5."Separate September" -d7 『無言』
-d7『無言』
「…書いてましたね…。」
俺は、手に持っている番号の書かれた小さな紙と、前にある掲示板に貼ってあるメモ用紙を交互に見つめ、面倒そうな表情を浮かべている彼女に伝える。
「……本当、面倒なことをしてくれたわ…。」
あれから。
陽翔さんと原野さんの言い合いを止めた俺に、陽翔さんは「そろそろ帰るよ」と、もたれていた壁から体を起こした。
そして、「セイくん。今度こそユウヒちゃんにじちゃクエの素晴らしさを分かってもらおうね!」と言うと颯爽と階段を降りていってしまった。
……かと思いきや、「あ!!」と叫ぶとまた戻ってきた。
「今度は何よ!」
少々ご機嫌斜めな原野さん。
だが、そんなことは気にせず陽翔さんは、「ちょっとちょっと、ユウヒちゃん」と原野さんを手招きした。面倒くさがりながらも彼女は陽翔さんの方へ向かう。俺も気になってついていく。
「はい。これ。渡すのをすっかり忘れていたよ!」
陽翔さんはポケットから小さな赤い紙を取り出すと、原野さんに手渡した。
原野さんはその紙を見つめ「え?何これ?」と問う。
俺は文化委員補佐をしていた為、その紙が何なのかは一発で理解できた。
陽翔さんは「えーっと」と言うと俺を見る。
「セイくんは、この紙のこと知ってる?」
「はい」
「そうかい!」
陽翔さんは嬉しそうな笑みを浮かべる。
……何だか嫌な予感がした。
「セイくん!ユウヒちゃんにきちんと説明してあげてね!じゃあ、僕はこれで!!」
陽翔さんはそう言い今度は逃げるように階段を降りて行ってしまった。
……俺はまた陽翔さんに面倒事を押し付けられたようである。
ため息を深くつく俺に、まだ小さな紙が何なのか分からない原野さんは訝しげな表情を向けている。
俺が説明するしか方法は無いようなので、その紙の説明を彼女にすることにした。
「えっと。その紙は今年の文化祭のイベントの一つでですね…。学校内で同じ番号の人と出会いましょう。っていう企画なんですよ。」
「番号?」
「はい」
俺は彼女の持っている紙を覗き込む。
その赤い紙には“135”と書かれていた。
「これには135って書いてあるんで…原野さんは135番の青い紙を持った人とペアなんです。」
「え…ペアって…どうやって探すのよ?」
「下足室のところに掲示板があるでしょ?そこにメッセージを書いて貼っておく。とかして探すらしいですよ。」
「…本当にそんなので見つかるの?……ていうか、何の為にするのよ。」
「このイベントの目的は“学校内で友達を増やそう”ってことらしいですけど…。赤は女子、青は男子なんで、友達っていうか…絶対異性と出会うようにできてるんですよ。」
「……」
「でも、在校生限定なんで…陽翔さんが持っているのはおかしいんですけど…」
…そう。
これは在校生限定の文化祭のイベント。
表向きは“学校内で友達を増やそう”だが、本当の目的は“イベントの力を借りて出会いを”とか、そんなところだろう。
このイベントがあると委員会で説明を受けたとき“こんなイベント誰が参加するんだ?”と思っていたが、135という数字を見る限り…学校内で370人以上がこのイベントに参加していることになる。
……みんな凄いな。
だが、そんなことより、本当に気になるのは陽翔さんがこの紙を持っていたことである。
「兄のことだから、どうせ上手いこと言って貰ってきたんでしょ。あの人こういうの大好きだから」
原野さんはそう言うと、大きなため息をついた。
「…それ、どうしますか?」
「どうするも…。あたしは面倒だけど……相手が探していたら悪いでしょ」
原野さんは手元の赤い紙から、俺に視線を移す。
「とりあえず…その掲示板を見に行くわ…。…135番の人のメッセージがないことを祈って…。」
「…そうですね」
こうして、俺達は下足室に向かった訳だが……俺達二人の願いは叶わず。
掲示板には、“135番の人。後夜祭の時に一階のエレベーターホールで会いましょう!”と書かれたメモ用紙がばっちり貼られていたのであった。
二人してため息をつく。
俺は自分のことのように悩んでいた。
……どうするべきか。
その時、校内に放送が響きわたった。
「生徒のみなさん!間もなく後夜祭が始まります。グラウンドに集合してください!」
「……どうするんですか。原野さん」
「…行ってくるわ」
「え…!?」
俺は彼女の返答に驚いた。
自分の心臓の音がだんだんと大きくなってくることを感じる。
「マコト。今日一日付き合ってくれてありがとうね。だからせめて、後夜祭だけは例の彼女を誘いなさい」
原野さんの言葉に更に心臓の鼓動が速くなる。
「…え…。でも…原野さんは、一人で会いに行くんですか…?」
「うん。会えばいいだけでしょ?」
「…でも…」
上手く言葉が繋がらない。
俺は何に焦っているのかを自分自身でよく理解できていないまま、言葉を並べる。
「その後は…どうするんですか?」
「そんなの、あなたが心配することじゃないでしょ」
彼女はそう言い顔を少し歪める。
そして、後ろにくるりと向きを変え
「じゃあね」
と言い残し、歩いて行く。
…呼び止めないと!
何故かは分からない、だが。
頭の中には、そればかりがぐるぐる回っていた。
"原野さん!!"
その言葉は、声にはならなかった。