5."Separate September" -d9 『再会』
-d9『再会』
谷口さんとは下足室まで一緒に向かった。
彼女は後夜祭に行くと言ったので、そこで別れた。
後夜祭も終盤に差し掛かっているのであろうか、グラウンドの熱気が伝わるほど、より一層盛り上がっていた。
俺はその音を背に校門へと向かう。
まだ胸のあたりにじんわりと、正体不明の痺れが残っていた。
……俺は。
ふいに名前を呼ばれた気がした。
その場に立ち止る。
「マコト!」
今度は聞こえたその声に、俺は後ろに振り向く。
声の主…原野さんは、自転車を押しながらこちらに向かって走ってきていた。
「え…原野さん…?!」
彼女は俺の隣までくると、肩からずれた鞄を自転車の前かごに入れる。
「ちょ、ちょっと…、後夜祭、誘ってないの?」
原野さんは走ってきた為か、息が絶え絶えだった。
俺は肩で息をしている彼女を見ながら答える。
一体。
どうしたんだろう。
どうして彼女が、ここに…?!
「…はい」
俺の気持ちの抜けた返答に原野さんは、これでもかという程、顔を顰めた。
「…あなた、はい、ってねえ…」
「え、けど、原野さんはペアの人…、どうしたんですか?!」
言葉を被せて尋ねた俺に、彼女はため息をつく。
いつもなら確実に怒られるのに、疲れているためか、今日は怒られなかった。
「…会ってないわよ」
「え…、…いなかったんですか?」
原野さんはゆっくり首を横に振る。
「吉井に押しつけたのよ。」
さらっとそんなことを言いのけた彼女は、もう一度大きなため息をついた。
「何となくは予想してたのよ…。でもまさか、ドンピシャだったとはね…」
原野さんが言うにはこうだった。
我が校ではクラスの体育委員が、文化祭の受付を交代にすることになっている。
吉井さんはクラスの体育委員の為、校門で受付をしていた。
そこに陽翔さんがやってきて名前を書いた。
その時に、原野という名字に反応した吉井さんが陽翔さんに声をかけた所、会話が弾んだそうだ。何故、原野という名字だけで反応したかは謎だが、そこは「吉井はそういう人なのよ」と原野さんが言っていたからそうなのだろう。
そして、面白い企画を発見した陽翔さんは、妹を参加させてあげたいから、と吉井さんに頼み紙を受け取ったのであった。
このことは、俺と別れてからたまたま会った吉井さんから聞きだしたらしい。
そして原野さんはこの紙を文句を言う吉井さんに押しつけた、という訳だ。
俺は思わず笑ってしまう。
原野さんは不満そうに「笑いごとじゃないわよ」と隣で呟いていた。
だが、俺は笑いが止まらなかった。
なぜか、本当に声をあげて笑いだしたいような気分だった。
校門から出て少しした所で、俺達はそれぞれの道を背に向かい合う。
「今日は本当に色々…お疲れさまでした」
原野さんが少しげんなりしたように言う。
俺もその言葉に、少し笑いながら頷く。
「でも、…凄く楽しかったですよ。」
「…確かにね」
原野さんも少し微笑んだ。
だがその表情も束の間、彼女はすぐに真顔になる。
「けど、9月は全然修業出来なかったから、これからまた強化していくわよ。」
「…え」
「あなた、特に今回はあたしの命令を凄い頻度で無視しているから。分かってる?これからはもっと厳しくいかないと…」
師匠はぶつぶつ呟くと、自分で納得したように何度か頷く。
まったく、この人は…。
俺は師匠を見ながら苦笑いするしかなかった。
「では…また学校で」
原野さんの言葉に、俺達は改めて向き合った。
「はい。さよなら。」
「じゃね。」
彼女は頷くと自転車で去って行く。
俺はその後ろ姿を見送た。
この一カ月ちょっと…なかなか大変だった。
でも、凄く充実していた気がする。
あれだ。
気づけば胸の痺れもどこかにいっている。
終わりよければ全てよし、とかいうやつだ。
俺は少し寒くなってきた空気を感じながら、帰路についた。
To be continue….