6."11 SAMURAIs" -a1 『的中』
-a1 『的中』
秋が深まってきた。
ツンと澄んだ空気がシャツの中をさっと通り抜けていく。
俺はそんな風を清々しく感じながら、夏頃に何度もくじけそうになった学校への坂道を上っていた。
秋はいい。俺は思う。
徐々に色づき始めた落葉樹のおかげか、いつの間にか坂道からちらちらとオレンジやブラウンに彩られた町並みが目に入るようになっていた。
夏はあんなに上るのが嫌だったのに、季節が変わるだけでこうも変わるものなのか。
秋はいい。こんな綺麗なものがたくさんある。
少し冷たいくらいの気温が心地いい。
俺は良い気分だった。
なんだかなんでもうまくいきそうな気がしてくる…。
だがしかし。
文化祭という大きな学校行事が終わり、代休を二日挟んだ水曜日。
俺はこの二日の休みで、大事なことを忘れていたようだった。
『えぇ?!ほんとなのぉ!?』
『ほんとだって!私も見たもん!!』
『え~ショックー!!…やっぱり中澤くんも美人が好きなんじゃ~ん』
『でも!まだ分からないよ!!たまたま一緒に回ってただけかもだしっ!!』
『でも原野さんでしょぉ~……勝ち目ないって…。』
『おい、中澤が原野さんと回ってたってほんとかよ?!』
『マジだよ、俺みたぜ!!』
『なんだよー、侍らせるのは勝手だけどよりによって原野さんまで…』
『てか、原野さんにそっくりな男の人も一緒だったらしいぜ!』
『え…誰だよそれ』
『お兄さんとかじゃね?』
『おい、じゃあ、もう兄公認ってことかよ…!!なんだそれ!!!』
学校に近付くなり、聞こえてくる声、声、声。
校舎に入るともうそれは俺の通るところに嵐のように巻き起こっていた。
四方八方から、避けきれない数の噂話が飛んでくる。
本人がそこにいることなんて全く関係ない。
これは……あまりにあんまりな事態だった。
まさに、原野さんが当初予想した結果だった。
無駄に一緒にいたら、噂が噂を呼んで大変なことになる………。
だがまさか、ここまで大事になるとは思わなかった。
これでは噂が一人で歩いていってしまっているどころか、一人で踊り狂っているようなものである。
あーやばい。
今日は一日クラスに引きこもるしかないか…。
俺は強く決心して、なんとか嵐の廊下を潜り抜け、クラスの扉を開けた。
……だが。
俺が扉を開けた途端、クラス内のざわめきが静まり返った。
……え?
俺はきょとんとなる。
おう…もしかして、クラスもアウトなのか。
俺はクラスメイトからの視線を浴びていた。
続く沈黙…。
その沈黙を破ったのは矢吹だった。
机に座ってクラスメイトと話していたのであろう矢吹は、その状態のまま顔だけこちらに向けて「おっす、誠ー!」と挨拶してきた。
いつもどおりである。
良かった、矢吹はいつもと同じだ…。
俺は少し安心して、口元が緩む。
「お、おう、おは」
俺が言いかけた瞬間だった。
「…なんて、言うと思ったかァアー!!」
グアッ!!っと効果音がつきそうな形相で矢吹がいきなり叫び、机から飛び降りた。
…ええ?!!
「奴を捕らえよ!」
矢吹がそのままのテンションで俺を指したかと思うと、俺は左右から両手を拘束されていた。
ちょ…ちょっと、なんだ?!
驚いて右を向くと、右腕を掴んでいたのは末永だった。
「ごめんね。ちょっと付き合ってあげてね。」
末永はちょっと苦笑しながらそういうと、俺の左側に目線を送る。
俺は末永につられて左を見た。
「…な…なか…ざわ…なかざわ……なぁかぁざぁわあぁぁアー!!!」
凄い形相で左腕を絞めていたのは、篠原だった。
……なるほど、こっちの方が痛い訳である。
篠原は俺よりも大分背が高い為、上から叫ばれる俺はそのままその迫力に押しつぶされてしまいそうだった。
「篠原、ここだと邪魔だから。」
今にも噴火しそうな篠原を、末永が冷静にたしなめる。
篠原は今にも叫び出しそうだったが、「ぐぁっ…あー…」と言葉を噛み殺すと、まだ俺達から少し離れて教室の中にいる矢吹に視線を移した。
視線を受けた矢吹は、ゆっくり頷く。
「連れてゆけっ!」
びしっ!と効果音かつきそうなくらい鋭い動きで教室外を指差した。
それを合図に、篠原は俺の左腕をぐいぐい引っ張りながら廊下を歩き始める。
末永はその様子に、
「中澤も大変だね」と苦笑し、俺の右腕を離した。
「おい、すえ!ちゃんと捕まえとけよー!」
いつの間にか後ろにいた矢吹が末永を軽く小突いた。
「大丈夫だよ。中澤は逃げないよ。」
末永がそう言うと、矢吹はちょっと考える。
「…それもそうだな!」
そう言って笑うと、俺を抜かしてその前を歩き出した。
…よかった、やっぱり矢吹はいつも通りみたいだ。
俺は少し安心する。
考えてみたら、さっきの口調も大分演技じみていたし。
楽しんでいるだけなのかのしれない。
だが、問題は篠原だった。
誤解しているのが知らない人だったら、俺と原野さんのことで噂を立てられたりするのも、それはそれで仕方ないと考えることができたし、わざわざ俺からその人達に説明する義理はないだろうと割り切ることも出来る。
嫌だし面倒ではあるけれども。
だけど、今は相手が篠原だ。
相手が友達だから、放置するとか、そういう訳にはいかないのである。
ただ単に何となく、俺の私情だけど…篠原と気まずくなるのは嫌だった。
…これは一体どうするべきか。
俺は、今自分の左腕を引っ張っている人物に対して、必死に頭を悩ませた。