5."Separate September" -d5 『接触』
-d5『接触』
「いや~、ピーターパンおもしろかったね!」
陽翔さんが興奮したように身を乗り出す。
が、原野さんは「ある意味ね」と冷めた返答をし、ケーキを頬張る。
俺達はピーターパンを見終わると「お腹が空いた」という陽翔さんに連れられ、料理部の喫茶店に入った。
相変わらず視線やヒソヒソ話は痛かったが、原野さんと陽翔さんと一緒にいるおかげか、いつもよりはマシに感じられていた。
「でもあのピーターパン役の子、すごい演技だったね!」
陽翔さんはまだよっぽど気にいったのか、喫茶店に入ってからもずっとその話をしていた。
「まぁ、舞台向きなのかもね。いつものオーバーな動きは…」
「え?ユウヒちゃん、知り合いなの?」
「知り合いってほどじゃないわよ。ただ前に“ハーフなのに目が蒼いのは変ですよね?”っていう話をしただけよ」
原野さんは最後の一口を頬張る。
「そうなの?だったら、もう友達だよ!」
陽翔さんのその言葉に、原野さんは口をもぐもぐさせながら答える。
「ふぁんでほうはるほよ…」
「こら、ユウヒちゃん。ちゃんと食べ終わってから喋らないとお行儀悪いよー。」
陽翔さんがそう言うと、原野さんは少し顔を顰めたが言われた通りに黙った。
すると、陽翔さんは俺へと視線を移す。
「ねぇ、セイくん!セイくんは昨日、ユウヒちゃんの劇は見たかい?」
「あ、見ました」
「見たの!?」
原野さんが俺の言葉に被り気味に叫んだ。
俺が頷くと彼女は「見てないと思ってたわ…」と呟いた。
「そっか!見たんだね!僕も見たかったんだよ~!ユウヒちゃんの劇、どうだった?」
陽翔さんが嬉しそうな顔で俺をみつめてくる。
「凄かったです。劇全体のクオリティーも凄く高かったですし、原野さんの演技も…」
「ス…ストップ!!」
原野さんが今度は完全に俺の言葉に被せて叫び、手を俺の目の前につきだす。
彼女は真顔であった。
「…それ以上言ったら、怒るわよ」
そう言い、原野さんは紅茶を飲む。
もう俺は怒られるのは嫌だったので「…はい」と大人しく彼女の言うことを聞く。
だが、陽翔さんは凄く残念そうである。
「え~、いいじゃないか~ユウヒちゃん!」
「ダメ」
「も~照れちゃって!」
「照れてない。」
相変わらず無表情な原野さん。
陽翔さんは、断固として劇の話をさせてくれない彼女に不満そうな声を上げ、俺に「後でこっそり教えてね」と耳打ちをした。
それに頷くと、その様子を見ていた原野さんは怪訝そうな顔をする。
それに対して俺は、「ははは」と乾いた笑い声を返した。
「よし!午後からはクラスの模擬店を回ろう!目標は模擬店全制覇だね!」
陽翔さんはパンフレットを見ながら立ち上がり、歩きだす。
俺は急いで残りの紅茶を飲みほし、続いて立ち上がった。
原野さんも俺達を置いて歩き出す陽翔さんに呆れながら、渋々立ち上がる。
俺は先先行ってしまう陽翔さんを追って、急いで店から出た。
あれ、陽翔さん、どっち行ったんだろう……。
そんな時だった。
「…え、まことくん?」
俺は背後から声をかけられた。
後ろを振り返ると。
そこには、たくさんのケーキやクッキーをお盆に乗せたエプロン姿の谷口さんがいた。
「まことくん。きてくれたんだ?」
谷口さんは、笑顔で話しかけてくる。
……しまった、そういえば谷口さん、料理部だった…!!!
俺は焦る。
すっかり忘れていた。
原野さんと一緒にいるこの時に、谷口さんとは会いたくなかったのに…!
谷口さんが”例の彼女”だとばれてしまったら、面倒なことになるのは目に見えていた。
俺は恐る恐る後ろをうかがう。
後ろには“?”という表情のまま突っ立っている原野さん。
よし!まだ何も気づかれてない!
心の中でガッツポーズをとった。
「…まことくん?」
谷口さん彼女もまた返事をしない俺に不思議そうな、不安そうな表情を浮かべていた。
そんな彼女に俺は
「う、うん。…それじゃあ!」
と短く答えると、またすぐに振り返る。
そして、俺の突然の機敏な動きにちょっと驚いていた様子の原野さんに「行きましょう」と囁き、谷口さんの方は見ずに、すぐに彼女の横をすり抜けた。
「……え?」
今の俺には、後ろから聞こえるその二つの声に反応する余裕はなかった。