5."Separate September" -d2 『泡沫』
-d2『泡沫』
その後。
矢吹に受付を代わってもらい教室を出ると、廊下で待っていてくれた陽翔さんがすぐに俺に話しかけてきた。
「セイくん!代わってもらえた?」
「あ、はい」
「いやー、よかったよかった!」
「…ふうん、そう。」
陽翔さんの嬉しそうな声に原野さんの不機嫌な声が被る。
その声に、俺は恐る恐る原野さんを見る。
「じゃあちょっとこっち来て。」
彼女は俺達に有無を言わせない表情で言った。
…かなり語気が強かった。
彼女は俺たちに言い放った後、そのままくるりと後ろを向き、スタスタと歩いていってしまう。
…その背中からは、明らかに怒気が溢れ出していた。
やばい。これはやばいかもしれない。
原野さんの逆鱗に触れた…。
俺は顔がこわばる。
横からぽつりと、陽翔さんの「…とりあえず、行こっか。」という声。
流石の陽翔さんも、今回ばかりは顔がこわばっていた。
「……で、言いたいことはたくさんあるのですが……」
原野さんがそう切り出したのは、しばらく歩いき人気のない非常階段についてからだった。
彼女は俺達二人を交互に見る…いや、凝視…ではない。
睨んでいる。
「まず…兄」
原野さんは陽翔さんに視線をやる。
「兄のせいで、この5ヶ月間のあたし達の努力が無駄になったんだけど。…ちょとおこれ、どうしてくれるの?」
「え」
陽翔さんは気の抜けた声を出す。
その反応に、原野さんの視線がさらに冷たくなる。
「あたし達は学校では絶対に話をしないって約束だったの。だから修行も学校の生徒がいない場所をわざわざ選んでいたし」
「え?何でそんなことしてたの?」
その言葉に、陽翔さんは不思議そうな顔をする。
対して原野さんは呆れたようにため息をついた。
「…面倒でしょ?学校の人にばれたら…。」
「どうしてだい?友達なんだからいいんじゃないの?」
「どうしてって…。妙な噂をたてられたら困るでしょ!」
「ユウヒちゃんはそんなの気にしないでしょ?」
「……あたしが気にしなくても、マコトが困るの!」
俺はいきなり出てきた自分の名前にびくっとする。
すると、陽翔さんの視線がこちらへ向く。
「え、そうなの?セイくん。」
「……え…!?」
陽翔さんは本当に不思議そうに見つめてくる。
「そうよね!マコト!」
今度は原野さんが肯定を促してくる。
……どうしたらいいんだ。
「…お、俺は…」
二人に見つめられて困ってしまい、俯いて言葉を濁す。
それを見た陽翔さんが「もー」と、原野さんに視線を戻した。
「ユウヒちゃん、自分が困ったからってセイくんのせいにしたらだめでしょ!」
「え…あ、いや…」
「してないわよ!本当のことだもん!」
「ちょっとユウヒちゃん、セイくんは“困る”なんて言ってないんでしょー。ユウヒちゃんの勝手な思い込みじゃないの?」
「…う、それは……」
……陽翔さん、恐るべし。
口であの師匠を黙らせてしまった。
流石兄といったところだろうか。
……というか、言っていることは師匠の方が正しいのだけれども…。
ここで俺が口をはさんでも、また兄妹喧嘩が再発してしまうだけだろう。
俺はもう何も言わないことにして、この話の成り行きを見守ることにした。