だ。
だからと言って、修業とか、そういった本当のことを話すわけにもいかない。
このことだけはばれたくなかった。
これには俺の自己防衛のような真理が働いているのかもしれない。
プライドとか、見栄とか。
話したくないのは踏み込まれるのが嫌だからなのか。
変化が嫌だからなのか。
逃げられない以上、ここで潔く話してしまって楽になるのが一番平和なのかもしれない。
だが、俺はなぜか、それだけはしたくなかったのである。
黙りこむ俺を見て、篠原がはぁーっとため息をつく。
「中澤、別に俺は怒ってるんじゃない。気になるんだよ、女子ともほとんど話さないようなお前が、どうしてよりによって原野さんと文化祭を回ってたのか。」
「だよなー」
弁当をもぐもぐさせながら矢吹が相槌を入れてくる。
「原野と誠って、オレっちがらみで五月にちょっと喋ってたくらいだと思ってたからよー」
「ん、なにそれ気になる。詳しく。」
末永は早くもサンドイッチを食べ終えたのか、空き袋を綺麗にたたみながら矢吹に尋ねた。
「あ?えーっとな、誠と帰ってるときに偶然原野に会ったことがあったんだよ。そのあと原野の落とした財布を一緒に探してー」
「へえー。」
「なんだよその美味しい出来事は!!!」
篠原が吠えた。
「もう篠原はちょっと落ち着けってー!で、オレ用事出来たからそのあと誠に任せて帰ったんだよなー…」
矢吹がそういうと、袋をたたんで綺麗に結び終えた末永(器用だ)がぽつっと言った。
「その時に仲良くなったとか?」
「いやちがうそれはちがう。」
俺は即答した。
…ちょっと即答気味だったかも知れない。
あまりに的を射ていて思わず、だった。
あの時がきっかけであるのは紛れもない事実だったが、そこから話を展開させて俺の望むような方向に収束させるのは無理な気がしたのだ。
5月から10月の半年。
それは意図せずとも、かなりまとまった時間なのである。
いらぬ誤解を生む程度には。
俺のこの返事に、末永は「んー?」とだけ言うと、深く追求はせずに結んだ袋をビニールに入れた。
矢吹は俺の態度には気づかなかったのか、話し続ける。
「しかも原野の兄貴も一緒だったんだろ!家族ぐるみのおつきあいじゃねーか、なあおい。どういうことだ、誠よ。」
にやにやしながら俺に視線をよこしてきた。
『お前、いつの間に乗り換えたんだよ、え?え?』
とでも言いたげな顔である。
放っておくと余計面倒なことになりそうだったので、俺はありったけの“これ以上喋ったら分かってるだろうな”の視線を送った。
矢吹はそれを察知したのか、「へーい」と言うとおかずの卵焼きを口に放り込んだ。
そうだ、陽翔さんと回ってたことも説明しないといけないんだった。
俺は、話せば話すほど逃げ道が消えていくのを感じていた。
事実を話すのが一番なのか…?
だが、この期に及んでもやはり俺は事実を話すことに乗り気になれなかった。
考えろ。
何か良い方法は……出来るだけ嘘はつきたくない、何とか原野さんといたことを正当化出来る方法を考えるんだ……。
「おい中澤、どうなんだ。」
篠原の催促の声。
俺は考える。
原野さん……陽翔さん……どうやって仲良くなった…。
そうだ、じちゃクエだ…陽翔さんとはゲームショップのALで……その後……?
その時、俺はひらめいた。恐らく最も良い切り抜け方を。
「じちゃクエだよ」
俺は言った。
「はあ?!じちゃクエ?!」
「それって、ちょっと前に発売したRPGだよね。」
篠原と末永が思い思いのことを口にする。
「けど原野さんとじちゃクエに何の関係が……。」
「俺はじちゃクエを買いにいったゲーム屋で、原野さんのお兄さんと仲良くなったんだ。」
俺は篠原の言葉に被せるようにいった。
「それで、お兄さんの関係で原野さんともしゃべるようになって……」
俺の考えはこうだった。
実際の順序としては“原野さんと仲良くなってから陽翔さんと仲良くなった”が正しいが、俺はこれを入れ替えて伝えた。
そうすることで“原野さんと仲良くなっても不自然じゃない状況”を作り出そうとしたのだ。
先に同性である“お兄さん”の方と仲良くなったことにすれば、異性である原野さんとその繋がりでしゃべるようになるのもそこまで不自然ではない。
それに陽翔さんの積極的に人と絡んでいくあの性格を考えると、この設定はかなり正当性を帯びたものとなるはずである。
「あーなるほど。原野の兄貴って結構面白い性格してるからなー。」
事実、陽翔さんの性格を知っている矢吹はこの話に納得したようだった。
「面白い性格って?」
末永の質問に、
「いろんな人にめちゃくちゃ声かけていくんだ。オレっちも原野とずっと同じクラスだったから、何度か話しかけられたことあるぜー。」
と矢吹が笑いながら答える。
「……なるほど。」
篠原は顎に手をやって何やら考え始めた。
…うまく切り抜けられるかもしれない。
俺はひやひやしながら事の成り行きを見つめる。
“矢吹が原野兄妹のことを知っている”というのはこの設定の大きなメリットだった。
俺が説明しなくても話が思った方向へ進む。
これは怪しまれない大変良い流れだ。
それにこの設定には俺にとっての大きなメリットがあった。
出来事が起こった順番を変えただけでほとんど嘘をついていないのである。
いくら事実を隠したいといえども、俺はこいつらに嘘だらけの話をしたくなかった。
嘘で自分を固めたくなかったのかもしれない…。
「……うん、なるほど。納得した。」
暫く考え込んだ後、篠原が顎にやった手を離して、言った。
「それならああいう状況になってもおかしくないな。」
俺はその一言にほっと安堵する。
良かった、うまく切り抜けられた……。
「だがしかし!!」
ほっとしたのも束の間、篠原はまた眉間にしわを寄せると俺の両肩をガシッとつかんだ。
気を抜いたところだった俺は飛び上がる。
「正当な理由があろうとも、これはやはり抜け駆けだ、中澤……。世の中には彼女と仲良くなりたいがために、様々な血のにじむような活動をしている人たちもいる。俺のクラブの先輩もその一人だ……。」
篠原のドアップに耐えきれなくなって、俺は右側に視線を向けて末永に助けを求めた。
末永は苦笑している。
「だから、中澤。分かるな?」
篠原はゆーっくりと息を吸うと、今までの険しい顔が嘘だったかのように、ニィーっと笑い。
「原 野 さ ん を 紹 介 し て く れ !」
俺はその歪みない笑顔に、
「お……おう」
と言うしかなかった。