5."Separate September" -d4 『旋風』
-d4『旋風』
陽翔さんは予想通り…いや、予想を遥かに上回るハイテンションだった。
その為、俺と原野さんは、動きまわる陽翔さんに後ろからついていっていただけだった。
「ちょっと兄、はしゃぎすぎじゃないの…」
原野さんがため息交じりにつぶやく。
「確かに、陽翔さん楽しそうですね。」
陽翔さんはいつも楽しそうではあるが、今日はそれ以上に楽しそうに見えた。
「何かいいことでもあったのかしらね。」
原野さんが言う。
旅行中に何かいいことでもあったのだろうか。
旅行の内容もまた詳しく聞いてみたいな、と思った。
そんな普段に上乗せして陽気な陽翔さんの「折角だし、劇を見に行かない?」という提案で、俺たちは
まず体育館に向かっていた。
一年の教室と体育館は校舎が離れており、移動になかなか時間がかかる。
そのため、体育館に到着したときにはもうすでに2年生の劇が始まっていた。
演目は「ピーターパン」。
途中から入ったため、俺たちは後ろの方で立ち見をすることにした。
俺は一人分の立ち見スペースを確保すると、膝に手をつき体を曲げた。
……疲れた。
もうそのまま地面にしゃがみこみたい気分である。
俺はこまでの道のりでもうすでにクタクタになっていた。
結構一緒にいる為、忘れていのだ。
原野さんが歩くだけで人目をかっさらう程度には、美人だということを。
だから道中、凄く大変だった。
……本当に大変だった。
いつも廊下を歩くときは女子だけを気にしていればよかったのに、今回はそこに男子も加わっていたからだ。
「え…ちょっと見て!何で中澤くんと原野さんが一緒にいるのお!?」
「あの二人、クラス違うかったよね!?」
「違うよお!!中学も違うでしょ!?だったら接点ないはずだよね!?」
という、女子の声。
「おい!原野さんだ!!」
「お!まじか!って、何で中澤と一緒にいるんだよ!?」
「知らねーよ!くっそー!!」
という、男子の声。
興味やら戦慄やらなんやらが入り混じった視線や言葉が飛び交う中、俺は死にそうになりながら歩いた。
いつもの精神的苦労が二倍だった。
……いや、二乗だったかもしれない。
師匠、あの時あなたの味方をしなくてすみませんでした。
もうちょっとよく考えるべきでした。ほんと。
後悔しても今更もう遅いのだが。
だがしかし、この状況を作った張本人の陽翔さんは「二人とも凄いね!人気者だね!」などと笑顔で言っていたのであった。
そういうわけで、俺たちはそんなこんなな現象を巻き起こし歩き、やっとの思いでここにたどり着いた訳である。
「セイくん、大丈夫かい?」
俺のぐったりした様子に気づいた陽翔さんが声をかけてくる。
「あ、大丈夫です。」
なるべく明るい声で答えたが、顔の筋肉がひきつっているのが分かった。
…体育館が暗くて良かった。
俺は、ゆっくり体を起して陽翔さんと反対側にいる原野さんに小声で話しかけた。
「…原野さんは、廊下の周りの声とかって、気にしないんですか?」
「そんなの一々気にしていたらキリがないわよ。」
……流石師匠。
さらっと言いのけた。
俺が感心していると師匠が「でも…」と付け加える。
「さすがに今回はまずいかもね…。」
「あ、やっぱりそうなんですか?」
師匠の方に顔を向ける。
師匠はまっすぐ舞台を見ていた。
細かい表情は暗くてよく見えない。
だが、彼女が何かを考えていることは分かった。
するといきなり。
一瞬のうちに、変化が分かるほどに原野さんの顔がひきつった。
その瞬間。
会場が一気にざわついた。
湧き上がる黄色い歓声。
「覚悟シロ!!Mr,Fuck!」
体育館に抜けるような王子声が響く。
俺はそのあまりに聞き覚えのある独特のイントネーションに、すぐに舞台を見る。
…舞台の真中には、緑色の洋服に全身を包まれたピーターパン……“フランソワ先輩”がいた。